届物語   作:根無草

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開幕


其ノ貳

【004】

 

 

 天を衝くような八九寺の悲鳴に駆け付けた僕が目にしたのは……なんというか、予想以上に予想以上な想像通りの光景だった。

 いや、予想以上も想像通りも……そもそも神原駿河という後輩が僕の予想や想像に収まった試しがないし、あらゆる腐属性を配合したような変態の最終形態である神原に今更なにを期待するんだという話だけれどーー

 

 それでもやはり、予想以上だった。

 

「あはは、八九寺ちゃんだ!本物の八九寺ちゃんだー!想い焦がれて幾星霜、やっと私の前に姿を現してくれたのだな!願えばいつか必ず叶うとは言うものだが、こうも突然に叶ってしまうとは!猿の手に願った私を愚かだったと言わざるを得まい!いや、出会いもラブストーリーも突然である事は今も昔も変わらないのだが!しかし噂には聞いていたが噂以上の可愛さではないか!この肌、この顔、この身体!どこから食べても幸福の味しかすまい!世界一尊敬する阿良々木先輩ではあるが今日までこのような可愛い少女を独占していたのかと思うと業腹だ!今日からは私が八九寺ちゃんを独占するとしよう!」

 

「きゃー!」

 

「そんなに照れずともよい!すぐに気持ち良くなるはずだ!安心しろ、私はその道の事に関しては匠であると自負している!」

 

「ぎゃー!ぎゃー!ぎゃー!」

 

「こら!暴れるな!……いや、暴れても良いぞ!それはそれで興奮するっ!」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 不思議なもので、本来ならば僕がやっているであろう行為を第三者視点で客観的に見てみるとーー

 酷すぎるだろ、これ……

 神原が僕なんかとは比べ物にならない変態だという事は周知の事実だけれど、だからといってこれはもう酷いとかそういう話じゃなくて神罰を通り越して本物の刑罰までありえるレベルじゃねえか。

 人のふり見て我がふり直せとは言うけれど、これが僕を映す鏡かと思うと自殺したくなってくる。

 自殺願望が一年前の春休みを置き去りにしている。

 八九寺はあの一連の流れを振りだと言っていたけれど、これは今後のお約束も考える点が多そうだ……

 

 つーかお祖母さんの心労もこんな光景を見せられればたちまち臨界点を突破するだろうなーー

 

「がうっ!がうっ!がうっ!」

 

「良いっ!凄く良いぞ八九寺ちゃん!できればもっと強く噛んでくれっ!」

 

「アウトーっ!そこまでだ神原!」

 

 蹴った。

 

 思い返してみれば火憐に神原を紹介した時もその背中に飛び蹴りしたけれど、今回は突っ込みとかそんなんじゃなくて、ただただ蹴った。

 初代さながらのライダーキックをお見舞いしてやった。吸血鬼性が高い時ならば割と本気で背骨が砕けるくらいの力で。

 ここで『女の子に暴力を振るうなんて最低だ』という意見があるならば、僕としては大変遺憾であるし声を大にして反論させてもらうけれど、そもそも生半可な力で対抗しようとするには神原駿河は余りにもスペックが高すぎる。

 さっきの八九寺の噛み付きだって頻繁に食らっている僕が証明できるけれど、かなり痛いんだよ、あれ。そんな噛み付きをされながら恍惚の表情を浮かべるのが神原駿河という変態なのだ。

 今となっては忍の食事以外の目的で吸血することもなくなった僕の平凡すぎる力では手加減なんて必要ないだろうし、念願の逢瀬を邪魔立てされた神原が相手となると下手をすれば返り討ちにあってしまうだろう。

 そして何よりーー中途半端な暴力なんて神原にとってはご褒美でしかない上にプレイの一環にしかならない。

 

「何をするのだ阿良々木先輩!これからというところだったのに!これといって阿良々木先輩からご褒美をいただけるような覚えはないぞ」

 

 ほら見ろ……案の定ノーダメージじゃねえか。むしろ蹴った僕がダメージを受けたわ、精神的に。

 せめて転倒くらいするかと思ったけどそれすらも無駄に綺麗な側転で体制を立て直しやがったよ。

 どうして火憐といいこいつといい、僕の周りの体育会系はこういうところで無駄に出来が良いんだ?

 

「何をするのだ、じゃねえよ!お前が何をしてんだ!」

 

「見てわからんのか?八九寺ちゃんと愛を育んでいたに決まっておろう!」

 

「どんな視点から見てもそうは見えなかったけどな!」

 

「しかしこの一連の流れは阿良々木先輩がいつもやっている事ではなかったか?」

 

「そ、それを言われると……って、だから何でお前がそれを把握してるんだよ!」

 

 ストーカーをこじらせ過ぎだ。

 現に神原の魔手から解放された八九寺は僕の背後に隠れてるじゃねえか。めちゃくちゃ震えてるし……

 忘れられがちだけどこいつのキャラ設定って基本的には人見知りなんだよな。完全な初対面ではないにしてもこれまでコミュニケーションをとったことのない相手にあそこまで捏ねくり回されたら八九寺じゃなくたってこうなるよ……

 

「ん?待てよ神原、お前はどうしてこの子を八九寺真宵だと同定できたんだ?話には聞いていたとしても見るのは初めてだろ?」

 

「おやおや、どうやら阿良々木先輩は私の洞察力を低く見過ぎなようだ。リュックサックに名札があるではないか。『5の3、八九寺真宵』と」

 

 いや……吸血鬼でもないのに何でこんな小さな名札を確認できたんだよ、お前。

 それって単純に変態の為せる技ってだけじゃん。

 

「それにここまで特徴的な少女もそうはおるまい。仮に名札がなかったとしても私が取るべき行動は何も変わらなかっただろうな!」

 

 僕の後輩が無差別的犯行に及ぶ変態さんだという事実が確定した。

 確かな確証もないのに可愛いって理由だけで少女を襲うんじゃねえよ。いや、確証があっても駄目だけど。

 

「阿良々木さん、わたし……初めて人をこんなにも怖いと思ったかもしれません……」

 

「ああ、僕も相当に戦慄してるよ……」

 

 先に投稿されている『こよみアニバーサリー』において犯罪予備軍どころか完全な犯罪者として扱われた僕だけど、この分だと僕よりも先に犯罪者になるのは間違いなく神原だろう。

 帰宅したら両親に情報提供してやろうか。

 

「とはいえ、私とした事が少し舞い上がりすぎたようだ」

 

 一通り興奮の熱もクールダウンしたのか、神原は落ち着いた様子で向かい治った。

 

「八九寺ちゃんのあまりの可愛さに理性を失いかけてしまったが危なかった。こんな事では阿良々木駿河と呼ばれてしまう」

 

「呼ばれねえよ!僕の名前を侵略するなや!つーかお前は僕を尊敬してるんだよな!?」

 

「無論、尊敬はしている。しかし『まよいルーム』では理性を失った阿良々木先輩が八九寺ちゃんを誘拐していたではないか。それに阿良々木の性を名乗るには私は余りに役不足だ、何より私はこの神原という名が嫌いではないしな」

 

「メタネタが過ぎるぞ!どちらかというと神原の名折れみたいな暴挙だったじゃねえか。お前が好きな神原の名がお前によって地に堕ちかねねえよ」

 

 

 その暴挙すら、普段は僕の役回りだと思うと一概に責めてばかりもいれないのだけれどーー

 

「そんな訳でーー」

 

 神原は軽快に歩いてくると僕の目の前で立ち止まり、警戒しまくってる八九寺の目線の高さに合わせるようにしゃがんでから包帯の巻いてない右手を差し出した。

 

「先ほどはすまなかった。阿良々木先輩や羽川先輩から聞いて既に知っているかもしれないが私は神原駿河、阿良々木先輩のエロ奴隷だ。よろしくな八九寺ちゃん」

 

 一言二言、どう考えても余計な言葉が混ざってはいるけど、さっきまでの変態っぷりがうって変わってスポーツ少女らしい清々しい握手の申し出だった。

 本当、普段からこうだったらどれだけ格好いいんだろうな、こいつ。

 そしてそんな神原に対して八九寺はーー

 

「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」

 

 当たり前の反応を返すのだった。

 

 

【005】

 

 

「お願いだから話してくれないかな、八九寺ちゃん」

 

 その後、僕の背中にしがみついていた八九寺もなんとか警戒のレベルを下げたようで、無言ながらも僕から離れた。

 とは言っても神原とは一定の距離を保っているし受け答えも『あなたのことが嫌いです』の一点張りだけれど……

 しかし、当初は神原との接触を避けるため足早に八九寺を神社へと送り届けるつもりだったけれど、こうなってしまえば元も子もないとうか本末転倒というか元の木阿弥ーー覆水盆に返らずな訳で、要は開き直って神原のゴミ箱と化した部屋の掃除へと戻ったのだった。

 

「なあ阿良々木先輩、八九寺ちゃんが一向に話してくれないのだがどうしたものだろうか」

 

「僕が言うのもなんだけどな、自分の胸に手を当てて考えてみろ」

 

「胸に?何故ここで今から自分を慰めなければならないのだ?まあ、阿良々木先輩がどうしてもと言うのならやらないわけにはいかないが……」

 

「ああ、すまなかったな神原。あたかもお前が然るべき常識をわきまえている前提で話してしまって悪かった。お前はそこで八九寺に土下座してろ」

 

 お前のそういう限度知らずの変態っぷりが大きな要因になってるんだっつーの……

 成長していれば僕や神原よりも年上だとはいえ、八九寺はあくまでも小学五年生で10歳の女の子なのだ。話す内容や知識なんかは大人顔負けな八九寺でもさすがに神原クラスの変態に対応するだけの教養はないだろう。

 

「ははっ、これで私まで土下座を始めてしまえばいよいよ阿良々木駿河になってしまうではないか。いくら私でも尊敬する先輩の専売特許を奪うような事はできん。しかしここまで頑なに話してもらえないとなると阿良々木先輩に伺う他ないのだが、どうして私にも八九寺ちゃんが見えているのだ?」

 

「人を常に土下座している先輩みたいに言うな。八九寺の事は、そうだな……」

 

 そりゃ気になるだろうけどさ。

 どう説明したら良いものか……というか、どこから説明したら良いものか。

 いやーーどこまでを説明できるものか。

 そもそも僕の周りの奴はそれぞれがそれぞれに複雑な境遇の奴が多いんだけど、その中でも八九寺ってぶっちぎりでヘビーな人生を歩んできているからな。

 人生を歩むどころか途中からは幽霊だったし……家庭環境や怪異絡みの体験談ならば皆が共通して不幸に身をやつしているけれど、八九寺は別格すぎる。

 何せ本人が死んでしまっているのだ。そういう意味でも、こんな不幸自慢みたいなものを比べあったところで虚しいだけだけれど、それでも比べるまでもなく八九寺は独走している。

 そこまでの詳細を懇切丁寧に説明する必要もないだろうけど、だからといってどこからなら説明できるということもない。

 

 説明なんてできっこない。

 

 突き詰めた話、八九寺の物語は始まりから現在までがトップギアで悲劇的すぎるのだ。

 それは僕みたいに家庭や人間関係に恵まれた奴が、おいそれと安易な気持ちで語っていいような物語ではないし、神原を信用しているとか信用していないとかの問題ではなく、もっと基本的なーーいわばモラルの問題だと思う。

 

「なんだ?言いにくいことだったか?ならば無理に説明せずともよいが」

 

 小首を傾げながらも、神原はあっさりと引いた。こういうところで神原のさっぱりとした性格は本当にありがたい。

 後輩に気を使わせることは多少の抵抗はあるけれど、だからといってこのまま頭を捻っていたところで僕の口から説明する術はなかっただろうからなーー

 

「わたしはかまいませんよ」

 

 それは頑なに沈黙を守り続けていた八九寺の発言だった。

 

「かまわないって八九寺……それはだってお前のーー」

 

「わかってますよ阿良々木さん。ですがそこまで気を使われても挨拶に困るというものです。それに、わたしは神原さんのことを直接は存じませんが阿良々木さんが信用している方なのでしょう?話してもいい理由としてはそれで十分ですよ」

 

「おおっ、やっと口をきいてくれたか!これは私に対して心を開いてくれたということで間違いないな!」

 

「違います。警戒のレベルを下げただけです」

 

「つまりは印象が上昇中ということだな?」

 

 理由としてはそれで十分、か……

 当事者である八九寺にそう言われては説明するのも吝かではないけれど、なんだって僕の周りの奴はこういう部分で僕への信用がこうも過剰なんだろうかーー

 そんな事を思いながらやっと口を開いた八九寺と、それに歓喜する神原を見ていると自然と笑みが浮かんでしまう。

 

 たく……もう少し僕に対する信頼のレベルを引き下げろっつーの。

 もっとも、これが神原だったからこそ八九寺は真相の説明を良しとしたんだろうけど。

 

 舞台裏ーー

 いつか八九寺と怪異に絡む話をした時に、そう言っていた。

 怪異とは舞台裏であり、それを知らない人間がわざわざ覗き見るような世界ではない、と。

 今も神原の左腕に残る怪異。レイニーデヴィル。

 怪異を知るどころか、その身に怪異を宿す神原だからこそ、八九寺はその話を知っても問題ないと判断したのだろう。

 いや、それすらも僕の憶測の域を出ないんだけれど……

 

「どうしました阿良々木さん?なんでしたらわたしが説明しましょうか?」

 

「いや、僕が説明するよ。お前の口から説明してわざわざトラウマを思い出す必要はないだろ」

 

 誰の口から説明したとしても結果的には変わらないとはいえ、やはり辛い思い出を本人に語らせるというのはあまりにも良心に欠ける。

 辛いばかりの今まででもなかったとは思うけれど、だからといって幸福に恵まれた物語でもなかったのだ。

 八九寺にだって人として人生を謳歌し、人並みに生きてみたかったという思いが無いわけでもないだろう。

 特に、八九寺が生存するルートを実際にこの目で見ている僕としては尚のこと強くそう思ってしまう。

 僕は清掃作業に使っていた軍手を外し、かろうじて確保したスペースの中で神原と向かい合った。

 

「ふむ……どうやら真面目な話になりそうだな。佇まいを正して拝聴しよう」

 

「そうしてくれると助かるよ。それじゃあまず八九寺が見えている理由についてだけどーー」

 

 こうして僕は八九寺に纏わる物語を語り始めるーー

 両親の事、事故の事、迷い牛や『くらやみ』、北白蛇神社についてーー

 そして一年という時が経ち、今日という日に八九寺真宵に僕がしてあげたかった事の全てを。

 張本人である八九寺も時折小さく頷くだけで特に口を挟まず、普段はあんなにも落ち着きのない神原ですら物静かに聞き手に徹してくれた。

 そして何より、語り始めれば弁も立つかと思っていた僕自身が、語り始めれば語り尽くせない程に様々な思い出を想起してしまい、思いの外長い説明になってしまった事に驚いた。

 あの日、一年前の母の日に白浪公園で始めて八九寺に出会ってから今日に至るまでの一年間……それはどうやら僕が思う以上に僕の中で色濃い一年だったようで、それでいて全ての出来事がまるで昨日の事のように鮮明に思い出せるのだからやはり特別な一年間だったのだろう。

 八九寺が成仏した時の話なんてうっかり泣きそうになったし。

 

「ーーと、まあ、僕から話せるのはこんなところでこれが全部だ。これが今日に限ってお前にも八九寺が見える理由だよ」

 

 全てを語り終えた時、あれだけ照りつけていた日差しはゆっくりとその一日の業務を終えようとしていた。

 五月の気候も穏やかになってきた時期とはいえ、どこからともなく吹き込んでくる風は少しだけ冷たさを感じさせる。

 

「さすがはシリーズを通して長年語り部を務めている阿良々木さんですね、わたしの話なのにうっかり聞き入ってしまいました」

 

「いや、なんつーか……僕にとってもそれだけ内容の濃い一年間だったしさ。別に僕が語り上手って訳じゃねえよ」

 

「惜しむらくは今の阿良々木さんの語りをお届けできなかった事が悔やまれますね。その辺りの回想シーンに関しましては是非ともお近くの書店にて『物語シリーズ』をお買い求めください」

 

「結局のところ宣伝かよ!」

 

「プロデューサー業務も楽ではありませんからね。映像作品に関しましても是非BLD、もしくはDVDの購入をお忘れなく!」

 

「プロデューサー業務を一旦お忘れしてくれっ!」

 

 メリハリが効きすぎてて侘び寂びが置き去りじゃねえか。日本語のプロを自称しておきながら残心って言葉を解さないのかこの小学五年生は。

 僕のシリアスな語りが見る影もなくギャグパートと化しちゃったよ……プロデューサーならばその辺の空気こそをプロデュースしてくれ。

 張本人のお前がそんなギャグパートの空気を出したら神原が黙ってる訳がーー

 

「……した」

 

「え?」

 

 ほら見ろ。

 ギャグパートにおいて羽川ならまだしも神原が黙ってる筈がないのだ。

 こいつまで宣伝を始める事もないだろうけど、その分どんな奇天烈発言が飛び出す事やら……

 

「感動したぞ阿良々木先輩!」

 

 ……本当に奇天烈発言が飛び出した。

 

「ど、どうしたんだ神原!?」

 

 シリアスパートにおいてもプロデューサー業務を怠らない八九寺のプロ意識に感動したのか!?

 

「謙遜することはないぞ阿良々木先輩、いきすぎた謙遜はかえって嫌味だ。いや、兼ねてより偉大なお方だとは認知していたが私の認識など軽く超えてしまうのだから底が知れない」

 

「えっと……底が知れないのはまさしくお前の頭なんだけど。おい八九寺、どうなってんだよこれ?」

 

「わたしに振らないでくださいよ!こんなの羽川さんでもわかりませんって」

 

 羽川でもわからないって事はないだろ。あいつならこの状態の神原をどうにかできるに決まっている。

 が、残念な事にこの場には僕と八九寺しかいないのだ。

 

 とどのつまりは手詰まり。

 奇天烈大百科神原駿河の独壇場。

 

「何を困惑することがあるのだ二人とも?私はこれでも感動しているのだぞ」

 

「困惑もするわ!終始一環して意味がわからねえよ、何に感動したって?」

 

「またまたー、とぼけるもんなー阿良々木先輩は。確かに八九寺ちゃんのエピソードには胸を打たれた、少なくとも私の過去なんて及びもしないと思うくらいにな」

 

 神原の過去ーー

 生きてさえいれば幸せだ、なんて言う声もきかれる世の中ではあるけれど、それでもやっぱり神原の過去を軽んじて見る事はできない。

 両親との死別、同級生からのいじめ、失恋からいき遭う怪異ーーそんなもん軽んじて見れるはずがねえだろ。

 というか、誰かと誰かの過去を並べて比べて優劣を付けるという発想がどうしようもなく間違っているのは明白だろう。

 が、神原はどうしても自分の事をないがしろにするというか軽視するというか……計算から外した考え方をする傾向があるからこの場合は仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

 自分はともかくとして、なのだ。

 やはり僕にはその考え方を肯定できないけれど……まあ確かに八九寺の話を聞いて心が動かないという事もないだろう。

 だから、神原が胸を打たれたとまで言うのは理解するとしよう。

 

 納得はできないにしても理解はしたとしよう。

 

 で、感動って何に?

 胸を打たれたって……何に!?

 

「決まっておろう!温柔敦厚な阿良々木先輩の行いにだ!」

 

「やっぱりこの人怖いです!」

 

 僕も怖いよ。

 少なくともテンションが上がるような話はしてないよ。

 

「確かに八九寺ちゃんの過去は悲しいが、それでも過去を変えられないのが人間だろう。ならば昔の事をあれこれと言うよりも今からをどうするかが重要だと私は思うのだ」

 

「か、神原さん!?どうしちゃったのかな!?」

 

 いよいよ熱の入り方が尋常じゃなくなってきたぞ!

 

「そこにきて阿良々木先輩の優しさときたらどうだろう?因縁とも呼べる母の日に八九寺ちゃんをあのような辺鄙な場所に一人ぼっちにしておけずこうして連れ出した上に一日を共に過ごしてあげようとは……阿良々木先輩の優しさを目にすればガンジーも裸足で逃げ出すに違いない!」

 

「わたしの家を辺鄙な場所などと言わないでください!丁寧な言葉遣いに見えて頗る失礼です!阿良々木さん、この人は常にこんな感じなのですか!?」

 

 熱り立つ八九寺には悪いけど残念ながら通常運転だよ……僕が裸足で神原から逃げ出したくなるくらいにな。

 

「ちなみに私は裸足という言葉で興奮する逸材だぞ!」

 

「常軌を逸しすぎだ!」

 

 逸材って言葉をそんなふうに使うな。

 それに優しさかどうかは兎も角として、こんな事は誰だって当たり前に思い付く事だろう。

 羽川だって電話で八九寺の事を気にかけていたし、僕が特別優しいという訳ではない。

 特別なのはあくまでも僕にとっての八九寺で、母の日というその一日が特別なのだから。

 

「しかし阿良々木先輩、それではこんな事をしている場合ではあるまい?」

 

 一通り熱い思いを吐き出した神原は少しだけ落ち着いたトーンで僕に問う。

 こんな事って……掃除のことか?

 

「私が頼んで来てもらっておいてこんな事を言うのもなんだが今日は八九寺ちゃんのための一日なのだろう?私への気遣いはありがたいが阿良々木先輩は一人しかいないのだ。部屋の掃除など後日してくれれば構わん」

 

 それでも後日しなきゃいけねえのかよ……自分で片付けようとした意気込みはどこへ消えてしまったんだと聞きたくなる。

 

「つーか八九寺のための一日って言っても用事というかサプライズの方は粗方終わっちまったしな……別にこの後の用事が立て込んでるとかでもないんだぜ?」

 

 お土産のドーナツも購入してあるし。

 

「え?何を言っているのだ?だってこの後は八九寺ちゃんを連れて阿良々木先輩は自宅へと帰り、ご家族と一緒に晩餐を囲むのであろう?」

 

「あろう、じゃねーよ!あろわねーよ!何だよその企画外の企画は!?」

 

「そうとぼける事もなかろう。それとも何か?阿良々木先輩は前日に少しばかりのサプライズをしたからといって命日の当日をこんな小さくて可愛い少女に一人で寂しく神社に篭って過ごせと言う畜生にも劣る下衆な人間だったとでもいうのか?そんな日くらい家庭の温かさに触れてもらいたいという気概もないと?」

 

「うっ……」

 

 ボコボコに言われた。

 確かにそう言われてしまうと命日を迎える瞬間にあんな山の上の神社に一人ぼっちというのは酷な気もするけれど……

 つーかここまで言われるとかえって僕が極悪非道な奴に思えてくるけれど……

 

「あの……」

 

 僕が頭を抱えていると八九寺が遠慮がちに言葉を発した。

 

「お気遣いは素直にありがたいのですがそれはさすがに遠慮しておきます……ほら、突然お邪魔しても阿良々木さんのご家族もご迷惑でしょうし。それに見えるようになっているとはいえ私は神様でーー」

 

 怪異ですからーー

 八九寺はそう言うと困ったように笑ってみせた。

 

 言うまでもないだろうが、勿論僕だって八九寺を招くことを迷惑だなんて思っていない。

 というか神原に言われて初めて自覚したけれど、今は命日を迎える瞬間をあんな場所で一人にしておきたくないと思っている。だってそれは八九寺が十年にわたって味わってきた苦行そのもので……迷い牛だった頃と何も変わっていないのだから。

 それでも即決できるほどに簡単な事じゃないという事実もまた揺るがない。

 どうにかしてあげたくてもどうしたら良いものかわからないジレンマで僕は口を開けなくなっていた。

 

「八九寺ちゃん」

 

 何とかならないものかと考えていると神原は八九寺の前に移動して真っ直ぐにその眼を見つめている。

 考えるよりも行動する女、神原駿河ここにありだ。

 

「いいか八九寺ちゃん、確かにきみは私や阿良々木先輩よりも本来は年上なのだろう。それでもきみは子供だ。怪異だろうと神様だろうと八九寺ちゃんが小学五年生の可愛い少女である事にかわりはない、きみは少女五年生の神様なんだ」

 

「は、はい……え?どういうことでしょうか?」

 

「つまりな、子供が遠慮なんてするもんじゃないということだ。きみは神様で人間より上位な存在だとしても子供である以上は甘えて良いのだ」

 

「…………」

 

「それに私は『くらやみ』というものは知らないが八九寺ちゃんはこの街の神様なんだろ?ならば阿良々木先輩の家だってその管轄の範囲内ではないか。何もルールは破っていない。きみはきみのやりたいようにやれば良いんだ」

 

 諭すように、それでいて力強く神原は言った。

 遠慮なんてするなーー

 それは簡単なようで簡単ではない、特に誰も巻き込みたくないが故に迷い牛であった時も頑なに人を遠ざけていた八九寺なのだ。

 仲良くなってしまえば天真爛漫で快活な少女だけれど、その内面は想像以上に繊細で弱々しい。けれどーー

 

「そうだな……八九寺、お前が僕に遠慮するなんてお前らしくもないぜ」

 

 けれど、僕は八九寺の親友なのだ。

 辛い時は辛いで良い。嫌な時は嫌で良い……遠慮なんてするようなレベルの関係性はとっくの昔に終わっている。

 そんな事すら頭から抜け落ちていた僕はやっぱりどうしようもなく愚か者なのだろうーー真っ黒な瞳であの子が僕を嗤うのが少しだけ理解できた。

 

「今日くらい甘えたって罰はあたらねえよ。つーか罰をあたえるのは神様の役目なんだから他でもない神様のお前が気に病むんじゃねえよ」

 

「阿良々木さん……」

 

「おお!さすがは阿良々木先輩、器の大きさが常人とは桁違いだな!大きすぎて全容が掴めない程の器の持ち主だ!」

 

「お前は僕に対する評価を改めやがれ!……でも神原の言う通りだ、こんな日に一人でいることを子供が我慢しなきゃいけないなんて間違ってる。八九寺は今日一日を楽しく過ごす義務がある筈だ」

 

 そう、我慢なら今まで散々してきただろう。これ以上の我慢なんて必要ないほどにーー

 

「ですが阿良々木さん、ご家族に対してわたしのことをどう説明するおつもりですか?見えている以上は人間でも通るかもしれませんし、わたしと阿良々木さんの関係は友人ですが……世間がそれを受け入れられる程に身分が近い訳でもありません……年齢的にも無理があるでしょう」

 

「それは……まあその時考えるとしてさ……」

 

「ふふ、無理ですよそんなの。阿良々木さんはそこまで嘘が上手ではありませんから」

 

 だからそれ以上迷惑になることはしないでくれ、とでも言いたげに八九寺は笑った。

 確かに僕と八九寺は友達だ。でも、そんな説明で納得させるには余りにも存在が遠い……小学五年生の少女と大学生の男子が友達ってーー犯罪の臭いが半端じゃない。

 

「なんだ?そんな事で悩んでいるのか?」

 

 ここで場違いな声を上げたのはキョトンとした顔の神原だった。

 

「そんな事でって言うけどな、大学生の僕が小学生の女の子を連れて帰ったら確かに怪しいだろ……その辺の説明は中々骨が折れるぞ」

 

 特にでっかい方の妹が勘違いしやがったら物理的な意味でも骨が折れる。あいつは冤罪を疑わずに死刑を執行できる奴なのだ。

 

「ならば私が一緒に行って説明しようか?」

 

「お前が?まさかいつかの月火が起こした茶道部の幽霊部員の時みたいにうまい嘘でもついて誤魔化すのか?」

 

「そんな事はしない。いくら私といえども尊敬する先輩の可愛い妹に平気で嘘をつこうなどと考えるものか。というかそもそも嘘をつく必要すらない」

 

 嘘をつく必要すらない?

 ならばどんな説明をもってして我が家のゲートキーパー二人を納得させるというんだ?

 確かにあの二人は馬鹿だけど、だからといって悪と名のつく事に対しては強固な程に頑固だぞ。いくら神原とはいえ、そこを簡単に譲るとは……

 

「そんなに心配するな阿良々木先輩。私のような若輩者が偉大なる阿良々木先輩のお役に立てる日がこようとは思ってもみなかったが、こうなればこの神原駿河、全力を持って阿良々木先輩に降りかかる火の粉をはらってみせよう!」

 

 こいつは僕の妹二人を殺すつもりなのか!?

 ファイヤーシスターズを名乗っていたとはいえ火の粉をはらうとか比喩にしても些か物騒だわ!

 

「ですが神原さん、任せておけとは言ってもどうするつもりなんですか?」

 

 もはや神原の勢いに押されてしまい、遠慮どころか反論すらできなくなった八九寺の質問はさながら最後の抵抗だったのかもしれない。

 しかし神原はそれすらも意に介さず、ただ簡単な口調ではっきりと答えるだけだった。

 

「無論、真実を語るのみだ」




【次回予告】


「どうも、『届物語』をご覧の皆様御機嫌よう、戦場ヶ原ひたぎです」


「突然だけれど本日七月七日が何の日かと聞かれて七夕と答えた愚かな愚図共はさっさと死んで来世からやり直しなさい」


「という訳で、本日七月七日は私戦場ヶ原ひたぎ様の誕生日です。ハッピーバースデートゥー私です。はい拍手ー。プレゼントは現金で構わないわよ」


「とは言っても、私ってこの七夕という日が誕生日だという事にそこまでの喜びを感じてはいないのよね」


「どちらかといえば七夕が嫌いでしょうがないわ」


「まあ、阿良々木君でもない聡明な読書の方々ならご存知でしょうけれど、あの織姫と彦星の話って全然共感できないじゃない。わかりやすく愚かしい御伽噺じゃない」


「愛を免罪符に自堕落な生活を送っていた結果、その関係を引き裂かれた二人のお話って……笑でも誘っているのかしら?そんな日に誕生日を迎えた私の迷惑を考えてもらいたいものね」


「愛する人と一緒にいられるための努力を怠った結果に悲劇のヒロインとして君臨するだなんて随分と神経が図太いというか、私を見習ってもらいたいものだわ」


「次回『するがダウト・其ノ參』」


「それでも短冊に願い事は書くのだけれど」
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