「真剣勝負ぅ?」
縁側に座って暢気にお茶を啜っていた博麗霊夢は素っ頓狂な声を上げた。何せ目の前に箒に跨った霧雨魔理沙が降ってきて、開口一番意味不明な言葉を投げつけてきたのだ。
「そうだ。今日の私は本気だぜ」
魔理沙はトレードマークの三角帽子を深く被り、霊夢に人差し指を突きつけてそう宣言した。いつもより少々鬼気迫る彼女の様子に、霊夢はひとつ溜め息を吐いた。
「それ、昨日も言ってなかった? ……まあいいけど」
昨日も、そのまた昨日も魔理沙は真剣勝負を挑んできた。まるで焼きまわしのように何度も何度も。その度にあの手この手で霊夢を倒そうとしてくるわけだが、その度に霊夢は魔理沙の全力を跳ね返してきた。付け焼刃とは思えない精度の技術を駆使してくる魔理沙の事を訝しげに思わなくも無かったが、何も話さない魔理沙に追求する事は、霊夢には何となく憚られた。
「さあ、始めるぞ。準備はいいな?」
境内の宙に浮いた魔理沙は、箒にしっかり跨ってそう言った。霊夢は茶飲みを置いて、魔理沙の正面にゆっくりと浮いた。袖口に仕込んだ退魔針とお札を確認する。こういうときは、ずぼらな自分に感謝する。いつも片付けるのが面倒で入れっぱなしにしているので、不意の襲撃にも対応できるのだ。
「……はいはい。後悔しないでね?」
ゆっくりと八卦炉を構える魔理沙。その目には闘志が漲り、霊夢からは良く見えない表情は真剣そのものである。対する霊夢はいつも通りの眠そうな目のまま、連日押しかける魔理沙に対する面倒さを隠さない。
風が吹いた。魔理沙はひとつ、息を吸い込むと、目の前に浮く霊夢に弾幕を放った。
――――――
事の発端は、一週間と少し前。
「よく来たわね、魔理沙」
紅魔館、大図書館。いつも暗く黴臭いそこに、魔理沙は来ていた。彼女の目の前に座る紫色の少女、パチュリー・ノーレッジに呼び出されて。
「何の用だ? パチュリーが私を呼ぶなんて珍しいな」
魔理沙はいつも通りの明るさで、適当に拝借した本を捲りながら問う。パチュリーは座っていたロッキングチェアから立ち上がり、魔理沙の脇を抜けて図書館の奥へと歩き出す。
「こっちよ。貴方にしか頼めないことなの」
「……私にしか、?」
口の中で、聞こえないように呟く。そして魔理沙は気を取り直して、パチュリーの後ろを意気揚々とついていく。“魔理沙にしか”。それはパチュリーが口にすることで、魔理沙に対するこれ以上無い甘言となった。
「いいぜ、なんでも言ってみろよ」
得意げに魔理沙は訪ねる。パチュリーは無言で歩いていく。魔理沙が顔を真正面に向けると、向かう先には不思議な扉が佇んでいた。その傍らにはいつも見る司書……小悪魔が立ち、こちらを見て微笑んだ。
「パチュリー様、魔理沙さんを……?」
「ええ。少なくとも私が知る中で、一番の適任者よ」
魔理沙には会話の意味はわからなかった。目の前の扉の異常さの前に、魔理沙はただただ圧倒されていた。
「なあ……パチュリー。
魔理沙が問う。パチュリーは扉の前で魔方陣を展開し、何かを考え込んでいる。その横から小悪魔が歩み寄り、口を開いた。
「これは、“時の扉”。パチュリー様の時空間操作魔法の賜物です」
「時の……扉?」
「この扉の向こう側は、魔法によって作られた位相空間なんだそうです。そこでは時の流れすら意のままにする事ができる……と」
「咲夜の能力を考察してたのよ。そうしてできたのがこの扉。彼女の能力を擬似的に再現して増幅し、内部に現実時間から隔離された位相空間を作り出すの。広さも時間も自在に操れるけれど、一つ問題があってね……」
「問題?」
「ええ。それだけなら便利な魔法で済むんだけど、そういう訳にもいかなくてね……。この魔法を作る為に色々と他人の魔法を利用させてもらったんだけど、何をまかり間違ったのか面倒な機能を内包したまま安定してしまったのよ。もう実用圏内になってるし組み替えるのも面倒だからこのまま使ってしまおうと思って」
パチュリーは途中で作業を終わらせ、魔理沙の質問に答える。その目は気だるげで、いつも通りのパチュリーだった。魔理沙はそんな彼女を見て少し落ち着き、改めて扉に目を向ける。
それは、一見何の変哲も無い大扉。しかし、そこから感じられる魔力は並外れたものであり、パチュリー・ノーレッジという魔法使いの凄まじさを魔理沙は改めて認識する。
「……で、私は何をすればいいんだ?」
「この扉は、心の奥底に強い願望を持つものにしか開けない。その代わり、中には開いた者の願望を叶える為の空間がある。そういう扉になってしまったの」
「心の中の、願望……」
「私はね、魔理沙」
パチュリーは魔理沙のほうを見る。ひとつテンポを置いて、もう一度口を開く。
「貴方以上に人間らしい渇望を持った人間を知らないわ。だから、貴方以上にこの扉を開く適任者を知らないの」
――倒したいんでしょう?博麗の巫女を。
――――――
「はい、終わり。今回も惜しかったわねぇ」
平然と低空飛行をする霊夢。その眼前に墜落した魔理沙。霊夢の巫女服はところどころ損傷があるものの、目立った被弾はゼロ。彼女自身も疲れたような雰囲気を出すだけで、息を乱してもいない。それに対する魔理沙は、地面にへばりついて疲れ果てている。服には破れや汚れが目立ち、本人は意識を保つので精一杯だ。
もちろん、普通の弾幕ごっこではこうはならない。弾幕は美しさを競う遊びであり、相手を打ち倒す事が主目的ではない。だから普通はルールを決めて、その上で勝敗を決めるのだ。
しかし、魔理沙は真剣勝負を望んだ。博麗の巫女に対しての宣戦布告。その結果がこの惨敗である。こんな光景が、一週間近く連続で続いているのだ。霊夢としても馬鹿らしくなってきている。
疲れきった魔理沙を神社へと持っていって、霊夢は縁側に座った。
「ねえ魔理沙。何で真剣勝負なんてしようと思ったの?」
霊夢はそんな風に、神社の本殿で横になった魔理沙に問うた。魔理沙は顔を背けた。
「……言いたくないならいいけど」
霊夢には魔理沙の考えが理解できなかった。だから、理解しようとはしなかった。後ろから聞こえてくる音は聞かないふりをして、買い物のために人里へと飛んだ。
――――――
魔理沙は霊夢に勝ちたかった。スペルカードルールが制定されてから、魔理沙と霊夢は平等な立ち位置になった……と、魔理沙は思っていた。
魔理沙は霊夢に勝てなかった。弾幕ごっこでも、なんでも。魔理沙が努力して身につけた技術を、霊夢はその場で完璧に、120%で使いこなしてみせた。
魔理沙は霊夢に勝ちたかった。パチュリーが作り出した扉の向こうには、見知った博麗神社があった。これならば、と思った。その空間で何日も霊夢に挑み続けた。そうして、ついぞ霊夢を打ち倒した。
しかし、あくまで魔法で作り出された空間の中での話だった。現実世界の霊夢は、何度だって魔理沙の努力を超えてきた。負けては部屋に帰り、霊夢に挑む。部屋の中の霊夢を倒したら、現実の霊夢に挑む。その繰り返しを一週間。霊夢を倒す前に、魔理沙の体力の限界が訪れた。
魔理沙は誰もいなくなった神社を抜け出して、自分の家に戻った。魔法の森の自分の家は、一週間ぶりだった。家を出たままの散らかりっぷりで、改めてみるとよく人が住めるな、と他人事のように思った。そういう悪環境での生存能力なら霊夢に勝てるだろうな……と、そこまで考えて、これではどこぞの氷精と変わらないじゃないか、と自虐する。
ベッドに積み上げられた本を床に除けると、倒れこむようにベッドにうつ伏せになる。頭の中で今日の反省を巡らせると、駄目だった点ばかりが浮かんでくる。
――私はダメな奴だ。霊夢には何をやっても勝てないんだろうな……。
何度思い返しても、霊夢に勝てるビジョンは微塵も浮かんでこない。魔理沙は一人、ベッドの中に沈んだ。
「パチュリー様、あれでよかったんですか?」
「魔法使いを名乗るんだったら、多少は現実を見てもらわないとね……」
「現実を? 魔法使いは幻想を求めるものだと聞いていますけど……」
「それとこれとは別よ。幻想を求めるのと現実を見ないのは同質ではないわ。自分の心すら理解できない者に発展は無い」
「そういうものですか……? そういえば、パチュリー様が開くとどうなるんですか?」
「ああ、それは――元々、こういう用途で作ったのよ。最近本が入りきらなくて困ってるでしょう?」
「……空っぽの図書館、ですか。これなら仕事が二倍ですね……ははは……」
「ええ、よろしく頼むわよ?」
――――――
以上です。読了ありがとうございます。救いの無い終わりですまんな。
個人的にレイマリはこういう関係なのが一番です。どう足掻いても魔理沙の努力では追いつけない境地にいる霊夢。自前の才能だけで努力を全て否定して、その上で全ての存在を平等に扱う霊夢と、それに追いすがろうと努力を繰り返すけれど絶対に追いつけない魔理沙。そんな関係です。たまにコンプレックスが爆発してこうして挑むけれど勝てなくて、やがていつも通りの日常に戻っていく……みたいな。
パチュリーのアレは精神と時の部屋+必要の部屋みたいなシロモノです。ただし本人の心の奥底にある願望を反映するので、必要の部屋ほど使い勝手はよくありません。
魔理沙は“霊夢に勝ちたい”から“霊夢のいる博麗神社”。
パチュリーは“真理を求める”から“空っぽの図書館”。という具合です。内部は時間の概念が無いから本の保存にぴったりだよ!やったねパチュリー!ちなみにいわゆる禁書の類の保存場所になった模様。パチュリー同伴でないと誰も入れないので、危険物を置いておくのに適切です。
ちなみに霊夢が開けると……“扉の向こう側が見えるだけ”です。