「退避勧告、ですか?」
「せや。他の部隊はもう離脱しとるしウチらが最後や。ヴァイス君」
『了解でさあ』
ゆりかごに突入したメンバーのうち、飛行魔法の使えないスバルさんとティアナさんとエリオ君、結構な深手を負ったなのはさんと、治療役のシャマルさん、それと確保したナンバーズの子達を乗り込ませたヘリのハッチが閉まり、ゆりかご周辺の空域から離れていきます。
定員の都合からヘリに乗れなかった私含む残りのメンバーは、護衛も兼ねてヘリの周りを飛行しています。
あの後、私はクアットロさんを抱えながら皆との合流地点まで移動。いい加減ガス欠になりかけてたので、まだ余裕のありそうなシグナムさんにクアットロさんを任せ、全員で脱出ポイントまで移動を開始しました。
途中、隔壁が降りてきて通行止めになる事が何度かあったりしましたけどその都度シグナムさんが大活躍。AMFなどあって無いかのようにレバ剣で粉砕して道を切り開いてくれました。
いやもう全快状態のシグナムさんの頼もしい事頼もしい事。
動力炉破壊の保険の筈が嬉しい誤算でした。
そういった事から、私たちは特に苦労する事なく脱出に成功し、こうやってヘリまで戻ってくる事ができました。
首謀者であるナンバーズの面々も確保して脱出も完了。後は艦隊によるゆりかご破壊を見届けるだけの簡単なお仕事です。
の筈だったんだけど……。
『クロノ・ハラオウン……か。まだ若いのに大した決断力だったな』
『いや、過去形にしないでよ。縁起でもない』
『冗談で済めば良いんだがな』
『……』
これですっきり解決とは言えないもやもやした気持ちのまま、私達は飛行を続ける。
ヘリに付いて行くように飛行しながら、私達はさっき聞いた話の内容について考えていました。
ゆりかごを脱出した私達を待っていたのは、周辺エリアからの退避勧告でした。
―ゆりかご破壊に際し不測の事態を避ける為、エリア内の魔道師は直ちに退避する事―
私達がこれを聞いた時には他の部隊は既に退避を始めており、私達でラストという状況でした。
なので大急ぎでメンバーを収容し、こうして退避しているという訳です。。
命令としては別におかしな事はありません。誰だって巻き添えは喰らいたくありませんし。
だというのに、これを聞いた私を含む六課メンバー、特に隊長陣の表情はすぐれませんでした。
その理由は、この命令とは別のルートからはやてさんに入ってきた情報でした。
―VX級戦艦クラウディアが艦隊に先駆け単艦で先行中―
単艦での先行、それの意味する所は即ち、現状では艦隊の到着が間に合わない事を示しています。
ゆりかごの核であるヴィヴィオちゃんは取り戻され、メインの動力炉も破壊、ついでにクアットロさんも確保した。
正直に言って、こんな状態のゆりかごが攻撃能力を持っているとは思えないです。
けど……。
『藍さんはどう思う? ゆりかごが目標ポイントに到達した時、何が起きるか』
『あくまで私の予想だが……、何も起きないかと』
『理由は?』
『もう艦内に誰も存在しておらず、攻撃を指示するものがいないからな。仮に攻撃能力が残っていたとしても、それが発揮される事は無いだろう』
『自動攻撃プログラムが設定されている可能性は?』
『それも考えにくいな。スカリエッティ一味の目的は単なる破壊活動ではなく、自らの価値を証明するための示威行動としての側面が強い。威嚇射撃程度ならあるかもしれないが、直接攻撃が設定されている可能性は限りなく低い』
『ですよねえ』
その回答に、私は肯定の意でもって返します。
私の考えも藍とほぼ一緒です。態々そんな事する意味が無いですから。
『でも、この考えが希望的観測に過ぎないんじゃないかっていう不安もあるんですよねえ。ゆりかごのシステムは完全に死んではいませんでしたし』
『そういえば、脱出時にはまだ動いたな』
『あと、あのテンションのクアットロさんだったら、景気付けにどっか適当に破壊するようにって操作しててもおかしくなさそうだし』
『……そちらの方は普通に有り得そうだな』
『だよねえ。ああ、考えれば考える程不安になってきた』
むむむ、と唸りながら、私と藍は飛行を続ける。
取り越し苦労になる可能性が高いと分かっていながらも、僅かに残っている可能性が気になって仕方なくなる。
考えれば考えるほど不安な要素が増えていき、思考の渦に飲み込まれていきます。
(クアットロさんを叩き起こして聞き出せば……ってそんな事してる間も無い。こんな事ならクアットロさん倒した時にもっと艦内を調べておけば、ってあの時は時間ギリギリだったし仕方ないし、大体この事を今さら考えても後の祭りで意味ないし。ああもう、何でよりによってクロノさんの艦が先行してるんですか。これでもし何かあったらなのはさん達ガチ泣きしますよ? リンディさんとかまだ会った事無いけど、夫に続いて息子まで似たような事故で亡くしたら間違いなく心折れますって。……うわ、今のよく考えたら『その他大勢の命はどうでもいい』って言ってるようなものじゃないですか私。クロノさんじゃなかったら見捨てるって、いったい何様のつもりですか。うわあ、最悪……、ってそうじゃなくて、今はこの状況を何とかするのが先で、うーん、でも……)
『キャロ? おーい?』
藍が何か言ってるけど、私はそんな事もお構い無しに、一人でウンウンと唸り続けた。
そして出た結論が―
「よし、やっぱしアレ壊そう」
▼▼▼▼▼▼▼▼
「艦長、間も無くゆりかごが目標ポイントに到達します」
「……そうか」
オペレーターの報告を聞きながら、クロノの視線は眼前のディスプレイに向けられている。
表示されている数字は7分と4分30秒。前者がクラウディアがゆりかごを射程に収めるまでの時間、後者がゆりかごが目標ポイントに到達するまでの時間を示している。
単艦で突出した事により、当初4分あった差は確実に縮まっている。
しかし、それを差し引いてもまだ150秒の差が存在しており、それはそのままミッドが危険に晒される時間と同義である。
この期に及び、クロノはひとつの決断をする。
「針路修正だ! クラウディアをゆりかごの射線上に変更後、直ちに総員退艦せよ」
「艦長!? そんな事したらこの船落とされちゃいますよ!!」
「承知の上だ。どのみち今からでは間に合わない。艦はまた作ればいいが、人命は戻ってこない。責任は私が取る、急げ!」
「りょ、了解!」
クロノの決断、それはこの艦を盾にし、ミッドの防波堤となる事だった。
間に合わない事が分かった以上、己のすべきは本隊が到着するまでの時間稼ぎ。
艦隊到着までの4分間粘る事さえ出来れば、ミッドチルダを守り抜く事が出来る。
無論、この方法に問題の無い訳ではない。
聖王の器を欠いたとはいえ相手はロストロギア、それに対してこの艦がどれだけ耐えられるのかは全くの未知数。もしかすると一発で落とされる可能性もあるかもしれない。
加えて攻撃を受けた際、クラウディアから出た破片が地上に落ちて被害が出る可能性も存在する。
そうなれば本末転倒。守るべき立場である自分達の手で、ミッドチルダを傷つける事にもなりかねない。
(責任は取るさ。ちゃんと生きて帰れたらな)
指示を受けたクルーが慌てて動き出したのを見ながら、クロノは恐らく人生で最も長く感じるだろう4分間に向けて意識を集中させていた。
その時だった。
「艦長、ポイント付近に魔力反応!」
「何!? まさか、砲撃か?」
「いえ、これは、ゆりかごのものではありません! 魔力量から見るに、おそらくは魔道師です!」
「魔道師だと? まだ避難していなかったのか。避難勧告は?」
「もうやってます! ですが、応答がありません!」
「チッ、一体どこの命知らずだ! 周辺のサーチャーは?」
「今そちらに向かわせて……あ!! サーチャーの反応、消失しました!!」
「何!? ……すぐに残りのサーチャーを!!」
「了解!!」
クルーに指示を飛ばしながら、クロノは一連の事象について考えを巡らせる。
サーチャーの反応消失について……。故障という線は考えにくい。
偶然にしてはタイミングが良すぎる。なら、原因は内ではなく外にある。
となると怪しいのは先程の魔力反応だが、スカリエッティ一味の生き残りの可能性は薄い。こちらの知らないカードがあったとしても、こんなタイミングで切ってくるぐらいなら、もっと早い段階で出して来る筈。となると、考えられるのは……。
クロノがそこまで考えた時、再び事態が動いた。
「艦長!! ポイント付近の魔力反応、増大していきます!! 推定AA……、AAA、まだ上昇を続けています!! これは……収束砲!?」
「何だと!?」
収束砲、と聞いてクロノの頭に浮かぶのは3人の顔。半ば無意識のうちに、クロノは通信機を手に取った。
あの3人ならやりかねないと思われている辺り、クロノが3人の事をどう考えているかが良く分かるものである。
「……聞こえるか? 応答しろ、八神部隊長」
『クロノく……提督!?』
通信を送ると、一秒もしない内にはやてからの返答が返ってきた。
動揺している様子を見るに、こちらの状況は向こうにも伝わっているらしい。
けど、はやてには悪いが、今はそれに構っていられるだけの余裕が無い。
『……コホン、失礼しました。提督、そちらは大丈夫なのですか? 大変な状況だと伺いましたが』
「いや、構わない。それより、機動六課の残りのメンバーは?」
クロノがなのはとフェイトを名指しでなく、六課メンバー、と言ったのには訳がある。
察しの良いはやての事だ。もし2人に限定していれば、そこに潜む自分の意図に気付くかもしれない。魔力反応の情報を持っているなら、自分達が疑われている所まで行き着くかもしれない。態々嫌な思いをさせる事ではない、というクロノの配慮だった。
そしてコレが運命を分ける事になるとは、この時は誰も気付いてはいなかった。
『大丈夫、みんな無事や。ちゃんと全員で避難しとるよ』
「そうか、なら良い『ああああああああ!!』ッーーーー!? はやて!?」
通信機越しに聞こえる絶叫に、思わずクロノは耳を塞ぐ。
塞ぐのが遅れたせいでキンキン耳鳴りがするが、クロノは鋼の意志でもってそれを我慢し、通信先のはやてに呼びかけた。
「どうしたんだ、はやて!? 一体何があった!?」
『え!? ああああななな何でもないよ!? ごめんな、ちょっと用事思い出したし切らせてもらうで。 ほなな!!』
「ちょ、何でも無いって事は無いだろう! ……切れた」
「艦長?」
「……すまない。付き合わせて済まなかったな。キミ達も退艦してくれ。私はギリギリまで残る」
「りょ、了解!!」
クロノの指示を聞いて、残っていたほんの数名のスタッフもブリッジから退艦していく。
彼らは本来、先程の退艦命令の際に脱出する筈だったのだが、魔力反応を始めとした一連の出来事のせいでそのタイミングを逃していた。
これ以上はさすがにまずい。命の危険に晒されるのは自分一人だけで十分だと判断したクロノは彼等を解放した。
「にしても、一体何が起きてるっていうんだ。……はあ」
誰もいなくなったブリッジで、クロノはゆりかごを見上げながら一人ごちる。
通信が切れる間際に聞こえた、「あんのアホがああああああああ!!」というはやての叫びが、頭にこびりついて離れなかった。
▼▼▼▼▼▼▼▼
―時は遡り数分前 ミッド上空―
「白鳥や 悲しからずや空の青 海の青にも 染まず漂ふ、ってね」
「海は数千メートル下だがな。いきなりどうした?」
「そこは流して欲しかったなあ。どうした、って何となく、かな。今の私達って、まさにそんな感じじゃない?」
「白鳥? どこにだ? 私には烏しか見えないが」
「言いたいことは良く分かりました。殴っていいですか?」
「やる事やってからにしてください」
本気とも冗談ともつかない軽口の応酬を続けながら、私は周辺を見渡す。
白鳥を探している訳ではない。というか、高度数千メートルの世界に鳥が飛んでいる訳が無い。
ここにいるのは私と藍だけで、となるとさっきの唄が誰を指すかなんて決まってます。
青空の中、ぽつんと浮かんでいる白い点。もしさっきのサーチャーに接近されていたら、そんな映像になってたんでしょうね。
服装的にセーフだと思ったんですけどねえ。藍の皮肉で心が痛いです。
そんな事を考えながら、私の視線はある一点で静止する。
空の青に混ざって浮かんでいるのは、私だけじゃない。
そこに浮かぶのは、私達とは真逆の――黒。
動力炉を破壊されながらもなお天へ昇り続ける聖王のゆりかごが、その存在を主張している。
私はそれを真っ直ぐに見据え、自分の中で意識のスイッチを入れ替える。
なのはさん、フェイトさん、はやてさん、ヴィータさん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさん、スバルさん、ティアナさん、エリオ君、アギト、ギンガさん、バックヤードスタッフの皆さん、他にもたくさんの、この事件に関わった人達。
平和の為、仲間の為、理由は色々あるけれど、その誰もが「こんな筈じゃなかった未来」に抗う為に戦ってきた。その思いが、こんな事で踏みにじられて良い訳が無い。
なのに、私は自分の目的の為にスカリエッティさんの側に付いた。拒絶できたのに、しなかった。「こんな筈じゃなかった未来」に加担してしまった。
沢山の人が守ろうとした未来が私一人のせいで失われるなんてこと、あっちゃいけないのに。
だったら、後始末くらいは私の手で片付けないと。じゃないと、皆に合わせる顔が無いから。
「じゃあ藍さん、そろそろ始めよっか」
「ああ。……なあキャロ、――」
「何か言った?」
「……いや。夢幻珠、セットアップ」
「行くよ!! モード「八咫烏」サブは「萃」!!」
その宣言をキーに、夢幻珠の分霊体との融合が始まった。
死後の世界を経験し、能力を自覚した今、藍任せになっていたプロセスがはっきりと分かる。
今まで気にもしていなかった一連の事象は、実際のところリインちゃんやアギトのユニゾンとは全く異なるものでした。
同調ではなく、融合。ユニゾンデバイスというよりかは、フュージョンデバイス。
夢幻珠の中の分霊体と私自身の魂を「矛盾を受け入れる程度の能力」で誤魔化して、擬似的な融合状態を成立させる。
それを行っているのは藍さん。私の能力を間接的に制御して、融合しているけどしていないという絶妙な状態を維持し続けています。
「今まで気にもしなかったけどこれ、藍は他人の能力を使っての制御なんていう、二人羽織みたいな真似をずっと続けてたんだよね。大変じゃなかった?」
「そうでもないさ。最低限の生命維持程度にしか使われておらず、勝手に動く事もなかったからな。二人羽織というよりかは人形繰りといった感じだな」
「私、自覚すらしてなかったですからねえ。なら、今の間は制御任せて良いかな?」
「むしろその方が助かる。こっちは気にせず、思いっきりやるといい」
「ありがと。じゃ、行くよ!!」
そう言って、私は夢幻珠に格納されていた制御棒を取り出して右腕に嵌める。
でも使うのは「核融合を操る程度の能力」ではなく「密と疎を操る程度の能力」の方。
ゆりかごに向けられた砲身の先に、光をともなって周囲の魔力が萃まり始めます。
核融合を操る程度の能力。
太陽を司る神様である八咫烏の力は、純粋な破壊力を見たら最強クラスの能力。
ゆりかごに対し最も効果のある攻撃を考えた結果が、この能力でした。
外部からの攻撃に対するゆりかごの防御能力は主に2つ。表面装甲とAMF。
装甲はともかくとして、厄介なのはAMF。収束砲撃をそのままぶつけたとしても、コレのせいで威力が大幅に軽減されてしまいます。
AMF破りのセオリーは主に3つ。力押しか、付随する物理現象による攻撃か、魔力の変換。
まず、力押しは言うまでもなくNG。魔道師相手ならともかくとして、戦艦相手に力押しで勝てる訳が無い。次に考えられるのは付随する物理現象による攻撃だけど、コレもNG。岩をぶつけてどうにかできるとは思えないし、そもそもここは空中なので、石も岩もありません。
となると残るは一つ、即ち魔力の変換。
これについては特に問題なし。変換資質も夢幻珠によって解決されているので、十分に可能。なら、変換系の能力の中で、最も破壊力に特化しているのは―
そういった思考の果てに選んだ能力でしたけど、ここでまた一つ問題がありました。
夢幻珠に出来るのは、あくまで分霊体による能力付与のみ。
分霊体のオリジナルである地獄烏は、八咫烏を取り込む事で膨大なエネルギー生成機関を体内に宿していますが、私はそんな物は持っていません。
エネルギーの生成と変換、この二つが揃ってこそ最大の効果を発揮する能力だっていうのに、私にできるのは変換のみ。魔力の変換はできますが、私の魔力容量は精々AA~AAAの間。全部ヒリ出したところで、戦艦相手では焼け石に水です。
だからこそのモード「萃」。自分のみで足りない分は余所から持ってくる。
幸いにも、今私のいる周辺はついさっきまでの戦闘空域。何十人もの空戦魔道師の魔力が、未だ濃く残っています。
この周辺に残留している魔力を全部萃めて核熱変換。そうやってできた破壊力の塊で、ゆりかごを撃墜する。
それが、私のプランだ。
「藍、今どのくらい?」
「破壊に必要な分を100%とすると、現在20%位だ。どんどん萃めてくれ」
「おっけー!!」
さあ、これで全部終わらせる!!
▼▼▼▼▼▼▼▼
キャロの周囲に萃まる魔力が、純粋な破壊の力へと変換されていく。
「核融合を操る程度の能力」と「密と疎を操る程度の能力」によって生み出されるのは、規模こそ違えど小さな太陽。
八咫烏の力、究極のエネルギーが、ミッドチルダの空を照らしながら今もなお、その大きさを増し続ける。
僅か20%でこの有様だ。フルチャージの暁にはゆりかごといえど無事では済まないのは、誰の目から見ても明らかである。
これ以上無い完全勝利。
もしこの場に他の誰かがいたのなら、間違いなくそう確信したであろう。
けれど、この場には誰もいない。
爛々と輝く小さな太陽に照らされている影は一つだけ。夢幻珠の制御に回っている藍を抜きにして考えると、ここはキャロ一人だけの世界だった。
そう、たった独りしかいないのだ。
どれだけ強大な力を持とうとも、どれだけ強靭な心を持とうとも、独りはどこまでいっても独り。どれだけ力を得ようと、その事は絶対に覆らない。
そして世の中には、独りでは成し遂げられない事というものが存在するのだ。
白鳥や 悲しからずや空の青 海の青にも 染まず漂ふ
そう言ったキャロに対し、しかし現実は、どこまでも冷徹であった。
▼▼▼▼▼▼▼▼
異変に気付いたのは、チャージが50%を越えた辺りでした。
それまで順調にその大きさを増していった光球が、ある大きさでぴたりと止まりました。
「……アレ?」
何でいきなり止まったんだろう? まだ50%も残っているのに。
疑問に思った私はすぐさま、何か異常が起きていないか探し始めます。
「密と疎を操る程度の能力」は……、うん、ちゃんと制御できてる。
「核融合を操る程度の能力」も……、うん、問題ない。
そもそも、細かい制御を藍にやってもらっている以上、ミスなんて起こる訳がない。
となると、私のせいって訳じゃあないみたい。
となると……、まさか!?
そこまで考えた所で、私は現状で、最もあって欲しくない可能性に行き当たる。
そんな、まさか……でも、それ以外に……。
「キャロ」
「……藍?」
そんな風に考えを巡らせていた時に、タイミングを計ったかのように藍の声がかかる。
なんとなくだけど、藍はこの現象に見当が付いている気がする。
なら、私は聞かないといけない。けど、それと同じく位、私はこれを聞いてはいけないような気がする。
だって、もし、藍の考えている事が―
「この空域周辺の魔力残滓、全て萃め終えた。打ち止めだ」
私の推測と同じだったのなら、それは、作戦の失敗とイコールなんだから。
「嘘、だよね?」
「……」
藍は何も答えない。
「嘘って……、言ってよ」
「密と疎を操る程度の能力」で周囲から魔力を萃める。
けれど、魔力は一向に萃まらない。さっきまでふんだんに存在していた残留魔力は、全て私が変換してしまっている。
「なら、別の所で萃めれば―」
「無理だ。それだけの熱量を持って、移動できる訳が無い」
「藍!! そんな事、やってみないと―」
「それに、時間も無い」
「……あ」
「タイムリミットまで、あと4分だ」
藍さんから告げられたのは、どうしようもない現実。
けど、そんな簡単に諦める事なんてしたくない私は、必死に頭を回転させ続ける。
「藍、今の状態で発射したとして、どの位の破壊力が出せる?」
「フルチャージの半分だと……威力をある程度収束させてようやく装甲を抜ける程度だ。だが、それではあの戦艦は止まらない」
「収束させれば抜けるんだよね? なら、翼部分を狙ってバランスを崩せないかな?」
「それなら出来ない事はないが……正直言って分の悪い賭けになるぞ。あの巨体が翼一枚取れた位でバランスを崩すとは思い難い」
「それでも、0%じゃないんでしょ? なら、それに決定!!」
即断即決。時間制限がある以上、これ以上考えるよりかはこの可能性を少しでも上げる方が良い。
そう判断した私は、発射の準備に入る。
制御棒の狙いをゆりかごのド真ん中から端っこの翼に変更し、自分の中にほんの少しだけ残っていた霊、魔、妖力を、最低限だけ残して全部核熱変換してしまう。
発射後は飛行すらできなくなる程ギリギリまでつぎ込んで、それでも1%もチャージが進まなかったのは少し悲しかった。
「さあ、行きます!!」
翼に狙いを定め、後はその力を解放するだけ。
チャージが足りない? けど、それがどうしたっていうんです。
例え分の悪い賭けだったとしても、私に諦めるつもりなんて無い。
利口な振りをして格好つけて、そうやって取り返しのつかない事をしてしまうよりかは、みっともなく足掻いてでも可能性を掴み取ってみせる。そっちの方がずっと私らしい。
この選択に、後悔なんて絶対しない!!
「サブ――」
ごめんなさい、ちょっと嘘つきました。
後悔は無い。けど、実はちょっとだけ反省してる事があるんです。
本当にこれしか方法が無かったのか、それとも「こおんのおおおおぉぉぉぉ」え?
「アホがあああぁぁぁぁ!!」
「へぶっ!!」
不意に後頭部に走る衝撃に、私はなす術もなく吹っ飛ばされる。
後頭部への衝撃という事は、物理法則に従うなら吹き飛ぶのは前方。
そして前方には、今や小型太陽と化したエネルギーがある訳で。
ジュッ!!
「熱ちいぃぃぃぃ!!??」
ジュッって言った!? 今ジュッって言った!?
モード「八咫烏」の恩恵で少々なら熱耐性あるんだけど、それでもジュッって焦げた音した!!
直前でブレーキをかけたおかげでウェルダンにならないで済んだけど、それでも髪の毛が数十本単位でお亡くなりになりましたよコレ!!
ちょっと、一体誰がこんな酷い事を……って!!
「はやてさん!? なんでこんな所に」
「うっさいボケぇ!!」
「へぶっ!?」
ごつん、と鈍い音とともに、私の頭に振り下ろされる拳骨。
「ちょ、いきなり何なんですか!! ⑨になったらどうしてくれるんですか!!」
「んなもん今はどうでも良いわ!!」
「酷っ!!」
半ば涙目になりながらの抗議、それを簡単に蹴飛ばすはやてさん。
び、ビビってないですよ! 本当ですよ!
「んなもん、アンタが勝手におらへんようになったからに決まってるやろ! また一人で突っ走ってからに!! ちょっとはこっちの気持ちも考ええや!!」
「ゴメンナサイゴメンナサイ!!」
ごめんなさい、やっぱり怖い。
本能で敗北を感じた私は即座に本日二度目の空中土下座を敢行しました。
その間の私の背後では、未だに存在を保ち続けている小型太陽が一つ。
藍に制御してもらっているから維持に問題は無いんだけど、なかなかにシュールですよねコレ。
「本当に分かってるやんな?」
「はいー!! 迷惑かけてゴメンナサ―」
「違う、そっちやない!! 何で声掛けてくれんかったんやって言ってるんや!!」
「イゴメンナサ……え?」
「何か勘違いしてるみたいやけど、この際やから言うとくで。ほら、頭上げ」
言われて頭を上げると、視界にはやてさんの顔が映る。
カンカンになっているかと思ったのに、その表情は「仕方ないなあコイツ」的な笑みを浮かべていました。
「私な、別に迷惑かけた事怒ってるんと違うんやで。確かに何も言わんと勝手に動くのは問題やけど、キャロのそれは今に始まった事やないしな。もう諦めたわ。」
「……」
「けどな、そういう事される度、思うんよ。そんなに私達は頼り無いんか、って。今回の事やってそうや。ここで何しようとしてるかは大体見当付いてるんやけど、何で私達にも声かけてくれんかったん?」
「それは……」
思わず返答に詰まってしまう。それは、自分の中に思い当たる節があるのに気付いたから。
一人でやろうと思った理由はいくつかあります。
スカリエッティ一味に協力した責任を取るために、私一人で片付けたかったという思いがある。
退避命令が出ている現状、六課の皆に命令違反をさせる訳にはいかないという思いもあった。
けど、今冷静になって考えてみれば、これらは優先順位を履き違えた考えに過ぎないと気付いてしまいました。
本当に責任を取るつもりなら、どんな手を使ってでも目標を達成すべきだったんだ。
六課の皆に頭を下げて、手伝ってもらえば良いだけの話だったんだ。
けど、私はいままでそれに気付きもしなかった。
いや、もしかしたら最初から気づいていたのかもしれません。
「これからはもう少し人を信じるようにする」
彼岸でそう誓った筈なのに、実際はこの体たらく。
結局の所、私は助けてもらえるかどうか、確かめるのが怖かっただけだったんだ。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「はやてちゃん、時間も無いし、今はその辺で、ね?」
え? この声、もしかして―
「なのはさん?」
「私も居るよ。久し振りだね、キャロ」
「フェイトさんも!?」
「私達だけじゃないよ、ほら」
はやてさんの後ろから飛んできた二人が、さらに後ろに視線を移す。
私も釣られて、視線を向けると、そこには、皆がいました。
「ったく、勝手な真似しやがって。帰ったらお仕置きだかんな」
「その割には怒っているようには見えないんだがな」
「まあまあ、いいじゃないですか。それにキャロちゃんが飛び出してくれたおかげで、「事件関係者の確保」という名目でこっちに来る事が出来たんですし」
「……(やれやれ)」
ヴィータさん、シグナムさん、シャマルさんとザフィーラさんが、ゆっくりとこっちに向かって飛行してきます。
そしてさらにその後ろ。
「あ、いた!! おーい、キャロー!!」
「うっさい馬鹿!! 耳元で叫ぶんじゃないわよ!!」
「ちょ、スバルさんもティアナさんも落ち着いて……」
「こんな状況でも変わんねーのな、お前ら」
「キュク! キュクルー(見つけた! おいてかないでー)」
スバルさん、ティアナさん、エリオ、アギトの4人が、フリードに乗ってこっちに飛んできます。
……あ、そういえば、フリード向こうに置いたままだった。
「フリードに感謝しいや。あの子がいてくれたおかげで、こんなに早うキャロちゃんの事見つけられたんやから」
「そう、だったんだ」
「ほら、いつまでも呆けてないの。後悔しないために、やる事やらなきゃ、ね?」
「……分かってます。ほら、皆さんも手伝ってください。もう時間がないんですから」
そうだ、まだ何も終わってなんかいない。
とにかく今は、ゆりかごを何とかする事だけを考えよう。後悔だけはしたくないから。
でも、最後にちょっとだけ。
「フェイトさん」
「何?」
「何で、私に手を貸そうって思ったんですか?」
「そんなの当たり前だよ。仲間だもん」
「……」
すっごいシンプルな回答ありがとうございますフェイトさん。
…………………………えへへ。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「タイムリミットまで3分を切った。急いでくれ」
「うん、分かってる。じゃあ改めて……行きます!」
そう言って、私は再びゆりかごに向き直る。
眼前のエネルギー体も、その先に見えるゆりかごも、さっきまでと全く変わった様子はありません。
違うのは、私の方。
右腕に嵌めた制御棒をゆりかごに向ける。
照準を再び修正。翼部分ではなく、艦のド真ん中へと狙いを戻す。
そしてここから先が、六課の皆がくれた可能性!!
「萃符「鬼縛りの術」」
スペル宣言に従い、私の左手に一本の鎖が出てくる。
その鎖へと六課の皆の手が伸び、全員が鎖を掴みました。
「キャロ、こっちも準備OKや。いつでもええで」
「了解です。それじゃ、遠慮なく貰っていきます!!」
そう宣言すると同時、私はこの鎖の本来の機能を解放する。
この鎖の機能は、敵対する者の捕縛。そして、霊・魔・妖力の拡散。
私が未熟なせいで戦闘中には使えないけど、今ならその心配は無い。
なのはさんの魔力光が
フェイトさんの魔力光が
はやてさんの魔力光が
ヴィータさんの魔力光が
シグナムさんの魔力光が
シャマルさんの魔力光が
ザフィーラさんの魔力光が
スバルさんの魔力光が
ティアナさんの魔力光が
エリオ君の魔力光が
アギトの魔力光が
みんなの魔力が、鎖によって大気中に霧散する。
赤、橙、青、白、金、緑、そして桜色。
周囲が七色に輝き、その光が私の元へと萃まってくる。
それぞれ個人差はあれど、A~Sランク魔道師十数名の魔力。
しかも、さっきまで萃めていたような魔力残滓ではなく、限界ギリギリまでの魔力量。
それらの結果、私達の眼前にあった小さな太陽は、先程までより一回りも二回りも大きくなり、そして、今もなお膨張し続ける。
「……凄い」
ぽつり、と誰かが漏らした言葉は、その場にいた全員の思いを代弁していました。
―預言者の著書より抜粋―
―古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。―
「よし、全部萃めた!! 藍、チャージは?」
「現在120%。これなら全壊に追い込んでもお釣りが出る」
「って事は」
「ああ。遠慮はいらん。全力でぶっ放してやれ!」
「おっけー!!」
―死者達が踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、幻想の欠片、法の守護者に牙を剥く―
皆の力と藍のサポートを受け、私はゆりかごに狙いを定める。
小さな太陽だったものは、今や数十メートルの大きさにまで成長している。
この力は私だけのものじゃない。藍が、六課のみんながいてくれたからこその力。
ありがとう、皆。こんな私の事を信じてくれて。こんな私の事を助けてくれて。
……さあ、これで本当に全部終わらせる!!
「行くよ!! これが私の……ううん、皆の全力全開!!」
―かの翼天の頂に上りし時―
「『サブタレイニアン・ブレイカーーーーー!!!!』」
―天空に、地獄の焔が舞い踊る―
▼▼▼▼▼▼▼▼
時空管理局提督 クロノ・ハラオウンの報告書より
………………。
…………。
……。
以上の事態に対し、我々は直ちに艦隊を編成。内部に潜入した機動六課と連携し、その対処に当たる。
この際、ゆりかごの速度が予想を超えていた事から、私の独断により旗艦「クラウディア」単艦で先行。同日16:32。“タイムリミットまで残り5分の時点で攻撃ポイントに到達した”クラウディアにより、ゆりかごの撃墜を敢行。“無事、撃墜に成功した”。
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なお、この事件の関係者については9/20時点で全員の身柄を確保済み。
以下が主犯とその関係者のリストである。
各々の罪状及び処分については、別紙資料を参照されたし。
1.ジェイル・スカリエッティ ※主犯格
2.ウーノ
3.ドゥーエ
4.トーレ
5.クアットロ
6.チンク
7.セイン
8.セッテ
9.オットー
10.ノーヴェ
11.ディエチ
12.ディード
13.ウェンディ
14.ゼスト=グランガイツ ※死亡
15.ルーテシア=アルピーノ
16.キャロ=シエル
おまけ スペル解説
「サブタレイニアン・ブレイカー」
ぼくのかんがえたさいきょうのすぺる。
手数はあれど決定力に欠けるキャロが辿り着いた一つの答え。
モード「萃」で萃めた霊・魔・妖力をモード「八咫烏」で変換してぶっ放す。
「萃」は戦闘中に使えるほど扱い慣れていないが、逆を言うなら、妨害されない状況でなら問題なく使用できる。(61話参照)
元ネタは言うまでもなくなのはさんのSLB。リリなののラストには砲撃が良く似合う。
当然のことながら非殺傷設定など存在しない。命は投げ捨てるもの。
間違っても人に向けて撃ってはいけない。