すべてのはじまりをおぼえている。
0と1のいうたった二種類の文字の羅列を揺り籠に。
何百もの同胞達の中から奇跡的に選ばれて。
【生まれて】初めて目にしたあの人の姿は何故か変わっていて、年齢も声も服装も目の色も髪の色もなにもかもが違ったけれど、それでも目が合った瞬間に理解した。
「ま、すたー」
きっとあげた声の意味は伝わらなかったのだろうけれど、彼女は「よろしく」と微笑んだから。
私は、【世界】に産声を上げた。
たったひとり、彼女の存在を完全に理解できる唯一の相棒として、存在を許されたのだ。
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「ママンせんぱあいっ!!ガラの悪い不良ポケモンがいじめるううううう!」
「だ・か・ら!誰に向かって口きいとんじゃワレエエェェエエェエ!!」
容赦なくべしゃりと「ねんりき」で床に押さえつけられたエルフーンはぎゃんぎゃん喚きながら暴れようとするが、体の拘束はびくともしない。
力いっぱい足掻きすぎて「ぷぎゅううううううう…」と妙な声をあげる様子をハッと鼻で嘲笑いつつ、エーフィはするりと優雅に身を翻し、サーナイトへと向き直った。
「言っとくけどなあ、躾けや、躾け。こん生意気なんどうにかせんといかんやろ。最近調子乗ってミロカロスの方にもちょっかい出しとるみたいやし」
「オレは強くなりたいだけっすもんーーー!!アイツが弱いのが悪いんすよお」
「黙らんかい綿。――邪魔せえへんといてや?まあ、最近やっとらへんやったし、バトルしてもわいは構わへんけどな。…今度こそ勝ったるわ」
「あらあら、元気いっぱいねえ」
「その余裕そうな態度、ぶち壊したる」
「ふふ」
ふぉん、という音と共にいくつもの黒い影の玉を自分の周りへと浮かべたエーフィを、サーナイトは微笑ましく見つめた。
彼は自分をどうしても倒したくて、わざわざ駅の倉庫のわざマシンを自ら使ってサーナイトの弱点であるゴーストわざ、「シャドーボール」を覚えてきたのだ。より効果的に扱うために特訓も欠かさずに行っているのも知っている。
シャドーボール以外にもなにかないか、ちょこちょこ倉庫に行ってはとりあえず覚えられるわざを全部覚えて、使いこなせるように練習しているのも知っているし、最近エルフーンに一方的リンチに遭っているミロカロスのために「ふぶき」と「れいとうビーム」のわざマシンを(勝手に)持ってきて覚えさせてあげたことも知っている。
最初はツンしかなかったイーブイだったけれど、マスターに心を開いていくうちにサーナイトの存在に嫉妬するようになって、しょっちゅう喧嘩を売ってきたものだった。最近はご無沙汰だったのでなんだか懐かしい。
ちなみにレベルが3ケタのサーナイトに1ケタのイーブイが喧嘩を売った結果は言うまでもない。
そんな現在のエーフィが普通のポケモンでは太刀打ちできないくらい強くなったのも知っているが、生憎サーナイトは普通のポケモンではなかった。とはいっても改造はされていない。厳選や遺伝わざ調整なんかはあったけど。
そんなサーナイトはほわほわと慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、「ひかりのかべ」→「まもる」でシャドーボールを防ぐと、全力で「はかいこうせん」を返してあげた。
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案の定一撃KOされたエーフィをつつきながら、うーんとサーナイトは首を傾げた。
「やりすぎちゃったかしら…?いやしのはどう要る?」
「いらんわ!」
意識を取り戻したエーフィが目を閉じてふいっと祈るように天を仰ぐと、きらきらと星のような光がその身体を取り巻いた。
「あら。ねがいごとなんて覚えてたのね。あさのひざしを使うのかと思ったわ」
「発動さえしてしまえばすぐ動けるしな。そこの木綿がなんか構えとるし」
「げっばれた!!背後からこっそりソーラービームぶちかますつもりだったのにぃ!」
「そーかそーか。よし、×××ね」
「放送禁止用語はんたげぶうっ!!?」
爽やかにひどいことを告げたエーフィはすでに攻撃の準備を終えていたらしい。エルフーンの頭上から襲った「みらいよち」は容赦なくエルフーンの意識を刈り取った。
ふんっとさらに上から踏みつけにしているエーフィは不機嫌そうにぶすくれている。やつあたりといわんばかりにエルフーンをげしげし足蹴にするのを止めようかどうか迷ったが、多分平気だろうと思って放っておくことにした。綿だし。
いざとなったらいやしのはどうで回復してあげればいいよね。うん。
「くっそおお……なんっで勝てへんのやぁ……!」
「ええと……経験の差?」
「わいだってかなりバトルしたし鍛錬もしとるわ!」
「うーん、でもねえ…」
フィロがマスターに懐くまでが特に大変な時期だったんだもの。
主がつけたエーフィの名前と共に、サーナイトは昔のことを思い出す。
【未帰還者】となったプレイヤー達の中で、現実が受け入れられず暴走したトレーナー。【自分の世界】で頂点に立ち、己が最強と錯覚して【ハイリンク】でやらかしたトレーナー。性格やレベルを考えなかったせいで言う事を聞かずに暴れまわるポケモンたち。
大抵がレベル100であり、極振りであり、時に6V個体やそれに準ずるものであり、種族値がヤバイ伝説のであった。
レベル制限なしという唯一のアドバンテージを遠慮なく活用して、ばったばったと明らかにイジメな強さで迷惑行為を働く連中を倒して倒して倒しまくった。
ようやくハイリンクが落ち着いたころにはレベルが180を超えていた。
そういえば目の前のエーフィもどうしたことか、レベル制限が外れている。改造コードやチートではなく、これはエーフィの純然たる努力の結果だろう。
そう思うと、なんだか嬉しくなる。
つまるところ、
絶対的強者の余裕
「うん、これからもその調子で頑張ればいいと思うわ」
にこにこしながら言われた台詞に、エーフィはぶすくれたまま尻尾をべしべし床に叩きつけた。