悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
異変
変化が起きたのは3ヶ月前、ヨーロッパ某国の深い森の中だった。
近くの村に住む子供が一人、行方不明になったのだ。
子供の両親はわが子が森で迷子になったのではないかと思い、森に探しに入った。
しかしそれからいくらたっても親子が帰ってくる事は無かった……。
――これだけならよくある失踪事件だったのだが、事はこれで終わらなかった。
あくる日は親子の隣人、その次はそのまた知人と、日を追うごとに失踪者は増え続け、
とうとうその村の住人が一人残らず消えてしまった。
警察が捜査を開始したが真相はつかめず、逆に警察の中からも失踪者が出る始末。
終いには軍が出動する事態にまでなったが原因は掴めなかった。
調査にあたった兵士の報告によると周辺には一日中濃い霧が立ち込めており、見通しがきかず、得体の知れない奇声が森の奥から聞こえるという事だった。
その後も軍による調査は続いたが、探索に参加した兵の中から幻覚症状を訴える者まで出始め、やむなく政府はその辺り一帯を立ち入り禁止とした。
……だが何故か……これだけの騒動が起きながら一切報道される事は無かったのである……
◆
―――薄暗い、陰気な石造りの通路を一人の男が走っている。年のころは20代後半、短く刈上げられた側頭部に、迷彩柄の戦闘服、防弾ベストに数多のサイドポーチと、一目で軍人と解る風貌だ。戦闘でもあったのだろうか、体の至る所に傷と血の跡がありその形相はおよそ冷静とは言い難い。
彼の名は合衆国海兵隊所属、ラング軍曹。この場にお世辞にも馴染んでいるとは言えない彼が一体何故走っているのか?いや、必死になって「逃げて」いるのか……その説明をするには少しだけ時間を遡らなくてはならない……
◆
「ヨーロッパA国の古城跡にテロ組織が大規模な軍事工場を築いている、今回の任務は組織の壊滅及び施設の破壊である。」
それが上官の説明だった。話によればテロリスト達の戦力はかなりの規模で、A国の軍では対処しきれないため友好国である我が合衆国に要請が回ってきたのだという。
「たかがテロリストに何を大げさな……」
隣の席で聞いていた親友のスミスがボヤく。周りの同僚や上官の様子も普段と変わらないか、むしろいつもより気楽そうに見える。が、ラングだけは妙な胸騒ぎを感じていた。
「今回は少しばかり厄介だぞ」
内心そう思った。特に”A国の古城”というフレーズが嫌に耳に残る。キリスト教徒の彼は前世だとか生まれ変わりだとかはこれっぽっちも信じていなかったが、過去の嫌なトラウマを蒸し返される……そんな気がしてならなかった。かといって逃げようなどとは微塵も考えてはいなかったが。
彼の所属する海兵隊という組織は合衆国の関ってきた幾多の戦場で常に先陣を切ってきた。
ペリリューで、サイパンで、硫黄島で。 仁川で、ベトナムで、イラクで。
かのノルマンディー上陸作戦にすら何名かの隊員が参加していた。
たとえどんなに強大な敵が待ち構えていようと、それを看破し道を開く。それが代々受け継がれてきた海兵隊魂だ。ラングは心からそう思っていた。
……だがはたしてラングの悪い予感は現実のものとなった。まず直前になって急に陸軍との合同作戦という事になり、碌に調整、訓練もできないまま現地入りする事となった。
次に装備でもトラブルが起きた。支給された武器に不具合が多々見つかった上、本来あるはずのない、とある”資材”を城内に運び込むことを突然命じられた。
現地に到着してからもトラブルは続いた。濃霧によって数名の隊員がはぐれたのを始め、供に戦うはずだった陸軍の姿が影も形もないのである。
本来ならこんな状況下では作戦中止も止むを得ないのだが、上層部からは何故か予定通り作戦の決行命令が出て、総指揮官のティード将軍はしぶしぶ偵察部隊に突入命令を下した。
――10分、―――20分、――――30分が過ぎても偵察隊からは一向に連絡が無い。こちらからの問いにも応答しない。テロリストに不覚を取ったのかとも思われたが、その割には銃声はおろか物音ひとつせず、古城はそこに静かに佇んでいる。
言い知れぬ恐怖が隊を包み込んでいた。皆一様に不安な顔をしている。しかし誰一人それを口に出すものはいない。スミスと目が合ったが普段陽気に軽口を叩くこの男でさえ、ひきつった笑いを浮かべるのがやっとのようだ。
ラング自身も漠然とした不安を感じていた。任務中は意図的に思い出さないようにしている妻の顔がいやにちらつく。
………そんな緊張感に耐えかねたのか、とうとう将軍が本隊の突入を命じ、自らも城内に足を踏み入れた。ベトナムや湾岸で名を馳せたティード将軍自ら前線で指揮を取るのだ、テロリストごとき如何ほどのものかと、今までの空気が嘘のように士気は上がった。そう、
”この城に一歩足を踏み入れる、それまでは……”
……数々の修羅場を経験してきた彼ら海兵隊員を待ち受けていたのは、今まで戦ってきた数多の敵……狂気を秘めた日本兵でも、機械の様に統制されたドイツ兵でも、狡猾に喉笛を狙うベトコンでもなかった。
……それはある意味ばかばかしいほど荒唐無稽な……今時レンタルビデオ店の片隅に置かれているB級ホラー映画にすら出てこない、ゾンビ、ガイコツ、吸血コウモリ、目玉の化け物などの異種異形のクリーチャー達、そしてそれら怪物達に体を貪られている、先行した海兵隊員と陸軍の兵士達の哀れな姿だった。
ラングをはじめほとんどの隊員が目の前の現実を受け入れられないでいた。しかしそこは歴戦のティード将軍である。すぐに状況を把握すると、狼狽する隊員達に指示を飛ばし始めた。
だが、この城の中では歴戦の勇者が持つ経験も……いや、下界のあらゆる常識が通用しなかった。
まず体勢を立て直すため城外まで戻ろうとした途端、待ち構えていたように城門が閉ざされ、彼らは城内に閉じ込められた。持ち込んだ爆薬や工作機械もまるで歯が立たず、外部に救援を求めるため開いた無線から聞こえてきたのは、”何か”に襲われている城外の仲間の悲鳴であった。
――その後は悲惨の一途に尽きる。別の出口を探すため彼らは再び城内に引き返したものの、無限に沸いて出るクリーチャーとの戦いで弾薬、物資は次第に欠乏。さらに迷宮のような城内を進むうち、一人、また一人と仲間が欠けていった。
ある者は吊り天井に押し潰され、またある者は酸のプールに落ち、とても言葉にできないような悲鳴を上げながら文字通り消えていった。
バケモノの攻撃で命を落とした者も一人や二人ではない、気づけば突入時50名はいた隊員が十数名にまで減っていた。それでもティード将軍率いる生き残りの海兵はどうにか歩みを進め、開けたホールのような場所にたどり着いた。
――どうもここはダンスホールのようだ。ピカピカに磨き上げられた大理石の壁や柱、天井にはミケランジェロを思わせる美しい絵が一面に描かれ、その下には巨大なシャンデリアが幾つも煌めき、輝きをはなっている。
ここまで死闘を演じてきた一同は、突然目の前に現れた光景にしばしの間あっけにとられていた。
だが同時に「ここなら一息つける」と、誰もが思ったはずだ。程なく将軍の号令のもと、休息と負傷者の手当て、そしてこれからの作戦会議を行う事になった。
十数名まで減ってしまったが、どうにか部隊は落ち着きを取り戻し始めた。皆何らかの怪我を負っている為、生き残りの衛生兵は大忙しだ、最もこの状況では碌な手当てもできないのだが………
ポケットから妻の写真を取り出す。少しだけ気持ちが落ち着き、冷静に物事を考える余裕が出てきた。一体上の連中は何を考えているのかとラングは訝しむ。急な作戦変更、乱雑な装備、情報の秘匿……これではまるで……ラングの思考回路が結論を導き出そうとしていたその時――
”ドガオオァァンッ!!!”
轟音と供に壁をぶち破り「奴」が現れた!
………ラング達は気づいてしまった。自分達は化け物どもから逃げおおせたのではなく、「奴」のエサとなるべくこの”狩場”へ誘導されていたのだと………。