城の中の吸血姫   作:ノスタルジー

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二十六話目。

少し遅くなったのは原作を読み返していました。
二話同時に投稿したので、それで。


麻帆良の主人公

「…うぅん」

 麻帆良女子中学の寮。そのとある一室。艶めかしい声を上げて、寝返りをうつのは神楽坂明日菜。発育のいい身体をパジャマが捲れ上がった部分から、ちらと晒している。彼女の日常。一人の部屋。

「…お姉ちゃん」

 昨日からそこに入り込んだ異物。ネギという名の少年。明日菜の身体に抱きつき、夢心地。

「…う…ん?」

寝ているとはいえ、何かが体に当たってくる感触に気付き、明日菜は目を覚ました。一瞬。状況を理解するのに使い、その後。息を大きく吸い込む。

「な…なにしてんのよー!!このクソガキがー!!」

 

タカミチからネギを預かるように言われた明日菜。嫌がってはいたが、敬愛する相手から頼まれては断れない。渋々ながらも受け入れ、昨日から二人、共同生活。

「機嫌直してくださいよー明日菜さんー」

部屋の真ん中に置かれた小さな丸いテーブル。二人は互いに向き合って座っている。ネギの顔は明日菜の方を向いている。だが、明日菜はつんと横を向いたまま。悪い空気。

テーブルの上には白いご飯と飲み物だけが置かれている。おかずはない。もう少しで届けられるからだ。

 そして。明日菜の露骨な態度に少しばかり泣きそうになる少年。自身の過ちが起こした結果とはいえ、ここまで無視されるとつらいものがある。

 

そんな時。

「さっきすごい声したけど、なんかあったんかー?」

 部屋に入ってきたのはやんわりとした京都弁が特徴的な黒髪の少女―近衛木乃香。明日菜の部屋の隣に幼馴染と住む彼女は先ほどの明日菜の怒鳴り声を聞いて、様子を見に来たようだ。聞こえた瞬間に来なかったのは、彼女らしいと言えよう。その手に朝食のおかずを持って、ニコニコと笑いながら二人の元へやって来る。

「木乃香!聞いてよーこいつ、いつの間にか私の布団に潜り込んで来たんだけど」

 木乃香の姿を目に収めた瞬間。花の咲くような可愛らしい笑顔を見せたと思いきや、話し始めると共にネギを睨みつける明日菜。そのキツイ視線を受け、ネギはさらに委縮する。木乃香は明日菜の愚痴を聞きながらも、持ってきたおかずをテーブルの上に並べる。純和風。

「まぁまぁ…ネギ君も外国から来たばっかで寂しかってんなー?」

何処からか動物の威嚇のような声を出す明日菜を慣れた様子で宥める木乃香。そして、ネギの頭を撫でる。二人の子供の面倒を見る母親を連想させる姿。

「今日は許したりーな。ほら、それに明日菜、もう新聞配達の時間やえ?はよ食べて行かんと」

「え?!ヤバ!!もうそんな時間?!」

 食卓に並んだ朝食を口の中に搔き込み、「ふぉひぞうさま!う…行ってきます!」と言い残し、部屋を急いで出て行く明日菜。彼女は自身の学費を賄うために朝の新聞配達のバイトをしている苦学生。今日も明日も仕事。

「いってらっしゃーい」

 木乃香は袖を振り、明日菜を見送った。ネギは忙しない明日菜の行動に目を丸くしている。

「じゃあネギ君が食べ終わったら、片付けしよかー」

優しい笑顔でそう言う木乃香にネギは好印象を抱く。同時。相対的に明日菜の株が下がる。朝。木乃香は忙しい明日菜のために毎日朝食のおかずを作り届けている。朝早くに起き、一人剣の鍛錬に向かう幼馴染のため、自身も早起きして朝食の準備をしている彼女。そのついでに隣人で友人の明日菜の面倒も見ているというわけだ。

 

「ネギ君も頑張らんとねー」

「は、はい!!」

 『麻帆良学園で教師をすること』。それがネギの卒業課題。父のような、彼女のような立派な魔法使いになるため、その心を燃え上がらせるネギ。だが、彼の中では気になっていることがあった。

 

「あの方は何て言うお名前なんでしょうか?」

「ふぉ?真ん中の彼女かの?彼女はアイリス殿じゃ」

「アイリスさん…えっと…ここの生徒の方でしょうか?」

「いや、生徒ではないのぉ」

「じゃあ教師の方ですか?」

「いや、教師でもないのぉ」

「え?じゃ、じゃあ…?」

「……ふぉふぉふぉ」

 

 彼女は一体何者か。どうも麻帆良に住んでいるらしいが、五年前から容姿に変化がない。大体の年齢を予測すれば、今は二十歳くらいのはずだが、全く変わっていない。学園長も言葉を濁すばかり。名前以外は何も教えてくれなかった。

「はぁ…会いたいなぁ」

「え?誰にや?故郷の家族かえ?」

 台所に立ち、洗物をしながらネギの独り言を耳ざとく聞いていた木乃香。

「い、いえ!まだ二日目ですからホームシックにはなっていません」

「そうなん?じゃあ誰や?」

「えっと…アイリスさんという方なんですけど、木乃香さんご存知ですか?」

 ピクッ。木乃香の形のいい眉がほんの少し動いた。台所に立っている木乃香の顔はネギからは見えず、たとえ見えていたとしてもネギでは気づかないほどの小さな反応。

「知らんなー麻帆良の人なんか?」

「はい。そうらしいんですけど…」

「麻帆良は広いからなー人を探すのも一苦労やで?」

「ははは…そうですね」

 ネギの笑い声を聞き、木乃香は蛇口をキュッとひねった。水が止まり、備え付けていたタオルで手を拭く。

「じゃあウチは部屋に戻るさかい、なんかあったら来てくれてええよ。右隣の部屋やから」

「はい!ありがとうございました」

「じゃあまた学校でなー頑張ってや、ネギ先生」

「は、はい!」

 誰もが見惚れるしまうほどの少し大人びた笑顔を見せ、木乃香は部屋を後にした。

 

「ネギ君かーどうするつもりやねやろなー」

パタン。木乃香は部屋のドアが閉じた音を背中で感じながら、早朝の静かな寮のなかで小さく呟いた。

 

 

 

 昨日。

麻帆良女子中学二年A組。生徒数は二十九人。担任はタカミチ・T・高畑。

「おはよー」

「はよー」

「ねぇねぇ、今日から教育実習生が来るらしいよ」

「え?そうなの?美形だったらいいなー」

「肉まんいらないカ?」

「おっ!いいね!一つ頂こう!!」

ガヤガヤとすでに登校してきた生徒たちが騒いでいる。その中には明日菜や木乃香の姿もある。今日はネギの着任の日。教育実習生として教壇に立つことになっている。ドアには黒板消しトラップが仕掛けられ、水の張ったバケツ、吸盤付きの矢が準備されていた。そのいたずらの首謀者たちは先生の登場を今か今かと待ち構えている様子。

 

 始業を示すチャイムと同時にドアが開いた。ガラッという教室独特の音を立て、廊下から入ってきたのは一人の幼い少年―ネギ・スプリングフィールド。頭上から落下してくる物体Aの存在を感知した彼は、魔法障壁を展開。物体Aを止める。傍から見れば、彼の頭上で黒板消しが浮いているように見えるのだろう。生徒たちの中には「ん?」と違和感を覚えた者がいるようだ。

「あっ!」

魔法の隠匿を瞬時に思い出したネギは障壁を解除し、物体Aが頭にもたらす衝撃を甘んじて受け止めようとした。しかし。彼の予想した衝撃などなく、真っ白なチョークの粉が彼の赤毛のてっぺんを白く染める。予想外の出来事。動揺したネギは足をもつれさせ、前に一歩進んだ。何故か地面から五センチのところに張られていた紐を引っ張り、バケツを頭の上に降下させる。同時に背後から飛んできた矢の的になる。

「パーフェクト!!」

 首謀者の一人、小学生のような幼い風貌の鳴滝風香が喜びの声を上げる。クラスのあちこちからは笑い声が聞こえ、少しするとそれが驚きの声に変わる。

「「「「えーーー!?子供ーーー!?」」」」

 反応を強く示したのはクラスの半分と少しだろうか。残りはそれぞれさまざまな目を向け、黙っている。

「えっと…ネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

「せっちゃん、どう思う?」

「そうやね…未熟としか言いようがないんちゃうかな」

 麻帆良にあるスーパー。そこから女子中までの道の途中を、二人の制服を着た少女が歩いていた。京言葉を扱う二人、近衛木乃香と桜咲刹那である。主従関係でもあり、友人関係でもある二人はネギの歓迎会で出すためのジュースや菓子を買い出しに行っていた。

「厳しいなぁ、せっちゃんは」

「え、え?じゃあこのちゃんはどう思うん?」

「う~ん…もっと頑張りましょう?」

「…一緒ちゃうん?それ」

 世界トップクラスの魔法使いたちの教えを受けている彼女たちはネギの実力を推しはかった様子。厳しい評価をつけているが、それも仕方のないことだろう。ネギは天才少年とはいえ、魔法学校で緩々と育ってきただけの温室育ち。

対して、彼女たちは「自分ができるからといって人も出来るのが当然だと思っている長女」と「優しいながらも、ストレス発散代わりにやっていませんかと聞きたくなる次女」、「意外と面倒を見てくれるけれど、教える才というものがない三女」といったキャラの濃い面々にほぼ毎日鍛えられている。稽古の中で剣士の刹那はそれこそ死にかけたことだってある。幼馴染や姉と楽しく生きてきたネギとは違う。

 

「お師匠はんらはネギ君の手伝いしろーって言うてはったけど」

「手伝いって何すればええんやろか?」

「さぁ?」

 彼女たちが師匠の三姉妹、というより長女から命じられたのは、「情報の隠匿」と「ネギの手伝い」である。ネギに居場所がばれるのは非常に面倒だという長女の考えから、知人に情報規制をかけるだけではなく、彼女らの家である「城」には強力な認識疎外の結界が張ってある。それが理由で「城」の周りの森は迷いの森として七不思議のひとつに数えられているのだが、そんなことを気にする人間はあの「城」にはいない。

 木乃香たちには師の、いや長女の考えることはわからない。自分たちにどうして欲しいのか、見当もつかない。ある日麻帆良に呼び出され、あれよあれよという間に麻帆良学園に通うことになっていた。長女曰く、「準備だ。いや、布石か。」ということだが、何のための布石なのか全くわからない。

「う~ん…よーわからんけど、なんか起こるんかな?」

「英雄の子やしね。トラブルには巻き込まれそう」

「そんなん言ったらウチも英雄の子やで?」

「だ、大丈夫や!このちゃんはウチが守るさかい…」

「きゃー!せっちゃん、かっこええー!!」

「こ、このちゃん!はよ帰らんともう時間やで」

「あ、ほんまや!せっちゃん!急ご!!」

「うん!」

 二人の少女は楽しげに、夕日の光を浴びて友たちの元へ走っていった。

 

 

 

 その一時間前。

「あ…っと…ま、前…」

 麻帆良学園。広大な敷地のその中。大量の本を抱え、重みと視界が遮られたことでフラフラと覚束ない足取りで歩く少女がいた。彼女は宮崎のどか。ネギが受け持ったクラスにいる目立たない少女。極度の人見知りである彼女は一人、誰の助けも借りず、図書館に本を運んでいる最中だった。

「う~ん…」

 近くにはネギの姿も見える。学級名簿を片手に困ったような唸り声上げ、小さい歩幅で歩いている。視線を上げれば、彼から階段の上にいるのどかを視認することは可能なのだが、ネギは集中している様子で気づかない。

「あ…う…ん」

 足取りだけでなく、積み上げた本までがグラグラと不安定に揺れ、それと共に彼女の焦りを含んだ小さな声が漏れる。

「え?……あれは、出席番号27番の宮崎のどかさん?」

 その声が聞こえたのか、ネギはのどかを見た。「どこかで見たことある子だな」と思ったネギは彼女の顔と学級名簿と見比べる。するとその答えが出た。

「あんなにたくさん本を持って……」

 誰が見ても危ない。教師としてこの麻帆良に赴任した身としてはここで手を貸すべきだろう。そう思ったネギがのどかに声をかけようとした、その時。

「え…あ、あ!」

 階段が見えず、段差を踏み外したのどか。

―――落ちる

 ネギものどかも瞬間的に感じた。

「くっ!」

 ネギは魔法を用いた。肉体強化の魔法。子供のネギでも少女の身を受け止められるくらいの強化なら可能。だが。それはしっかりとした準備があっての話だ。

 ネギのレベルでは、のどかの落下スピードに合わせて魔法を発動し、走り、受け止めることはできない。幼馴染と従姉と解放された人々と幸せに生きてきたネギにその技量は、ない。

 

―――ダメだ!!間に合わない!!

 ネギは自分でもわかったのだろう。だがその足を、手を止めることはしなかった。今のネギに出せる限りの全力で、魔法と筋肉を行使。それでも、間に合わない。とネギの頭の理性的な部分が警告を発する。

彼にはその一瞬がスローに見えていた。のどかの背中が地面に叩き付けられる一瞬を待つように、スローに。大量の本が紙吹雪のように舞う。ネギにはそれが目を瞑り、宙に浮かぶのどかを美しく飾っているようにも見えた。

しかし。そんな光景に割って入ってきたのは、ネギ自身ではなく、いつか見た金色の――あの金だった。

 

「え?」

 空から地面に向かって、重力に逆らうことができず落ちていたのどかが消えた。バサバサ。スローに見えていた光景が急に動き出す。本が落下。音を立てる。その音の中にも、ネギの見る視界の中にも、のどかの姿はない。消えた。消えた。

「み、宮崎さん!?」

 堪らず。ネギは声を張り上げる。焦る。キョロキョロとまわりを見渡してみても、散らばった本が地面に寝転がっているだけ。あとは日常の何気ない光景。

すると。そのネギの頭上から何かが飛来した。本ではない。そのページの切れ端でもない。白い――羽根。

 綺麗。と場にそぐわない感想を抱いてしまった。何かに曳かれるように。ネギが顔を上げる。

宮崎のどか。舞い落ちる羽根。その持ち主。あの日見た金。

「君は――」

 白い羽を背中から生やし、眠たげな眼でネギを見下ろす。空には、アリスがいた。

 

 

 

「な、な、な、な…」

 ぼうっとアリスの姿を見上げるネギ。じっとネギの姿を見下げるアリス。その静寂に割って入った声。壊れたレコーダーのように同じ音を繰り返す。発信源は神楽坂明日菜。彼女の口。

「え!?あ、明日菜さん!?」

 その声に気付いたネギが焦った声を上げる。致し方のないことだろう。ネギの中では、明日菜は「一般人」だ。そして。背中に羽が生えた少女の姿は「一般」ではない。

明日菜は空に浮かぶアリスを指さして、信じられないものを見たという顔。この光景は死ぬまで忘れないだろう。

 ど、どうしよう。とネギの頭の中で考えが廻る。

――記憶を消すか?いや自分の技量では消す部分を選択できない。誤魔化す?なんて言えばいいのか。今も羽が音を立てて少女を宙に固定しているのに。どうすればいい?――

 うまい考えが思いつかない。幼いネギの頭ではいい案が出てこない。グルグルと思考する頭を精一杯回して、この場を何とか切り抜けようと焦る。

 そして数秒後。思いついた案は、「彼女に記憶を消してもらえばいい」という他人任せなものだった。

 

 

「あ、あの!僕、記憶を消す魔法をまだうまく使えなくて…代わりにお願いしてもいいですかー!?」

 空に聞こえるように大声で。魔法の秘匿をするなら、そんなことを大声で言うのもおかしいのだが。気づいていない。アリスはそれを聞くとゆっくりと地面に降り立ち、抱えていたのどかを地面に寝かせた。いつの間にか眠りの魔法がかかっていた彼女はあと一時間ほどは何が周りで起こっても起きないだろう。

「ちょ、ちょっと!ネギ!!あんたどういうことよ!!」

「わ、わわわわ!」

 やっと故障から治った明日菜が詰めかける。その形相に恐れるネギ。助けを求めてアリスを見ても、彼女は小首を傾げて「何か問題が?」という風。

「き、記憶を!明日菜さんの記憶を!!」

 消して消して。鬼から逃れようと頼む込むネギ。だがアリスは全く動じない。

「ネーーーギーーー!!」

「速く!速く!お願いしますー!!」

 迫る明日菜。焦るネギ。黙るアリス。三者三様。

最初にそれを打ち破ったのは、以外にもアリスだった。

 

「え?」

逃げた。空を飛んでいくアリスの優雅な姿はネギの目にはそう映った。

 

 

 

 




主人公が悪役のようだ。

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