吹雪ですよ、司令官   作:月日星夜(木端妖精)

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前日夜に一話投稿しています。
これからはできる限り朝の10:12頃と夜の18:12頃の一日二回投稿を心掛けていきたいと思います。


第八話 クリスマス・イブの朝

 

 ジリリリリリリ!

 けたたましい目覚まし時計に叩き起こされた。

 朝だ。いや、朝か? まだ夜なんじゃない? 寝よう。

 とかなんとか未練がましく考えつつ跳ね起き、すぐさま目覚ましを沈黙させた。この間僅か二秒。時刻は朝六時。健康的な目覚めだ。めっちゃ眠いが。

 二度寝したい欲を抑えつつ伸びをして体の凝りをほぐし、足取り不確かに一階に下りれば、なんだか良い匂いがした。なぜ一人暮らしの俺の家にそんなものがあるのだろう。

 答えは簡単だ。

 

「あ、おはようございます、司令官!」

 

 エプロン姿の吹雪がお玉片手に振り返る。つい昨日、俺の下に現れた小さな天使がそこにいた。

 香りの正体は焼き魚だろう。それとお味噌汁。

 

「おはよう。早いな……何時に起きたんだ?」

「五時ちょっと前です。お顔を洗っている間にできちゃうと思いますから、お早くお願いしますね」

「わかった」

 

 ぱたぱたと動く吹雪の、ぱたぱた跳ねる後ろ髪(しっぽ)は今日も元気だ。小皿に移した味噌汁の味見をする彼女の横顔をぼうっと眺めて、それから顔を洗いに行く。急かされてるから早めにね。

 洗顔と歯磨きを終えてリビングに戻れば、ちょうど俺の分が配膳されているところだった。白米に大根のお味噌汁、サケの切り身と玉子焼き。彼女のに比べると俺の玉子焼きは一回り大きいな。細かな気配りはできる子の証。

 

「いただきます」

「はい、めしあがれ」

 

 エプロンを脱いだ吹雪が席につくのを待って手を合わせる。

 お椀を持ち上げ、一息吹きかけてからズズッと啜る。しょっぱさの中に僅かな甘さ。飲み下せば、熱いものが喉を滑り胃に落ちた。

 

「ふぅー……」

 

 吐息を漏らす。美味い。

 何年振りだろうか、まともな味噌汁を飲んだのは。

 最近の記憶だとコンビニのインスタントだが……あれはあれでいけるが、吹雪の味噌汁には到底敵わないな。……比べるようなものじゃないか。どっちにも失礼だ。だがそう思ってしまったのは事実。伝えたら怒られそうだけどな。

 じーっと俺を見る吹雪に、思っていた事の代わりに素直な感想を伝えれば、「そうですか」と嬉しそうにはにかんだ。

 良い笑顔だ。元気を貰える。

 あー……朝起きたらご飯ができてるって素敵だね。

 

「ふー。こっちに来て二日目だが、もうお嫁さん姿が板についてるな」

「へ? およ……なな、何言ってるんですか、もう! からかうのはやめてくださいよう」

「悪い悪い。君の料理する姿を見てたらつい……」

 

 なんとなくふざけてみれば、呆けた顔がみるみる真っ赤に染まった。すげえ、こんなにわかりやすい反応する子初めて見た。詫びつつ箸を動かし、玉子焼きに手を付ける。お、甘い。けど控えめで、サケの塩みなどとうまい具合に調和している。

 要するに……美味かった。

 ……それ以外に感想が出てこない。なんと貧弱な語彙(ごい)なのだろうか。俺は料理評論家でもないからそれで良いだろうが、もっと多くの言葉を彼女に送れたらなあとは思った。

 

「ごちそうさま、美味しかったよ」

「ありがとうございます。あ、お皿はそのままにしておいてください。食べ終わったら私が片付けますから」

 

 おっと、シンクに運ぶのも駄目かい?

 駄目です、と目をつぶって食事を続ける吹雪に家事禁止令を出された俺は、すごすごと退散し、デジカメを持って戻ってきた。

 

「はい、チーズ」

「んぐ!?」

 

 画面を覗き込みつつ、もぐもぐしている彼女の姿をぱしゃり。音で気付いた吹雪は目を丸くして、ついでに喉を詰まらせて苦しげに胸を叩いた。

 

「んっ、は、し、司令官!」

「いやー、つい」

「ついでなんでも片付けないでください! 私、怒りますからね!」

 

 ぱしゃり。

 

「司令官ーっ!!」

 

 怒髪天を突く。いや、そんなに本気で怒ってはいないようだが、注意してもやめない俺に業を煮やしたのだろう、箸を揃えて茶碗の上に置いた吹雪は席を立って詰め寄って来た。デジカメに手を伸ばそうとするのでどんどん高い位置に持っていく。そうするともう、背の低い吹雪にはデジカメは文字通り手の届かない存在になってしまった。

 

「ううー! と、届かないぃ~……!」

 

 俺の腹に手を置き、背伸びしてまで腕を伸ばす吹雪だが、残念ながら空でも飛ばない限り彼女がデジカメをその手に収める時は永遠にこないだろう。

 上からぱしゃりとやってみると、彼女は弾かれたように俺から離れ、毛を逆立てた猫のように猛警戒しだした。

 

「や、やめてくださいって言いましたよね!? やなんです、恥ずかしいんです!」

「悪いな、負ける訳にはいかないんだよ」

「何にですか!?」

 

 鋭いツッコミににやけ面が治まらず、しかしこれ以上やると本気で怒らせてしまいそうだったので、ここらでやめにする。

 「怒ってる顔もキュートだよ」とか言おうと思ったが、さすがに背筋に怖気が走るような台詞を簡単に口にできる訳もなく、ついでに言えたとしても「何言ってんだこいつ」って目で見られたら死ねるので自重した。……格好つけたいお年頃って訳ではないが、吹雪には良いところを見せたいのだ。なぜなら……昨日勢いで言ってしまった「ケッコンしよう」という台詞、あれを実現したいからだ。

 あの時はゲーム内の事のみを指していたが、今日からは事情が違う。夢で見てしまったのだ、吹雪のウェディング姿を……! それを見たいという欲求が凄まじい速度で俺の中で増大していっている。それが理由だ。

 ん? どこぞのクソ提督と同レベルになったような気がする……。いやいや、気のせいだろう。

 まあ、ケッコンを目指すと言っても相手は子供だ。俺もそう本気ではない。たしかに吹雪はかわいいし、好みだし、艦娘なら法には引っ掛からない(かもしれない)だろうから、本気でケッコンしたって咎められないだろう。白い目で見られ後ろ指を指されるかもだが。

 マイルドに言えば、好意を寄せられたい、だな。

 

「もう、知りませんから」

 

 頬を膨らませて皿を洗いに行ってしまった吹雪を見送る。

 今の彼女は、こうしてちょっかいをかけても軽く流してくれるくらいの信頼を俺に寄せてくれている。

 だがそれは俺が無意識に培ってきた『司令官としての俺』に対するものだ。現実の俺に、ではない。

 だらしなくしていればいつ愛想を尽かされるかわからないから、格好つけ、気を引こうとしている訳で、それは彼女を俺の下から去らせないためでもある。

 彼女は艦娘とはいえ、人間と変わらないレベルの知性と感情――心を持っている。俺以外の誰かを好きになってその人と添い遂げる未来だって有り得るのだ。それを邪魔する権利は『司令官』たる俺にだってない。だから予め彼女の気が他に向かわないように頑張ろうというのだ。

 頑張った結果、今そっぽを向かれているんだけどな!

 

「おーい、吹雪」

「…………」

 

 声をかけてもつーんとしていて、水の流れる音と皿どうしの擦れ合う音しか返ってこない。

 こりゃまずい。カメラを構えている場合ではない。ご機嫌取りをしなければ。

 

「吹雪、何か欲しい物はないか?」

「…………」

 

 物で釣ろうというのは単純すぎたのか、まただんまりだ。

 ただ、無反応という訳ではなかった。ちらっとこちらを振り返った吹雪は、たぶん何か言いたげにしていた。

 それは俺への苦言とかではないだろう。他の……欲しいものはあるけど言えない、みたいな、そんな感じ。

 もうひと押しだな。

 

「今日は何の日?」

「……クリスマス、イブですよね」

 

 きゅっと栓を締めて水を止めた吹雪がタオルで手を拭きながら振り返った。

 クリスマスについては知っているみたいだな。それもそうか。彼女とは(ゲーム内では)長い付き合いだ。具体的に言うと三年以上。最低でも二度はクリスマスを過ごしている事になる。

 

「何かプレゼントするよ。ほら、欲しいものがあるなら言ってごらん」

「いえ、でも……」

「遠慮はいらないさ。俺がプレゼントしたいんだ」

「うぅ、ん……」

 

 押せ押せでいけば彼女は真面目に悩み始めた。そうそう、遠慮されても壁を感じて困ってしまうから、素直に求めてくれた方がこちらとしては嬉しい。

 それにしても、彼女は流されやすいな。もう怒っていた事を忘れている。なんとチョロい……お兄さんちょっと心配だよ。

 

 やがて彼女は伏せていた目を開き、俺を見上げてきた。キッチン側から差し込む朝の白い光を背負った吹雪は、いっそう輝いて見えた。

 

「ク……」

「く?」

「クリームソーダが……食べたい、です」

 

 ……そりゃまた、妙な物をご所望だな。

 クリームソーダってのは、喫茶店とかで売ってる子供向けの飲み物だったと記憶しているが……。

 

「それでいいのか? 一応プレゼントのつもりで聞いたんだけど」

「い、いいんですいいんです、私、クリームソーダが食べたいんです!」

「……わかった」

 

 吹雪の謎の熱いクリームソーダ推しに押し負けて了承してしまったが、あれ? クリームソーダって持ち帰れるようなもんだっけ?

 吹雪と喫茶店に行くという選択肢はない。俺は彼女を外に連れ出したくないのだ。他の人間に見せたくない。だから持ち帰れるようなものかと思案したのだが……。

 ……些か勝手すぎるか?

 「外に出るな」と言えば、きっと彼女は命令に従うだろう。だが本当にそれで良いのだろうか。彼女の好意に甘えて俺の欲だけを押し付けるなど、まるで彼女を人間扱いしていない。

 自分で言ったじゃないか。吹雪が俺の下へ来れたのは、平和を勝ち取ったご褒美だ、って。

 それを邪魔するのが俺の仕事な訳がない。俺がするべきは彼女の意思を尊重し、彼女のしたいままにさせてやる事だろう。俺からもアクションを起こすし、提案したりもするが、あくまで吹雪を主体に、だ。

 私利私欲のためだけに動いて良い結末を迎える人間は早々いない。俺も自分を律し、彼女と良い関係を築かなければな。

 

「ほんとですか? やったぁ! 私、とっても嬉しいです!」

 

 両手を合わせて跳び上がるくらいに喜ぶ吹雪。

 彼女の笑顔を見ていると心の底からそう思った。その笑顔を陰らせたくないし、穢したくない。

 よし、決定だ。買い出しついでに彼女を喫茶店へエスコートしよう。クリームソーダなど何杯でも飲んでもらって構わない。したいようにするといい。

 しかし吹雪よ……女の子である君が、ウインドウショッピングの魅力に耐えきれるかな?

 そう、俺は彼女を様々な店に連れ回すつもりなのだ。

 外に出さないという縛りが解けたなら、彼女のために歩き回るのにはやぶさかではない。できれば良い思いをしてほしいし。

 どこを回るか今のうちから整理しておかねばな。

 

 

 出かけるにはまだ早い時間だ。という事で、時間潰しに俺はゲームをする事にした。

 パソコンを起動し、ブラウザを立ち上げて艦これを開く。かーんーこーれ! 誰かのコールがあった。母港画面に移れば、秘書艦である吹雪が出迎えてくれる。

 

「……なんですか?」

 

 振り返れば、一緒になって画面を覗き込んでいた吹雪が見返してきた。

 とりあえず彼女に声をかけて部屋に招待し、艦これを見せてみているのだけど、特にこれといった反応はない。

 

『クリスマス……これが、クリスマス!』

「君がこっちの世界に来ても、この吹雪はゲームの中にいるままなんだな」

「そうみたいですね。……私にはよくわかりません」

「俺にもわからないさ。こういう時、ゲームと向こうの世界が繋がってたりして、艦娘達と会話ができたりしたら便利なんだが……それは二次創作の読み過ぎかな」

 

 だが現にその『二次創作』みたいな現象が現実に起こっている訳だから、俺が保有する艦娘達に呼びかけて反応を探ってみようというのは決して無駄な試みではないはずだ。

 艦隊編成画面に切り替え、主力艦隊のそれぞれのボイスを聞いてみる。

 普段と違うボイス。

 残念ながらそれは、単にクリスマス特別仕様というだけで、こちら側に語りかけてくるようなものでは一切なかった。

 俺が呼びかけても反応なし。心なしか吹雪が引いているような気がするので、腹いせに第二艦隊の那珂改二をつっつきまくってから任務をこなす事にした。

 

「いっぱいありますね……」

「ああ、任務は盛りだくさんだ。君のとこと違って終わる気配がない」

 

 任務画面から演習へ。今日は単艦や二艦だけというのはおらず、どれも本気艦隊かそれに準ずるものばかりだった。

 ゆけっ吹雪! 心の中で発破をかけ、吹雪が旗艦の主力艦隊を送り出す。それを吹雪が真剣な目で見ているというこの奇妙な状況。あいつが見たらなんというだろうか。

 俺に艦これを勧めた友人その一。羨ましがってくれれば俺の心が満たされる気がする。さもしい心だな。だが人間的だ。そんなもん自分で言う事でもないが。

 たっぷり二時間かけて演習任務と日替わり任務をやっつけ、都度吹雪と会話しつつ艦これを満喫した。

 俺が今日上げた吹雪のレベルは、1。改二まで残されたレベルは、残り13。

 第二艦隊から第四艦隊までを遠征に出し、艦これは終了。

 駅の大型店や喫茶店などは、今から歩いて行けばちょうど開く頃だろう。

 

「それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 元気の良い返事に笑みを浮かべつつ腰を上げる。

 さあ、おでかけだ。

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