「俺は……ただのしがない魔法使いさ」
女の子――音無 響ちゃんは天井を見上げてそう言った。どこか悲しげに、寂しげに、諦めたように。
「魔法、使い……」
きっと何もなければ信じなかっただろう。スピリチュアルが好きだと言ってもやはり魔法というのは創作の中の存在だ。しかし、ウチは創作物とされて来た妖怪に襲われ、物語のように颯爽と現れた響ちゃんに助けられた。目の前で非現実的な現象を見た。だからこそ、信じられる。
「そっか……魔法使いかぁ。そっかぁ!」
「東條?」
いきなり大きな声を出したからか響ちゃんは訝しげな表情を浮かべてウチを見た。でも、そんなことどうでもよかった。今、ウチの前にスピリチュアルが寝ているのだから。
「あの武器も魔法なん?」
「え? あ、いや……あれは、魔法か? うん、まぁ、魔法の1つだな」
少しだけ煮え切らない答えだったが魔法らしい。
「あの傷が治ったのも魔法?」
「ああ、魔法だ」
「へぇ……他にはどんなことできるん?」
「他? うーん……色々ってしか言えないなぁ」
ほう、色々。どんなことができるのだろうか。想像が膨らむ。やはり、これは『運命の出会い』だった。ウチはとうとうスピリチュアルの代表である魔法に出会ったのだ。これが運命と言わずして何が運命か。
「空とか飛べるん? あ、炎とかぼーって出したり、詠唱とか!」
「お、おい……落ち着けって」
テンションを上げ過ぎてしまったのか響ちゃんは引いていた。確かに彼女は傷が治ったと言っても起き上がることすらできないほど弱っているのだ。少し落ち着こう。
「ごめんなぁ。ウチ、スピリチュアルなことが好きやから魔法使いさんがいるってわかって嬉しくて」
「スピリチュアルねぇ……さっきのタロットカードもそのスピリチュアルの1つ?」
「うん、あの道を歩いてたのも神社でバイトしてたからやし」
「もしかして神田明神?」
「知ってるん!?」
まさか一発で当てられるとは思わず、声を荒げてしまった。
「あ、ああ。あそこはこのせか……この辺じゃ珍しく霊脈が通ってるし。たまに地力を回復するためにお昼寝しに行ってるから」
「霊脈に地力!?」
それっぽい言葉が出て来てウチのテンションは更に上がる。しかし、響ちゃんがお昼寝しに来ているとは知らなかった。こんな綺麗で可愛い子がいたら覚えていそうな気もするけれど。
「そりゃ結界張ってたし。透明化の魔法使ってたから見えなかったんだろ」
「おおー」
気になったので質問してみるとさも当たり前のように答えてくれた。叩けば叩くほどスピリチュアルが溢れて来る。そう言えば妖怪が大声を上げたのに騒ぎになっていなかった。きっと響ちゃんが何かしたのだろう。
「すごいなぁ、スピリチュアルやわぁ」
「まぁ、今度から東條には通用しないと思うけどな」
「ん? なんでなん?」
「魔法……スピリチュアルって言うのはよっぽど強力な術じゃなければ知ってる人には効き辛いんだよ。人払いの結界だって意識を逸らさせる術だし、透明化も知ってる人が見ればどこか違和感を覚えるはずだ」
「へぇ、そうやったんか。やっぱり本業の人の説明は説得力あるわぁ」
もしかしたら、ウチが知らないだけでスピリチュアルはいたるところに存在しているのかもしれない。それこそウチがバイトしている神社はなかなかスピリチュアルな場所みたいだしウチもいつか魔法を使えたりするかも。
「質問はもうないか?」
魔法を使う自分を想像していると響ちゃんが少しだけ気怠そうに聞いて来た。あれこれ聞きたいがこれ以上は響ちゃんに迷惑をかけてしまうだろう。でも、最後に1つだけお願いしてみよう。
「あの……もう1回だけ魔法を見せて欲しいんやけどできる?」
「あー……すまん。無理だ」
「今すぐやなくてもいいんよ?」
響ちゃんは目を伏せて首を振った。
「この辺りは大気の霊力とか魔力が足りなくて……食べたり寝たりしないと地力が回復しないんだよ」
「多い場所なら食べたり寝たりしなくても回復できるん?」
「ああ、大気中から吸収できるからな。ただちょっと色々あって今は地力が底を尽きそうでほぼ1日中寝て過ごしてる……今日だって結構、ギリギリだったし」
ギリギリ、とはどういうことなのだろうか。ウチが首を傾げているのを見たからか彼女は静かに教えてくれた。
「死んでたってことだ」
「……え?」
「そもそも地力ってのは誰にでもある。ただその量が多いか少ないかってだけなんだよ。そして、地力が底を尽きたその時、その人は死ぬ」
「ま、待って! さっき、響ちゃんの地力は底が尽きそうやって……」
「ああ、そうだ。だからこそ少しでも無駄使いできないんだよ」
響ちゃんは辛そうに目を閉じて息を吐いた。長く話すのも辛いのだろうか。
「あの怪我がなければお前の記憶だって消せたのにな」
「記憶を、消す?」
混乱しているウチは彼女の言葉を繰り返すのが精一杯だった。だって、響ちゃんは今にも死にそうで。でも、記憶を消すってことは地力を消費するってことだから。
「ッ! ア、アカンよ!? そんなことで地力を使っちゃ駄目!!」
「やらないって……てか、できない。ごめんな」
「何で……何で謝るん? ウチを助けてくれたのに」
「だって、あんな記憶忘れたいだろ? 結構、えぐい記憶だろうし」
『人間の腹が突き破られる記憶だぜ?』と自虐気味に呟く響ちゃん。絶句した。自分の命を削ってまでウチの記憶を消そうとしていたのだから。
「……よいしょ」
放心しているとウチを見ていた響ちゃんはフラフラしながら体を起こした。
「きょ、響ちゃん?」
「今日あったことは内緒にしてくれると嬉しい。じゃないと、俺はここから消えなくちゃならないから」
それじゃ、と微笑みながらそう言った彼女はウチの横を通り過ぎて部屋を出ようとする。だが、まだ動けるほど回復していなかったのか扉に辿り着く前に転びそうになって壁に手を置いた。慌てて響ちゃんの肩を支えようと手を伸ばすが払いのけられてしまう。
「……もう俺と関わるな」
ウチの目を真っ直ぐ見つめてそう響ちゃんが言った刹那、目の前がぐにゃりと歪んだ。
(これはッ……)
体から力が抜ける。どんどん瞼が重くなっていく。意識を保てない。これが、魔法。ウチが興味本位で手を出そうとした神秘。そして、響ちゃんがいる世界。
「おやすみ」
幽かに聞こえた響ちゃんの声。それはとても辛そうだった。歪む視界の中で響ちゃんの顔を見ると彼女は寂しげに笑っていた。それはどこか昔のウチのようで。
(あぁ……そっか)
響ちゃんはどこかウチに似ているのだ。ウチにはわかる。何度も転校して常に慣れない環境の中で生活して来たおかげで人を見る目だけは養われたのだから。理由まではわからないが、響ちゃんは人と関わらないようにしている。今のようにボロボロの状態でウチに魔法をかけるほどに。その姿が何故かえりちと重なった。それに何より自分の命より他人を優先してしまうような人を放っておけない。だから――。
(ウ、チは………ウチは!!)
――響ちゃんと仲良くなりたい。えりちと仲良くなれたように響ちゃんとも友達になりたい。心の底からそう望んだ。
「ッぁ!」
手放しそうになった意識を気合いで握り直してウチは響ちゃんを見つめる。まさか魔法を払いのけるとは思わなかったのか彼女は心底驚いていた。
「おやすみの時間には……少し早かったみたいやね」
「……はぁ」
ため息を吐いた響ちゃんはゆっくりとウチの方に倒れ込んで来る。咄嗟に彼女の体を支えた。やはり無理していたらしい。
「……のど乾いた。お茶飲みたい」
「はいはい、今用意するからちょっと待っててな」
響ちゃんに肩を貸しながらリビングへ移動する。椅子に座らせた後、お茶の準備を始めた。
「一人暮らしか?」
薬缶に水を入れていると不意に響ちゃんが質問して来る。
「うん、響ちゃんは?」
「俺も一人暮らしだ」
何となくそんな気がしていた。もし、親がいたら目が覚めた後、連絡を取るはずだ。でも、魔法のことを両親にも隠しているのなら連絡はできないか。ばれたらここから離れなくてはならないと言っていたからばれないように細心の注意を払っているだろうし。
「あれ、そう言えばウチもう魔法のこと知ってるけどええの?」
「まぁ、1人ぐらいなら」
「案外、適当なんやね……お茶何がいい?」
「お任せで」
「なら、ウチのお気に入りにするわ」
今日は魔法使いさんと知り合った記念日だ。少し高めの茶葉を使ってもいいだろう。
「それにしても……うーん」
「ん? どないしたん?」
「いや、なんか部屋の雰囲気が俺の部屋と似てて。間取りも似てるし」
「へー、響ちゃんもマンション暮らしなん?」
振り返って質問すると響ちゃんは頷く。
「もしかしたら同じマンションに住んでたりしてね」
「……因みにここは?」
腕を組んだまま問いかけて来た。沸騰したので火を止めながらマンションの名前を言う。
「……俺と同じマンションだな」
「へ? じゃあ、本当に?」
「みたいだな」
なんということだ。まさか魔法使いさんが同じマンションに住んでいるとは。さすがに階は違ったが完全にご近所さんだった。
「偶然やね。あ、今度遊びに行ってもええ?」
「……あんまり俺に関わらない方がいいと思うけどなぁ」
そう言われてもウチは関わることを止めないとわかっているようで渋々ながら頷いてくれた。もしかすると響ちゃんはツンデレさんなのかもしれない。
「はい、どうぞ」
お茶の入ったカップを響ちゃんに渡す。お礼を言いながら受け取った彼女はそのままカップを傾けてお茶を啜った。
「へぇ、美味いな」
「そうやろ?」
それにしてもお茶を飲む響ちゃんは絵になる。寝顔は可愛らしかったが話してみるとがらりと印象が変わる。クールと言うか、格好いいと言うか。話し方や自分のことを俺と呼んでいるのもあるが、何より雰囲気が他の人とどこか違う。これも魔法使いさんだからだろうか。男の子からはもちろん、女の子からもモテるに違いない。
「……さっきは悪かった」
そんなことを考えていると目を逸らしながら響ちゃんが謝る。いきなりのことで反応できずにいると彼女が続きを話した。
「魔法使ったこと。あのまま家に帰ろうとしたら止めただろうし……すまん、これも言い訳だな」
「気にしないで。それもウチのためなんやろ?」
だって、自分の命よりも他の人を優先するような人なのだから。
「……どうだろうな。怖かっただけかもしれない」
「怖かった?」
「何でもない。さて、そろそろ動けるようになったし明日は入学式だから帰るわ」
「……入学式?」
ウチが通っている国立音ノ木坂学院も明日が入学式だ。これはもしかしてもしかすると?
「なぁ、響ちゃんの学校はどこなん?」
「……どこだっていいだろ」
立ち上がった響ちゃんは突き放すようにそう言った。しかし、そんな言葉を無視してウチは続きを話す。
「ウチは音ノ木坂ってとこなんよ。あれ、そう言えば音ノ木坂も明日、入学式やったなぁ。明日から3年生かぁ。綺麗で可愛い魔法使いな後輩ができるとええなぁ」
「……これからよろしくお願いします、東條先輩」
「よろしい」
だが、もう知ってしまったのだ。響ちゃんのことを。だから、どんなに響ちゃんがウチを突き放そうと諦めない。絶対に仲良くなってみせる。
「あ、別にタメ口でもええんよ? ウチと響ちゃんの仲やし」
「会って数時間ですよ?」
「タメ口、でええんよ?」
「……ういっす」
「よろしい」
きっと今日のことは一生忘れられないだろう。強くて優しくて人のために無理してしまう、とても素敵な人と出会えたのだから。
(それにしても……)
響ちゃんが人と関わらないようにしている理由って何なのだろう?
その答えを知るのは――ずっと後のことで、知った時にはもう何もかもが遅かった。
希が響さんにちょっかいをかける理由でした。
次回は入学式の次の日、希と一緒に晩御飯を食べた次の日です。
なお、その晩御飯の内容はナレーションベースで語ります。