吹雪ですよ、司令官   作:月日星夜(木端妖精)

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唐突な非日常


第九話 お調子者の少女

「ふんふ、ふんふ、ふーん♪」

 

 晴天。気温は1℃。

 空気は冷たく、アスファルトはもっと冷たい今日この頃。

 吹雪と俺はお出かけのために外へ出た。向かうは駅だ。

 

「ふんふふー、ふんふふー」

 

 吹雪はずっと上機嫌で鼻歌なんかをしている。

 その笑顔の元は、今朝約束した『クリームソーダ食べ放題』なのは間違いないだろう。

 そんなに好きなのか……。そんな、くるくると回ってしまうほどに?

 

「あんまりはしゃぐと危ないぞー」

「はぁい。ふふふ」

 

 一応声をかければ、彼女は高い声で返事をして、大きく一回転した後に俺の隣へ戻って来た。ほふーと白い息を吐き出して、俺のすぐ傍に寄り添う。

 

「楽しみですね、司令官!」

「ああ」

 

 ただ一緒に買い物に行くだけなのに、なぜ彼女のテンションはこんなにも上がっているのだろう。

 嬉しさがこみあげてくると言った様子で、手袋に包まれた両手で顔を挟んだ吹雪は、息でリズムを刻んで今を楽しんでいる。肘から下がるトートバックがうきうきと弾んでいた。

 楽しみかそうでないかと問われれば、俺だって楽しみだと答えるが……吹雪ほどではない。たしかに彼女と一緒に歩くのは素敵な事だけど、そう簡単にテンションが上がらないのは、羽目を外し過ぎないようにと自制しているためだろう。あんまりはしゃぐのもみっともないし。あ、吹雪は良いのだ。子供だから。見た目的な話。

 ……そういえば彼女の年齢を聞いてなかったな。三歳で良いのか? それとも何十歳? 吹雪を眺めながら考えていれば、視線に気づいた吹雪が俺を見上げて言葉を待った。……年齢の話はやめた方が良いだろう。デリカシーに欠ける。

 

「ふんふふー、ふんふーん」

 

 水色のもこもこが跳ねる。

 冷たい風もなんのその、吹雪は風の子、冬の子だ。

 紅色のマフラーに黄色い手袋、薄青色のもこもこジャンバー、中は地味なたてセタ。

 厚手のスカートから伸びるジーンズ。ブーツは滑らかな毛皮。完全防寒スタイルなのだから、寒さはへっちゃらだろう。俺だってコートに黒手袋と寒さを凌ぐ努力をめいいっぱいしている。それでも鼻先は凍えるし、喉も凍ってしまいそうだ。

 しかし、吹雪がこうも元気に動いているのを見ていると、彼女って暖かそうだなーなんて考えが浮かんでくる。体温高そう?

 抹茶色のトートバックを揺らめかせ、弾むように歩く吹雪は、それでも俺の隣からそう離れない。全開で楽しんでいるように見えて、歩調を合わせるとか、そういった気配りはできるみたいだ。

 バス停に立ち、バスが来るまで彼女の鼻歌は続いていた。さすがにバスに乗り込んでからは大人しくしていたが、窓の外を覗いたり俺の顔を窺ったりとかなり忙しなくしていた。彼女にとって外出するって事は特別なんだな、と改めて思った。

 

 さて、今日の予定はお買い物だ。クリスマスに必要な物を買い込み、明日の本番に備えるためだ。

 25日は豪華な夕食と相場が決まっている。ただ、今年は何にするかまだ決めていなかった。チキンは外せないだろうか。シチューパイはどうかな。今は安価でコンビニででも購入できる。そうそう、クリスマスケーキは予約などしていなかったからどうしようかと吹雪に聞けば、「お任せ下さい!」と胸を張られた。クリスマスケーキは彼女が作る事に。しかしなんでも作れるなあ、吹雪。どこで習ったんだろう?

 終点、駅についてバスを降りる。人が多い。構内は行き交う人々でごった返している。世間は冬休みという事もあって家族連れが多い。そして同じくらいカップルも多い。特段嫉妬心なんかはわかないが、そういった男女の組み合わせの近くを通る際、吹雪が彼らを目で追っているのは気になった。

 憧れでも抱いているのだろうか……お年頃? 彼女の横顔からは何も読み取れなかったし、不意に俺を見上げる顔を真正面から見下ろしたって、彼女が何を思っているかなんてわからなかった。

 駅へ続く大通りを逆走する。高い建物が並び、空には透明な半円状のガラスが覆いかぶさっていて、ここはかなりの賑わいだった。有名なハンバーガーのチェーン店や激安を謳う雑貨店に、DVDなどのレンタル店もある。俺が一介のサラリーマンであった頃には、通勤のためにこの道を通ったものだ。その頃と比べると、前はあったものがなくなっていたり、新しい店が参入していたりして結構新鮮だった。

 

「むぎゅ」

「っと、吹雪、もうちっとこっち寄った方が良いぞ」

「そ、そうします」

 

 駅へ向かう者とそうでない者がばらばらに歩いていて、結構な頻度でぶつかりそうになる。特に相手が避ける素振りを見せない時などそれが顕著だ。とうとう誰かに挟まれるようにしてよろめいた吹雪の腕を取り、すぐ傍まで引き寄せる。家を出る前に危惧していた『有名人(?)である吹雪への注目や関心』などの心配はこれっぽっちもいらないとわかったが、代わりにこの距離感が曖昧な少女をいかにして人波から守り抜くかに悩む事になってしまった。

 俺が言った通りもっとずっとくっついてくれれば問題はないが、しかし俺と彼女が現実で対面したのはつい昨日だ。人間には他人に近付かれると不快に思う距離というのが存在する。パーソナルスペースというやつ。さすがにそうすぐにはくっついてくれないだろう。

 

「それでは、失礼しますね」

 

 にしては結構近い位置にいてくれるが、なんて思っていれば、一言断った吹雪が腕をとってきた。両手で自分の体に寄せ、そのまま抱えて、くっついてくる。

 ……これはどういう事だろう。艦娘にはパーソナルスペースは存在しないのだろうか。それとも、俺が思っていたよりも彼女の俺への信頼は厚かった?

 なんにせよ、密着した彼女のもこもこ感は半端なく、また俺の心臓の鼓動も半端なかった。

 

「ふ、吹雪」

「なんでしょうか」

 

 ちょっと近すぎやしないか、と矛盾染みた言葉を投げかけようとして、彼女が特に気負いもなく俺の腕に抱き付いているのに冷静さを取り戻した。

 これしきの事でおどおどしてはいられない。俺もなんて事のないよう振る舞おう。内心エライ事になってるが、悟られないように……と。

 というか吹雪、真顔でこんな事するなんて、なんて天然さんなんだ。

 

「誰彼かまわずこういう事はしないようにな」

 

 危険だぞ、と注意すれば、吹雪は俺を見上げて――すぐに前に向き直った。

 

「司令官にしかしません」

「……おう」

 

 ちょっとキュン死しそうになったんだけど。

 そ、そうかそうか。君のそういう挙動は俺限定なのか。嬉しいが、同時に苦しくもある。いや、こういうのは初めてなもんで……って、何を勘違いしてるんだ俺は。

 喧騒の中を二人歩く。

 周りの雰囲気に流されて、彼女の行動を恋人的なものと認識してしまっていたが、よく考えなくても人避けのためだけの行為だ。そこに甘酸っぱい思いはなく、きっと吹雪的にも信頼度の高い人に体を預けているだけのつもりだろう。彼女と俺の認識の違いのせいで危うく勘違いしてしまうところだった。ふぅー、間一髪だったぜ。……ところで、これ傍から見るとどんな感じなのか、とても気になるんですが。

 カップル……はないか。身長差激しいし、外見年齢的にも離れてる。よくて仲の良い兄妹だろう。

 

「なんか、こうしてると兄妹みたいだな、俺達」

「え……?」

 

 それでも俺の中ではこれは結構恥ずかしいというか、恋人的な接触であると考えてしまう気持ちが強いので、自分を騙すのも含めて吹雪に問いかけてみた。

 そうですね、と返されると予想していたのに、それに反して吹雪は目を丸くして俺を見上げた。

 ……え? ま、またよくわからん反応をするなぁこの子は。俺、そんな変な事言ったか?

 

「し、司令官……私……」

 

 抱かれたままの腕が少し重くなる。ざわめきの中でもはっきり聞こえる彼女の声は、気のせいか震えていた。

 

「私、本当は……」

「おっとごめんよっ!」

 

 吹雪が何か言いかけた時、人垣を掻き分けて飛び出してきた影が俺にぶつかってきた。うお、とよろめきながらもなんとか後ろに足を出して踏み止まる。吹雪も俺の腕を引っ張って倒れないようにしてくれていた。

 

「ん、おたくってまさか……吹雪?」

「は?」

 

 真下から聞こえてきた高い声に思わず呆けた声を出す。

 慌てて声の正体を見てみれば、それは吹雪と同じくらいの年ごろの少女だった。

 癖のある黒髪は肩にかかるくらいで、頭頂部にはぴょこんと二本髪が立っていた。分厚い黒布の上着はノースリーブで、長袖の白いシャツが覗いている。全体的にお嬢様っぽい格好だった。実際はどうだか知らないが……さて、この少女は今なんと言ったのだろう。

 

「吹雪だよね。艦娘の」

「いやいやいや、待て待て」

 

 このお嬢さんは何をピンポイントに見破っていらっしゃるのだろうか。駅までの道中誰も吹雪に注目しなかったというのに、この女の子は一目で吹雪と言い当ててしまった。……さては相当な艦これファンの吹雪推しだな? ……じゃなくて。

 ファンに漏れるのはマズイ、いや不味くはないのか? 変な危機感ばかりが頭の中に渦巻いている。ここに吹雪がいるぞーと吹聴されては困るのだ。変な奴らが押し寄せてきたらどうする。

 

「人違いでは? この子は……俺の妹だよ」

「……なんだって?」

 

 誤魔化しつつ一歩下がれば、彼女の全体像が見えた。下は膝までのスカートと、高そうなブーツ。両手は剥き出しだ。ライトブラウンの瞳を細めて俺を見上げた少女は、吹雪より頭半分大きいように見えた。

 

「……おにい、ちゃん?」

 

 吹雪も誤魔化しに乗ってくれたのか、戸惑いがちにそう俺を呼んだ。ほら、どっからどうみても普通の兄妹だ。

 

「でもどっからどうみても吹雪じゃん。ねぇ?」

「いや、吹雪が現実にいる訳ないだろう」

 

 見知らぬ少女は気安い風に吹雪に同意を求め、吹雪を困らせている。対応に困るな……とにかく間違いだとわかってもらいたいのだが……。

 

「ふぶ……行こう」

「あっ……は、はい」

 

 吹雪の腕を引いてこの場を離脱しようとして、間違えて「吹雪」と呼びかけそうになってしまった。違うと言った俺が呼んでどうするんだ。無理矢理別の言葉に言い換えたものの、こんなので誤魔化される人間はいないだろう。俺達の前へ回り込んだ少女は、「ほらやっぱり吹雪だ」とでも言わん顔で話しかけてきた。

 

「ねぇ、艦娘なら凄い強いよね。ちょーっと朝姫(あさひ)に力貸してくんない?」

「えーっ、と…………司令官、どうしましょう?」

 

 アサヒってのはこの子の名前だろうか。一人称が自分の名前かー、なんて考えていれば、吹雪が普通に俺の事を司令官と呼んでしまった。うーん……まだ単なるコスプレイヤーのごっこ遊びで押し通せそうでもあるが、往来の真ん中で立ち止まる俺達を疎ましがっている周りの人がいる中で押し問答をする訳にもいかないだろう。

 だからといって認めるつもりはないが……というか、なんか吹雪が「この子困ってるみたいですけど」と、暗に手を貸してあげましょうよと判断を仰いできている。……手を貸したら面倒な事になりそうだ。しかし馬鹿正直にそう言って提案を突っぱねるのはよろしくない。

 言葉を探していると、なんだか周りが騒がしくなってきているのに気付いた。それは俺達には関係のない事っぽいが……人の流れが一方的になりつつある。すぐ傍を通ったカップル曰く、すぐそこでアイドルがゲリラライブを始めたらしい。興味本位で向かう人間はかなり多いようだ。

 

「ねーってば。朝姫、悪い人達に追われてるのよ。助けてくれない?」

「悪い人達って、なんか古臭い言い回しだな……」

「司令官」

「……わかった。わかったよ、そんな縋るような目をせんでも人助けくらいはするさ。えー、不審者に追い掛け回されている女の子がいると警察に連絡を……」

「んなてきとーな事でケーサツが動くんなら朝姫は今頃家でのんびりしてるよ」

 

 だよなあ……。ストーカー被害だとかも現行犯でないと簡単に動いてくれないって聞くし、というかこの朝姫って子、結構余裕あるんじゃないか? 追ってきてる人達ってのも全然近くにいる気配がないし、そもそも警察が駄目でもここにはたくさん大人がいる。普通ならそっちを頼るもんだろう。

 考えるほど怪しいなぁ……。

 

「おっと来た来たぁ!」

 

 体を傾けて俺の後ろを覗き込み「来た」なんて言うもんだから、思わず振り返ってみれば、人波の向こうに怪しい集団を見つける事ができた。赤やら金やら茶色やら黒色やらの長い髪をもつ黒服サングラスの、そらもう背の高いお姉さん方が一糸乱れぬ動きで歩いてきているのだ。明らかに目標はこっち。なんだあれ……ターミネーターか何かかな?

 

「ほらこっちこっち!」

「おい、ちょっと!」

 

 現実逃避気味に何者かに疑問を呼びかけていれば、少女――アサヒとやらが吹雪の手を引いて駆け出した。なんのつもり――ああ、艦娘の力を期待してか! あの子本気で吹雪を吹雪だって思ってんのか!? 慌てて俺も駆け出し、すぐに彼女達に追いついた。

 

「ほらほら急がないと殺されるよ!」

「ころっ……!?」

「どういう状況なんだよ!」

 

 少女と横並びになると、急かすようにそんな事を言った。どういう事だそれは。それこそ警察呼べよ! なんなら俺が代わりに呼んでもいいんだけど? ……と言いたいところだが。

 ザッ、ザッ、ザッと恐ろしい靴音が近付いてきてる。振り返りたくない。振り返ったらたぶんちびるな。そこら辺歩いている人達、どうか勇気を出して通報してくれ。ああもう、急展開すぎて頭が回らない。まるで意味がわからんぞ。吹雪だって目を白黒させて、転ばないよう必死に走っている。

 遅い。遅すぎる。

 二人共が小さいから、走るのがめちゃくちゃ遅い。だというのに俺は彼女達と並んで走っている。緊張の汗まで掻いて、追われる恐怖に慄きながら、それでも彼女達の先を行こうとはしない。少しでも突出したら吹雪を見捨てるような形になる気がしたから、なのだが……ちょっともう、さすがに向こう追いついてきてるんじゃないか?

 

「君、なんで追われてるんだ? 何をしたんだ?」

「さぁね? ほら、ちんたらしてないで朝姫を持ち上げてよ!」

「はぁ? 何言って――」

 

 走りながらでも携帯は使える。ポケットに手を突っ込んでスマホを握り締めた時、少女が妙な提案をしてきた。持ち上げろ……抱っこやらおんぶやらしろって事か? 吹雪の腕を引いて走る少女は、俺に向けて片腕を広げている。さあ持ち上げろとでも言っているみたいだ。ついでに吹雪も嘆願するように俺を見上げていた。もしかしたら彼女も追われる事にストレスを感じているのかもしれない。

 仕方ない。

 

「おっ」

「きゃっ」

 

 二人の後ろへ移動し、かっさらうように小脇に抱える。そしてダッシュ!

 先程までとは比べ物にならない速さで駆け、通りを抜けてスクランブル交差点を走り抜ける。

 目の前の人全員が俺達を見ていた。そりゃそうだ、どう見たって変な奴だもの。避けられるのも当然だ。

 俺達がバスから下りた停留所まで逃げてきて、さああの黒服達は引き離せたかなと振り返れば、律儀に信号待ちしている集団が目に入った。……こえー、何あれこえー。

 

「さ、こっちこっち!」

 

 バクバクと脈打つ心臓に息を荒げつつ、今度こそスマホを取り出そうとしたところで、また吹雪が連れ去られた。後を追わない訳にはいかない。

 ああもう……変な事に巻き込まれたなぁ。

 溜め息を吐いても鬼ごっこは終わらない。いったいどこまで逃げれば良いのやら……それは少女のみぞ知る。

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