時代は朝潮型かもしれませんが、このお話は陽炎型です。
「・・・さあ、行きますわよ」
クマノさんが静かに私に言う。
爆撃から立て直りつつある敵艦隊は、既に交戦範囲ギリギリまで迫っている。
「う、うん!」
答えながらも、私・駆逐艦マイカゼはまだ緊張を隠せずにいた。
◇◇◇
事の発端は少し前に遡る。
私とアガノさん・クマノさんの3人は、増援警戒に当たるキソさん・ズイカクさん・グラーフ
さんと別れて、戦闘海域の最前線へと進撃していた。
月が雲間から覗き、視界は良好。
・・・ではあるんだけど、まだ敵艦隊は補足できていない。
(はぁ、緊張するなー・・・)
先頭を走りながら私は溜息をつく。
(ハツカゼはいつもこんな事やってるんだよね。凄いなー)
私は普段、鎮守府内で基礎訓練と演習に従事している。
今日はたまたま、任務受注の常連であるハツカゼが艤装不良の為に、急遽代打として
姉妹艦でもあり、練度も駆逐艦の中ではそこそこ高い私が出撃する事になったのだった。
いつもの訓練や演習とは違う。
初めての「実戦」の空気は、否が応でも私の緊張を高めていた。
(うーん、ちゃんとできるのかなぁ・・・敵がこうきたら、こうやって、こう!・・・かな?)
脳内で想像訓練をしていると、髪留めの33号小型電探が唐突に「感アリ」の信号音を発した。
(・・・!!)
緊張が一気に高まる。
視界の左上に、電探が感知した敵の位置情報が小さく投影されていく。
私達駆逐艦の役割は、身軽さを活かした「索敵」と「翻弄」の大きく二つだ。
まずは訓練通りに敵を補足出来た事に、緊張が少しだけ和らぐ。
(北北東、20度・・・よし、アガノさんとクマノさんに伝えなきゃ!)
そう思い、二人を振り返ろうとしたその時。
目の前が突然真っ白になった。
(え?)
その光の正体は、ズイカクさんの艦載機の開幕爆撃による大爆発だった。
・・・などという経緯を、私は後で聞かされて知る事になる。
当然、その時の私はそんな事を知る筈も無く・・・・・・為す術も無く吹き飛ばされていた。
その瞬間は、視力が奪われた混乱で「吹き飛ばされていた」という事にすら気づいていなかった。
浮遊感を僅かに感じ、次いで胃が急激に圧迫される不快感に襲われ、そして視力が回復し始めた
時に、ようやく私は「凄い勢いと高さで、自分がどこかへ吹っ飛んでいる」という状況を認識
したのだった。
「わッうああああああ!?」
思わず叫ぶ。
叫びながら、何とか艤装をコントロールしようと手足を闇雲に動かす。
けれど、そもそも足が海面に付いていないし、空と海の上下も把握できていない中では、
全く意味の無い行為だった。
「きゃああああああああああっ!!!!!!」
今まで出したことも無い悲鳴が、自分でも驚く程のボリュームで出る。
着任当時、海面に上手く立てずに何度も溺れた記憶が何故かフラッシュバックする。
私は完全にパニック状態になっていた。
(――て、敵の攻撃!?っていうか海面はどっちに・・・じゃなくてすぐに迎撃態勢を!あ、あれ?主砲は?)
自分の呼吸を失い、思考はぐちゃぐちゃと絡まっていく。
そういえば、段々と周りの風景がゆっくりになっていっているような気もする。
それに爆発と思しき音も段々遠くなり、何も聞こえなくなる。
無音でゆっくりと時が流れる中、ふと視界の上に月が、下の方に真っ黒い海が遠く見えた。
月は不吉なまでの黄色さで、海はコンクリートの様な無機質さで私を見つめていた。
放物線の頂点に達したのか、周囲の風景が一瞬止まる。
そして、今度は斜め下方向にどんどん落下し始めていた。
風が猛烈な勢いで顔に叩き付けられる。目を開けているのも辛く、とても息苦しい。
反転している視界に、海面が物凄い速さで迫ってくるのが映る。
このまま頭から落ちたら確実に無事では済まないだろう。
そんな思いと恐ろしい高度を実感した事から、お腹の辺りが不意にぞわり、と震えた。
(ひ、ぅ・・・っ!)
ジェットコースターが一気に下降した時に感じる、あの感覚。
その不快な感覚に必死に耐えながら、ぼんやりし始めてきた頭で考える。
これって――
(――もしかして私、ここで)
死ぬの??
そう考えた瞬間、涙がどんどん溢れて視界が滲む。
頭に血が上りまくって気持ち悪い。海面はもう波の動きが判る程まで近い。
怖い。
嫌だ。
死にたくない!
(もう、駄目・・・!)
ぎゅっと目をつぶった瞬間、衝撃に襲われた。
「ぐぎゅぶっ!」
カエルが潰れたような声が出る。
(・・・・・・意外と痛くないんだ。それになんか・・・やわらかい)
頭から徐々に血が下っていくのを感じながら思う。
そして
(・・・柔らかい?)
違和感。
私はおそるおそる目を開けた。
「―――ごめんなさい、咄嗟に助けたものだから・・・痛かったかしら?」
「・・・クマノ、さん?!」
さっきとはまるで違う浮遊感と、そして感じる確かな温かさ。
私は、クマノさんに空中で抱きかかえられていた。
それも、いわゆる「お姫様だっこ」で。
更に言うと、クマノさんの胸に顔を思いっきり押し付けた格好で。
「マイカゼさん?大丈夫?」
クマノさんが言う。
ふわり、と甘い花の香りがする。
「あ、う、ええっと・・・」
今一つ状況が把握できていないけど、クマノさんに助けてもらったのだけは確かみたいだ。
混乱と恥ずかしさから、頬がどんどん熱くなっていくのが分かる。
それを隠そうと、私はクマノさんの胸から顔を離しながら慌てて答えた。
「う、うん!大丈夫だよ!」
「そう・・・ならよかった。怖い思いをさせてしまいましたわね」
クマノさんが優しく微笑みながら、慰めてくれる。
「~~~っ!」
ぼん!と音がしたかのように、私の顔が真っ赤になった。
「鎮守府で一番練度の高い大先輩」とか、
「高嶺の花すぎでしょ!」とか、
「いやちょっと待って、そもそも女の子同士だよ?」とか。
そういう色んな考えが一瞬頭の中を駆け巡り、そして一瞬で全て吹き飛んでいった。
(だって・・・)
あんな絶望的な状況から、それこそ物語のヒーローみたいにカッコ良く助けてくれて。
それでこんなにも優しい言葉と笑顔を貰ってしまったら・・・
(こんなの・・・)
”好き”にならないはずがなかった。
(うう・・・は、恥ずかし~!)
初めて押し寄せた感情を処理しきれていない事だけはよく判った。
とりあえずクマノさんに(これ以上)見られないように、両手で顔を隠す。
今自分の顔を鏡で見たら、きっと凄い事になっているんだろうなぁ・・・と、
私はくらくらした頭で思った。
◇◇◇
クマノさんはそのまま少し飛び、角度を調整して静かに海面に立った後、私をゆっくりと
降ろしてくれた。私はと言うと、まだ夢心地で「もう少しこのままでいたいなぁ」なんて
しょうもない事を考えていた。そんな私に、クマノさんが心配げに声をかけてくれる。
「マイカゼさん?大丈夫?」
「あ・・・ごめんなさい。ぼんやりしちゃってた・・・えへへ」
「無理もないですわ。全く・・・ズイカクさんはいつも突然なんですから」
ふう、とクマノさんが頬に手をやり、溜息をつく。
「・・・え?さっきのって、敵の攻撃じゃないの?」
私はてっきり攻撃を受けたとばかり思っていたので、思わず間の抜けた声で返す。
「いいえ。あれはズイカクさんの開幕爆撃ですわ」
「ば、爆撃!?うひゃー・・・ズイカクさん、凄すぎ・・・」
正規空母の先輩達が凄いのは知っていたけど、あんなにか・・・と私はただただ驚く。
「なんとなく感じていたのだけど・・・ごめんなさい、私も伝えるのが遅れてしまって」
「いっいやいや!別にクマノさんは悪くないよ!その・・・助けてくれて、ありがとう」
少し遅れてしまったが、私はぺこりと頭を下げ、改めてお礼を言った。
すると、予想外にクマノさんの顔が少しだけ赤くなる。
「とっ・・・当然ですわ!わ、私が見ている所で、怪我をされても困りますし・・・」
顔を見られたくないのか、ぷいと横を向きながらそっけなく言う。
「・・・くすっ」
その、漫画とかでよく見る「ツンデレ」な反応に、私は自然と笑っていた。
「あっはは!・・・クマノさん、かーわいいっ!!」
「な、何ですの、もう・・・・・・ほら、もう行きますわよ!」
クマノさんが横を向いたまま、私に手を差し出してくる。
「うん!・・・・・・あれ、そういえばアガノさんは?」
その暖かい手を掴みながら、今更ながらアガノさんが居ない事に気づく。
クマノさんもすっかり忘れていたようで、辺りを見回す。
「あら?・・・そういえば忘れてましたわ」
「あはは・・・って、もしかしてさっきの爆発に巻き込まれたんじゃ!?」
「アガノさんなら有り得ますわね・・・・・・・・・あ、いましたわ。あちらに」
おろおろと焦る私に、クマノさんがすっと指をさす。
「んー・・・?」
私が目を凝らしたその先で、
「あち!あち!!」
アガノさんがスカートを必死にはたきながら、走り回っていた。
◇◇◇
それから後方のキソさん達と無線で少し会話をして、今に至る。
私達3人は顔を合わせ、最後の陣形確認をしていた。
「・・・ではマイカゼさんがまず先行。機動力で空母と駆逐を攪乱している間に、私と
アガノさんが主力戦艦2隻の相手を」
「任せて!頑張って踊るよー!!」
私は手を挙げて元気よく答える。
アガノさんはというと、ひきつった笑いを浮かべ、弱弱しく手を挙げながらおずおずと言う。
「あはははは・・・アガノ、駆逐相手の方がいいかなぁ、なーんて言ってみたり・・・」
そんなアガノさんの控えめな提案を、
「助かりますわ、マイカゼさん。危なそうなら、すぐに私かアガノさんに声を掛けて
くださいね?」
クマノさんは全く取り合わなかった。多分、いや・・・絶対わざとだろうな。
私は再度気合を入れ直し、敬礼しながら答えた。
「りょーかいですっ!」
「あはははは、はぁ・・・。ちょっとは聞いてよぉ、しょぼん」
クマノさんに完全にスルーされて、アガノさんがみるみるへこんでいく。
うーん・・・ちょっと可哀相かも。その様子を見て、クマノさんが少し微笑む。
「くす。アガノさんも頼りにしてますわよ。では、皆さんご武運を」
そう言い、クマノさんはすっと前を見つめる。
その顔つきは凛々しく、これまでとはまるで違う空気を纏っていて。
とても、恰好良いと思った。
「出撃致しますわよ!」
クマノさんが出撃号令をかける。
―――いよいよ始まるんだ。
号令と同時に、私も動き出す。
「了解!いくよっ、アガノさん!!」
「もおーー、分かったわよお!!!!」
ぐっ、と艤装に力を込め、私は巡航速度から一気にスピードを上げた。
敵艦隊がぐんぐん近づいてくる。先頭の駆逐イ級と目が合う。
―――本当は。
イ級の1体が私に狙いを付け、単装砲を放つ。
(っ!)
―――本当はまだ少しだけ、怖い。
(・・・でも!)
―――でも、それよりも、今は高揚感の方が勝っていた。
フェイントも無い、安直な砲撃。
戦意が高まっているせいか、砲弾の軌跡すら見えるような錯覚に陥る。
・・・というかこんな攻撃、毎日演習でジンツウさんやムサシさん達にしごかれてる身からしたら
「ぬるすぎっ!」
右足に強く力を込めて、斜めに高く飛び砲撃をかわす。
そしてそのまま右手の12.7cm連装砲を空中で構え、左手でしっかりと支える。
改B型モデルに更にアタッチメントを追加した、ハツカゼに貸してもらった「とっておき」だ。
砲に無理矢理取り付けた射角誤差修正装置が働き、主砲が最適な角度に調整される。
同時に、これまた無理矢理付けた電子照準装置を右目で見ながら、イ級のコア部分に赤い
発光点を重ねる。
――やれる。
「ワン、ツッ!!」
引金を2度、弾く。
軽量ながらも火薬量を増した24.3kgの砲弾が、真っ直ぐイ級へと向かって行く。
一発目は命中するも、障壁に遮られてコアには届かない。
計算通りだ。
「!?ギィィッ!!!」
本命は2発目。
近代化改修された穿突型砲弾が、初撃を受け止めた障壁を文字通り「突き穿ち」、
コアにぶつりと突き刺さる。蒼い血のような液体が噴き出し、そして爆発する。
(よし・・・!)
1隻撃沈。初めての戦果だ。
残り2体のイ級もこちらに砲を向けようとする・・・けど、その動きは明らかに鈍い。
ズイカクさんの爆撃の傷がまだ完全には癒えていないようだ。
私はすぐさま腰の5連装酸素魚雷を展開し、くるりと回った。
右ターン。いつもより綺麗に決まった気がする。
月も綺麗だし、このままワルツでも踊り出したくなる。
そんな気持ちを抑えながら、私はいつものように呟いた。
「さあ、華麗に・・・踊りましょっ!!!」
そのまま空中で後ろにステップし、左にターン。
両舷合わせて10門の魚雷を、全弾射出する。シュパパパッ、と小気味良い射出音が続く。
私の回転に併せて順々に、上から見たらきっと円を描く様に放たれていく。
酸素魚雷自体には誘導性は無い為、それぞれの方向に直進する。
だけど速度と消音性、なにより爆発までの時間が短いのが最大の特徴だ。
(だから攪乱にはうってつけ・・・なんだよね!)
魚雷の爆発による水柱がそこかしこに上がる。
2体に直撃はしていないが、その衝撃で大きく体が揺れる。
丁度彼らが砲撃をした時だったので、砲弾はあらぬ方向へと飛んで行った。
勿論このチャンスを見逃すわけなく、私は海面に着地し、トドメを刺そうと主砲を構え狙う。
(よし、このまま!)
何かが空を切る不快な音を、微かに耳が捉えていた。