ニート手前な駅長さん   作:いろは

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レッド①

 赤を纏い、肩にピカチュウを乗せたトレーナーが次の車両へと乗り込むのを見届けると、ある鉄道員はどかっと思い切り座席に腰を下ろして、満足げな吐息を漏らした。全力で挑んで、負けた。悔しさなんか通り越して、すがすがしいくらいに圧倒的な力の差だった。

 

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 きっとボスたちも久々に存分にバトルが楽しめるやろ、と考えて、ふと今日の「特別指令」を思い出す。

 

「………あっ」

 

 まずいまずいまずいまずい。

 たらりと冷や汗が流れるのを感じた。

 今日は、今日だけは、どうにかして"最後の車両"には絶対辿り着かせないように全職員尽力するように、というのが朝礼で伝えられた事項だった。

 にも関わらず、今、自分は、何をした?

 

 だって、なにせ今日あの扉に向こうにいるのは、

 

 

*****

 

 

 

 うぃん、と無機質な機械音と共に開かれた扉の向こうにいたのは、キュウコンの毛皮に包まれてすいよすいよと気持ちよさそうに眠る、そう年も変わらなさそうな少女だった。

 

「……?」

 

 ぴぃか、と名前を呼ばれて、肩に乗った相棒と目を見合わせる。

 だよね。おかしいな。確か最後の車両にいるのはサブウェイマスターっていう黒ずくめか白ずくめの服装の人だったはずだ。ぼくが乗ってるのはシングルトレインだから、乗ってるのは黒い方。――の、はずなんだけど。

 

「ピカチュ!」

 

 ひょいっと軽い身のこなしで床へと降りたピカチュウが、ぴょいぴょいとキュウコンの傍に寄って、「ピカピカ!ぴーかちゅ!」と話しかける。

 眠るように眼を閉じていたキュウコンは、初めは訝しげにピカチュウとぼくのことを見ていたけど、「ピーカ!ピカピカピッチュ!ちゃーあ?」とさらに言葉を重ねると、やがて呆れたような表情で嘆息した。なんだかグリーンみたいな性格してそうなキュウコンだと思った。あ、昔の「バイビー☆」とか言う方じゃなくて、最近のやたら世話焼きな方だから。念のため。

 

 ぴか!とピカチュウに催促されたキュウコンはこぉん、と小さく耳元で囁くように鳴き声を上げて、それでも起きない少女の頬をぺろぺろとなめた。うー、と声を漏らした少女をさらに鼻先で突っついて、すり寄る。やや間を開けて、少女が目を覚ました。

 

「なあに、くーちゃ……だれ?」

「ぼくはレッド。きみこそ誰?確かここ、サブウェイマスターがいるって聞いてたんだけど」

「さぶうぇいますたー……あー、んーと、ね。ノボリとクダリ、今日は病欠」

「病欠」

 

 思わず言葉を繰り返した。病欠、って。それで運行していいのかな、バトルサブウェイ。運行休止にすればよかったのに。

 

「ノボリは、責任感、すっごく強いから。熱あっても具合悪くても来ようとする。いつもだったらクダリが代わりに両方のトレインの担当するんだけど、今回はダブルで倒れたから、職員が頑張って最期まで通さないようにするから、ってことで、無理やり療養させてるなう」

「ふうん」

 

 一応なんとなくの事情は掴めた。ぼくも病人に鞭打つような趣味はないから、まあ文句を言う気はない。ここでクレームをつけるのはよっぽど非常識でディープな廃人くらいだろう。

 しかし、だ。

 となると、一体どうしたものか。

 

「…ねえ、ぼく、どうすればいいのかな。後日改めて挑戦?それって最初から?15両目から?21両目から?それにここまでのバトルポイントって、」

「バトル、する?」

「え」

 

 少女の申し出に思わず目を瞬く。

 ぼくに構わず、なんとなくぼけっとした様子の少女はさらに言葉を続けた。

 

「わたしに勝てば、30BPあげる。リタイアするなら、とりあえず途中までの分あげる。どうする?」

 

 この子は、ぼくを知らないのだろうか。と、ぼんやりと思う。流石にイッシュ地方にまで名前が知れ渡っているなんて思いあがってるわけじゃないけれど。鉄道員の人たちは、あれは知ってるのか業務上の云々でポーカーフェイスを貫いているのかわからない。

 ぼくに勝てると、思っているのだろうか。

 ぼくに勝とうと、思っているのだろうか。

 

 ―― バトルが終わってもなお、そう思えるのだろうか。

 

 喰らってやろうと吠える声が聞こえた。怯える影は無視をされた。戦いを望む炎が燃えた。退屈を嫌い光は逃げた。刺激を求めて歓声があがった。

 

「ぴぃか、ぴかっちゅ!」

 

 モンスターボールを、手に取った。

 

「いいよ、バトルしよう」

「そっかあ。じゃあ、お仕事かあ」

 

 少女が埋もれていた毛皮から立ち上がる。そして彼女が顔を上にあげたとき、雰囲気が一変した。

 

「それではチャレンジャー、レッド。私とのバトルをお望みならば叶えないわけにはいくまいよ!なにせカントーのチャンピオン殿、原点にて頂点たる赤様がはるばるこのイッシュにまで来てくださったわけなのだから!

さてさてルールは如何しようか。ひとまず33は基本、勝ち抜きでトレーナーのアイテム使用は不可、ポケモンに持たせるのは可。ああ、そうだ。ポケモンの入れ替えはするかい?どちらでも私は構わないが。あとはそうだな、レベル制限をどうする?フラットでも構わないし、あえてそこを解除でも私は構わないが?」

 

 彼女は唐突に流暢に、道化じみた身振りで話出した。最初はその変貌にぽかんとしていたが、にぃっと唇で弧を描いたアルカイックスマイルでふと正気に返った。そして、―― 気持ちが昂るのを感じた。

 彼女は、ぼくが誰だか知っている。

 そのうえで、ぼくに勝てると信じている。

 

(ぼくは彼女に勝ちたい)(その自信をぼろぼろに崩してやりたい)

(ぼくは彼女に負かされたい)(この退屈な頂点から引きずりおろしてほしい)

 

 相反する願望が渦巻いて、ぶつかって、ぐちゃぐちゃになって。

 それは、なんと表現すればいいんだろうか。

 

 どきどきと高鳴る鼓動が止められない。こんなのいつ以来だろう。

 

 コトネが初めて来たときもそうだった。昔、食糧を持ってきてくれたグリーンとバトルしていたときもそうだった。

 今はもう久しく感じていなかったそれが体中を満たして、かたかたと体を震わせた。

 

「おや。もしや体調でも悪いのかい?それはいけない、医務室へと案内したほうがいいかい?」

「まさか、」

 

 身体は熱くなっていく。思考はクリアになっていく。

 曇ってもいなかったくせに、目の前が晴れたような感覚。旅をしていたころに、ジムに、リーグに、挑戦するとき、同じように感じていた。

 

「ただの――武者震いだよ」

 

 

 

 

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