「――ずっと、僕のことを見ていたんだ」
その言葉を言うと、視界が暗転して、すぐに開けた。
小さな世界だった。灰色の世界。さみしげな世界。塩湖のように地面には水が浅くはってあって、灰色の空を映した。
中心には、彼女がいた。夢で見た彼女だ。
透けるような肌を持った綺麗な女の子。容姿は僕とは似ていない。だけど、どこか自分に似ている。
誰かの成功が許せないような嫉妬深い眼。
そこが世界の中心だと分かったのは、彼女の背後に大きな
「はやかったですね」
彼女が口を開いた。
僕は黙って彼女を見つめる。
「私は、この世界に辿りつくまでに、世界を十一回やり直しました」
彼女は続けた。
「その過程で、特殊能力で人を殺しましたこともあります。簡単に人を殺すことができました。少し手に力をこめるだけです。たくさん殺すときはもっと力をこめるだけです」
「殺す以外のこともしました。拷問です。どれだけ意志の強い人でも、私に逆らうことは出来ませんでした。なにを考えているか、なにを見ているか、なにを隠しているか、手に取るように分かりました」
「だけど――」
「ここにたどり着くまで、どんな手を使っても、どれだけ殺しても、どんな犠牲を払っても、彼を助けることは出来ませんでした」
彼女は背後の石碑を仰ぎ見る。
「答えあわせといきましょうか、
「待て、あれはなんだ?」
僕は石碑を指差した。
「あれは、正確には私にも分かりません。世界の情報を記録する。概念的な存在――私はシャーロットと呼んでいます」
――シャーロット。
「……君は何者なんだ?」
「もう
彼女は子どものように
確かに、僕にはもう彼女が誰なのか検討がついていた。
「私も、この石碑と同じ概念的存在――世界言語で言えば神になるのでしょうか」
――神。
彼女がサラの言っていた神さまだ。
サラシェーンと僕の兄さん
「それは違います。あれは
――矛盾か。
「少し違います。時間を戻す能力は一つしかありません」
一つしかない?
「そうです。そういう仕組みなんですよ。
夢で見た彼女が探していたもの。
それは
能力を集めさせる目的は――
「一人の人間を神さまに祭り上げるためです。と言っても人間の脳には限界がありますから、能力を奪う能力を創って集めさせた。逆に
能力者の特定。
「あなたは彼から能力を奪えなかったから、世界中から能力を集める時、能力の特定は別の特殊能力で代用した」
そういうことか。
同じ能力はなくても、同じような特殊能力はある。
もし、能力を奪ったままになってしまえば、他の略奪関連の能力者が能力を奪えない世界を作り上げてしまう。神が現れない世界を作ってしまう。だから奪った事実だけがシャーロットに記録され、奪われた事実はその世界にしか記録されない。
「じゃあ、君は僕と同じ、神に等しい役を担った人間なんだな」
「はい、そうなります。シャーロット彗星の周期は75年、思春期に発症すればちょうど人間の限界寿命です」
次々と解答が出てくる。
特殊能力が思春期をすぎると消えてしまうのは必要がなくなるからか。
僕は同情した。
人間だった彼女は、悪魔のシステムの思う壺になっていたんだ。
「――悪魔のシステム……そうですね。でも、この能力の根底にあったのは私たちの願いなんですよ」
乾いた笑いもらして彼女は、僕に向ける。
「……願い?」
この力が――?
欲しがってもいないこの特殊能力が?
「はい、願いです。確かに私たちが一度願った願いなんです。思春期というのは日々、葛藤との戦い――夢、恋、希望、劣等、悩み、諦め、そして――願い」
思春期、葛藤、願い。
願望。
「まず、あなたの場合、あなたはどうしても一番にはなれなかった」
確か僕は勉強で学年一位になれなかった。
「そう、故にあなたは他人を憎んだ」
我思う故に我あり。
僕は他人を思うことにした。
「それは違います。あなたは他人なんて思わなかった。だから『
僕の特殊能力は
それが、僕の願いだったのか……。
「サラ・シェーンの場合、あなたと同じ、彼女も他人の才能が妬ましかった」
「……じゃあ、サラもそうなのか」
サラも他人を恨んだ。
僕と同じで。
僕と同じ能力。
サラも
『――これは
『――あたしの人生、気付いたときには手遅れで、その夢をかなえることはできなかった』
『――歌もギターもヘタクソで、テレビでは年の近いやつらが
『――それはズルをしたからさ。それも自分の欲だけのためにな。でも、そういうのはやめにしたんだ』
『――最後にな、引き換えに視力を渡して、ジ・エンドさ』
『――そりゃ神様だろうよ。まあ、今のあんたには分からないだろうな けど、もしそんなときが訪れた日にはうまくやれよな』
うまくやれ……か。
僕はサラと昔、話した時、弟の話をしてくれた。誘拐された弟の話を。
サラは
悪魔のシステムに呑み込まれ、神になることが出来なかった。
もうこの世界には存在しない肉親に対しての
「
『――昔はよく病院送りになりました』
瞬間移動。
優しいあいつらしい、願いだった。
「黒羽 柚咲の場合、亡くなったお姉さんに最後に直接会いたかった」
でも、その願いは叶わなかった
「ええ、その通りです。自分にしか降霊させることができませんでした」
『――姉はいつも皆さんと一緒にいたんですね』
口寄せ。
それでも最後には間接的にだけど、ちゃんと会うことができた。
「黒羽 美砂の場合、彼女は……まあ仲間思いの彼女らしい願いだったのかもしれません」
『――それはセンスがないな』
発火。
あのヤンキー女め。本当にセンスがない。
でも、大雑把なあいつらしいな。
「友利一希の場合、音楽を仕事にしたかった」
空気振動。
「熊耳英史の場合、一眼となる仲間が欲しかった」
特殊能力の検知。
「目時麻沙美の場合、大切な誰かを止めたかった」
催眠。
「前泊夏樹の場合、友人のつらい記憶を消してあげたかった」
記憶消去。
「七野健吾の場合、まわりに馴染みたかった」
同一。
「有働優成の場合、言葉に出来ない感情を形にしたかった」
念写。
「福山有史の場合、どうしても甲子園に行きたかった」
念動力。
「斉藤光の場合、ハリウッドスターになりたかった」
空中浮遊。
「関口
読心術。
「乙坂
時間跳躍。
「乙坂
崩壊。
「
『――我思う故に我あり』
『――ですが私は
占領。
そうか、この言葉は本当は彼女の……。
「
はじめの世界で能力が消えていたのは、憧れるはずの僕がいなかったからか。
「友利奈緒の場合、おかしくなった兄に正気を取り戻して欲しくて、彼が大好きなバンドの映像を取りに行きました。でも当時幼かった彼女にはライブのチケットは買えませんでした。それで忍び込むことにしたんです」
『――『ZHIEND』のPVを撮るのが夢なんです』
不可視。
でも、その願いは叶わなかった。
「はい、その通りです」
能力が不完全だったから。
「そう言った意味では、あなたがさっきいた世界でみた
能力が消えていたのは、そもそも願う必要がなくなったからか。
「……じゃあ、星ノ海学園はなくなったのは」
「シャーロットが記録していたからです」
やっぱり……裏でとんでもないことが起きていたんだ。
つまり、いわゆるバタフライエフェクトと逆の現象が起きたことになる。通常バタフライエフェクトとは過去の出来事は小さなことでも改変すると、玉突きのように広がって、未来がまるで変わってしまうことを言う。しかし、この世界には概念的な存在――シャーロットが存在する。つまり、デメリットは過去、現在、未来にも影響を及ぼす。それらの事象が起因して、過去の出来事に矛盾を起こしてしまった。過去を書き換える
具体的に書き直されたことは、
「答えあわせは、できましたか?」
「……僕はどうすればいい?」
もう決まっていた。
なにを選びとって、なにを諦めるか
「どうすれば
神に問いかける。
「君がここにいる理由は、その選択肢があったからなんだろう?」
神に吐き捨てる。
今の僕は化け物だ。
大切な人を守るためなら大切な人を裏切れる。
『
「
「覚悟してる」
不思議だな。
普通ならどれだけの困難が待つのか怖くなるはずだろうに。
どうしてだろう。
それだけで――
いまの僕はみんなを救えることに安心している。
「僕は、もう十分救われているんだよ」
「そうですか……」
彼女の声が微かに震える。
ああ、そうか。
「君も今まで辛かったんだろう」
「………………」
彼女はただ。
こんなところに一人でずっと。
「僕はみんなが救えればそれでいい。君も救われてくれ」
僕がそう言うと、彼女は一瞬息苦しそうな顔をした。
どうしてかは、わからない。僕には彼女の心を読むことが出来なかった。
「……わかりました。これから私の能力で過去に
「それはどう言う意味だ?」
「言葉通りですよ。私の
そうか。
彼女もまた能力者だったのだ。
彼女は略奪関係以外の能力者は一人の神を創るための生贄だと言っていた。
人を殺したとも言った。
シャーロット彗星の周期は75年。
75年前。
ちょうど戦時中だ。
能力者が兵器として使われないわけがない。
75年前、彼女も僕と同じで全ての能力者から能力を奪ったのだ。
大切な人を救うために。
神に等しい役を担い。
神になった。
「でも、そのあと、どうするんだ? 過去に戻れば能力者だって奪う前に戻るんだぞ?」
「いいえ、もともと、この特殊能力は一人の神を創造するためのものですから、
過去の僕から能力を奪うことで本当の意味でこの世界から特殊能力がなくなる。
「そういうことか――あれ?」
いや違う。
何かが違う。
「それじゃ……駄目なんだ……」
駄目だ。
それで能力者がいない世界を創ることができる。
だけど――それじゃ――
「特殊能力のワクチンが開発されない。
ワクチンの開発は特殊能力が直接関わっていない。
その事象はシャーロットに記録されない。
次周期のシャーロット彗星の粒子を防ぐことができない。
「……確かにそうかもしれませんね。でもこれから行く世界はシャーロット彗星の粒子の影響が『なかったこと』になった世界。シャーロット彗星が通り過ぎたことが『なかったこと』になっているかもしれない。次周期では粒子が『なかったこと』になっているかもしれない。シャーロット彗星自体が『なかったこと』になっているかもしれない――」
かもしれない。
「だけど、『なかったこと』になっている可能性は十分にあります。この案件にはあなたが関わっているから」
そんな曖昧な言葉を信じるしかない。
みんなを救うためには――
もうそれしかない。
納得してしまった自分がいた。
シャーロットに僕を記録してしまえば、ワクチンは開発されないだろう。何故なら研究対象である能力者は次周期まで現れることはないのだから。
僕は最低だ。
これから、能力者を通じて起こるかもしれない悲劇を見過ごして、自分の大切な人だけが救われる世界を創ろうとしている。
「……わかった。僕をシャーロットに記憶してくれ」
「じっとしてください」
彼女は僕の額に手を当てた。
これから神にも等しい役を僕が担うことになる。
「………………」
そしてすぐに――
「……終わりましたよ」
ゆっくりと腕を下ろした。
「……随分と早いんだな、本当に神になったのか? 身体とか変化した気がしないぞ」
「そうでしょうね。あなたは既に神に等しい存在でしたから」
「……実感わかないな」
彼女は僕に手を差し出した。
「つかまってください。あなたにとって神としての初仕事で、わたしにとって最後の仕事です」
彼女の手に触れると世界が暗転した。
◆ ◆ ◆
気がつくと僕は見覚えのある部屋にいた。
彼女の能力で過去に跳
今は能力者が僕だけの世界に。
過去の僕は歩未と隼兄さんでテレビを見ていた。
まだ星ノ海には転校していない、狭い、いつものアパートで楽しそうに談笑している。
僕たちの様子は過去の僕たちには見えていないらしい。
これも彼女の能力だろう。
「楽しそうですね」
僕たちを横目に彼女が言った。
「ああ、あんまり覚えていないけど。幸せだったことだけは覚えてる。こうして家族で笑い合うことが、ここにいる日常がかけがえのないものだった」
「……じゃあ、お願いします。これで最後です」
「ああ――」
これで本当に最後。
――最後の略奪。
僕は過去の僕に近づいた。
これが最後だと思った。
「――え?」
驚いて声をあげたのは目の前にいる僕じゃない。
僕だった。
後ろから急に押されたのだ。
そして――
何のつっかえもなく、するりと僕が僕にめり込んだ。
体が体をすり抜ける。
そして、そのまま。
一体化した。
急いで振り返った。
急に視界が薄くなりはじめる。
いや、僕の視界がおかしいんじゃない。
彼女が――
彼女が消え始めているのだ。
「おい! ――――ッ!」
この時、僕は初めて気がついた。
彼女を呼ぶ名前がないことに。
彼女の名前をしらないことに。
「私のことを救おうとしてくれてありがとうございました。でも、あとは私に任してください」
彼女の瞳が黄金色に輝いた。
途端、世界が静寂に包まれた。
待ってくれよ。
僕も連れていけ。
犠牲になるのは僕でいい。
「待ってくれ」
「いいんです、もう。全部聞こえましたから、あなたは幸せになってください」
待ってくれ。
言っただろ?
僕はもう十分救われたんだ。
「あなただけでも
どうして、君は救われない。
また、あの場所戻るつもりなのか。
一人に。
たった一人だけのあの場所に。
「待ってくれ――消えるな、消えないでくれ……」
「本当に嬉しかったんですよ。私はあなたに救われた」
彼女は屈託なく笑う。
救われた?
なんで?
消える。
落ちるように光が消えて、何も見えなくなった。
◆ ◆ ◆
ずっと彼をここから見ていた。
時間から生じた小さなうねりは大きくなって、彼の運命を酷く歪ませた。
私はここからずっと彼を待っていた。
何を思ってみていたかは自分でも分からない。
ただ、彼が運命に逆らう姿にかつての自分を見ていたのかもしれない。
ただ、同情したのかもしれない。
ただの老婆心だったのかもしれない。
やがて、彼がここにやってきた。
彼は心も身体もボロボロになって、涙の流し方を忘れるほどおかしくなっていた。
彼は、みんなを救えるなら自分はどうなっても構わないと言った。
彼は私に似ていたけれど、彼は私ではなかった。
私はこの世界から消えたくなかった。
普通の女の子になりたかった。
穏やかに暮らしたい、ただそれだけが欲しくて仕方がなかった。
最愛のあなたにまた出会いたかった。抱きしめたかった。
だけど、誰も私を助けてはくれなかった。
声をあげてこの世に理不尽を叫んだ。
子どものように泣いた。
誰かに
それでも、誰も私を救ってはくれなかった。
いや、誰にも私を救うことは出来なかった。
私が誰一人助けることが出来なかったように、もうこの世界には私しかいなかった。
寂しげな背中が見えた。
私と同じ誰にも救うことが出来ない背中だ。だけど、私とは違う背中だ。
私の身体はあと数十年で朽ちるだろう。
そのあと、ここには誰もいなくなるだろう。
どうなるかは、わからない。
こんな世界に神さまなんか必要ない。
私が神でも、誰も救うことが出来なかったのだから。
今、たった一人を除いて。
――私は次の神になる予定だった人の能力を奪った。
◆ ◆ ◆
視界が開けた。
さっきと同じ視界。
同じ空気。
僕がかつて居たはずの日常。
だけど、彼女がいない。
もともと存在しない彼女だけがいない。
救われた。
また。
また。
ごめん。
名前ぐらい聞いておくんだった。
何が神様だ。
そりゃ実感なんてないはずだ。
僕は神様なんかじゃなかった。
彼女は僕から注意を引くため僕から僕の能力を奪わせた。その隙に僕から全ての能力を奪ったんだ。
『――あとは私に任してください』
彼女はまた一人。
『――あなたは幸せになってください』
一人であの場所で。
「………………」
「有宇お兄ちゃん。急に静かになって、どうしたのですっ?」
まだ舌足らずな
僕は応える。
「……
「しゃーろっと彗星? さあどうでしょうか……
「そうか、そっか……そっか。いや、いいんだ……」
「
今度は
その瞳には確かな光があった。
「なんで泣いているんだ?」
「――え?」
思わず涙が溢れる。
勝手に流れてくる。
戻ってきたんだ、本当に。
『なかった』ことになったんだ。
今までのことがまるで夢のように。
彼女の存在自体を否定するように。
「……なんでもない……本当になんでもないんだ」
「あーっ! 隼お兄ちゃんが有宇お兄ちゃんを泣かせたですっー!」
「え、いや、バカ! 俺じゃねえよ、え、俺なのか?
流れる時間、流れる日常。
本当に能力者がいない世界。
当たり前の日常。
これで友利も、歩未も隼兄さんも僕もみんな救われた。
たった一人。
名前も知らない彼女を残して。
「……違うよ、本当になんでもないんだって」
――ずっと小さい頃から疑問に思っていた。
なぜ自分は自分でしかなく、他人は他人でしかないのだろうと。
我を思う故に我ありとは、昔の哲学者の言葉だそうだが、僕は我ではなく他人を思ってみた。
他人を思うことは認識であり知覚。
存在するとは、知覚されることである。
これも哲学者の言葉だ。
だから、
「……ちょっといいかな。
「どうした? 有宇?」
「――人探しを手伝って欲しいんだ」
――Charlotte After――了。