キャロが本格的に六課入りしてから数日後、今日も六課の訓練場では、朝早くから早朝訓練が行われていた。
フォワードの四名はガジェットのデータを模したターゲットとの模擬戦を通して、お互いの連携を確認したり、新しい作戦を試したりして己のスキルを高めていった。それも一段落がついたので、なのはは早朝訓練の締めに入ることにした。
「はい、せいれーつ!」
「「「「はい!」」」」
「それじゃ、本日の早朝訓練ラスト一本。シュートイベイションをやるよ。準備して」
「「「「はい!」」」」
なのはからの指示に従って、三人はそれぞれのデバイスを持ち直して戦闘準備へと入る。アギトもエリオとユニゾンをし、準備は万全である。
しかし、対するなのははそこに立っているまま。いつもならシューターを待機させている筈なのに、と皆が疑問に思った。
「アレ? なのはさん、何で準備しないんですか?」
「それはね……」
「ふああああ……、まだ眠いです」
「「「「キャロ?」」」」
なのはが何か言い出そうとした時、四人の後ろから眠そうな声が聞こえてきた。振り向くとそこには、欠伸を噛み殺しながら目をこしこし擦っている桃髪の幼女がいた。
「ごめんね、わざわざ来てもらって」
「いえいえ、最近暇だったので丁度良かったです」
「そう? それじゃ、お任せして良いかな?」
「はい」
「あの、なのはさん? これは?」
キャロとなのはが会話を始めたので、フォワード四名は置いてけぼりをくらう形になった。その中からティアナが代表で、なのはに事情を聞くことにした。
「えっとね、今日のシュートイベイションは、私の代わりに、キャロにやってもらおうかなって」
「そうですか。でも、どうして?」
「いつも私ばっかりだと、悪い意味で慣れてしまうでしょ? だから、たまにこうやって参加してくれるようにお願いしたんだ」
確かに、とティアナは思った。
毎日のように訓練をしていると、少しずつだけど癖、というものがお互い分かってくる。勿論相手の癖を突くのは立派な戦略であるのだけど、それは初見の相手には効かない。それを抜きにしても、色々なタイプの相手とやり合うのは、決して無駄ではない。
「とまあ、そういう訳なのですよ」
キャロの方はというと、既に準備は完了しており、袖部分が破れた感じになっているシャツに紫色のロングスカート、頭に大きなリボンをあしらったいつものバリアジャケット姿になっていた。
「ルールはいつもと同じ。被弾無しで5分間回避しきるか、一撃当てればクリアね。誰か一人でも被弾したら、最初からやり直しだよ」
「あのー、なのはさん?」
「何、キャロ?」
「私の方から殴りに行くのはアリですか?」
「そうだねえ……、うん、良いよ。でもその場合、しっかり直撃させないと被弾扱いにはしないって事で」
「了解です。……それじゃ皆さん、準備は良いですか?」
「うん」
「いつでもいいわよ」
「はい!」
『おう!』
なのはに格闘の許可を取ったキャロは、そのままフォワードメンバーの方へと向き直り、空中に浮かんで開始の確認をする。その際、まだ敬語が抜けないエリオに、エリオを除く全員が苦笑を浮かべた。
「行きますよ。『藍、モード「氷」、サブは「八意」。』氷符「アイシクルフォール」!」
宣言と供に、キャロは背中に氷翼を展開。続いて何本もの氷弾が一旦キャロの左右へと展開し、フォーワードメンバーの方へと飛んで行った。
「スバル!」
「分かった!」
「ストラーダ!」
それに対し、スバルはウィングロードを発動し、ティアナを抱えて弾幕地帯から脱出。遮蔽物の多いビルに入るとそこでティアナを下ろした。エリオもストラーダの噴射を利用して弾幕を回避。この状態だと細かい機動は無理なので、ユニゾンしているアギトが炎弾を発射して進路上の氷弾を溶かしていった。
『で、どうする、ティアナ?』
どうする? とは、逃げ切るか、一発当てるか、そのどちらを選ぶかという意味だ。
『一発当てる方に決まってる。エリオとアギトもそれで良いわね?』
『はい!』
『おう!』
負けん気と向上心の塊であるティアナは当然前者を選択。エリオとアギトもそれに賛成し、方針が固まった。
『それで、どうやって攻めますか? ティアナさん』
『そうね……』
そこでティアナはキャロの方をちらり、と見る。キャロの周りには氷の弾幕が吹き荒れており、一種の防壁と化していた。
『あの子氷結魔法も使えたのね』
『みたいだね。私も知らなかったよ』
「相談はそろそろ終わりましたか? そろそろ密度を上げますよ」
『『『『!?』』』』
そこに、未だに会議が終了していない四人に対し、密度を増した氷の弾幕が襲い掛かる。
ティアナは遮蔽物を使いながらこれを回避。エリオも持ち前のスピードで弾幕を振り切るが、スバルだけはそうはいかなかった。ウィングロードの線路上に弾幕を配置され、回避することが出来ずに障壁で受け止める。氷弾が障壁に当たり、パリン、と氷が砕ける音がした。
「スバルお姉ちゃん、被弾ですねー。それじゃ、5分のカウントはリセットです」
『ご、ゴメン、ティア~』
『いいのよ。最初から回避しきれるなんて思っていないし、一発当てるって決めてたんだし』
とは言うものの、どうすれば良いのだろうかとティアナは考える。
ティアナはキャロの戦闘能力をまだ良く知らない。知っているのは訓練校時代に見た驚異的な回避力と、スバルから聞いた話、それと、前回の時の映像記録だけだ。
(遠距離射撃はまず当たらない。となると近距離戦だけど、スバルの話によると、それも相当な技量らしいし……)
スバル曰く、「常識が通用しない強さ」らしい。実際に見たことが無いのでどの程度かは分からないけど、スバルやエリオを迂闊に突っ込ませても、返り討ちになるのは間違い無いだろう。なら―
『スバル、エリオ、アギト、……、出来る?』
『いいね、面白そう!!』
『了解です』
『おう、任せとけ!』
ティアナは現状取りうる中で最善と判断したものを三人に通達。そして四人は、キャロに一撃入れるために動き出した。
「ほらほら、そんな調子だと、いつまで経っても終わりませんよー」
私は空中に浮かびながら、「冷気を操る程度の能力」で変換した氷弾を、眼前のスバルお姉ちゃんとエリオ君へと撃っていきます。ティアナさんはビルの中にいて、遮蔽物を利用しながら巧みに避けてくるので、取りあえず後回しです。
「エリオ君は、直線的で機動が単純」
「うわっ!!」
スピード自体は凄いけど、ストラーダによる飛行は前進のみ。方向転換の際には一瞬だけど止まる必要がある。そこを狙っていけば狙うのは容易い。
もっとも、アギトが迎撃するからこっちもそう簡単には当たらないんだけど。
「スバルお姉ちゃんは移動先がバレバレです」
私の背後にウィングロードが出来たのに気付き、飛行してそこから退避。上から突進してくるスバルさんにカウンターで氷弾を打ち込み―
「って幻影?」
氷弾がそのまますり抜けていきました。となると―
「うおおおおおおおおっ!!」
スバルお姉ちゃんの掛け声と同時にウィングロードがもう一本、私にクロスするように伸びてきました。
「けど……ッ!」
回避しようとした私の傍に、ティアナさんから放たれた魔力弾が降り注ぎます。被弾こそしなかったもののそれに動きを制限されたせいで、スバルお姉ちゃんの突撃を回避するのは間に合いそうにありません。
「マッハキャリバー!」
≪Load Cartridge.≫
「お見事。……でも!!」
眼前には、カートリッジロードし、リボルバーナックルを回転させて突撃してきたスバルお姉ちゃん。回避できないのなら、返り討ちです!
―魔王「天地魔闘 氷」―
「フリーズタッチミー」
「くっ……、コレ!?」
「冷気を操る程度の能力」と霊力障壁を纏わせた左手で、スバルお姉ちゃんの拳を受け止める。拮抗は暫く続いたけど、次第にスバルお姉ちゃんの方に変化が訪れる。拳を起点として流し込まれた冷気が、スバルお姉ちゃんの体の自由を奪っていきます。
「ソードフリーザー」
「ぐっ!!」
その隙を逃がす事無く、私は右手に妖力で氷剣を生成。訓練用なので刃は作らず、鉄パイプみたいになっているそれを、スバルお姉ちゃんの横っ腹に叩き込みました。
「フローズン冷凍法」
そしてラスト。横方向に吹き飛ばされたスバルお姉ちゃんの周りの冷気を操作し、氷の檻に閉じ込めました。
「まだ……ッ!」
まだまだですね、と言おうとした矢先、背後に魔力反応を感知しました。振り向くと、そこにはアギトの力で炎をまとったストラーダを構え、進路上の氷弾を溶かしながら凄まじい速度で突進してくるエリオ君がいました。
ドオォォォォォォォン!!
そして激突。私が咄嗟に張った障壁とストラーダがぶつかり合い、魔力による轟音と爆煙が上がりました。
「やった?」
ティアナさん、それフラグですよ。
でもまあ
「いやー、やられちゃいました」
煙が晴れ、そこにいるのはカウンターを喰らって気絶しているエリオ君と、それを抱えている私。
でも、カウンターの際、頭に付けていたリボンに槍が引っかかり、ひらひらと落ちながら魔力結合が解かれて霧散していきました。
「これでも一撃は一撃ですからね。これにて終了です」
さってと、スバルお姉ちゃんの氷を溶かさないと。
「それじゃ、私はこれで。暇な時はいつでも呼んでくれていいですからね」
「うん。ありがとうね、キャロ。それじゃ、他の皆は今日の反省ね」
手伝ってくれたキャロを帰してから、私はフォワードの皆の方に向き直る。キャロのおかげで、今日はいつもよりも有意義な時間になりそうなの。
「まず、スバル」
「はい!」
「スバルはウィングロードの展開をもう少し直前まで引き付ける事。ある意味「これからここを通ります」って宣言してるような物だから、反応の良い相手には簡単に見切られるよ」
「は、はい!」
スバルはさっきキャロに冷やされたせいで、まだ少し震えている。それでも元気一杯に返事してくれているから、心配はいらないかな?
「次にティアナね」
「はい」
「個人スキルについては特に言う事は無いよ。ただ、あの作戦は問題アリかも。もしアレが実戦だったら、スバルが真っ二つになっててもおかしくないんだよ」
「はい……。今度はもっと良い作戦を考えます」
私の指摘に、ティアナは悔しそうに答えた。
とは言っても、実を言うとティアナの指揮はそう間違ってはいないんだよね。
射撃は全て避けられ、かと言って格闘戦を挑むと強力なカウンターで迎撃される。そんな相手と戦う場合、幻影で撹乱しつつ射撃で足止め、前衛で連続攻撃というのは限りなくベストに近い選択。多分私も、それと同じ選択をする。それであの結果になったのは、単にキャロの技量がずば抜けているから。
それでもティアナを成長させる為に、私はあえて問題アリと言った。ひょっとするとティアナなら、これ以上の指揮ができるようになるかもしれないから。ティアナも諦めてはいないみたいだし、これなら大丈夫そう。
「最後に、エリオとアギトね」
「「はい!」」
「アギトの方は特に問題無し。サポートお疲れ様」
「おう! ……、はい!」
「エリオは空中機動が課題だね。いくら速くても、直線だけだと今日みたいに簡単に当てられちゃうよ」
「はい!」
「それと、槍の扱いもまだまだ振り回されてる感じかな? これについては私からは教えられないけど、聖王教会の方に槍に長けた人がいないか、はやて隊長に相談してみるね」
「はい!」
実は、これはキャロから聞いた事だったりする。
最後の突撃の時、エリオの突撃とキャロの障壁が一瞬だけ拮抗し、その隙にキャロがカウンターを入れたんだけど、本当なら拮抗なんてせずに一瞬で障壁を抜かれて一撃を入れられたとの事。
なのに拮抗したのは、エリオの槍捌きが未熟だから。自分の体重や全身の力を効率良く伝達する事が出来ていないので力が分散してしまっているらしい。
「それじゃ、早朝訓練はこれで終わり。いつも通り休憩を挟んでから訓練再開だから、時間になったら集合ね」
「「「「はい!」」」」
こうして、今日の訓練は終わり、フォワードの皆は隊舎へと入って行く。
私はそれを見ながら今日の訓練の成果を纏めるため、訓練場の端末へと歩きだした。
(それにしても、キャロちゃん、やっぱり凄かったの……)
その途中に思い出すのはさっきの訓練風景。
あの年であれ程の戦闘能力、もしかしなくても9歳の頃の私よりも上だろう。
(強いっていうのは良い事なんだけど……。大丈夫かな?)
でも、それと同時に不安もある。
9歳の頃の私はジュエルシード事件や闇の書事件に立ち向かうために無茶ばっかりやっていた。そのせいで体を壊し、果てには撃墜されてしまった。
確かにキャロは強い。でも、あれだけの強さを手に入れるためにどれだけの無茶をしたのか、そして、それだけ無茶をしないといけない事情が過去にあったのか、私はそれがとっても心配。
(私、まだキャロちゃんの事全然知らないんだよね……うん、決めた!)
これからはもっとお話をしてみよう。折角同じ職場で働いてるんだから、もっと色んな事を知って、仲良しになれたら良いな。
(アレ? そういえば、キャロちゃんって昔どこかで会ったような……。まあいいや。多分気のせいなの)