吹雪ですよ、司令官   作:月日星夜(木端妖精)

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第十六話 友人と吹雪

 俺と吹雪の生活は一変した。

 ……なんて事もなく、今まで通り普通に話したり、一緒にゲームをしたりと変わらない生活を送っている。

 お互いの距離は縮まったと思うのだが、ふとした時に唇に残る熱を思い出すと、照れが出て距離をとってしまう。俺も吹雪も結構初心(うぶ)なようだった。

 

 指輪を受け取ってもらってから二日。現在吹雪は買い物に出ていて、俺は一人、部屋で朝姫ちゃんからのメールを流し読みしていた。彼女からのメールの内容はだいたい『あれをしてほしい』『これをしてほしい』なのだが、ほんの少し前から吹雪の話ばかりになっていた。

 様子が変だが何か知らないか、体調が優れないようなら労わってやれ、と四六時中俺の携帯を震わせてくる。良い気遣いだと思うが、どうして吹雪がそう思われているかの心当たりはばっちりあるので、なんとも言えず当たり障りのない返事をしていた。

 そんな中で友人(子供達ではなく、中学来の男友達だ)からメールが来た。

 

 ――最近お互いに忙しくてめっきり遊ぶ機会が減ってしまっていたが、今日こっちは予定が空いた。お前の方はどうだ?

 

 今から行っても良いか、と締めくくられたメールに、ううんと唸って考える。

 お互い忙しく、は、彼の来訪や誘いを吹雪がいる事を理由に断っていたからそう解釈されているんだろうな。それで、もう何度も家には来るなという旨の返事をしていたから、向こうも痺れを切らしたんだろう。直後のメールには『もう向かってる』と書いてあった。まだ返信していないのだが……。

 ……吹雪を隠したいから彼を家に上がらせなかった。

 だがもう、カッコカリとはいえケッコンまがいの事までした吹雪は、そういう風に隠したりして良い存在ではなくなった。というか学校に行ったりしてご近所さまには完全にその存在を明かしているのだから――幸いな事に、これまで朝姫ちゃん以外は誰も吹雪に『ひょっとしてあなたは吹雪?』なんて声をかける事はなかった――そろそろあいつにも吹雪の事を教えて良いんじゃないかと思った。

 いつまでも隠し通せるもんでもないし、考えてみれば存在を明かしたところでデメリットはそうなさそうだ。あいつ――(まもる)は口が軽いって訳でもないし、言い触らさないでくれと釘を刺しておけば大丈夫だろう。

 という訳で来訪を歓迎するという内容のメールを送り、久々に自分の手でお茶やら何やらでも淹れて待っていてやろうかな、と椅子から腰を浮かした瞬間、チャイムが鳴った。

 

「おいおい、早すぎるだろ……」

 

 メールした時点でもうすぐそこまで来ていたのだろうか、それとも別の何かか。見れば早い話だ。部屋を出て右側、壁に画面付きの機械がかかっている。門に立つ人の姿を映し、会話もできる優れものだ。といっても十五年くらい前の型だが……画面に映っていたのは、やはり守だった。ぼさぼさの黒髪頭に、いつもは人懐っこい笑みを浮かべている顔は、どこか真剣みを含んだ真面目なものだった。

 

「お早いご到着だな。今行く」

 

 言って、返事を聞く前に階段を下り、玄関の鍵を開けて扉を押し開けた。ちりんちりんと鈴が鳴る。律儀に門の向こうで待っている守に上がるよう促し、俺の部屋へ連れて行く。

 

「おはよう、テツ。思ってたより元気そうだな」

「ああ、元気だよ。健康的な生活を送らせてもらってる」

「もらってる、か……彼女でもできたのか?」

「ははは」

 

 階段を上っている最中のやりとり。

 笑い混じりの冗談に、俺はどう答えたもんかと頭を悩ませた。

 部屋に入れば、俺はパソコンの前の回転いすへ腰かけて背もたれに背を預け、彼には下の机の前にあるクッションを使ってもらって、久し振りだなとか、最近はどうだといった話をした。

 工場勤めの彼は結構多忙のようで、今は春休みで二日三日の休みを貰えたそうだが、代わりに来月再来月の土曜日は出勤となってしまったそうだ。なんとむごい。本人は楽しそうだが。

 

「それで、どうだ。落ち着いたのか?」

「落ち着いたとは?」

 

 話が一段落付いた折に、唐突に守が問いかけてきた。

 何に対して『落ち着いたのか』と聞かれたのかわからなかったのだ。

 まだ俺が仕事を始めた事は話してないし、吹雪の話もしていない。ここ最近特別何かあったと彼に知らせた訳でもない。

 なら、ひょっとして両親の事だろうか。随分前の(いや、ほんの数年前の)事だから、まさかとは思うが……それ以外に思い当たるものはない。

 両親の死なら、まだちょっと引き摺ってるところもあるが、もう大丈夫だ。心配してくれてありがとう。

 

「ああ、俺達親友だろ?」

 

 俺には吹雪がいるし、と続けようとしたところで、守が照れもなく笑い混じりにそう言ってきた。

 親友ねぇ。腐れ縁なだけの気もするが、しかし確かにそうとも言えるだろう。大きく頷いた俺は、「そんなお前に打ち明けなければならない事がある」とわざとらしく沈痛な面持ちを作って言ってみた。

 

「お、おいおい、なんだよ、そんな暗い顔して……」

 

 すると引っ掛かってしまったのか、奴は半笑いになって、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。

 

「聞いて驚くなよ……実は、去年の末に、俺の家にな……」

「お、おう、なんだ? 彼女でもできたのか?」

 

 もったいぶって言う俺に、守は正解に近い答えを弾き出した。思わずふっと笑ってしまうと、奴は目を見開いた。

 

「そう、かもな。うわ、なんだ、照れるわ」

「うっそだろおい、彼女いない歴=年齢同盟はどうなってるんだ!?」

「そんなものはねぇ! というか、お前彼女さんいるだろ? ……別れたのか?」

「いや?」

「ノリで言っただけか」

 

 そんなノリも、結構久し振りに感じて、やけに笑えてくる。馬鹿な事言って笑うのは楽しいものだ。

 

「まあ待っててくれ、もうすぐ帰ってくるだろうから」

「そうさせてもらうよ。どんな人なんだ?」

 

 胡坐を掻いて寛ぐ守は、興味深そうに質問してきた。

 どんな人、か。

 

「真面目で実直、純真で素直、初心で明るい」

「……今時そんな子がいるのか?」

 

 思いつく順に羅列していくと、守は疑わしげにしながらもふんふんと頷いて、容姿は? と問いかけてきた。

 なので俺はマウスに手をかけて動かし、一枚の画像を開いてそれを指し示して見せた。

 海辺に立つ艤装を背負った吹雪の絵。いつかどこかで拾ったものだ。

 

「お前――」

 

 腰を上げて画面を覗き込んだ守が何事か呟こうとした時、玄関からドアの開閉音と鈴の音がした。そのすぐ後にドタドタドタッと階段を駆け上がってくる音も。

 なんだなんだ? 吹雪、だよな?

 はたして、跳ね飛ばすようにして扉を開いた吹雪は、ビニール袋を手に肩を上下させていた。

 

「あ、お邪魔してます?」

 

 と守。

 ……なんだその微妙な反応は。

 

「なんだよ、驚きが少ねぇぞ。ああいや、わかんないか、普通」

「何? なんだ、どういう事だ?」

「聞いて驚くな、その子はな、吹雪だ!」

「!?」

 

 原因はわからないが、この世界に来てしまったんだ。今は一緒に暮らしてる。

 親友であるお前だからこそ話すんだぞ。口外はするなよ、吹雪の身を危険に晒したくない。

 

「お前……」

 

 目を見開き、俺を凝視する守。信じられない。そう思っているのが表情にありありと出ていた。俺はそれに椅子の上でふんぞり返って、得意になった。

 今までずっと誰かに言いたかったんだ。吹雪が! 俺の嫁艦が、俺の下にきてるぞー!! ってな!

 それは少々子供っぽく、どちらかというとあまり良くない気持ちであるのだろうが、俺の中にそういうものがあったのは事実だった。ここで発散させてもらおう。守よ、これが俺の彼女さんだ。……彼女さんカッコカリだ。

 ……あれ、こいついつまで固まってるつもりだ?

 

「ああ、いや、ま、まじかよ。」

「ああ、まじもまじ、おおまじだ。どうだ、びっくりしたろ?」

「当たり前だろ馬鹿、うわ、ま、まじか……まさか」

 

 小突くような調子で声をかければ、やっと反応した。が、動揺が激しい。まさかってお前、そんなに俺に彼女……そういった人ができるのがおかしいってのか?

 普通に考えれば、『まさか艦娘の吹雪がいるなんて』か、『まさかこんなに吹雪にそっくりな子がいるなんて』だろうか。

 

「大丈夫か? びっくりしすぎじゃね?」

「だってよ、お前、彼女さんが来るみたいな言い方してて、来たのはこんな小さな子だろ? 驚かない方がおかしいっつーの」

「あー……そうか。それもそうだよな」

 

 俺の頭からはすっぽり抜け落ちていたが、そういえば吹雪はどうみても子供なんだった。初めて会った時から多少背が伸びているような気もするが、それでも俺と並んで立てば、彼女の頭のてっぺんは俺の胸にも届かない。失念していた……そりゃ、この子をいきなり「彼女っぽい子です」と紹介すれば度肝を抜かすよな。

 吹雪を見れば、彼女は空いている手を胸に押し当てて、息を整わせながらじっと俺を見つめ返してきた。休日の彼女の格好は、少し大人っぽかった。

 守に目を戻す。相当驚いている様子ではあるものの、そこに軽蔑だとか、そういった類のものはなかった。単に吹雪の容姿に驚いてるだけっぽいな。

 

「彼女……ってのも間違ってないかな。なんせ、将来はケッコンしようと思ってたくらいだからな」

「け、結婚だぁ!?」

「落ち着けよ、カッコ仮だ、カッコ仮。な? 吹雪」

 

 プロポーズっぽい事はした。キ……く、口づけも交わした。それで、指輪も受け取ってもらえた。でもまだ、たぶんお互いの気持ちの整理は完全にはついていないと思う。だから、書類でも購入して記入する事で落ち着かせたいと思ったのだ。だから、ケッコンする予定。

 ゆっくりと歩み寄って来た吹雪の肩を抱き(かなり緊張したが、拒まれなくてほっとした)、問いかける。彼女は目を細めて俺を見て、それから、友人へ顔を向けた。

 

「はい、そうなんです」

 

 それは、落ち着いた声だった。

 手に汗を滲ませて緊張している俺とは違って、自然体の吹雪。だが寄せた体から感じる熱は、彼女も緊張しているのだと教えてくれた。

 

 守は、絞り出すように「ラブラブかよ」と呟いた。

 ははは、悔しいか。悔しかったらお前もそろそろ俺に彼女さんとやらの写真でも見せてくれよ。

 冗談をいいつつ吹雪から手を離し、紹介するよ、と改まって吹雪を指し示した。

 

「さっき言った通り、この子は吹雪だ」

「よ、ろしく、お願いします」

「吹雪、こっちは俺の昔からの友人の東條(とうじょう)守だ」

「ど、どーも?」

 

 自己紹介の下りは、妙にぎくしゃくした二人だった。

 

「私、お茶淹れてきますね」

「あ、すみません」

「気にしないでください」

 

 買ってきた物も片さなきゃいけませんからと言って吹雪が部屋を出ていくと、しばらくして守が俺を見上げ、低い声で聞いてきた。

 

「……本気か、お前」

「ケッコンの話か? 本気だよ、俺は」

 

 といっても、見た目の事もあって公にできるもんじゃない。ネットで艦娘のケッコンセットを購入して、ささやかなお祝いをする程度にとどめるつもりだ。ここら辺は一人で決めず、吹雪と相談する事にしよう。

 

「そうか……」

 

 両手で顔を撫でつけて呟いた守は、手が下りた時にはもういつもの表情に戻っていた。

 それから俺達は、吹雪も交えて雑談した。それは夕方くらいまで続いて、お開きになった。

 

「絶対に幸せにしてやれよ」

「言われなくても努力するさ」

 

 帰り際、玄関で振り返った守が言うのに、俺も力を込めて断言した。

 大丈夫だ。俺は必ず彼女を幸せにしてみせる。

 

「吹雪……これからもよろしくな」

「……はい」

 

 守が帰った後に俺に寄って来た吹雪へ改まって言う。

 彼女はそっと持ち上げた左手の、薬指に嵌まった指輪を見てから、俺を見上げて静かに答えた。

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