届物語   作:根無草

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開幕


其ノ貳

【004】

 

 

「ちょっとマジこれヤバくない!?見るがよいお前様よ!しばらく顔を出さんうちにまたも新参のドーナツが発売されておるとは…儂としたことが迂闊じゃった!古参の放つ魅力的な安心感かつ安定感はやはり捨て難いがミスタードーナツが満を持して送り出した新顔に対して挨拶も無しとはミスタードーナツのマスコットキャラクターとしてあってはならぬことじゃ!しかし何度見ても絶景じゃの!このショーケースにディスプレイされたドーナツ達を見ておるとまるで夜空を彩る数多の星々を眺めているようではないか!そしてゴールデンチョコレートという名の月が見事にその調和を成しておる!陳列からして既にミスタードーナツの高い仕事振りが伺えるぞ!これには儂もまたひとつミスタードーナツに対する評価を上げざるを得ないようじゃな!もはや月など拝まずとも良いからこの景色を未来永劫眺めていたい!このショーケースの中に儂も住みたい!その願いが叶った時こそ儂はこう叫ぶじゃろう…ギガぱないの!」

 

 

 ーーー翌日、日付けにして五月十三日、土曜日。

 

 今日も今日とて変わりなく、未だグッズ化こそされていない『とけいもうと』の

 

「兄ちゃん、朝だぞこらー!」

「お兄ちゃん、いい加減起きないと駄目だよー!」

 

から始まる凶悪にして極悪なアラームで目覚めた僕は、この街唯一のミスタードーナツの支店へと足を運んでいた。

 

 そして現在、この有り様である。

 

 何がこの有り様なのかといえば、目も当てられないこの現状こそがこの有り様なのだけれど。

 そもそも田舎の地方都市であるこの直江津市において外人や不良の類を始め、金髪という存在はただそれだけで注目される。

 

 一身に注目を集める。

 

 しかも当の忍はというとそれだけでも相当なハイスペックだというのに、それだけに留まらず、本当ガラスと一体化するんじゃねえかと疑う程にドーナツを陳列しているショーケースへとへばり付くものだからその注目度は先程から上昇の一途。

 飛ぶ鳥を落とす勢いどころか飛んでる不死鳥もガクッと落下するんじゃねえのかって勢いでへばり付いている。

 アニメ版では不思議な程に一般人が出てこない僕の街だけれど、さすがに土曜日の昼間なだけあって店内にはそれなりの客数がみうけられる訳でーーー

 仮にアニメ版の人口密度スッカスカな店内だったとしても最低限の条件として店員くらいはいるだろう。

 それら全ての視線を余すとこなく忍が独占している状態だ。

 

 重ね重ねーーーなんだよこの有り様…

 

「…開口一番で長台詞を噛まずに言えた事は褒めてやるけどな忍、これ以上の悪目立ちをするようなら僕はドーナツをひとつも購入しないままお前を担いで全力で逃げるぞ」

 

 同じ大学に通う生徒達に比べれば二度と会う事もないであろう、会ったとしてもわからないであろう一般客からの視線はまだ耐えられるけれど、それでも悪目立ちに変わりはない。

 

 遜色なく寸分の狂いもなく悪目立ちだ。

 正直なところ一刻も早くドーナツを購入してこの場から立ち去りたい。

 

 脱兎の如く。

 

「これだけのドーナツを目の前に平静を保つのはドーナツに対して失礼というものじゃろ!?うぬはそれでも人間か?」

 

「ドーナツを目の前に自己を見失うのはお前だけだ!つーかお前が人間を語るな!少なくともお前よりは人間だよ!」

 

 ギリギリだけど人間だ。

 そしてお前はギリギリだけど吸血鬼だ。

 ドーナツを目の前に自己を見失うのが吸血鬼の常だというのならお前は今すぐ全世界の吸血鬼に対して土下座しろ。

 

「ふん。儂は誰にも頭は下げん。しかしお前様も進歩したのう。金銭の定期支給日でもないのに儂をミスタードーナツへと連れてくるとは。やっと我があるじ様も生涯のパートナーに対する気遣いを覚えたか、褒めてつかわすぞ」

 

「つかわすんじゃねえよ。それと僕のお小遣い日を定期支給日とか言うな。まあ珍しい事であるというのは概ね認めるけれど、今日ミスタードーナツにやって来たのは別の目的も兼ねてだよ。だからお前へのドーナツはその副産物だ」

 

 断じて生涯のパートナーに対する気遣いではない。こいつにそんな気遣いをしていたらそれこそ気遣いもなく僕の財産を食い潰される。

 

 ドーナツのようにぺろりと食い尽くされる。

 

 だからそんな奉仕的な感情からミスタードーナツへと赴いた訳ではなく、あくまでも別の目的なのだ。

 いやさドーナツ店へと赴いた時点で目的はドーナツなのだからーーーそう、理由。

 こうして休日の昼間からミスタードーナツへと来た理由は別にある。

 

「理由なんぞ、そこにドーナツがあるからで十分じゃろ」

 

「ドーナツを山みたいに言ってんじゃねえよ。理由はだからあれだよーーー」

 

 一年前に出会った親友へのプレゼント、とでもいうのか。

 その友達も今や我が街を守る神様へと出世したのだからプレゼントというか奉納品に近いけれど、いわば気持ちばかりのささやかな贈り物。

 

 そもそもは僕の彼女である戦場ヶ原ひたぎとの交際一年記念のプランニングを考えていた筈なのだけれど、救済を求めて泣きついた羽川にまさかの三行半を突きつけられて八方塞がりに陥ってしまったのだ。

 それどころか失念していた八九寺との出会いまでも思い起こして追加ミッションが発生してしまった。

 

 そして言うまでもなく、それについて必死に考察したのだけれど妙案は閃かず、堂々巡りを繰り返した結果、彼女との記念日はさすがに当日じゃなければいけないというーーー

 当日でなければプランニングの内容を審査される前にちぎられるという結論に至った。

 

 八九寺には悪いけれど記念日のダブルブッキングは僕の生命に直結するのだ。

 

 しかし愛する八九寺に何もせずという訳にもいかないし(そんな事をしたら羽川に怒られる)、こうして妥協案的にドーナツを持参して参拝に馳せ参じた次第である。

 

「成る程のう。つまりはあの迷子娘への貢物を購入しに来た、と」

 

「まあそんなところだよ。あいつの所には頻繁に遊びには行くけれど賽銭とかはろくに入れないからな、たまにはこういうのも悪くないだろ」

 

「悪い悪くないで言えば心底どうでも良いが、ならばお前様は儂と出会った記念日をすっぽかしておる分余計にドーナツを儂へと献上すべきではないか?」

 

「お前と出会った春休みのどこに記念すべき要素があるんだ!」

 

 記念どころか地獄を見せられたっつーの!

 この際なので明言しておくが、原爆記念日にしてもそうだけれど、甚大な被害を被った日を記念日だと定める風習には心底物申したい。

『記念』という単語が持つ意味が、めでたい事にのみ適応しいる訳ではないなんて当然知っている。

 その上で意義を唱えたいのだ。

 確かに言葉の意味として『記念』という意味は決しておめでたい事柄に直結はしない。

 だが一般的認知度で語るならば記念の言葉が持つ意味合いはやはり祝事を始めとするプラスなイメージが強く定着している事は否定できないだろう。

 その出来事を記し念頭に置くという意味で記念日という言葉を使う時代はとうの昔に終わったのだ。

 

 そんな日本語文化は滅んだと言えよう。

 

 むしろ古き良き正しい日本語を駆使して世の中を語るならば、物語を語るならば、僕の語りなんて支離滅裂の怪奇文章になってしまう。

 二度と同じ過ちを繰り返さぬようにという意味合いを込めてのものらしいが、それはあくまで意味合いであってやっぱり記念すべき日ではあるまい。

 僕博士の見解ではそれは記念日ではなく忌み日だ。

 

 断固として譲らない。

 

 一歩たりともここを譲る気はない。

 

「極論、理由なんぞどうでも良いのじゃがな。儂はドーナツが食えるなら何の文句もない」

 

 僕の熱い語りを纏めて無に返すような温度差で元も子もない事を忍は言った。

 

 返せよ、僕の熱弁。

 

「さいですか…ならさっさと見繕って店を出るぞ。今日はテイクアウトだからな」

 

 無論、この見た目八才児の吸血鬼幼女がこうして今も僕と共に有ってくれる事に対して何も思うところが無いわけでもない。

 そんな事を素直に言えばこいつは天井知らずに調子に乗るから言わないけれどーーー

 

 僕が地獄と称したあの春休みは、忍野忍にとっても等しく地獄だった事だろう。

 それすらも飲み込み、互いに互いを許しはしなくとも歩み寄る事を選んでくれた忍に対してはやはり感謝の念はあるのだ。

 

 まあドーナツくらいならばご馳走しても良いかと思う気持ちにはなる。

 

「ではお前様、とりあえず儂はこのショーケースのドーナツを全部…」

 

「駄目だ。三つまでしか認めん」

 

「マジで!?」

 

「マジで」

 

 ご馳走はするけれど限度はあるんだよ忍ちゃん。

 つーか遠慮とか感謝とかを覚えてくれ。

 

 その後、ショーケース前でゴネにゴネまくる忍に根負けする形で四つまでの購入を許可する羽目になるも、目的であった奉納品のドーナツも無事購入し、僕達はミスタードーナツを後にした。

 突き刺さるような視線の数々と予想外の出費が身にしみる程に痛かったので、しばらくはミスタードーナツへの来店は無いだろう。

 

 

 

【005】

 

 

 

 八九寺真宵は神様である。

 

 小学五年生にして短い生涯に幕を閉じ、舞台に幕を降ろし、舞台裏へと迷い込んだ少女。

 人から怪異へ、怪異から神へとーーーとんでもない出世街道を猛進する僕の親友。

 二階級特進どころか何階級特進すれば神様なんて立場へと行き着くのか僕にはさっぱりわからないけれど、その出世ぶりはその界隈ではエリートコースとでも言うのだろうか。

 

 そんな神様であられるところの八九寺真宵大明神が住まう社がこの山の頂上に存在する。

 この山というのは僕が現在進行形で登っている山の事だ。

 

 思い起こせばこの山道も幾度登った事だろうーーー

 

 四季折々の山の表情とでも言おうか…一年を通して事あるごとに登った山なのだ。

 恐らくだけれどこの街に住まう誰よりも僕がこの場所を熟知している自信がある。

 

 北白蛇神社ーーー

 

 かつて忍野忍の一人目の眷属である初代怪異殺しの灰が集まった場所であり、僕と忍が過去へと飛んだ場所であり、千石撫子が蛇神に成った場所であり、そしてーーー現在では八九寺真宵が住まう場所。

 詳細に回想するならばまだまだ思い出が、トラウマがあり、それはある種の因縁とも言える。

 因縁が因果となり全て因果応報として僕の元へと返ってきた。

 

 そんな場所。

 

 ともあれ、その全てとは言えないまでも粗方のあれこれは高校卒業までに精算できたので今では単純に友達の家といった印象なのだけれど。

 

 友達の家というか神の社なのだけれど。

 

 少し前までは山道も雪まみれだと思っていたが、今ではすっかり春の陽気であちらこちらに花々が咲き乱れている。

 ドーナツ片手に歩いているだけあって気分なさながらピクニックだ。

 

「儂は景色なんぞどうでも良いのじゃがのう。それより一刻も早くドーナツを食したい」

 

「喋り方は古風なくせして情緒とか全くねえよなお前。せっかく八九寺へのお土産で買ったんだからもう少し我慢しろよ」

 

 道中、僕の車の中で我先にとドーナツを食べようとした忍だったが車内で食べるなら二度とドーナツは買わないと脅してやめさせた。

 まだ新車なのにドーナツのカスを落とされてもかなわない。ゴールデンチョコレートのゴールデンの部分が散りばめられたシートに乗車したいと思う奴がどこにいるというのだ。

 何よりも新米ドライバーの僕の横でドーナツ相手にはしゃがれても挨拶に困る。

 慎重に慎重を重ねて、早朝や深夜の交通量の少ない時間帯に運転練習はしているものの、助手席でドーナツ相手にはしゃぎまわるナビゲーターがいては運転に集中できやしない。

 

「ならばあの迷子娘を連れてミスタードーナツへと行けば良かったじゃろうが。ドーナツを目の前にした儂に冷静を期待するな」

 

「生憎だけどな忍、神様引き連れてドーナツを食べに行く度胸は僕にはない」

 

 なら吸血鬼を引き連れてドーナツを買いに行く僕はなんなのだという話だけど。

 

「店舗を離れてしまえばドーナツの追加注文ができんというのが難儀なところじゃ」

 

「欲望がそのまま口にでてますよ忍さん!?」

 

 遠慮の学習はこの際諦めるからせめて僕の経済状況を知ってくれ。

 お前とミスタードーナツに行くたびに大暴落する僕の経済状況を。

 

 しかし八九寺を連れて行くという案には僕も賛成したい気持ちはあるのだ。

 反対意見の本心を言うと自分の運転する車に人を乗せる程に僕のドライバーテクニックは高い水準にない事が理由としては強い。

 

 忍は言うまでもなく一蓮托生の運命共同体なので僕が乗車する事はイコール忍の乗車を意味する。

 ひたぎに関しては先日のデートの際、強制的、脅迫的に乗車してきた。なんでも彼氏の運転する車の助手席とは女子の憧れらしいのだけれど…殆どカージャックだった事は記憶に新しい。

 

 しかもあの女ときたら乗るだけ乗った挙句

 

「酷い運転ね暦。この運転でドライブするなら神原を馬にして走らせた方がマシという程に悲惨な腕前だわ」

 

 と、ぬかしやがった。

 

 ふざけんな。

 

 だがしかし悲しいかな実際問題、神原の乗り心地が如何程なのかは測りかねるけれど僕の腕前が悲惨である事は間違いないらしい。

 言うだけあってひたぎの運転技術はベテランドライバーを思わせる程の手腕なのだ。

 

 僕なんかと比肩することがそもそも烏滸がましい程に。

 

 以上の例外こそあったものの、以上の理由から僕の運転技術が向上するまでは可能な限り誰も乗せたくない。

 ひたぎには申し訳ないけれどそれまでは神原を乗り回して我慢して頂けたならば幸いだ。

 

「ほれ、その知っても知らなくてもどーでもよい雑談を披露しておる間に着いたようじゃぞ」

 

「どーでもいいとか言うな!僕にとっては重要な問題なんだぞ」

 

「そんなものは帰って妹御にでも話せばよかろう。今はドーナツが先決じゃ」

 

「今日の僕に対する食いつきが悪すぎる!」

 

 むしろドーナツに食いつきたがり過ぎだよ。

 

 つーか話せる訳がねーだろ。

 あいつらですら未だに乗せてないんだから。

 既にひたぎは乗せたなんて話したら何をされるかわかったもんじゃない。

 

「まあ立ち話をしに来た訳じゃないしな。さっさと八九寺大明神に顕現してもらおうか」

 

 しびれを切らした忍が暴走する前に。

 

 

 

【006】

 

 

 

 時刻は正午に差し掛かろうとしている。

 太陽はちょうど真上に登りきっていて雲ひとつない快晴の青空で燦然と輝いていた。

 そんな日差しの中、しかも神社という場所で、吸血鬼もどきの人間と純正の吸血鬼が揃いも揃って何をやっているのだという話なんだけれどーーー

 

 何をやっているも何も…ただ立ち尽くしていた。

 

「なんだ?八九寺のやつ例の如く散歩にでも出かけてるのか?」

 

 そう、八九寺が不在だったのだ。

 正確には不在かどうかは不明だけど顕現はしなかった。

 

 確かに八九寺はこの北白蛇神社に住まう神様ではあるけれど、その行動の自由度でいえば迷い牛だった頃よりも上がったらしく、頻繁に見回りという名の散歩に出かけていたりする。

 

 しかし…いざこうして肩透かしを食うと実感するけれど、参拝客が来たらどうするつもりなんだよあいつーーー

 

「お前様の参拝作法が間違っておるのではないのか?そもそも賽銭も入れておらんじゃろ」

 

「おいおい忍、どうして僕が八九寺にお金を差し出さなければならないんだ?お金よりも価値のあるものを常に差し出している僕だぜ?」

 

「ドーナツか?」

 

「違えよ!なんかこう…愛とかだよ!」

 

 嫌だよ、ドーナツで釣られる神様とか。

 賽銭を入れないから出てこない神様はもっと嫌だけど。

 

「それに二礼二拍一礼はしてるだろ。御手洗はないけれど鈴も鳴らしたし」

 

「ならば単純にうぬが嫌われておるか外出してるかのどちらかじゃな」

 

「頼むから後者であってくれ!」

 

 手を合わせて神様にお願いした。

 

 というか神様は八九寺本人なんだけど。

 

 神様に嫌われたって事実よりも八九寺に嫌われている現実の方が大ダメージだ。

 

「それならそれであの迷子娘のドーナツを儂が貰い受けるだけじゃから儂にとっては好都合じゃがのう」

 

「ドーナツの為に結論を急ぐなよ忍。まだ不在と決まった訳じゃないだろ」

 

 それでなくてもそこそこな規模の神社なのだ。

 もしかしたら奥の部屋にいて声や柏手が聞こえてなかったのかもしれないからな。

 これは実際にこの目で見て確認せねばなるまい。

 

「いや、なるまくないわ。どこの世界に少女が住まう社に不法侵入をかます不届き者がおるんじゃよ」

 

「僕は友達の安否を確認するだけだ。もしも何らかの事件に巻き込まれて八九寺が助けを求めていたらどうするつもりだよ」

 

「今まさに何らかの事件を起こそうとしている奴の台詞ではないがのう…」

 

 ゴミでも見るような目で忍は言った。

 

 やめろよ。興奮するじゃないか。

 

「という訳でお邪魔しまーす」

 

「神罰がくだっても儂は知らんからな」

 

 神罰がくだったとしてもそれをくだすのは他ならぬ八九寺だ。

 ならば僕はその全てを受け入れよう。

 愛する八九寺の全てを受け入れる男、それが阿良々木暦である。

 

 靴を脱いで社へあがると、木造建築物特有の家鳴りが鼓膜を擽る。

 特に日本文化への造詣が深いという訳ではないけれど、やはり日本人としてこういった神聖な場所を好む遺伝子は僕にも備わっているらしく、どことなく気持ちが落ち着くのを感じた。

 

 この場所で幾度となく死にかけ、敗北を味わい、輪切りにされた事が嘘かのように。

 

 落ち着いたのだ。

 

「良い感じに纏めるなよお前様。やっとる事はただの住居不法侵入じゃ」

 

「感傷に浸るくらい良いだろ!」

 

 まあこれも良いか悪いかで言えば、だから悪いに決まってるんだけれど。

 

 住居不法侵入かーーー言葉にすると犯罪性が凄まじいな。

 

 何かと廃墟や廃屋に縁のある僕なので(どんな縁だ)、いくら新築とはいえども家屋ではなく神社に這入る事はあまり抵抗がなかったけれど…確かに犯罪だよな。

 そういえば羽川の自宅へと侵入した事もあったけどーーー僕ってもしかして犯罪予備軍なのか?

 行く行くはかの大泥棒、石川五右衛門のような伝説の大物として名を馳せるかもしれない。

 

「予備軍ではなくはっきりと犯罪者じゃろう。少なくとも元委員長の家に這入ったのは間違いなく犯罪じゃ」

 

「断定するなよ…ケースバイケースの観点で言えばあれは冤罪だ。僕は無罪を主張する」

 

 それにあれは忍野に言われてやった事だ。

 僕を罪に問うならば忍野も共犯だろ。

 重ねて弁解すると仮に罪に問われたとしてその直後に僕はあの色ボケ猫に片腕を噛み切られている。噛みちぎられている。

 不法侵入で腕一本が罪の価値だというならば僕は最高裁まで争うぞ!

 

「怪異相手に裁判とは正気の沙汰とは思えん発想じゃのうお前様。それこそ石川五右衛門のように油で釜揚げにされるくらいの潔さはないのか?」

 

「そんな潔さはない。つーか何でお前が石川五右衛門について知ってるんだよ?」

 

 石川五右衛門の怪異でもいるのか?

 それか忍が最初に日本に来た時に石川五右衛門が存命だったとか?

 

「ときにあの迷子娘はどこじゃ?これは本当に留守ではないのか?」

 

「うーん…僕の灰色の脳細胞が事件を予感したんだけどな」

 

「何が灰色じゃ。燃えて灰になれ」

 

「言い過ぎだろ!つーか吸血鬼が燃えて灰になれとか言うなや!殺意をより一層リアルに感じるわ!」

 

 我ながら大泥棒なのか名探偵なのか訳がわからない奴だった。

 

 そもそも神社の内側を始めて見たのだけれど、一見して言える事はーーー

 

 イメージと違う、だ。

 

 いや、これについては素人考えも甚だしいけど僕の中で社とは仏像や祭壇のような神具が所狭しと並んでるイメージなのだ。

 それがこの神社はなんというか…普通の和室とでも言おうか、小さな祭壇のような物こそあるけれど、阿吽像や千手観音像のような物もなく質素な畳張りの内装だった。

 壁にはこれもまた何と言うか…まるで綾取りにでも使うかのような輪っか状の紐が何本か掛けられている。

 

 八九寺に綾取りの趣味なんてあっただろうか?

 

 兎に角、これがリビングというかメインに使われるであろう部屋の全てだ。

 

 その脇には襖で仕切られた部屋があるようだけど…やっぱり不在なのか?

 

 ひとまず残りの襖を調べて不在を証明したら僕達も帰路に着くとするかーーー

 

「まだ調べるのかお前様よ?そろそろ神罰どころか刑罰が見えてきたように思うのじゃが」

 

「お、脅すなよ忍。刑罰はさすがの僕も洒落にならないんだから」

 

 何がさすがの僕なのだという話なのだが。

 

 しかし刑罰は困る。そんなもん誰だって困るだろうけど僕の場合はより一層困る理由がある。

 

 何を隠そう、僕の両親は警察官なのだ。

 

 八九寺からくだされる神罰ならば受け入れるだけの男気もあるというものだが、両親からくだされる刑罰という名の正義の鉄槌は耐えられない。

 それでなくても高校時代はその素行の悪さから両親の信用を見事に失い、いつの間にか関係もギクシャクしていたのだ。

 しかし高校三年生の一年間、羽川やひたぎの尽力もあって少しずつではあるけれど信頼も取り戻し、努力の甲斐あってか見事に大学合格した事を認めてもらい、今ではやっと大学の入学祝いに車を買ってくれるまでに関係を修復できたと思っている。

 

 それがその矢先、神社への不法侵入で逮捕って…取り返しがつかないどころの騒ぎじゃねえよ。

 あらゆる全てが終了すると言っても良いだろう。

 

 つーかそんな家庭の云々を抜きにしても刑罰は駄目だろ。

 

「ならば石川五右衛門とまでは言わずとも潔く引き返すべきじゃろう?あの迷子娘の件はまたの機会にしたらどうじゃ我があるじ様よ」

 

「それもそうだな…現実味のある危機を感じるし今日は諦める事にするよ」

 

 一年の記念日に逮捕なんて事になったら今後の人生におけるあらゆる記念日を謳歌できなくなりそうだしな。

 

 八九寺には悪いけれど貢物はまた会った時にアイスでも奢る事で許してもらおうーーー

 

 僕は一度は開けようとした襖から手を離した。

 

 そしてそのまま社を立ち去ろうとした矢先ーーー

 

「…う…ん……おか…さ…ん……」

 

 声が聞こえたのだった。

 

「お、おい忍!」

 

「うむ、今のは…」

 

 間違いない。八九寺の声だ。

 

 八九寺マイスターを自称する僕が八九寺の声を聞き間違える筈がない。

 それについては僕がその気になれば第一期まよいマイマイのOPの中からでも本物の八九寺を見つけ出せると自負している程に自信がある。

 だから例えそれがどれだけ消え入りそうで、力無く、微かな声だったとしてもーーー

 

 僕が間違える筈が無いのだ。

 

 前言撤回。

 

 この際僕の脳細胞が何色だろうと構わない。

 そんなものに関わらず八九寺が本当に何らかの事件に巻き込まれているならばーーー

 

 あの天真爛漫な少女があんなにも弱々しい声をあげるような事態にあるならばーーー

 

 僕は天罰だろうが神罰だろうが刑罰だろうが受けてやる。受け入れてやる。

 

 なんたって僕の称号は平成の石川五右衛門でもなければ八九寺マイスターでもなくーーー愚か者なのだから。




【次回予告】


「忍野忍じゃ」

「此度も儂からドーナツの話をしてやる、有難く聞くがよい」

「ドーナツと言えばミスタードーナツが世の主流であると誰もが思うじゃろうが昨今はコンビニエンスストアなる店の店頭でもドーナツを購入できるらしい情報を極秘ルートから入手したのじゃが…」

「ぱないの!」

「そのクオリティこそミスタードーナツと比べるまでもないじゃろうがコンビニエンスストアの需要を考えればドーナツ業界においての大躍進と捉えて間違いなかろう」

「次回、『こよみアニバーサリー 其ノ參』」

「日本人の主食が米からドーナツになる日も遠くはなさそうじゃな!」
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