悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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ハルカ・ヴェルナンデス

 

「何だコイツ?こんなナリで本当に戦えるのか?」

 

 今から四年程前、教会の仕事を手伝う事になり関係者にひきあわされた幼い少女……それがハルカ・ヴェルナンデスだった。

 

「ヴェルナンデス家はベルモンドと同じく代々続くヴァンパイア・ハンターの名門。その魔力は他と一線を画す」 師から幾度となく聞かされた言葉だったが、目の前の10歳にもならないあどけない少女に抱いたユリウスの嘘偽り無い気持ち……それが先の感想だった。

 

 当時ユリウスは14、5歳。師の厳しい修行で培われた圧倒的な戦闘力と思春期特有の万能感で少々天狗になりつつあった。なにしろ自分より一回りも二回りも年齢が上の、教会の戦士達が手も足も出ない魔物を軽々と屠る事が出来るのだ。ベルモンドの末裔という肩書きも加わって、次第にユリウスは周りの大人たちから畏怖の眼で見られるようになり、自身もそれが当たり前と思うようになっていった。

……今にして思えば周囲の腫れ物に触るような扱いと、本音をぶつけられる相手のいない寂しさに、少しやさぐれていたのかもしれない。

 

 

 しかしそんな危うい精神状態の中で作られた砂上の楼閣のような儚い自信は、内心侮っていた目の前の少女によって脆くも崩れ去る事となる。

 

 

 

 少女はその小さな体に似つかわしくない大きな杖をかざすと、無尽蔵と思えるほどの魔力でこちらに向かってくる魔物の大群を殲滅した。虫も殺せぬような少女の思わぬ強さに魔物たちは一転、少女に背を向け逃げ出そうとする。しかし戦う者、逃げる者問わず、少女の放つ魔法はその全てを巻き込み、土石流の如く群がる敵を呑み込んでいく……

 

 

 …………一方的だった。もしユリウスが何の関係もない中立の立場だったなら、まず間違いなく屠られている魔物たちに加勢していただろう……そう思えるほどの一方的な戦闘、いや虐殺……。

 

 

「潜在的な魔力というものは、大人よりも子供、男よりも女の方が強い」

 

 目の前で繰り広げられる光景に、いつか座学で習った師の言葉が思い出される。その時は特に気に留める事もなく聞き流していたが、その言葉をこれでもかと実証する少女を目の前にしては、ユリウスも彼女の実力を認めざるを得なかった。

 

 あげくこのまま黙っていられるかと功を焦った所を彼女の魔法で助けられ、おまけにその時負った怪我を治療される始末。……自分より遥かに年下の少女に圧倒的な実力差をまざまざと見せ付けられ、ユリウスのプライドはズタズタに引き裂かれた。それは地方で神童と持て囃されていた子供が、都会に出て自らの実力を思い知らされるのに似ていた。

 

 

 ユリウスに初めて”恐怖”を与えた魔物が”デス”であるなら、初めて”挫折”を味あわせたのが今眼下で戦っている少女 ”ハルカ・ヴェルナンデス” だったのである。

 

 

 その間、師ジョナサンは何の手も出さずただ傍観していた。だが結果として彼の目論見は成功したといえる。

 それまでもユリウスは真剣に修行に取り組んでいたが、慣れからくる若干の甘さが見え隠れしていた。しかしこの出会いによってより一層真摯に修行に取り組むようになり、やがてヴァンパイアキラーを託すに相応しい戦士へと成長したのだから……。

 

 

 

 

「グアゴガアアアアアッ!!」

 

 腕を失った怒りか、巨人が悪魔城全体を揺るがすような咆哮をあげる。刹那今まで貝のように閉じていた巨人の右目が大きく見開いた。

 

「!!」 巨人の開いた右目から異常な量の魔力を感じ、ハルカはすかさず距離をとる。しかし完全に離れきる前に巨人の目から眩い閃光が放たれ、直後凄まじい速さの熱線がハルカめがけ一直線に放出された。

 

「まずい!こっちだ!!」

 

 咄嗟にユリウスがラングを自分の方へ引っ張り込む!!ユリウスの突飛な行動に一体何事だとラングは憤ったが、何気なく後ろを振り返った次の瞬間、ラングの背筋が一気に凍り付く。

……さっきまで自分がいた場所……吊るされた檻の三分の一がまるで鋭利な刃物で切り取られたようにスッパリと無くなっていたのだ。

 

 切断されたのは檻だけではなかった。片側を失い不安定になった檻から下を覗くと、巨人から一直線に溝が走っている。巨人の放った熱線は、まるでダイアモンドを切断する高圧のウォーターカッターの如く、闘技場の床や壁、果てはこの城を形成する天井までをも切り裂いていた。ラングの顔が青ざめる……もしユリウスが引き寄せてくれなければ今頃は海兵隊員の切断標本の出来上がりだ。

 

「そうだ、ハルカは!?」

慌てて下を覗きこんだがすぐに安堵の溜息をつく。ハルカはかわらずアリーナにいた。

 

 

 自身の奥の手、最大の必殺技をかわされ、巨人はあからさまに狼狽する。大人と子供どころか大人と蟻程の体格差があるにもかかわらず、巨人は目下の少女が醸し出すドス黒いプレッシャーに完全に気圧されていた。

 

 少女が一歩踏み出すごとに巨人がその大きな歩幅で一歩後ずさる。しかしこの広い闘技場も巨人にとっては公園の砂場程度、すぐに壁際に追い詰められた。

 

 「風よ……」

 

 ハルカが手を巨人に向け囁いた。眼には見えない真空の刃が飛び出し、巨人の両の目をズタズタに切り刻む。不意に視界を奪われ、鮮血と供に巨人が哀れな悲鳴を上げた。

 

 場内はユリウスの時とは別の意味で静まり返っていた。一体誰がこのような展開を予想できただろう……。巨人は物見えぬ自らの両目を押さえながら、母を捜す迷子の子羊のように闘技場を歩き回る。そして哀れな巨人の鮮血が降り注ぐ中、少女は変わらぬ微笑を湛えながら非情の宣告を告げた。

 

「もうおしまい……?意外とあっけないのね……」

 

 そう静かに呟くと、ハルカは杖を持った左手を頭上に掲げ、目を閉じ詠唱を始めた。

 

「……悪いけど私が探しているのは貴方じゃないの…………さよなら」

 

 別れの言葉の後、杖からほとばしった凄まじい閃光が闘技場を包む。ラングはあまりの眩しさに思わず目を閉じた。――しばしの静寂の後、肉と毛髪の焼ける酷い悪臭に思わず目を開ける。

……うっすらと開けた視界に飛び込んできたのは、山のように大きな消し炭と、普段と変わらない優雅な笑みを浮かべた少女の姿だった。

 

 

 

 

 

……試合が始まる前、スケルトン達が望んでいた通りの凄惨な展開になった。

ただ一つ、被害者と加害者が”逆”という事を除けば……

 

 

 会場にいるユリウス以外の全員……ラングは勿論あれ程騒がしかったスケルトン達ですら、この天使のような少女の行いに絶句し、一言も言葉を発せられない。しかしやはりここで例の赤いタキシードのスケルトンが拍手をうちつつアリーナに現われた。

 

「……見事な闘いでした。少々予定とは違う結果にはなりましたが、伯爵も満足はしたでしょう」

「しかしお嬢さん、お若いのにたいしたものだ。先ほどの瞬間移動や風の魔法は失われた印術の応用ですね?一体どなたに習った……いやどなたに刻まれたので……?」

 

ラング達のいる檻に背を向ける形になったハルカの顔から、今日初めて笑顔が消えた。人の神経を逆撫でするようなスケルトンの問いを無視し、逆にハルカが問う。

 

「へえ……物知りなのね骸骨さん?それを見込んで聞きたいのだけど、命を吸い取る魔物の事……何か知らない?」

 

ハルカの問いに、スケルトンはわざとらしく考えこむジェスチャーをした後、手のひらを上に向け答えた。

 

「さあ……心当たりが多すぎて見当もつきません……。何でしょう?お知り合いがその魔物に何かされたので?」

 

ハルカは無言のままスケルトンを見据えている。

 

「酷なようですが諦めなさい……どれだけ昔の事かは存じ上げませんが、とうにその魔物の糧となっている事でしょう……命は一人一つ……失ったが最後代わりはありません……もっとも」

 

スケルトンがハルカの心を見透かしたように告げる。

 

 

「もっとも、ほぼ同じ入れ物を持つ”双子”の命ならば万に一つ代用も効きましょうが……」

 

 

 スケルトンの言葉にハルカの表情が冷たい物へと変わった。

 

「そう……ならもういいわ……さよなら」

 

 ハルカの杖から爆炎がほとばしり、スケルトンの体が炎に包まれながら四散する。

 

「フフフ……見事でしたよ皆さん……おっと忘れる所でした。勝者には賞品をお渡ししなくては……」

 

 スケルトンはバラバラに吹き飛ばされながらも、壊れた腕で”パチンッ”と最後の指を弾く。その乾いた音が闘技場に鳴り響いた瞬間、闘技場が暗転し、次に光が戻った時にはあれだけいたスケルトンの姿はどこにも無く、荒涼とした闘技場のアリーナにはハルカ達と、生き残りの海兵隊員、計6名の姿があるのみだった。

 

 

 

 

 

 

「あのスケルトンわたしに向かって「その貧相な体でよく倒せたな」だって!頭きたから思わず倒しちゃった!」

 

 可愛らしい膨れっ面でハルカが説明する。今までと変わらない、普段どおりのハルカだ。先程の残酷な戦いをしたのは別人……いやむしろ夢だったのではないか……そう思えるほどに。

 

 ハルカは笑顔を振りまきながら巨人との戦いを解説する。その全く悪びれない、嬉々とした態度にラングは目の前の少女の本心が解らなくなっていた。いや、むしろその変わらぬ笑顔に恐怖すら感じていた。

 

 出会ってからまだ数時間しかたっていないが、幾つもの顔をこの少女は見せてくれた。ユリウスとの仲の良い兄妹のような顔。活発に先へ進む子供らしい顔。打ちひしがれた自分を励ましてくれた慈愛に満ちた顔。等々……

 しかしそれら全てが嘘の顔で、さっきの残酷に巨人を殺した顔こそが少女の本心なのではないか?自分はこのいたいけな少女にずっと騙されていたのではないか?瞼の裏に焼きついた先の凄惨な光景ばかりが眼に浮かび、ラングは目の前の小さな仲間を信じられなくなりつつあった。

 

 

 ……だがここでふと気付く。さっきから一向に少女と眼が合わないのだ。普段どおりの体全体を使ったハルカのボディランゲージ……だがいつもは真っ直ぐにこちらを見つめてくるその翡翠色の眼は、ユリウスや自分が眼を合わせようとするとまるで逃げるように視線を逸らす。

 

 

”子供も嘘はつく、だが嘘を突き通す力は無い”

 

 

 誰の言葉だったか……今ではもう思い出せないが、不意にそんなフレーズが頭をよぎった。

 

「ラングさん友達の所に行ってあげなくていいの?みんな待ってるんじゃない?」

 

 ハルカが少し離れた所にいる将軍達の方を向きながらそう促した。まるで「これ以上わたしを見ないで」とでも言うように……

 

 ラングはハルカに近づき膝を突くと、体を振り向かせ、無理矢理視線を合わせた。不意の事態に、ハルカの笑顔に若干恐れの色が加わり、反射的にラングから顔を背ける。……だがラングは軽いハグをした後、笑顔でこう告げた。「ありがとう、ハルカ」と……

 

 思いがけないラングの言葉に、ハルカは最初あっけにとられていた。だが徐々にその翡翠色の眼が潤み始める。ハルカはゆっくりとラングの方を向き直し、……精一杯の笑顔で答えた。

 

 

「どういたしまして、ラング!」

 

 

 ハルカは嘘をついた。嬉し涙を隠す、可愛いうそを。

 

 

 ――少しだけ赤らんだ翡翠色の眼が、いつもと同じように真っ直ぐラングを見ていた。

 

 

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