城の中の吸血姫   作:ノスタルジー

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二七話目。


目的と吸血鬼

「ご苦労。」

 城。アリスが帰ってきた。羽を生やしている。アーティファクトは使っていないようだ。今。ここにいるのは私だけ。いや。こいつが帰ってきたから二人か。エヴァンジェリンとチャチャ姉妹は近衛右門のところ。囲碁でもしているのだろう。お気楽な奴らだ。

「どうだった。」

「…神楽坂明日菜に魔法を認識させた」

「そうか。」

 アリスに命じたこと。明日菜に魔法を教えること。明日菜にはどうしてもこちら側に来てもらわねばならない。紅き翼の顔は立ててやってはいる。タカミチがどうにも目を光らせているようだが。どうせ何れはネギと関わらせるつもりなのだ。いいだろう。と勝手に納得する。

「他には誰かいたか?」

「タカミチ」

 容認したか。どんな状況だったかは知らんが。

 攻撃魔法をはじめとした攻性のある行動は禁止。許可したのは補助魔法とアリスの能力のみ。羽が生えているということは見せたのか。本来はネギが勝手に明日菜を引き込むはず。だが。私たちの存在がどう転ぶかはわからない。だからアリスにこの命を出した。ネギが明日菜を引きこむなら放置。その様子が見えないなら介入しろと。

「あと宮崎のどか」

「ほう。」

 一般人もいたか。2-Aの人間。魔法に関わりのない奴らなら認識疎外の魔法を解除する魔法をかけるようにも言いつけていた。早めに仲間を増やすといい。喜べ、ネギ。

「木乃香と刹那も用意した。後はお前次第だ。」

 早く。早く、動いてくれ。ネギ。

 

 

パチン。パチン。

 高級そうな木に白黒の石が打ちつけられる。四角い木の碁盤を挟んでいるのは老人と少女。傍から見れば、仲睦まじい祖父と孫にも見えないことはない。だが、煌びやかな金髪の少女は誰が見ても不機嫌な様子で、老人はその様子は視界に入れないように努力し、黙々と碁石を盤の上に運んでいた。

「っち」

 イライラ。少女―エヴァンジェリンからそんな擬音が聞こえる。傍に控えるチャチャ姉妹もそんな主の様子を見て、「何も起こりませんように」と祈っていた。

 

すると。

「おい!近衛右門!!貴様ァ手を抜いているだろう!!」

「ふぉ!?」

 接待プレイがバレた。何とか少女の機嫌を直してもらおうと気を揉んでいた近衛右門だったが、どうも仇になったようだ。茶々丸の用意していた超高級茶も無意味になってしまった。出したときはほんの少しばかり機嫌がよくなったのだが。

さらに怒りのボルテージを上げ、近衛右門を睨みつけるエヴァンジェリン。

 「儂…死ぬかも」と死期を悟った近衛右門。彼、というより京都出身のものは幾つになっても三姉妹に頭が上がらない。特に長女、次女は幼いころから鍛えてもらった恩と畏怖の念があり、逆らえないのだ。

「マスター、何をそんなにイライラしていらっしゃるのですか?」

 近衛右門を助けたのは、人ではなく、ロボット。というより現在、学園長室には人間は近衛右門しかいないが。

「…イライラなどしていない」

嘘付け。老人、ロボット、人形の思考が一致した。エヴァンジェリンは気を落ち着かせようとお茶を口にする。

「アイリス様に構っていただけないのが気に入らないのですか?」

「ぶふぅーー!!」

 エヴァンジェリンが口に含んだ茶を勢いよく吹き出した。正面に座る近衛右門は大惨事。

「な、なにを言うかーー!!わ、私があの馬鹿姉など気にしているわけはないだろうが!!」

「アイリス様はマスターのことを可愛がっていらっしゃると思いますが?」

「な、なに!?」

「例えばこれを」

 そう言って茶々丸は部屋のカーテンを閉め、電気を消した。部屋は真っ暗。一瞬の間の後。光が生じた。

『あ、アイリスさん!今日も魔法を教えてください!!』

「ぎゃーー!!な、ななな……何だこれは!?」

部屋の壁に映ったのは幼い少女の姿。現在のエヴァンジェリンと容姿はそっくりだが、雰囲気が全く違う。たとえるなら陽だまりのような可愛らしい笑顔を浮かべている。言うまでもなく昔のエヴァンジェリンである。城に来て、アイリスと過ごすうちに傷が癒えてきた頃だろう。まだ姉に夢を見ていた頃。もうまもなくすれば、今のエヴァンジェリンを次第に形成し始める。

「昔のマスターの姿です」

「そんなことはわかっている!!何故お前がこんなものを持っているのだ!?」

「マスター……本当におわかりにならないのですか?」

「わかるわ!!あの馬鹿姉の仕業だろう!!」

 昔。アイリスが魔法で取っていた映像。超に渡して茶々丸の中にインストールさせておいたものだ。何故そんなことをしたのかは、不明。

「ケケケ。ゴシュジンモカワイイトキガアッタンダナ」

「ふふ、ふぉ…」

 小馬鹿にするように言うチャチャゼロ。笑いを堪える近衛右門。

「消せー!今すぐ消せー!!」

 

 

 五分後。明かりがともり、普段の学園長室に戻った。近衛右門はいつもの席に座り、客人の三人は高級ソファーに身を預けていた。エヴァンジェリンも落ち着いた様子で茶を啜っている。

「あいつが…姉さまが何を考えているのかがわからない」

 口から湯呑を外したエヴァンジェリンはポツリと呟いた。六百年の付き合いがあるとはいえ、彼女にとってもアイリスの考えていることはわからない。全て気まぐれで行動しているわけでもなく、彼女なりの思考とその結論に基づき行動しているのだろう。それでもわからない。

「昔からそうだった。だが、麻帆良に来てからそれが顕著だ」

 大体の予想はつく。始祖。彼女の興味の対象。前から自分の興味のあることには熱心だった。興味のないことは無視。その姉が六百年前から興味を持ち続けているのが、始祖。姉はその起源を見つけたいようだ。始祖とは何か。そんな哲学的な問いを自分に投げかけ、その答えを探している。

 エヴァンジェリンも真祖について調べていた時期があった。しかし。それは人間に戻る方法を探すための手段としてだったし、今では人間に戻りたいとは全く思っていない。話を聞く限り、生まれたときから姉は始祖だったそうだ。詳しいことは何も聞かされてはいないが、始祖という存在そのものに疑念を抱いている。

 何かを知っているらしいアルビレオに尋ねたこともあった。その時のアルビレオはいつもの軽薄な感じではなく、しっかりと真面目にエヴァンジェリンの問いに答えてくれたが彼も「アイリスは始祖について知りたがっている」ということは理解していても、それ以上の情報は知らなかった。もちろん始祖とは何かという問いにも正確な答えを用意できない。

「始祖について調べているのはいい。自分の起源に興味があってもおかしくはない。だが、姉さまは何か隠しているのだ。六百年前から」

 何故話してくれないのかはわからない。ただ単に秘密主義だから、と言われても不思議ではない。だが。姉や起源云々というよりも――

「何かある気がするんだ……始祖には」

 その秘密は――世界を大きく揺るがすほどの。

 


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