幻想幼女リリカルキャロPhantasm   作:もにょ

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第81話 幻想のカケラ ~Flowering Cherry~ 後編

 ゆりかご周辺のとある一角を飛行中のヘリ。

 補給所と防衛拠点を兼ねたそれの周囲で、私はガジェットを撃墜している。

 開戦当時に比べると数は減ってはいるものの、今も結構な頻度でヘリを落とそうと、ガジェットがこちらにやって来る事がある。

 今さっきやってきた三機小隊を撃墜できたのでとりあえず一息つく。あまり強くはないんだけどうっとおしいなあ。

 

『ふう、ありがとね、ティア』

 

『? 何の話よ?』

 

『ティアは私が寝てる間も、ずっとこいつらの相手してくれてたんでしょ。だから、さ』

 

『別に気にしないで良いわよ。この位大した事じゃないんだから』

 

『そんな事無いって! 本当に感謝してるんだから』

 

『うっさい。余計な事考えててヘマしたら承知しないわよ!』

 

『えへへ~、分かってる分かってる』

 

 本当、ティアは素直じゃないんだから。

 こういうの、何て言うんだっけ? ……ああそう、ツンデレだツンデレ。

 言ってたのは確か……。

 

『……ル。……バル。……スバル!!』

 

『へ?』

 

『へ? じゃないわよ! 何いきなりボーっとしてんのよ!? アンタここが戦場だって忘れたの?』

 

『ゴ、ゴメン、ティア!!』

 

 そうだ、今は戦闘中なんだ。

 こんな事考えてる余裕なんてない。戦闘に集中しないと……。

 

『……スバル』

 

『ティア?』

 

『アンタ、やっぱり下がりなさい』

 

『え? な、何で?』

 

『何も何でもないわよ。そんな調子で前に出られると、こっちが迷惑なのよ』

 

『そんな事無い! さっきの事を言ってるならたまたまだから! 私はまだ大丈夫だから!』

 

『本気でそう思ってる?』

 

『当たり前だよ! それに、こんな状況で休める訳無いじゃない! 私が抜けたらティアが―』

 

『私を言い訳に使ってるんじゃないわよ!!』

 

『!?』

 

 ティアの怒鳴り気味の念話に、思わず息を飲み込んだ。

 それから少しの間、私たちの間で気まずい雰囲気になる。

 先に口を開いたのは、ティアの方だった。

 

『ごめんスバル。今のは私が悪かったわ』

 

『う、ううん。気にしてないから』

 

『こっちが気にするのよ。……正直言ってただの八つ当たりだったんだから』

 

『八つ当たり?』

 

『さっきの事よ』

 

『……あー。うん、分かった』

 

 ティアの方から謝ってきた事に内心驚いたけど、理由を聞いて納得出来た。

 

 今から少し前、はやて部隊長から念話があった時の事だ。

 まだ連絡の無いなのはさん達を迎えに行くために、シグナムさんとシャマルさんは、はやて部隊長に合流しに飛んでいった。

 私達はというと、ヘリの事があったのでこっちに残る事になった。

 移動拠点としての重要性もそうだけど、ここにはキャロも居る。放っておく事なんて出来ない。

 ティアも納得はしてるんだろうけど、そっちに行きたかったっていう気持ちはあるんだろうなあ。

 

『とにかく私は大丈夫だから。あ、来た!!』

 

『あ、ちょ、待ち―』

 

 気まずい空気になりそうな予感がしたので、半ば強引に念話を切って新たに出現したガジェットの群れに突っ込んで行く。

 最後にティアが何か言おうとしてたのが気になるけど、今はそれよりもこいつらの相手!

 

「マッハキャリバー!」

 

《All right.》

 

 右腕のナックルにカートリッジをロードしながら、ウィングロードで空中を駆ける。

 目標はⅡ型の三機小隊。向こうもこっちに気付いたのか、ばらばらに分散しようとしている。

 

「先手必勝! リボルバー・シュート!」

 

 先制で撃った魔力弾に、逃げ遅れた一体が直撃して墜落していく。

 それを横目で確認しながら、回避機動を取りつつ残りの対処に移る。

 こいつら相手に、時間なんかかけてられない!!

 

「おおおおおお!!」

 

 反転して残り二体の内一体に接近し、背後から拳を叩き込んで沈黙させる。これで二体目!!

 残りはあと一体。こっちに照準を向けてきたけど―

 

「マッハキャリバー!!」

 

《Cut back.》

 

 レーザーが放たれる一瞬前に真上に向かって方向転換。ガジェットのカメラから、私の姿がフレームアウトする。

 ガジェットはそのまま直進し、私の真下を通過しようとした瞬間―

 

《Drop turn.》

 

 真上から強襲した私の拳に貫かれて墜落していった。

 

「ふぅ……」

 

 当面の敵を撃破し終えた事に安心して一息つく。

 まだ戦いは終わってないけど、さっきからずっとこんな調子だ。

 まだ敵が来ていない時に息を整えておかないと、最後までもたない。

 

『ティア、そっちは―』

 

 ティアの方がどうなっているか気になったので、状況確認のために念話を送る。

 たぶん大丈夫だと思うけど―

 

 

 

 

 そんな風に油断していたのが不味かったんだろうか?

 

『スバル、後ろ!!』

 

『へ? ……!!』

 

 叫びにも似たティアの念話に、慌てて後ろを振り向く。

 振り向くと、煙を噴き出しながらも飛行能力を失っていないガジェットが、こっちに向けて突進しきていた。

 

 へ? 何で?

 ガジェットは3体で、私が倒したのも3体で……。

 まさか、最初に落としたのが仕留めきれてなかった? でも、そんな―

 

 目の前の事実に頭が付いてこないで、意味の無い思考がぐるぐる回る。

 ハッと気付いて対処に移ろうとした時には、ガジェットはすぐ目の前まで迫ってきていて―

 

 

 

 

「全く、見ちゃいられませんよ。やっぱ私がいないとダメですね~」

 

 衝突の直前、そんな幻聴が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「突風「猿田彦の先導」!!」

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 思わず目を閉じて衝撃に備えていたのだけど、一向にその瞬間が訪れない。

 一秒……、二秒と経ってようやく目を開けると、そこには五体満足な私の体があった。

 

「何が―」

 

 起きたのかと思ってキョロキョロと辺りを見渡す。

 視界に入ってきたのは、ボディに風穴を空けて煙を上げながら、今度こそ本当に撃墜されているガジェットの姿。それと―

 

「あれ? この魔力光……まさか!?」

 

 私の周囲に魔力の残滓が待っている。

 その色はきれいな桜色で、細かく空中に拡散しているのが花びらみたいにも見える。

 私がの知り会いの中で、この色の魔力光を持っているのは二人。

 一人はなのはさん。それともう一人が―

 いてもたってもいられなくなり、私はティアに念話を繋いだ。

 

『ティア、ティア!!』

 

『スバル、アンタ大丈夫なの!?』

 

『私は大丈夫!! それより、キャロは!?』

 

『……アイツならいないわよ』

 

『へ? それって、どういう……」

 

『……こっちが聞きたいわよ。さっきまで生きてるか死んでるかも分からない状態だったのに、いつの間にか居なくなってるし、よく見たら藍さんもどっか行ってるし』

 

『……それじゃあ』

 

『アンタを助けたの、たぶんあの子だと思う。ったく、起きたら起きたで落ち着きが無いんだから』

 

 せめて一言くらい残していきなさいよね、とティアが愚痴を零しているのが聞こえる。

 じゃあ、さっきのはやっぱりキャロ? キャロが私を助けてくれた? という事は、キャロは―

 

『……スバル』

 

『へ?』

 

『アンタやっぱりこっちに戻って来なさい』

 

『な、何でさ? 確かに今のは危なかったけど、私なら大丈夫だって!』

 

『それ本気で言ってる? 集中力切らしてる奴を前線に置いておく訳にはいかないのよ』

 

『そんな事無いって!』

 

『なら、せめてその目から流れてるもの何とかしなさい』

 

『……あ』

 

 その言葉に、私はナックルを付けていない方の腕で顔を拭う。

 手袋の部分が僅かに濡れているのを見て初めて、私は自分がどんな状態なのか気付いた。

 

『あれ? 何で、私、泣いて……』

 

『とりあえず、一旦戻ってきなさい。この位なら私一人でも何とかなるし、少し休んだ所で誰もアンタを責めないから』

 

『……うん』

 

 ぶっきらぼうな中に思いやりを感じるティアの言葉を聞きながら、私はヘリに戻っていく。

 こうして自覚した今だから分かるけど、私は結構追い詰められてたんだと思う。

 なるべく考えないようにしてたから気付かなかっただけで、ティアにはバレバレだったんだろうなあ。

 ありがとうね、ティア。それと―

 

「キャロ……。本当に、良かった……」

 

 

 

 

「ふぅーーーー、危なかったです」

 

 ゆりかご上空の一区画、周りに誰もいない一角で、今まで溜め込んでいた息を一気に吐き出す。

 よっぽど緊張していたのか、それは大きな溜め息になって口から出てきました。

 まさかいきなりこんな事になるなんてびっくりですよ。

 にしても、ちゃんとこっちに戻ってくる事が出来て良かったです。予想は当たってたみたいですね。

 

 これはあくまで私の予想ですけど、私の魂が抜けてしまったのは、魔力切れが原因です。

 それが原因で「矛盾を受け入れる程度の能力」が弱まり、体と魂の間で人妖の境界が反発。魂だけがポーンと飛ばされたんだと思います。

 何で幻想郷に着いたのかは……たぶん映姫様が何かしてたんでしょう。浄玻璃の鏡で見た記録の中で、私の魂を幻想郷の管轄にしたとか言ってましたし。

 

 でもここで疑問が一つ。魔力切れを起こしただけでそうなってしまうのなら、何で今までは大丈夫で今回だけなってしまったのか?

 ……情けない話ですけど、たぶん私が死にたがってたせいでしょうね。

 人間と違い、妖怪は精神に強く依存する生き物です。その心が弱ってしまえば、当然その存在にも影響が出てきます。そのせいで「死」の側に引きずられたと考えると、色々辻褄が合います。

 それでも、普通の妖怪なら生と死の境界を越えるまでは行かないと思うけど、私の能力は別名「境界を無視する程度の能力」。

 弱っていたとはいえ、この能力のせいで境界があやふやになっていたのも原因でしょうね。全く、役に立たないどころか持ち主を死に追いやるとかとんでもない能力です。

 ……まあ、この能力があったからこそ完全に死人にならず、こうして戻る事が出来たんでしょうけど。世の中複雑です。

 

 映姫様の言葉をヒントにここまで考えた私がした事は、自らの死因の排除でした。

 映姫様は、心が弱った位で人は死なないって言ってました。つまり、あんな事になったのは私の中にある妖怪の要素―精神が生死に影響する法則が、私自身に適用されたのが原因でした。

 そこまで分かれば後は簡単。「矛盾を受け入れる程度の能力」と霊・魔・妖力操作を使って私の構成要素を操作。妖力を抑えて人間としての要素が強くなるように調整します。

 後は「死」の側に引っ張ろうとする法則が弱まる事で、反対側の「生」の方に引き寄せられて無事復活、やったねキャロちゃん!! という訳です。

 

「とりあえず、これからどうしましょうか?」

 

「まずはフリードを起こしてやってください。そろそろシャレにならなくなります」

 

「え?」

 

「キュー……」

 

 弱々しい鳴き声のした方に振り向くと、そこには目を回してぐったりとした感じになってるフリードの姿が……って

 

「ちょっと!? 何があったのフリード!?」

 

 フリードの首筋を見ると、誰かに締められたような跡があります。

 誰がこんな酷い事を―

 

「マスターです」

 

「え?」

 

「いきなり首根っこ掴まれた上に高速突撃のスペルカードなんてしたらこうにもなります」

 

「……あ」

 

 そういえば復活してスバルさんの所に突撃した時、咄嗟に夢幻珠とフリードを掴んだような……

 よく見てみれば、フリードの首筋に付いてる線と、私の指がぴったり一致します。

 ……えーと。

 

「藍さん、過去を振り返るよりも、未来に目を向ける方が大切だとは思いませんか?」

 

「後でちゃんと謝った方が良いと思いますよ」

 

「……はい」

 

「キュ、ゥ……」

 

「ちょ!? フリード、魂出てる魂出てる! そっち行っちゃ駄目ー!!」

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 何とかフリードをこっち側に戻した後、護衛としてスバルさん達のところに向かわせます。

 さっきの事といいこれといい、復活早々締まらないです。

 気を取り直して、私は藍さんの方に向き合います。

 藍さんは「本来」のサイズで、私の傍に控えていました。

 

「藍さん。今の状況は?」

 

「はい。マスターの倒れている間―」

 

「もういいよ藍さん。態々そんな呼び方しなくても」

 

 「さん」の部分を強調して言ってみる。

 ちょっと意地悪な言い方になっちゃったけど、これで意図は伝わったかな?

 

「……思い出したんですか?」

 

「うん。まだ全部って訳じゃないんだけどね。……藍さん、私に何か言いたい事はありますか?」

 

「……、悪かった」

 

 そう言った藍さんの顔は、表面上は冷静に振舞っているように見えます。

 

「私の事は好きにしてくれて構わない。その権利がキャロにはある」

 

 けど、声の調子や細かい仕草から、心底申し訳無く思ってくれているのが伝わってきます。

 伊達に4年間ずっと一緒だった訳じゃありません。コレ位は気付きます。

 正直確証は無かったんですけど、この様子だとやっぱり「そう」なんですね。

 

「じゃあやっぱり、今ここにいる藍さんはオリジナルなんですか?」

 

「ああ」 

 

「前に同じ事聞いた時はコピーって言ってたよね? あれは嘘だったんですか?」

 

「……ああ」

 

「オーケー、よく分かりました」

 

 とりあえず聞きたいことは聞けましたし、後はちゃちゃっと片付けますか。

 私は藍さんのすぐ目の前まで飛んでいき―

 

「藍さん」

 

「キャロ」 

 

「……歯あ、食い縛ってください!!」

 

「……!!」

 

 霊・魔・妖力を込めた右腕を、思いっきり振りかぶりました。

 

 

 

 

 パシーーン!!

 

 

 

 

「…………?」

 

「なーんて、ね。あ痛たたた、ちょっと強く鳴らし過ぎたかな?」

 

 叩くと思いました? フェイントだよ!

 ヒリヒリとする手の平にふーふー息をかける私と、それを見ている藍さん。 

 藍さんは最初何が起きたか理解できていない感じでしたけど、すぐに把握してくれたみたいです。

 

「……叩かないんですか?」

 

「何で?」

 

「何で、って……。良いですか? 私はキャロに嘘をついていました」

 

「うん、そうだね」

 

 私が良いって言ってるんだから納得しておけば良いのに、難儀な性分ですよね。

 死ぬ死ぬ詐欺をやらかした私が言える事じゃないですけど。

 

「夢幻珠を手に入れた時から今まで、ずっと騙してたんですよ?」

 

「そうだね」

 

「だから―」

 

「でも、ずっと守ってくれてた」

 

「それは……」

 

 確かにそうなのかもしれないです。けど、今の私がいるのは夢幻珠が―藍さんがいてくれたおかげっていうのも事実です。

 藍さんが助けてくれてたからこそ、私は何とか今まで生きてこられた。藍さんが来てくれなければ、今頃私は山で野垂れ死んでいてもおかしくなかったんですから。

 

「私ってこの通りひねくれてる性格してるから、ずっと大変だったでしょ?」

 

 思い出して見れば、藍さんには今まで色んな無茶に付き合ってもらっています。

 そこまでしてくれてた事に気付いたら、恨む事なんてありえません。

 

「今までありがとうね、藍さん」

 

「……こちらこそ」

 

「じゃあこの話はこれでお終い。私達には、やらなきゃいけない事があるんですから」

 

 そう、今こうしている間にも、状況は動いています。

 藍さんには悪いけど、今は悠長に話してる暇なんてありません。

 

「これから先どうするかは後で考えるとして、今はもう少しだけ付き合ってくれるかな?」

 

「キャロがそれで良いのであれば」

 

 

 

 

 少女(達)移動中……

 

「……キャロ」

 

「? どうしたの、藍さん?」

 

「いや、呼び方についてなんだが……、「さん」付けは止めてもらえないか? 今までずっと呼び捨てだったから、どうも違和感がな」

 

「いやいやいや、そう言われましても。今までは管制人格として見てたから呼び捨てにしてたけど、色々知っちゃったらそうもいかないですし」

 

「むう……」

 

「それに、藍さんのマスターは私じゃなくて紫さんでしょ? だとしたら余計に言えないですよ」

 

「……キャロ」

 

「何ですか?」

 

「やっぱり、根にもってるだろ?」

 

「何がですか? 別にそんな事無いですよ」

 

「本音は?」

 

「……やっぱり一発くらいぶん殴っておけばよかったなー、って」

 

「今からでも遅くないぞ」

 

「もういいです。藍さん責めたとこでどうなる訳でもないし、この分も紫さんにぶつける事にします」

 

「出来れば程々に頼むよ」

 

「止めろとは言わないんですね」

 

「言っても聞かないだろ? なら言うだけ無駄だからな」

 

「良く分かってるじゃないですか、藍さん」

 

「そして、呼び方も戻す気は無いんだな」

 

「そんな事より、ほら、もう付きましたよ。あ、こっちに気付いたみたいですね」

 

「フェイトさん、はやてさん、シグナムさん、シャマルさんにエリオですね。あからさまに驚いてますね。どうします?」

 

「そんなの決まってますよ。こうして戻ってきた以上、言う事は一つです」

 

「今度はちゃんと言ってくださいね」

 

「「今度は」って、それどういう意味ですか?」

 

「さっきスバルさん達から逃げてきたじゃないですか。正直言って顔を合わせ辛かったからでしょう?」

 

「……バレてましたか」

 

「当然です」

 

「いやだって、あんなに泣かれたら気まずいってもんじゃないですし。……とにかく、もうそんな事はしません。じゃ、行ってきます」

 

 

 

 

「フェイトさん、はやてさん!!」

 

「キャロ!?」

 

「……キャロ!? ほんまにキャロなん!?」

 

「はい! えっと……」

 

 

 

 

「ただ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 いな御迷惑を掛けてしまって、本当スイマセンでしたー!!orz」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―幻想郷 三途の川―

 

「これはまた、見事な空中土下座ですね」

 

 川のほとりの一角で、映姫は近くにあった石に腰掛けながら自分の手鏡を覗き込んでいた。

 鏡には、遠く離れた世界で見事な土下座をしているキャロの姿が映っていた。

 その鏡、浄玻璃の鏡の本来の機能は罪人の人生を覗いて罪を暴く事。

 だから本来、鏡にはこのような機能は搭載されていない筈なのであるが―

 

「うふふ……、あの子を見てると飽きないわね」

 

 映姫の隣に座り、一緒に鏡を覗き込んでいるのは幻想郷の賢者、八雲紫その人である。

 何故彼女がこんな所にいるのかというと―

 

「にしても助かりましたわ。貸しが出来てしまいましたね」

 

「構いません。死者に裁きを下すのと同様、生きてる物の道を正すのも閻魔としての責務ですから。いつもは私から逃げ回っている貴女から話があった時には何かと思いましたが、このような用件なら喜んで受けます」

 

 実のところ、映姫がキャロと会ったのは偶然ではなかった。

 いつもは連絡ひとつ寄越さない賢者様が、珍しく直接会って話をしに来た。用件は、10年前に自分も関わる事になった子供について。

 本来なら、映姫が生者の、しかも別世界の者に関わるような事は無い。

 閻魔はあくまで死者を裁く存在であり、そもそも映姫はヤマ(閻魔)でザナドゥ(幻想郷)。外の世界は自分の管轄では無いのである。

 けど、キャロの場合は少々特別で、10年前の処理によってその魂の管轄は幻想郷になっていた。また自身の能力の影響で、生者と死者のどっちつかずの状態で辿り着いた。

 そして映姫は閻魔、白黒はっきりつけるのが仕事なのである。

 

「でも良いので?」

 

「あら、何かしら?」

 

「あの子、貴女が覗き見していた事に完全に気付いてましたが」 

 

 キャロが去り際に言った伝言は、映姫に向けて言ってはいなかった。

 明らかに傍で覗き見していた紫に向けてのメッセージだった。

 

「別に隠す理由もありませんから」

 

「まあそうでしょうね。というか、最初から隠す気ありませんでしたし」

 

 そもそも本気で隠す気なら、あまりにも不自然な箇所が多すぎる。

 都合良く映姫が来るのはまだ良いにしても、浄玻璃の鏡は本人の過去を見る筈なのに藍や紫の視点で話が進んだ。むしろ気付かない方がおかしい。

 

「「覚悟してください」だって。ふふふ、楽しみね」

 

「貴女は……まあ、今日くらいは勘弁してあげましょう。……ご愁傷様です、八雲桜」

 

 いつものように胡散臭い笑みを浮かべる紫を見て、映姫は遠く離れた地にいるキャロに同情するのみ。

 いつもなら紫に説教している所だが、紫の顔が冗談ではなく本気で嬉しそうに見えたので止めておく。空気を読むべき所はしっかり読む映姫であった。

 話が切れた所で、映姫も紫も鏡の映像に再び注目する。

 それよりも、今は重要な事があるからだ。それは―

 

「ですが、それもこれもあの子が無事にここを乗り越えてからです。……本当に大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫よ、問題無いわ」

 

「真面目に答えてください。あの子は―」

 

「霊力も魔力も妖力も殆ど残っていない。そう言いたいんでしょう?」

 

「ええ。少し回復したみたいですが、それでも全快にはほど遠い。あれでまともに戦えるとは思えません」

 

 映姫が心配しているのは、キャロのコンディションであった。

 そもそも、キャロが幻想郷に来た原因の一つが魔力切れ。霊力と妖力も、それと同じように枯渇してガス欠寸前である。

 こういう時の為の国士無双の薬も、既に3本使ってしまっているので回復もできない。

 ガジェット相手ならどうにかなるが、それ以上となると厳しいと言うしかない。

 キャロひとりが復帰した所で、機動六課の戦闘力は殆ど上昇する事は無いのであった。

 

「心配無いわ」

 

 だというのに、紫の顔には不安や心配といった負の感情は一切見当たらない。

 その言葉には、キャロが必ず勝つという確信を持つ響きがあった。

 

「あの子には仲間がいる。仲間を頼って、頼られて、そうやって自分達の足りない所を埋め合う事が出来る人達がいる。他人を信じられるようになった今、その存在は大きな力になってくれるわ」

 

「上手く行けば良いんですが」

 

「あの子を誰だと思っているのかしら?」

 

「私の子よ、とでも言うつもりですか? あの子がここにいたら、全力で否定しそうですね」

 

「まさか、そんな事言いませんわ」

 

「そうですか。なら―」

 

「いずれ私を越える子よ」

 

「……はあ」

 

「その溜め息は何かしら?」

 

「いえ、別に何も。付ける薬が欲しいと思っただけです」

 

「失礼ですわね」

 

「さて、残された時間はあと僅か。貴女は、いえ、貴方達はいったい何を見せてくれるのでしょうね?」

 

 軽口を叩き合いながら、二人は鏡を見続ける。

 鏡の向こうでは、キャロが六課メンバーに必死に謝っている姿が映っていた。

 

 

 

 

 ゆりかご目標ポイント到達まで あと30分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、シグナムって人に拳骨貰ってる。

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