アインヘリアル。
地上防衛の要として建設された兵器であり、その実態は超長距離射撃が可能な対空型魔力砲である。
ミッドチルダの高地に配置された二基が稼動しており、それらは地上の治安維持に貢献している。
また、新たに三基目も建造中であり、運用許可を申請している最中である(未完成ではあるが、危険性と責任者の首を度外視すれば発射は可能かもしれない)。
新暦75年9月19日、それが襲撃を受けた。
後の世に語られる「ゆりかご事件」、その序章であった。
―アインヘリアル一号機―
地上防衛のシンボルとしての存在感を示すかのように、地上部に大きく突き出た砲身部分。
しかしそれは今、襲撃者の手によってスクラップへと変わってしまっていた。
根元あたりからは火の手が上がっているが、それを消化しよううとする人はいない。
「ううっ……」
炎がパチパチと燃える音に紛れ、誰とも分からないうめき声があがる。
警備を任されていた魔導師のうちの誰かではあるはずだが、何十人と倒れている現状では、それが誰なのかを特定するのは難しい。
そんな中、立っているのはただ一人だけであった。
水着を思わせるボディースーツに身を包んだ長身の女性。
彼女は目の前にあるアインヘリアルが完全に機能停止したのを確認した後、仲間との通信回線を開いた。
「こちらトーレ、一号機の無力化は完了した。そっちはどうだ?」
―アインヘリアル二号機―
「は~い。トーレお姉さま、こちらクアットロとセッテ。こっちも無事制圧成功です~」
『そうか、残るは3号機だが……』
「あちらも上手くいったみたいですよ~。まあ、3号機は動くかどうかも分からない代物ですから、別に失敗しても良かったんですけど~」
『それでも動かないに越した事は無い。そろそろ帰るぞ。いつまでもこんな所にいても時間の無駄だ』
「了解で~す」
―アインヘリアル三号機―
「こちら___。三号機の破壊、完了しました」
『御苦労。なら、すぐにこっちに戻ってきてくれたまえ』
「……人遣いが荒いですね」
『先の戦闘の影響でこちらも人手不足なものでね。優秀な戦力を遊ばせておく余裕は無いんだよ』
「……了解です」
―ミッド地下 とある施設―
『き、貴様、まさかジェイルの!?』
「コードネーム「無限の欲望」、ジェイル・スカリエッティ。扱いきれない力は災いを呼ぶ。貴方達がそれを生み出した日から、すでにこの運命は決まっていたんですよ」
『馬鹿な……、馬鹿なあああああああ!!』
「では、さようなら」
現状に抗おうとするものの、己の体は既に無く脳髄のみで生きている老人達に、迫り来る爪から逃げる手段など存在しなかった。
管理局最高評議会。
管理局内での最高クラスの権力を誇り影で管理局を操っていた存在がこの日、決して表に出る事の無いままに、影から影へと消えていった。
―聖王教会領地下 スカリエッティのアジトにて―
「アインヘリアルの一号機から三号機、全ての沈黙を確認しました」
「ふむ、ガジェットは?」
「配置は完了しています。後は浮上後に展開するだけです」
「そうか……。なら、始めようか」
「……本当に宜しいのですか?」
「構わんよ。ここはひとつ、派手に行くとしよう」
「了解しました。「ゆりかご」起動シーケンスに入ります」
ウーノが手元の端末を操作して、最後の確認ボタンを押す。
ドン! ドン! ドン!
遠くの方から聞こえてくるのは爆発音。
予め配置されていた爆弾が爆発して、さほど頑丈ではない岩盤が粉々に吹き飛んでいく。
当初は地雷王の振動波で岩盤を破壊する予定であったが、ルーテシアのリタイアにより作戦変更をせざるを得なくなった。
とはいえ、そこはスカリエッティ。
ナイフを爆弾に変えるなんていうとんでもないISを作ってしまう彼が爆発物についての知識を持っていない筈が無い。
計画変更の数時間後には、必要分の爆弾の製造と設置は終わっていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
そして、破壊された岩盤の下から出てくるのは巨大な影。
古代ベルカの遺産にして最強最悪の質量兵器。
「さあ、開宴だ!!」
数百年の時を越え、聖王のゆりかごが再び空へと舞い上がった。
―古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。―
―ミッドチルダ上空 アースラ会議室―
「以上が現在の状況や」
「聖王のゆりかご……、か」
「古代ベルカの負の遺産。しかるべきポイントからなら、その主砲はミッド全域を射程に収めることだって可能。そして、多分それが向こうの目的」
「そうなったら……」
「ミッドにいる全ての人が人質、っちゅう訳な」
想定していた以上の状況に、会議室は重い空気に包まれる。
ロッサとシャッハからの知らせを待っていた最中に、突如飛び込んできた大事件。
後はアジトに乗り込んで解決、という流れを予想していた面々にとっては、この知らせは寝耳に水であった。
「向こうの戦力は?」
質問したのはなのはである。
ゆりかご浮上の際、スカリエッティがミッド全域に流した声明にはゆりかごのコアにされて苦しんでいるヴィヴィオの姿も映っており、なのははその映像から目が離せなかった。
今こそ落ち着いているものの、その胸中では決して消えない炎が灯り続けていた。
「ゆりかご周辺は、航空型を中心に多数のガジェットが展開しています。それに加えて正体不明の魔導師が一名、地上本部に向けて飛行中です」
「地上の状況は?」
「今のところ地上にガジェットが出現したとの情報は来ていませんが、万一に備えて陸戦魔導師が待機中です」
「そっか……なら、本命は空だね。ゆりかご周辺の状況は?」
「これを見てください」
はやての補助として説明役に回っていたグリフィスが端末を操作すると、モニターに映っている映像が切り替わる。そこにはゆりかごと思われる戦艦と、無数の赤い点が表示されていた。
「この赤い点がガジェットの部隊と思ってください」
そう言いながら、グリフィスはある一部分を拡大させる。そこには―
「ガジェットがいない?」
「周辺はガジェットで一杯なのに、ここだけ穴が開いたみたいだね。これって―」
「まず間違いなく、罠やろな」
むしろそう考えない方がおかしい、あまりにもあからさま過ぎる誘いであった。
「この空域の情報は?」
「ゆりかご側面部には機動兵器の射出口が二門、それと対空砲と思われる砲門が一門確認されています」
「誘っておいて沈めるにはイマイチ戦力が足らへんな……、先行している部隊の状況は?」
「中に飛び込んだ部隊はありません。ガジェットに包囲殲滅される可能性を考慮したと思われます」
ふむ、とはやては考える。
戦場は全部で三つ。ゆりかご上空、スカリエッティ一味のアジト、そして正体不明の魔導師。
地上は今の所被害無しみたいやから、いつでも対応できるようにしながらもとりあえずは保留。
肝心のゆりかごやけど、あからさまに誘ってると思われるポイントが一箇所。
そこの対空火力は思ったより怖くない。でも飛び込むと包囲される危険性。……なら!!
現在の状況と指揮官として培った今までの経験を元に、はやては自分達の方針を決定した。
「よっしゃ、機動六課、出撃や!!」
―ゆりかご外部―
「フェイトちゃん、大丈夫かな?」
なのは達六課メンバーは現在、ゆりかごに向けて飛行中である。
「なのはちゃんは心配性やなあ。エリオとアギトも付いてるし、心配あらへんて」
「そうそう。なのはは自分の事だけ考えてれば良いんだよ」
「もう、ヴィータちゃん、素直じゃないんだから」
「うっせー」
なのはの横を飛んでいるのは、同じくゆりかご組に回されたはやてとヴィータ、シャマル。それと―
「スバル、大丈夫?」
「大丈夫です」
「ここまで来た以上、止める気なんて無いけど無理だけはしないでね。状況を良く見て、無理ならすぐに後退すること。いい?」
「はい!」
四人に加えてもう一人、スバルがウィングロードを利用して空を駆けている。
スバルは飛行魔法を使えないが、ウィングロードの使用によって限定的ではあるが空戦を行える。
AMFによる無効化というリスクから当初は地上で待機する予定であったが、スバルはそれを押し切って参加した。
「もうすぐ目標の空域に入る。みんな、準備はええか?」
「「はい(です)!」」
「うん!」
「ええ!」
はやて達五人はそのまま、ガジェットが配置されていない空域へと突入した。
「今のところは攻撃無しね……」
「いつ何が来るか分からんから、警戒だけは続けてな」
「りょーかい」
あからさまな罠ともとれる向こうの戦力の穴に対して、はやてが選んだのは少数精鋭での突入だった。
奇襲か、包囲か、またまた伏兵か。
向こうの思惑がどれであれ、個人レベルで対応できる人材で切り込んで、問題が無ければそこを起点に制空権を確保する。
万一包囲された場合でも、少数なら迅速に撤退できる。その場合は陽動を兼ねて自分たちがガジェットを引き付けて、その間に他の部隊が、手薄になった部分を攻めていけば良い。
そのままゆりかごへ接近していた5人だったが……。
「……む?」
「ヴィータ、どうしたん?」
「あそこ……誰かいる!!」
ヴィータが指差した先、前方数キロメートル先に豆粒ほどの点が見える。
小さくて見えないが、おそらくは人影のようだ。
接近するに従って、その姿が大きくなっていき―
「……ッ! 全員防御!!」
「「「「!?」」」」
最初に気付いたのははやてだった。
相手の姿がまともに見えるようになるかならないかの所ではやては全員に防御の指示を出し、少し遅れて全員が障壁を展開する。
その直後、五人に光線が降り注いだ。
『伏兵? やっぱり来た!!』
『みんな、大丈夫か?』
迫り来るビームを障壁で防ぎながらも、なのは達は念話で連携を取り合う。
ビームはさっきの人影から発射されており、それが何条にも分裂してはなのは達に遅いかかる。
なのは達はそれぞれ、それらを防御、あるいは回避して凌いでいく。
『私達が対応して正解ね。CランクやBランクの魔導師だったら今ので落とされてた』
『そうだね……。はやてちゃん、どうするの?』
ビームのみでは仕留めきれないと感じたのか、攻撃のパターンが変化する。
新たにばらまき型の直射弾を加えた弾幕はさらに回避困難となり、なのは達は防御メインで凌ぐ。
『作戦に変更無し。なのはちゃん達はそのままゆりかごに』
だけど、その程度で六課は止まらない。
こうやって空白部分に飛び込んだもう一つの狙い、それはなのはとヴィータのゆりかご突入。
奇襲か、包囲か、伏兵か。どれが来てもそのプランは変らない。
現に伏兵がいたが、逆に言えばここさえ突破できれば後はゆりかごまで一直線。チャンスなのには変わらなかった。
そして、反撃が始まる。
「レイジングハート!!」
≪Load cartridge.≫
「ディバイン・バスター!!」
絶え間なく襲ってくる弾幕の切れ目に、なのははカートリッジをロードして砲撃を放つ。
カートリッジシステムの利点はその瞬発力と爆発力。
リミッターを解除された今、なのはのランクはS+へと戻っている。
その馬鹿げた魔力から放たれた砲撃は弾幕を容易く消し飛ばしながらも突き進んでいく。
ドン!! ドン!! ドン!!
ディバインバスターによって相殺された弾幕がその構成を維持する事が出来ずに爆発していく。
一発二発ではなく、何十発もの弾幕が爆発し、辺りは轟音と爆煙に包まれる。
『ヴィータちゃん!!』
『おう!! はやて、行ってくる。』
『了解や、こっちは任しとき!!』
当然、そんな隙を逃がすなのは達では無かった。
なのはとヴィータは煙に紛れながら、ゆりかご内部へと突入していく。
途中、煙の中からビームが発射されたものの、見えていないのか、それらは一発として当たる事は無かった。
『シャマル、スバル』
『ええ、分かってるわ』
『ここから本番、だよね』
残りの三人は警戒しながらも、敵がいる方向へと接近していく。
爆煙に紛れ、さらには距離の都合から良くは見えなかったが、砲撃が当たった手応えのようなものは感じなかった。まだ仕留めてはいないだろう。
一秒、二秒と経過するにつれ、徐々に煙が晴れていく。
三人はそれぞれの構えを取り、何があっても対応出来るように神経を集中させて―
「全く、酷い目に遭いましたよ」
へ?
「辛うじて避けられたから良いものの……。前の時といい今回と良い、なのはさんは疫病神です」
何で?
「しかもヴィータさんまで通しちゃうし……。踏んだり蹴ったりです」
どうして?
「……む、何ですかメガネ。 ……何で通したのかって? 無茶言わないでください。いくら私でも五人相手なんて無理ですよ」
なんで、そっち側にいるの?
信じられないものを聞いたスバルは、構えた状態のまま硬直する。
でも動揺する心とは裏腹に、心に残っていた冷静な部分が現状を理解しようと動き続ける。
今思えば、最初向こうの攻撃に対応が遅れたのは、魔力反応を一切感じなかったからだ。
だけど今、私達は煙の向こうにいる存在に確かな魔力反応を感じている。
魔導師でありながら魔力以外の力も使える存在で、なおかつ飛行能力があって私達と互角以上に渡り合える存在。
心当たりが一人だけいる。けど―
―ねえティア、まだ帰ってきてない?―
―まだよ。まあそのうち帰ってくるわよ。―
あの子は今どこかに行ってるだけで、また後でひょっこり戻ってくるに違いない。
だからこんな所にいる訳無い。
「言われなくても分かってますよ。ここは私が受け持ちます。中の事はそっちで何とかしてください」
そう言い聞かせる私をあざ笑うかのように、煙の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
そして煙が晴れる。
そこにいるのは、桃色の魔力光を纏った一人の少女。
右手に建物のミニチュアのようなものを持っている、私の妹分。
「さあ、そろそろ始めましょうか? 心配しなくても、すぐに終わらせてあげます」
「……冗談、だよね?」
お願いだから、冗談って言ってよ。
「キャ……ロ?」
「スバルさん。現実って……残酷なんですよ?」
―死者達が踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、幻想の欠片、法の守護者に牙を剥く。―
ゆりかご目標ポイント到達まで あと2時間45分。