城の中の吸血姫   作:ノスタルジー

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閑話です。思い付きです。
二話か三話で終わりだと思います。
話としてはあってもなくても。

閑話が今までで最も長い。
どういうことだ。






閑話 一 少女と青年

 少年が京都を発つ約200年前。

 金属音が響く、道場の中。

 「どうした?その程度か?青山」

 金髪の少女が、膝をつき息を荒げた青年に問う。

 青山。その名は京都を代々守護する退魔の剣術、神鳴流の長の名。

 苦い顔をして少女を見る青年――青山と呼ばれた青年は「青山」の長子。神鳴流の次期長。最強の名。

 しかし。その「青山」の子でありながら青年は、弱かった。

 

 「はぁ…」

 少女に散々しごかれた青年は、その後一人道場の近くの森の中にいた。

 青年の心にあるのは、何故自分は「青山」なのにこれほど弱いのかという疑問。本当は青年はその答えを知っているが。ただそれを考える。

 青年は「青山」でない神鳴流の同年代の門下生や二つ下の弟にさえ劣っている。鍛錬を怠っているわけではない。彼らに比べて青年は劣っているということを認識しているからこそ、愚直に剣を振るった。才能がないなら、努力あるのみ。と自分に言い聞かせ、剣を手に取った。しかしその覚悟と努力が報われることがない。その日が来ない。

 「ダメなのか…」

 神鳴流の長であり現在最強の剣士である父にも、その父だけでなく歴代神鳴流を鍛え続けている少女にも問うた。返ってくる答えは、同じ。結局、才能がない。それだけ。

 

 「才能か…」

 生まれ持ったもの。青年にはない。ない自分は強くなれないのか。努力を重ねても意味がないのか。頭の中でその考えが巡る度に、青年は潰れてしまいそうになる。

 「……」

 強さを渇望しているわけではない。父の剣に憧れる。少女の強さに目を奪われる。そこに自分も。という夢はある。「青山」の名に恥じない剣士に。という目標も。しかし。最も少年が望んでいるのは、京の人間として京の役に立つということ。あくまでそれを。そのための手段として、「青山」の血が剣術を勧めた。だが、このままではそれは叶わないと分かっている。青年には何もできない。次期長は弟がなるだろう。それに対して思うことは、そちらの方がいい、とだけ。

 

 剣の才能がない。それならば他はどうか。と考えた頃もあった。しかし青年にはやはり才能がなかった。格闘術、陰陽術。剣術以下の才能。戦う者としての才能がない。かといって頭脳としての明晰さもない。青年は、また剣を持たざるを得なかった。

 

 「エヴァンジェリン殿」

 道場の脇にある和室で茶を飲む少女に、一人の男が声をかける。

 「お前か…何だ?またあいつのことか?」

 「はい。倅はやはり…」

 言葉を濁す男を見て、少女は小さな口の端を上げる。

 「わざわざ私の口から言わずとも、見ていたならわかるだろう?それともその年でもう耄碌したか?」

 自身よりはるか年下であろう容姿の少女にそう言われても、男は反論できない。

 「やはり剣を置かせるべきでしょうか…?」

 「ふん。剣を置かせてもあいつに何が出来る?」

 男は何も言えなかった。

 「姉様も言っていたが陰陽術の才能もないのだろう?それに文官としても使えまい。女をあてがって子どもでも産ませるか?」

 幼い容姿に似合わない言葉が少女から出る。男も同じ考えは頭にあった。少なくとも「青山」の血は絶えない。次男が子どもを儲けるとは限らない。保険として。だが、幼いころから自身の才能の無さに苦しんでいた息子に対して、そのことは言えなかった。

 

 剣が空を斬る。息を乱し、青年は剣を振るう。

 才能がなくても強くなる方法。剣を振りながら模索する。自分が血のにじむような努力をし続けても意味がないことは分かっている。努力では才能に勝てない。それにもし努力して強くなれても、その成果が出る頃には自分は爺になっているだろう。と考えたところで、気づく。

 努力をし続ける。その為には時間がいる。あと10年、20年と努力を重ねても大した存在にはなれない。40年、50年でもきっと同じ。だが、100年、200年の努力なら。400年、500年と剣を振るえば、才能に勝てるのではないか。努力は才能に勝るのでないか。そこまですれば自分でも強くなれるのではないか。

 数百年を生きる。それどころか不老不死。その存在を京の人間なら誰もが知っていた。

 

 青年はある人物を訪ねた。自身だけではなく、神鳴流全体が師と仰ぐ少女と同じ、美しい金髪。整った容姿。赤い目。

 「アイリス様」

 「何だ。」

 突然の来訪にも全く動じる様子もなく、視線だけを遣す少女。赤い目が少年を射抜く。青年はこの少女が苦手だった。言葉数が少なく、無表情。何を考えているか分からない。少女の機嫌がいいのか悪いのかすら、青年には判断出来なかった。

 「願い事があるのです。聞いていただけないでしょうか?」

 「何だ。」

 人によっては無礼と切り捨てられそうな青年の言葉。少女はただただ答える。

 「……私をあなた方と同じ、吸血鬼にしてはいただけませんか?」

 青年の言葉に初めて反応を示した少女。視線だけではなく、青年に顔を向けた。自身より数歳幼い容貌にも関わらず、少年は自身が恐れを抱いたような気がした。

 「何故だ。」

 少女の疑問。

 「私は京の役に立ちたい。しかし、あらゆることに才能がない。人間であるこの身には努力を重ねるための時間もない。吸血鬼という存在が不老不死であるというのは私も存じています。不老不死となり剣を振るい続ければ、この矮小な身でもいつかは京の力として数えられるのではないかと」

 青年の答えに、少女は青年を見たまま黙る。青年はその沈黙と視線に耐えられず、目線を下に向ける。

 「お前には無理だ。」

 少女の口から発せられた言葉に、青年は思う。やはり、と。この少女たちと同じ存在になる才能さえ自分にはないのだろうと。どこまでくだらない存在なのかと。

 「そう…ですか…」

 すぐさま言葉にできたのは五文字。

 「…お時間を割いていただき、ありがとうございました。失礼します」

 そう言い残し、青年は赤い目から逃れた。早く逃れたかった。

 

 青年は一人。森に戻った。その手に愛刀を持って。

 才能がない。努力の意味もない。時間もない。青年の執着は、ほんの少しの力。剣術でも陰陽術でも何でもいい。

 力。力。力。

 心に現れる漠然とした力への渇望に、青年は乗っ取られそうになる。が立ち止り、目を閉じて、気を落ち着かせる。無心に。

 そうすると落ち着いた心に森のどこからか音が聞こえた。息の音。誰かが息を潜めているわけではない様子。隠す気のない音が聞こえる。青年はその音のする方向になんとなしに近づいてみる。

 

 少し開けた場所。その一角。背から生える美しい白い羽を枕と布団にし、寝息を立てる幼い姿。意外な光景。青年は驚き、足元から音を鳴らしてしまった。その小さな音に反応して、眠る少女がゆっくりと目を開けた。

 

 深く青い目。それ以外の容姿は似ていても、姉二人とは違う。その深さに吸い込まれ、ぼうと立ち尽くす青年を少女は見つめる。

 どれくらい時間が経ったか。青年にはそれは分からなかったし、少女もおそらく知らないであろう。青年は自身が少女の顔をまざまざと見つめていたことに気づく。

 「っつ!?も、もうしわけありません!!」

 思わず出たのは謝罪の言葉。

 

 それに対し少女は首を少し傾げるだけで、何も言わない。

 青年はこの少女と会話というものをしたことがない。というよりこの少女と会話をする人間をほとんど見たことがない。巫女達は三姉妹の中でこの少女を特別可愛がっているが、青年は彼女に関して評価が定まらないでいた。

 

 三姉妹の中で一番尊敬できるのは?と聞かれれば、間違いなく次女の名が挙がる。これは青年の答えであるというだけでなく、京の総意だと青年は思っている。彼女は優しい。甘さはなく、優しさがある。彼女に対しては好意的な評価を誰もがするだろう。しかし残りの二人に関しては誰もが答えに貧する。

 何故か。よくわからないから。という一点に尽きる。長女は決して内心を悟らせないし、三女は何も考えていないのではないかと思わせる。関わりも薄く、協会の人間と上層部以外は長女とはまず話さない。青年は剣術を諦めかけ、陰陽術に手を出した時に、父に紹介され教えを乞うたから関係を持った。しかし他の人間ならそうはいくまい。部屋からほとんど出てこないし、たまにふらっと京を離れ、皆を混乱させる。凄いことは知っているが、それ以外はよくわからないお方。というのが一般的な意見だろう。

 三女に関しては長女以上に謎が多すぎる。基本は部屋で寝ているが、姉からの命があると動きだし、戦闘に向かう。というのが青年の知る少女の行動の全てだった。それ以外にしていることは知らないし、聞いたこともない。彼女と共に前線に行った者から物騒な体験談を聞くだけだ。だからこそ青年はその謎の少女が森の中で寝ているという予想外の光景を見て、驚いてしまった。

 

 少女は青年を見つめ、止まったまま。

 青年の謝罪に対して、相変わらず首をかしげる以外の反応を示さない。青年はどうすればいいかわからず、立ち尽くすばかり。しかし。青年は自分にとってこの少女は目上の人間であるはず、との考えから体の硬直を解き、気を遣って少女に話を振る。

 「午睡ですか?アリス様」

 その問いに小さな頭を小さく縦に振る少女。青年はまともな反応が返ってきたことに内心喜び、調子に乗ってさらに質問を投げかける。

 

 「その白い羽は吸血鬼特有のものでしょうか?」

 白い羽は禁忌の羽。烏族ではそう言われているが、少女は烏族ではない。姉二人が吸血鬼であるなら、この少女も同じであろうという推察を持って、青年はその羽が吸血鬼の能力によるものであるという結論をだした。

 その青年の質問に対し、今度は頭を横に振った少女。その行動の意味するところは、否定。羽は吸血鬼の能力によるものではないということ。

 「ならば魔法でしょうか?」

 否定。

 「…もしやアリス様は烏族だったのですか?」

 否定。

「えっと…」

 では何故羽が生えているのか。自分の知らない、そういう種族なのだろうか。三姉妹であってもこの少女だけは吸血鬼でないということだろうか。と思考していると。

 「ぺがさす」

 「…は?」

 「ぺがさす」

 ぺがさすというのは何だ。種族名だろうか。その名は京では聞いたことがないな。青年は「ぺがさす」という言葉をあとで調べてみよう、と考えて、気づく。会話が止まった。

 青年は自身がどちらかと言えば口下手な人間であると思っている。他人と話をするときは基本的に聞き役だ。他人と会話するのが特別苦手というわけでもなく、あまり自分から話をしないというだけ。だからこの自分より数十倍の歳月を生きているにも関わらず、会話の能力の欠如した少女と相対して、何の話をするのがよいのかが分からなかった。

 しかし。無言のまま立ち尽くすよりは何か話す方がいい。という考えが青年の頭にはあったため、頑張って口を動かした。

 

 「……美しい羽ですね」

 褒め言葉。青年は少女の持つ白い羽を確かに美しいと思っていたし、褒められて気を悪くすることはないであろうという打算もあった。

 その言葉を耳に入れた少女はゆっくりと立ち上がり、青年に近づく。相変わらず。無表情。青年は少女の行動に戦々恐々としていた。羽の事は少女にとって触れてはいけない話題だったのだろうか。烏族と同じく、少女にとっても白い羽は褒められたものではないのだろうか。後悔が青年の頭を支配する。

 少女は青年の暗い心の内になど興味がない、とでも言うような軽い足取りで青年の目の前に来る。少女は青年の顔をまたじっと見つめ、青年の着物の袖を小さく引っ張った。青年には少女のその行動が自身を呼んでいる風に思えた。

 

 「何処かに行くのですか?」

 小さな首肯。

 「私はついて行けばいいのですか?」

 小さな首肯。

 わかりました、と青年が言うと少女は青年を引っ張る力をほんの少しだけ強めた。青年が少女に向かって体をわずかに移動させると少女は歩きだした。その先は先ほどまで少女が眠っていた場所。青年が立っていたところから数十歩。

 少女は足を止め、振り返る。また青年の顔をその青い目で見つめる。青年はその目が意味することを何故か分かったような気がした。

 

 青年の腕の中には少女が眠っていた。

 青年も眠った。

 


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