ニート手前な駅長さん   作:いろは

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ノボリ①

「モンメンが欲しい」

 

 唐突に告げられた言葉に、思わず私は仕事をしていた手を止めて、発言の主を凝視しました。

 表情筋の動きが乏しいのか、いつも仮面みたいな無表情で怖いと影で言われたこともあった私の凝視という、自分で言うのも悲しいのですが、その、子供が泣き出しかねないコンボに、しかし当人はびくともなさりません。

「ノボリはモンメン、持ってないの?」

 

 不満そうに眉を寄せて繰り返し呼ばれたポケモンの名前に困惑が隠せませんでした。モンメン、と言えば、確かヤグルマの森周辺に特に生息している、草タイプのポケモン。さして珍しいわけでもなく、取り立てて強いというわけでもありませんので、何故彼女がここまで執着しているのかが理解できません。

 

「残念ですが、私は持っていませんね。それにしてもどうしたのです?貴女が自らポケモンを欲しいなんて言うのは初めて聞きましたが」

「そう?」

「それに、貴女はすでにカントー地方の珍しいポケモンを持っていらっしゃいませんでしたか?」

 

 よく彼女についてまわっていた、茶色くて小さな可愛らしいポケモンを思い浮かべながら言いました。彼女の構ってもらってぴゃあ、と嬉しそうな声を挙げる様子が大変可愛らしいと職員の間でも評判でございましたので、印象に残っております。幾人かの女性職員がどこで手に入るのか、彼女を問い詰めていたことすらあった気がいたします。あのときの彼女達の表情は…いけません、これ以上思い出すと夢に出てきそうです。

 

「うん…このあいだ進化した」

「! それはそれは、おめでとうございます」

「うん。だからモンメン欲しいの」

 

 会話の流れがさっぱりでございます。

 

 しかしまあ、これはいい機会ではないだろうかと私は考えました。

そう。このニート一歩手前の『駅長(仮)』もとい『ギアステーション管理人(仮)』、正確にはギアステーション建設地及び建物物賃貸主である彼女が堕落した引きこもり生活から脱出するいい機会だと。

 

 彼女――いつまでも3人称で呼ぶのもどうかと思いますので、名前を述べさせていただくことにします――リオさまは、前駅長の一人娘でいらっしゃいます。幼いころに母親が亡くなられて、それからしばらくイッシュから離れた遠い地方の知り合いの方に預けられていたらしく、構ってやれなかった分精一杯甘やかしてあげたいのだ、と前駅長は仰っていたものでした。

 ―――その駅長も、もう亡くなられてしまったのですが。

 

 しかし、その駅長がどれほどリオさまのことを可愛がっていたかは手持ちのポケモンの珍しさからも一目瞭然でしょう。たしか、彼女のポケモン――イーブイ、でしたか――は、生息地のカントーですら珍しく貴重なポケモンでございます。直接そう仰られたのを耳にしたわけではありませんが、おそらく駅長がツテを使われたのだと私は考えております。

 

 

 ――と、失礼、今は一応彼女が駅長でございました。とはいっても、彼女は駅長業務をギアステーション職員に全て委託しておりますから、駅長、と呼ぶには少々語弊があるようでしっくりいかないのですけれど。

 

 推測できた方もいらっしゃるのではと思いますが、つまり、亡くなられた前駅長は、大変可愛がっていた一人娘であるリオさまに、ギアステーションの土地も建物も、彼が持つ全ての権利と財産を譲渡なさったのです。

元々このギアステーションやバトルサブウェイという施設は前駅長がすべて作り上げ育て上げたもの。父親としての駅長のその行動に口を挟めるような者はだれもございませんでした。

 一応リオさまは此処のトップとしての立場も譲渡されたようなものですが、彼女は全くそういった地位に興味がないのか、サブウェイマスターに全権を委託して自身はおとなしくされています。素人に見当違いなことで口を突っ込まれたり、勝手なことをされたりしないのは助かるのですが、その、なんといいますか。

 

 つまりは、彼女はおとなしすぎるのでございます。

 ああ、いえ、やはり語弊がありますね。なんと表現したらよろしいのか。

 

 リオさまは、ギアステーションのある通路から繋がる、隠し部屋(本人は普通の部屋だと仰っておりましたが、どう見ても普通にたどり着けないあそこは隠し部屋だと断言させていただきます)に住んでいらっしゃいます。前駅長がようやくひと段落ついて彼女をお引きとりになった際に、家族の時間を少しでもとろうと考えなさったのか、ギアステーション内に家――というか、生活区域となる部屋をお作りになったのです。前駅長は仕事で駅に大抵寝泊りしたまま仕事を片付けていらっしゃったので、言わんとしているところは分からなくもないのですが。

 

 その部屋には当然ライフラインがございます。ある程度の広さや快適さ、その他諸々も確保されているそうです。

 

 そしてリオさまは、その部屋から滅多にでてこないのでございます。

 ギアステーションをうろついている様子ですら珍しく、密かに職員一同日々気を揉んでいるのです。

特に彼女に魅力があるとか、恩があるとか、そういうわけではないのですけれど、毒にも薬にもならないような方ですので、なんとなく気にかかるのです。

 

 リオさまは賃貸主で、しかもこの施設の規模では何もしなくてもこれから先も莫大な安定収入が得られます。が、しかし、その、できればこの引きこもり生活から脱出させ、更生させたいというのが昔からの職員の密かな野望でもあるそうで、できれば私もそれに微力ながら手を貸したいものだと考えたのです。

 

 このライモンシティから出て、ヤグルマの森に出かけるというだけでも、部屋の中に引きこもっているリオさまが外に出るようになるきっかけとなる可能性は十二分にございます。

 ええそうですとも、閉鎖された空間にばかりいるからきっと動きたくなくなるのです!賑やかな人ごみ、広い街並み、どこまでも続く青い空!地上に出て解放感溢れる外の空気を味わえば、きっとリオさまも今の堕落…もとい、非活動的な生活から脱出できるはずです!

 

 そうとなれば、あとは行動あるのみです。リオさま自らがモンメンをゲットしに赴くよう仕向けるべく、私は口を開きました。

 

「あの、リオさま!此処の職員には飛行タイプのポケモンを持っている者もございます。中でもすばやさの高いポケモンでしたらヤグルマの森まではあっという間でございますよ。よろしければ、お借りして一緒にモンメンをゲットしに――」

 

 そして、ひゅごっ!となにかが宙を割く音。さらにパァンとボールが開く音と、半瞬遅れたごおっと炎が燃える音は、ほとんど同時に私の耳に届きました。

 

「しゃ、シャンデラ…?」

 

 何が起こったか把握できずに、目の前で私を庇うように立ちふさがっているシャンデラに困惑した視線を向けました。しかしシャンデラは一声だけ応えるように声をあげたものの、ある一点から警戒を解きません。

ふと、からん、と音がしたため音源を見れば、黒焦げになったスパナが足元に転がっていました。

焦げ…というと、さっき上がった炎が燃やしたのでしょうか。つまりは、飛んできたスパナをボールから出てきた私のシャンデラが燃やして堕としたと…?ああ、だからこの子は私を庇っているのでしょうか?

いえ、そもそも何故スパナが飛んでくるのです?誰か教えてくださいまし。

 

「ノボリ、どうかした?」

「え、いえ、その…なんでもありません」

「そ?」

 

不思議そうに訊いてきたリオさまにはそう答えるしかありませんでした。どうかしたもなにも、私が訊きたいくらいでございます。

それから、リオさまはシャンデラが何を見ているのか気になったのか、その視線を辿ると、ぱちりと目を瞬かせて、口を開きました。

 

「ちぃくん?」

「え、」

「どしたの、そんなとこで。おいで」

 

 呼ばれた名前は確か、

 

 と、思考に沈むと同時に、ぴゃあ♪という嬉しそうな高めの鳴き声が聞こえました。どことなく紫がかったシルバーの、ビロードのような毛並みは思わず感嘆の息を漏らしてしまいそうなほど美しく、しなやかなシルエットと優美な動きがさらに目を惹きつけます。するりとリオさまの足元にすり寄ったそのポケモンは、再び高い甘えた声をあげました。

 

「よしよし。どしたん、ちぃくん」

 

 うりうりと喉をくすぐられたその子は幸せそうに目を細めて、さらになにかをねだるように声をあげて、その体を摺り寄せます。その様子も大層可愛らしい…そしてふと頭を過ぎったのは、リオさまが連れていたイーブイです。

 

「リオさま、もしやそのポケモンは、イーブイが進化した姿でございますか?」

「そ。エーフィっていうの。ちぃくんが進化したいのにさせたらこうなった」

「とても愛らしゅうございますね。もとからもそうでしたが、さらに美しさが増したように感じます」

「だって、ちぃくん」

 

 うれしい?と尋ねた先で甘えた声でエーフィがなんと答えたのかは分かりませんが、それにしても素晴らしい。引きこもりではあるものの、どうやらリオさんはとてもポケモンとよい関係を築けているようでございます。スーパーブラボー!

 しかしポケモンもやはり地下にずっといては気が滅入るというもの。エーフィのためにも、リオさまの脱・引きこもり作戦はぜひとも成功させねばなりません!

 

 一層気合いを入れた私は、眠くなってきたのか、欠伸をしているリオさんに向かって声をかけました。

 

「話を戻させていただきますが、私もお供いたしますので、リオさん自らモンメンのゲットにお臨みになるのはいかがで―――」

 

 びゅお、と黒いなにかが頭のすぐ横を恐ろしい速さで通り過ぎていきました。さきほどは炎でなにか――飛んできたスパナでしたが――を打ち落としていたシャンデラも恐れ慄いております。

 まさか、いやもしかしなくても、飛んできたのは……シャドーボール、では。あの速度で、しかもなにかにぶつかった音がしないということは、最終的に消滅するように操作していて、イコールかなり熟練した技と見受けられます。つまり威力も相当であり、弱点属性のそんな威力の技を目の当たりにすればシャンデラが怯えるのも納得のいく話でございます。

 

 しかし、誰がそんな技を。

 

 そろり、とエーフィの様子を窺いました。低く、るるる…と小さくうなり声をあげて威嚇の姿勢をとっているエーフィはふわりと新たに暗い色の玉、すなわちシャドーボールを浮かべてみせます。

 

 ひく、と表情が引き攣ったのを感じたのは何時ぶりでしょうか。思わず私は「リオさま!」と彼女の名前を呼んでいました。

 

 眠気がピークに達しつつあるのか、半目でこしこしと目を擦っているリオさまは、したったらずな口調で返事をお返しになりました。

 

「なあに、ノボリ?」

「エーフィが!」

「ちぃくんが?」

「ぴゃぁ」

 

 甘ったるい声を出してリオさまにすり寄っている姿には、さっき威嚇して、といいますか喧嘩を売ってきていたあの低い声や態度や表情、そしてシャドーボールなんぞ影も形もございません。しかし、あふ、とリオさまが目を閉じてあくびをした瞬間にこちらを睨みつけてくる様子を見て、ああ今のは白昼夢を見ていたというわけではなかったのですね、と思いました。見た目に反してゴーストタイプ技とは、えげつない。もしや、そういうポケモンなんでしょうか、詐欺ポケモンとか。

 

 つらつらと巡る考えは現実逃避が入っていたと言っても過言ではないでしょう。

 

「ノボリ?結局ちぃくんがどうしたの」

「…いえ、なんでもございません。気にしないでくださいまし」

 

 余計なことを口に出した瞬間に、なにかが終わる気がいたしますので。

 と続けたいところでしたが不思議そうに首を傾げているリオさまには言うことができませんでした。ふぉん、とサイコキネシスの青い燐光を纏ったエーフィがこちらをじっと見ております。

というか、ゴーストとエスパーの複合タイプのポケモンは未だ発見報告がありませんし、サイコキネシスとシャドーボールが使えるということはどちらかはわざマシンで覚えさせられたわけですね。誰ですか余計なことをしたのは。あとでわざマシンの使用履歴を調べておきましょう。減給でございます。

 

「デ、デラ~…」

 

 ほのお・ゴーストタイプであるシャンデラにはエスパー技のダメージは二分の一であるものの、気のせいかさきほどよりも威力が増している感のある攻撃のスタンバイにすっかりシャンデラが怯えてしまっています。二分の一といえど、見た目からしてどちらかといえばエーフィはゴーストタイプよりもエスパータイプである可能性が高く、であればタイプ一致で1.5倍の威力が見込まれます。……果たして、先ほどのシャドーボールとこの気合の入ったサイコキネシス、どちらが威力があるのか…考えたくないですね。シャンデラは仮にもサブウェイマスターである私のポケモンなのですが……誰ですかこんなになるまでイーブイを鍛えあげたのは。ブラボー、とでも言うと思いましたか?減給です、とにかく減給処分でございます。救済案としてクダリの書類代行でも構いません。

せっかくの貴重なリオさまの引きこもり脱出の機会でしたが、リオさまに面倒かけるなと言わんばかりに「ぜったいれいど」並みの冷たさを持って視線を送ってくるエーフィがそれを許してくれそうにありません。

 

 ――不甲斐ない私を許してくださいまし。

 

 馴染みの職員たちに心の中で詫びつつ、職員の中でモンメンもしくはエルフーンを持っている人物をリストアップしていき、誰からたまごを譲り受けるか考えました。私も仕事がありますので、そうそう遠出はできません。キレた職員たちによるストライキがおきかねません。先ほどの申し出はリオさまが外出なさるという大義名分があればこそであります。

 それに、強いポケモンからは強いポケモンが生まれやすくなります故、結果的にはよかったのかもしれませんね、と誰にともなく言い訳しつつ、怯えるシャンデラを連れてその場を去りました。

 

 

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