時代の風は改白露型に吹いていますが、まだこのお話は陽炎型です。
「はぁッ・・・ぐっ・・・はァ・・・ッ!」
荒い息が止めどなく吐かれる。
私は、もう立っているのもやっとの状態だった。
艤装の大部分が破損し、折れた右足の感覚は既に無い。
殴った時の衝撃で、右手の指にも違和感を感じる。多分こちらも折れているだろう。
「これじゃ・・・踊ったら、見えちゃうじゃん・・・」
ゲホ、と咳き込みながら自嘲する。
初出撃で大破、か。もう少し上手くやれると思ったんだけどな。
こんな姿をクマノさんやアガノさんに見られたら、叱られちゃうかなぁ。
瞼に伝ってきた血を左手で拭い、爆風の向こうを見つめながら私はぼんやりと考えていた。
「・・・うそ」
そして、それが見えた瞬間私は絶望を漏らしていた。
影。
晴れてきた爆風に混じって見える、人影。
実力。
全力。
死力。
自分の持てるその全てを尽くしたにも関わらず。
ヲ級は生きていた。
でも、あちらも相当なダメージを負っているのは一目で解った。
右目は抉れ、そこから青い体液が大量に流れ出ている。頭部の格納庫も大破して炎上している。
ガトリング砲の銃口も大半が溶けて貼り付き、ぶすぶすと煙を上げている。
足取りもよろよろと覚束ないけれど、片目の眼差しだけは私を真っ直ぐに貫いていた。
「ぐ、っ・・・」
歯をきつく噛む私の脳裏に、ムサシさんの言葉が浮かぶ。
"仕留め損ねた敵に対しては、直ちに追撃を実施。迅速に撃滅しろ"
基礎訓練で散々叩き込まれた、艦隊戦におけるセオリーだった。
「やら、なきゃ・・・」
折れた右手を必死に動かし、私はふらふらと連装砲を構える。
痛みで視界もぼやけている中、狙いも曖昧な状態でトリガーを弾く。
カチン、と軽い音が響いた。
「・・・あ」
残弾ゼロ。さっきの攻撃で全弾使い切ったからだった。
「はは・・・」
そんな事すら忘れていた事に私は軽く笑い、そのまま海面にへたり込んでしまった。
ヲ級がゆっくりと私の方へ近づいてくる。見上げる私と見下ろすヲ級の目線が交差する。
その目にあったのは、ただ目の前の私に対する"憎しみ"。
さっきまでの私と、全く同じだった。
「負け、か」
ぽつりと呟く。
ここで、こんな所で沈むのかという思いはあった。
でも、体中痛いし、もう1ミリだって動かすのも億劫だし、それもいいのかもしれない。
ゴツリ、と私の頭にヲ級の持つ杖が押し当てられた。
やるなら早くやってよ、とすら思い始める。それを伝えようと、私は口を開いた。
「・・・・よ」
ヲ級が怪訝そうに私を見つめる。聞こえてなかったのかな。
私はもう一度言った。
「・・・沈むのは、やだよ」
自分の口から出た言葉に自分で驚く。そして
「へ・・・?」
頬を伝う熱さを感じ、手をやって更に驚く。涙がどんどん溢れていた。
体中痛いし、もう1ミリだって動けないのに、思いだけは込み上がってくる。
胸中に浮かぶのはクマノさんと、もう一人の事。
霞がかって顔は思い出せないけれど、とても大切だった親友の事。
「沈むのだけは、嫌だよぉっ!!」
色々な感情が、私の胸の中でとめどない渦を巻いていた。
その激情に身を任せ、私はさっきよりも大きな声で、泣きながら叫んでいた。
その言葉を聞いて、ヲ級の唇がにいいっ、と三日月に吊り上がる。
初めて見せるその感情は、嗜虐と侮蔑・・・そして勝者の圧倒的余裕に満ちていた。
ギシ、とガトリング砲が軋む。
けど、大破している為かあるいは回路が壊れた為か回らない。
ヲ級が軽く舌打ちする。私にはもう叫ぶ事しかできなかった。
「嫌だよ・・・助けて・・・・・・!」
ヲ級は顔を紅潮させ、歓喜していた。私の泣き叫ぶ様を見て、確かに笑っていた。
ガリ・・・ギギッ・・・ガチン!と回路が噛み合う音がして、ゆっくりと銃口が回り出す。
「助けてよ・・・クマノさん、アガノさんッ!!!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、私は二人の名前を叫んでいた。
ガトリング砲の音が一段高くなる。銃弾が発射口までセットされる。
ヲ級が最後に私を嘲る様に笑って唇が侮蔑の言葉を吐く様に紡がれそして銃声が冷たく
「―――承りましてよ!」
右横から、凛とした声と共に聞こえた。
「ガッッ!??」
ヲ級の抉れた右目の空間に20.3cmの砲弾が突き刺さる。
致命傷には至っていないが、砲弾の効果かヲ級の体が痙攣して動きが止まる。
「アガノさん、お願いしますわ!」
「了解っ・・・ふふっ、待ってたんだから!」
脇からアガノさんが躍り出る。その瞳は蒼く尾を引いて、獰猛に光っていた。
「りゃああああっっ!!」
そのままアガノさんはヲ級に猛烈な勢いで殴り掛かった。
「ゴガッ!ヲグゥッ!??」
さっきの私の全力なんか比べ物にならない程の、とてつもなく強烈なラッシュ。
また左・右と殴りつけると同時に、何かをヲ級の体に取り付けていくのが微かに見えた。
あのフォルムって・・・もしかして、
「ばく、らい・・・?」
思わず呟く。間違いない、対潜水艦用の爆雷をヲ級の体全体に付けていたのだった。
アガノさんは、とどめと言わんばかりに右足でヲ級を蹴り飛ばす。
ヲ級の体が高く宙に上がる。それを見てアガノさんはぞっとする様な笑みを浮かべ
「さようなら」
と言い、右手のスイッチを押した。
計8個の三式爆雷が一斉に起爆され、大爆発が夜空を一瞬明るく染めた。
「あはは・・・やっぱり、ふたりとも、凄いなぁ・・・」
一部始終を見ていた私は笑い、そして後ろ向きに倒れる。
海面に倒れると思ったけど、クマノさんにそっと抱えられていた。
温かいその腕に包まれながら、私は自然と謝っていた。
「クマノさん・・・ごめん、なさい、私――」
「本当に、よく頑張りましたわね・・・さあ、帰投致しましょう」
私の頬にそっと頭を寄せながら、クマノさんが優しく言う。
(ああ・・・)
私は役目を果たせなかったのに、ぼろ負けしちゃったのにも関わらず。
・・・本当に、この人はなんだってこんなに
(優しいんだろ・・・)
また涙が一筋私の頬を伝った。クマノさんが微笑み、微かに頷く。
私もそれに応えようと、ぎこちなく微笑んで頷いた。
そして、ゆっくりと眠りに落ちていった―――
■ ■ ■ エピローグ ■ ■ ■
2日後―――鎮守府。
うららかな春の日差しが、病室のカーテンを優しく光らせている。
私はお見舞いに来てくれたクマノさんとアガノさんと話していた。
「うん、そーなの!もうハツカゼとかつきっきりでここに居てさー!」
「ふふっ。ハツカゼさんらしいですわね」
クマノさんが上品に笑う。アガノさんも嬉しそうに言う。
「でもさ、もう出歩いてもいいんだよね?やった!これでようやく行けるよ~」
「え、どこに?」
私は聞き返す。
「間宮さんとこ!たーっぷり糖分補給しちゃうんだから!」
「あー、そう言えば・・・あはは、アガノさん、まだ行ってなかったんだ」
ズイカクさんとアガノさんの交渉劇を思い出し、私は思わず笑っていた。
アガノさんが自慢げに言う。
「ふふーん。アガノ、マイカゼちゃんが退院してからって決めてたんだ!」
「へ?私が?」
「そ!だって、マイカゼちゃんがあの戦闘で一番頑張ってたからね!」
「ですわね。皆で一緒に美味しい"すいーつ"を頂きましょう?」
クマノさんも頷き、そして病室の入口を振り返って言った。
「・・・で良いんですわよね、皆さん?」
"ぎくっ"
びくりとした空気が入口の横からして、おずおずとキソさん・グラーフさん・
ズイカクさんの3人が入ってきた。
「あは、あっははは・・・」
ズイカクさんがスカートを両手でもじもじ押さえながら、必死に微笑む。
クマノさんはそのまま笑顔で、笑顔なのに怖すぎる顔と声のトーンで言った。
「さて、3人共・・・何か言う事があるのではなくって?」
暫しの沈黙。そして
「ごめんなさいっ!」「悪かった!」「Verzeihung・・・」
3人同時に、頭を下げるタイミングまで一緒に謝ってくれた。
クマノさんはそれを聞いてにっこりといつもの笑みに戻り、皆に言った。
「よろしくってよ。じゃあ・・・そろそろ行きましょうか?」
「アガノはー、弾丸プレッツェル盛りとサンマカロンも加えちゃおうかなー」
「ちょ、アガノ!?もうやめて~~、今月服買ってお金無いのに~~~」
アガノさんは目を輝かせて、ズイカクさんは絶望の表情で。
「自業自得、ですわね。では私もそれで・・・キソさん、頼みますわよ?」
「うーむ、一体どうしてこうなった・・・」
「キソ。あのチェスの負け分の支払も忘れるなよ」
「黙ってろドイツ風ヤクザ。はあ・・・とりあえずツけといてくれ」
「了解だ。クマノ、何でも頼んでくれていいぞ」
キソさんとグラーフさんは互いに罵り合いながら、それぞれ病室を出ていく。
クマノさんは私に手を差し出しながら、悪戯気な表情で尋ねてくる。
「さあ、今日は快気祝いですわね。マイカゼさんは何になさるのかしら?」
私は少し考える振りをして、悪戯気に笑い返しながらその手を取ってベッドから降りる。
実は―――答えはもうさっき決めていた。私は元気よく答えた。
「私も、クマノさんと同じやつで!!」
【おわり】
第一艦隊の全メンバーの視点から書きたかったのですが、
気が付いたら舞風と熊野メインで書き殴っている自分にドン引きしました。
やっぱり好きなキャラなので、仕方ないですね。
完結させる事が出来、一息付きました。
ここまで読んで頂き、本当に有難うございました。