「ん……、アレ?」
目を開けると、そこは知らない天井で―
っていやいやいや、そんなネタやってる場合じゃない。えっと……
「スバルちゃん!?」
「シャマル、さん?」
まだ寝起きで頭が上手く働いていない、そんな状態の私に気付いたシャマルさんが、私のいる所へとやって来た。
「スバルちゃん、大丈夫? どこか気分悪かったりしない?」
「あ、その、大丈夫です」
「そう、良かった」
そう言って、シャマルさんはほっとため息をついた。
えーっと、一体何がどうなってるの?
とりあえず、未だマトモに働いていない頭のスペックを総動員してこうなった原因を考えてみる。
えーっと、確か、私はゆりかご決戦に参加してた筈。
はやてさん、シャマルさんと一緒に出撃して、そこで……ッ!?
「シャマルさん!!」
「きゃっ!!」
そうだ! キャロが敵側に回って出てきたんだった!
色々あって脅されてたって事が分かったけど、私が覚えてるのはそこから少し先の事だけ。
結局どうなったのかを知る前に、私はリタイアしてしまったんだった
「あの子は、キャロはどうなったんですか!?」
「スバル、気が散る!! 起きたんなら静かにしてて!!」
「ティア!? えっと、何がどうなってるの?」
「ちょ、ちょっと! 順を追って説明するから、とりあえず落ち着いてー!?」
「―と、いう訳なのよ」
「えーっと……。さっきはすいませんでした」
「気にしないで。私もスバルちゃんの気持ちは分かるから」
そう言いながらもどこか疲れた様子のシャマルさんを見ていると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。ううっ……、本当にごめんなさい。
シャマルさんによると、私はキャロとの対決の際、撃墜された拍子に気絶してしまったらしい。
重力に従い落下していく所をシャマルさんが拾ってくれて、ここに運んでくれたみたい。
で、今私がいる場所っていうのが、六課が所有しているヘリだったりする。
ヘリの中には、カートリッジ等の補給物資の他に簡単な医療器具(応急処置程度)も積み込まれていて、それらを利用して、シャマルさんが私の治療をしてくれたという訳らしい。
「ティアもごめんね。私が寝てる間も頑張ってくれてたのに、うるさくしちゃって」
「別に良いわよ、そんな事。さっきのは少し気が立ってただけだし。それより、アンタは本当に何もないのよね?」
「うん」
「そ。なら……ッ! そこ!!」
「お見事。お喋りしながらでも集中力は切らしてないみたいだな」
「当たり前です。ヴァイス陸曹こそ、ヘリの操縦ミスなんて止めてくださいね?」
「当然。俺を誰だと思ってる?」
私が寝ていた所から少しだけ離れた所で、ティアはクロスミラージュを構えている。
開けっぱなしになってるハッチから周囲を警戒して、ヘリに近付いてきたガジェットを片っ端から撃ち落してる。
ティア、私が寝てる間もずっとヘリを守ってくれてたんだ……。
「とにかく良かった、スバルちゃんに何も無くて。魔力ダメージだけみたいだから心配はしてなかったけど、それでも、ね」
そう言って再びほっとため息をつくシャマルさんを見ていると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。
あそこで気絶しちゃうなんて、私もまだまだだなあ……、って、そうだ!!
「シャマルさん、キャロはどうなったんですか!?」
まだ一番重要な事を聞いてない事に気付いて、私はシャマルさんへと詰め寄る
私が覚えているのは砲撃魔法を喰らって気絶する所までで、そこから先どうなったのかは知らなかった。
シャマルさんがここにいるって事は、作戦は成功したと思うんだけど……。
「「……」」
「えーっと……」
「え? 何?」
どういう訳か、私がキャロの事を聞くなりシャマルさんは気まずそうになり、残りの二人は黙り込む。
ひょっとして、聞いちゃいけない事だった? ……まさか!?
「もしかして、逃げちゃった、とかですか?」
「ううん、作戦は成功したわ」
けど……、と、シャマルさんはどこか歯切れが悪い。
成功したんだよね? なら、どうして?
「実際に見てもらう方が早いわね。こっちよ」
そう言って、シャマルさんはヘリの後部、私が寝かされていたよりも奥の暗がりへと移動する。
私もそれに倣って付いていく。
そこにあったのは私が寝かされていたのと同タイプの簡易ベッド。それと、そこで寝ているキャロの姿だった。
私はベッドの傍へと移動して、キャロの顔を覗き込む。
そこにあったのは、歳相応のあどけない顔で目を閉じている私の妹分だった。
「キャロ……」
敵だって言われた時、どうしたら良いのか分からなかった。
それが演技だって知った時、絶対に助けてあげたいと思った。
そんなキャロが、今は私のすぐ傍にいる。
まだ戦いは続いてるんだけど、とりあえず、これで一安心。
「あの、スバルちゃん……」
「シャマルさん?」
「言いにくいん話なんだけど……」
え?
「―という訳なの」
「そんな……」
シャマルさんがしてくれた説明。それは、私にとっては信じたくないものだった。
「最初この状態のキャロちゃんを見た時、はやてちゃんは死んだと思ったみたい」
「え!?」
慌てて私は、キャロの顔を覗き込む。
死んだ、なんて言われても信じられない。だって―
「でも、息、してますよね?」
「ええ、呼吸も脈拍も正常。でも、言ってしまえばそれだけなの。……クラールヴィント」
シャマルさんの指示を受け、デバイスから立体映像が出力される。
画面にはキャロの姿といくつかの数字が映ってる。
数字が何を表してるのかは良く分からないけど、キャロの状態についての事だっていうのは何となく分かった。
「他の数値はてんでデタラメ。はっきり言って、測定機器の異常って言われる方がよっぽど納得できる位よ。後は……、コレね」
そう言って、シャマルさんが画面の一部を指差す。
そこには数字が表示されていて、何を表しているかは分からないけど、「0」と表示されていた。
「この数字は?」
「キャロちゃんの魔力量の現在値よ」
「えっと……、魔力切れって事ですか?」
「それよりも酷い状態ね。キャロちゃんの場合、完全にゼロなの。リンカーコアがある以上、たとえそれが損傷していたとしても、ほんの一かけらも魔力が無いのは可笑しいの。リンカーコアが有るのに魔力が生成されない、それはつまり、死んでるっていう事とイコールだから」
「え? でも……」
「うん。息もしてるし心臓も動いてる、だから、間違い無く生きてはいるの。でも、だからこそ分からないのよ、今のキャロちゃんがどういう状態か。正直に言って、私にはこれ以上は何も出来ないわ」
「そんな……」
キャロは相変わらず目を閉じたままで、傍目には眠ってるようにしか見えない。
けどシャマルさんが言った事が本当なら、今キャロの体には異常が起こっている。もしかすると、このまま目を覚まさないなんて事もあるかも知れない。
一体、キャロに何が起きて……。
「やはりこうなっていたか。全く、悪い予感ほど良く当たる」
「「!?」」
今の声、誰!?
シャマルさんの方を見てみると、私と似たような反応をしている。声で何となく分かってたけど、シャマルさんじゃ無いらしい。とはいえ、ティアでもなさそう、なら、誰が?
私は、声のした方向、ティアがいるヘリのハッチ部分へ視線を向ける。
そこには、リイン曹長と同じ位の大きさの、金髪の女の子が浮かんでいた。
「えっと……」
「藍だ。キャロの使い魔みたいなものをやらせてもらっている」
「じゃあ、貴方がさっきの?」
「ああ。そういえば初めましてだな。それよりも、だ」
ハッチから入ってきた藍さんは、私達の視線位の高さをふよふよ浮きながら私達の方に飛んでくる。良く見ると、右手に何か持っている。
あ、投げた。
「キュ!?」
「ちょ!? これ、まさか竜!?」
「キャロのペットだ。害を及ぼすようなものじゃ無いから心配しなくて良い。今は気絶しているから、その辺に転がしておいてくれ」
藍さんはそのまま、まっすぐにキャロの傍まで来て着地した。
放り投げられた竜? は目を回したままヘリの隅っこに転がされてる。
……良いのかなあ?
「シャマル、キャロの容態は?」
「えっと……」
シャマルさんの説明を受けながらも、藍さんは自分でキャロの事を調べてる。
とは言っても、私には藍さんが何をやってるかなんて分からないから、多分、としか言えないんだけど。
「と、いう訳なの。ところで藍さん、キャロちゃんの状態に、何か心当たりは無いかしら?」
「それは、どういう意味でだ?」
「藍さんなら、キャロちゃんの事も良く知ってるかな、って、それだけよ」
「……そういえば、貴方とはやては、色々気付いていたのだったな」
「それじゃあ……」
「まあ、その話は今は良いだろう。それで、この子の事についてだったな」
「藍さんには、今のキャロがどんな状態か分かるんですか?」
途中からよく分からない話になったせいで付いてこれてなかったけど、キャロの話に戻ってきたっぽいのですかさず口を挟んだ。
「予め言っておくが、あまり良い話では無いぞ。もし知った所で何が出来るという事も無いしな。それでも良いか?」
「お願いします」
「そうか、なら説明するぞ。信じ難い部分もあるだろうが、とりあえずは最後まで話を聞いてくれ。あの子は今―」
―ゆりかご外部―
『47部隊、22部隊の援護に回ってください。38部隊は今から20秒後に現空域から退避してください。一発でかいの撃ち込みます!』
念話を通して周辺部隊へ指示を出しながら、私は詠唱に入る。
眼前に見えるのは、空戦魔道師部隊とガジェットとの戦闘風景。
『はやてちゃん、照準はOKです』
「よっしゃ、なら行くで!」
私とユニゾンしているリインが、より多くのガジェットを巻き込める座標を計算、照準を微調整してくれる。
既に詠唱は終わっとる、なら、後は解き放つだけ!
「3……、2……、1……、ディアボリックエミッション!!」
カウントが終わって局員退避したのを見て、広域魔法を発動させる。
ガジェット群の中心地点から発生したそれはあっという間に広がって、幾つかの部隊を丸々飲み込んでいった。
「命中確認! 撃ち漏らしはありませんです。」
「そか」
『この空域は制圧完了しました。38部隊は引き続き、残りの部隊の援護をお願いします』
ユニゾンアウトしたリインの報告を受け、それを元に部隊を動かしながら、私はふう、とため息を一つついた。
今現在、ゆりかご外部における戦闘の大勢は、既に決しつつあった。
開戦当初、空戦魔道師とガジェットの数の比率は40対60程度。
一般的な空戦魔道師の能力とガジェットの持つAMF、これらを踏まえても、実際の戦力比は数のそれとあんまり変わらへん。ここに極一部の高ランク魔道師を加えてようやく五分五分、といった所やった。
けど、今は私達が押している。
その理由は、キャロが担当していた空域にある。
元々あの空域には、キャロしか居らず、そのキャロがリタイアしてしまった今、周辺には一機のガジェットもいない。
後は、この空域を足がかりに残りの空域を制圧していくだけ。
均衡を崩されたガジェット部隊は各個撃破されていき、順調に数を減らしていっている。
「大丈夫ですか、主はやて? 消耗が激しいのなら、一端休んでは?」
「大丈夫や、まだやれる」
ため息に気付いたのか、私の傍にいたシグナムが声を掛けてきた。
シグナムはついさっき、リインと一緒に私の所に来てくれた。
「シグナムこそこんな所に居てて良いんか? 藍さんの方がどうなっとるんか、気になってるんと違う?」
あと、それと一緒に藍さんも来てくれた。
正確には、こっちに向かってきた藍さんを、シグナム達が追いかけたらしいんやけど。
にしても、さっきは驚いた。いきなり現れた竜が鳴き声を上げながら、私の方に突進してきたんやから。
幸い、私に当たる直前に藍さんがその竜を蹴り飛ばして気絶させてくれたおかげで大事は無かったんやけど、それでもちょっと怖かった。
話によるとその竜はキャロの相棒みたいな存在で、突進してきたのはキャロの臭いがしたかららしい。さっきまでキャロを抱っこしてたから、臭いはその時に付いたんやと思う。
「ですが……」
「じゃあ命令や。ヘリに行って護衛と藍さんの監視、お願いできるか?」
「それは……」
「情報提供には感謝するけど、あの人らはあくまで正体不明のアンノウン。警戒せんといかん」
我ながら最低な事を言ってると思う。
キャロの事を知らせてくれた人に対して、その信用を踏みにじるも同然の事を言ってるんやから。
でも……。
「……分かりました」
「ごめんな、嫌な仕事させてしもて」
「いえ」
では、とシグナムは私に背を向ける。そして
「主はやても後でヘリに来て下さい。その左手、放っておく訳にはいきませんから」
その言葉を最後に、ヘリの方へと飛んでいった。
「バレてましたね、はやてちゃん」
「何のことや?」
「リインに誤魔化しは効かないですよ? 本当はキャロちゃんが心配だからシグナムに向かわせたんじゃないですか? あと、左手の事も。さっきまでユニゾンしてたんですから、はやてちゃんの状態は良く分かってるんです」
「あっちゃあ……。そっちは盲点やったなあ」
「左手、血が出ちゃってるです。何かあったんですか?」
「ちょっと強く握ってしもただけやし大丈……痛ッ!!」
「あーもう! 大丈夫ですか!?」
平気な所をアピールしようと手を振ってみると、予想よりも痛かった。
これは、思ってたより深いかも分からんなあ……。
「へーきへーき。こんなん放っといても大丈夫やて」
「駄目です!! 応急処置しますから、手を出してください!!」
そう言って準備を始めるリインに苦笑しながら、私は左手を開いてリインの前に差し出す。
掌には爪が喰い込んだような跡が幾つかついていて、私はそれを見ながら、切っ掛けになった出来事を思い出す。
「今のキャロの状態だが、生きているとも死んでいるとも言えない。というのも、体自体は普通に活動しているのだが、肝心の魂がここには無いからだ」
「魂?」
「ああ、魂だ。普通ならこんな事は起きない。弱ってこそいるが体は生きている。魂だけが抜ける事は有り得ない」
「なら、何で……?」
「キャロの体は少々特殊でな。だが、通常の状態ならまずこんな事にはならない。詳しい説明は省くが、霊力、魔力、妖力のいずれかが少しでも残っていれば、こうはならなかった」
「霊力? 妖力? いや、それよりも魔力が残ってれば、って?」
「言葉通りだ。そういう意味では、キャロが受けた魔力ダメージは原因の一つではある。だが、それだけではこんな事にならないし、直接的な原因でもない。例えるなら、桶屋が儲かったのを風のせいにするようなものだ」
それからも藍さんの説明は続いたけど、正直に言って私には良く分からんかった。
最後には、お前が責任を感じる事は無い、とも言ってくれた。
けどそう思おうとしても、私の腕の中でキャロが言った「ごめんなさい」を思い出す度に、罪悪感がふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
結局私に出来たのは、やり場の無い思いに耐えるために左手をぎゅっと握る事くらいやった。
「やっぱり、私のせいなんやろなあ……」
「はやてちゃん?」
「何でもあらへんよ。リイン、終わった?」
「はいです! でも、あんまり強く動かしたら駄目ですよ」
「わかった。ありがとな、リイン。」
応急処置を済ませた左手を開いて、私は夜天の書を手に取った。
気にならない訳が無い。けど、今はまだ戦闘中。
今やれる事をやらないで後悔する、それだけは絶対に嫌やから。
「反省も後悔も全部後回し。今自分が出来る事を全力で。行くで、リイン!」
「はいです!!」
そう自分に言い聞かせて、後悔のループに入りそうな思考を無理矢理押さえ込む。でも―
「世界はいつもこんな筈じゃなかった事ばかり」
ずっと昔にクロノ君から聞いた言葉が、なぜか頭から離れなかった。