悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
百を超える女悪魔達から逃げるうちに2人とはぐれ、ラングは1人、城を進んでいた。
こんな事なら事前に落ち合う場所を決めておくべきだった……軍人としてあるまじき初歩的なミスに、やはり自分もこの場所の色香に惑わされていたのだと深く恥じる。
”誰か1人でも錬金棟に辿り着け” ユリウスはああ言っていたが別れ別れになってからそう時間はたっていない。まだ二人とも近くにいる筈だ……錬金棟への道を探しながらラングは同時に二人の行方も追った。
しばらく進んでいると、ユリウスやハルカでは無いが見知った顔を見つけた。
この城に来てすぐ、ダンスホールで有角にひきあわされた教会関係者、ジョージ・ジョーンズ氏だ。
ジョーンズはたった1人で女の魔物と対峙している。すぐに援護すべく銃に手をかけたが、どうも様子がおかしい。
女の魔物がジョーンズに対し白く光る弾のような物を放ったのだが、その弾はジョーンズがかざした手の中に煙のように吸い込まれてしまった。そしてジョーンズが再びかざした手の平から先程の光弾が放たれ、逆に女悪魔を消滅させてしまう。
目の前で繰り広げられる不思議な光景に、ラングがポカンと口を開けたまま突っ立っていると、こちらに気付いた件の人物の方から話しかけてきた。
「おや、あなたは確か…ラングさんとおっしゃいましたか」
よく通る声を発しながら、背の高い白いスーツの男が振り返った。
「どうも……合衆国海兵隊ラング・ダナスティ一等軍曹です。Mr.ジョージ・ジョーンズ」
「ハハハ、ジョーンズで結構。しかしお一人ですか?ハルカたちは?それにどうしてここに?」
ジョーンズ氏に経緯を説明する。
「それが女悪魔の大群に襲われまして、逃げるうちに皆とはぐれてしまいました」
「それはそれは……色々大変でしたね。まあハルカなら大丈夫でしょう、彼女にはここの魔物たちの”最大の武器”は通用しませんから」
確かに思春期前の少女に女の色気など通用すまい。……逆にヴァンパイアハンターの青年には効果覿面だったが……
「ジョーンズさんはどうしてここに?他の教会の方達は?」
「私は相変わらず残りのポイントの調査です。他の者たちは……手分けして別の場所を調べております」
ジョーンズ氏が少し言いよどんだのに気づいた、何かあったのかもしれないが……あえて
聞かない事にする。
「で、調査の結果一つポイントが判明しました。この先の錬金術研究棟です。ハルカたちにもそうお伝えください」
ジョーンズのもたらした情報に驚く。スケルトンの罠という可能性も少しだけ頭をよぎったが、これは都合が良い。
「わかりました、ところで今見えた影のような物は何ですか?それも魔法の一種ですか?」
見かけた時から気になっていた事を聞いてみる。
「やはりお気づきになられていましたか……これは魔法ではありません、”グリフ” と呼ばれる錬金術と印術の応用……どちらかというと現代の科学に近いものです」
そう言ってジョーンズ氏が左手を開いて見せた。氏の手の平には皮膚の色に比べ若干濃い色で文字とも図形ともつかない模様が描かれている。ふとその薬指に指輪の跡があるのをラングは見つけた。
「グリフ(印呪)とはこの世のあらゆる物質を魔力に術式変換させた物。解りやすく説明するならかさばる荷物をコンパクトに折り畳んだような感じでしょうか」
「そして私の手のひらにある模様、これがグリフを出し入れするための刻印、早い話が引き出しです、剣なら剣のグリフ、火なら火のグリフを納める事で瞬時にそれらを取り出す事が可能です。また先程のように敵から能力を奪う事でその力を逆に使う事もできます……このように」
ジョーンズ氏が力を込めると手のひらから白く発光する光の玉が現れ、ふわふわとラングの周りを飛び回った後、再びジョーンズ氏の手の中に戻った。
「聞いていると思いますがドラキュラは過去何度も蘇り、その度にその時のベルモンドが対処してきました。しかしその時代に生きていた人々も何もせず手を拱いていた訳ではありません。このグリフもそういった人々が生み出した技術のうちの一つなのです」
ふむ……ジョーンズ氏の話からすると選ばれた者たちだけではなく、一般の人間たちも必死に考えドラキュラに対抗しようとしていたのか……なんだか共感が持てるな、とラングは思った。
「ただ出来れば今の話はあなたの胸の内に留め置いて頂きたい。この力は少しでもドラキュラ討伐の助けになればと思い、過去の文献や失われた技術を私が調べあげ、どうにか現代に復活させた物です」
「ですが教会の中にはそういった錬金術や、魔物の力を利用するといった事に過剰に拒否反応を示す者や、嫌悪感を持ち、見下す者も多いのです。この研究は教会には極秘に行ったものですので……あまりおおっぴらになると私の教会での立場が………」
ジョーンズ氏が目配せする。まあどこの世界にも実利よりも面子を優先する者たちはいるものだ。軍で言うなら敵の兵器や戦術を過剰に過小評価するような連中といった所か。
「わかりました。他言はいたしません。今見たことは忘れます」
ラングの言葉を聞くとジョーンズ氏はホッとしたように微笑み、外していた手袋を左手にはめた。ぶしつけだが興味があったのでもう一つ質問してみる。
「左手の薬指に指輪をされているようですが、ジョーンズさんも結婚されているんですか?」
ジョーンズがキョトンとした様子で答える。
「はあ…私は別に神父というわけではないので結婚していますが……ラングさんも結婚されているのですか?」
ええ実は…と答える。ほぼ初対面の人間にこんなぶしつけな質問をしたのは聖職者が結婚している事に興味があったからだけではない。この異常な状況に対してどんな心構えで挑んでいるのか、この先人に教えを乞い、できれば教訓としておきたかったからだ。
お互いや結婚の事についてたわいない話を少しした後、私事になるが聞いてもらえますか?と、ジョーンズ氏が言う。
「正直な所…私は夫としては失格でしょう……実は妻は身ごもっていて、今月が臨月なのです。ひょっとしたら今頃もう生まれているかもしれない。……なのに私は妻に付き添うどころかこうして仕事を優先してしまっている、それも死ぬかもしれない危険な物だ…………夫どころか人の子の親としても私は………」
ジョーンズ氏の懺悔が始まった。「教会の人間に逆に懺悔されるとはなんだか色々あべこべだな」とラングは思ったが……しかしその内容は決して笑い飛ばせるような物ではない。
「いや、自分も似たようなものです。自分は夫婦になってからまだ日も浅いですが……任務任務の連続で、今まで一体どれだけ一緒にいてやれたか……自分も一般的な夫婦からすれば夫失格です」
やや自嘲的に笑う。「お子さんは?」と聞かれたので「まだです」と答えると二人きりのうちに奥さんを大事にしてあげなさいと諭された。
「ふふ……お互い悩みは同じですか……でも私は後悔はしていませんよ。この仕事がひいては家族を……妻と生まれてくる子を守る事になる。いずれ解ってくれるだろうなどと都合の良い事は言いません。でもそれでも私はどんな手を使ってでも絶対に家族を守る!」
神経質そうな外見とは裏腹に、ジョーンズ氏の言葉に熱がこもってくる。ラングは目の前の男の意外な熱血ぶりに感動すら覚えていた。
「!……オホンッ、お恥ずかしい、少々熱くなってしまいました…………」
ジョーンズ氏が照れくさそうに咳払いをする。
「しかしラングさん、やはりあなたは他人とは思えない………口止め料のようで嫌なのですが、似た境遇の者同士せめてもの贈り物です、受け取っていただけませんか?」
ジョーンズ氏がそう言って取り出したのは随分と古式めいた大きめの拳銃だった。
「アガーテと呼ばれる魔道銃です。グリフの研究と平行して私が作りました」
「使用者の魔力を弾丸に変化させて撃つ物です。魔力との兼ね合いもあるのであまり連続で使用は出来ませんが威力は保障します」
「こんな良いものをもらっていいのですか?高価な物でしょう?」とラングが聞き返すと、
「いえいえ」と首を横に振りながらジョーンズが答える。
「万が一に備えて護身用として携帯していた物です。ただ私にはこの”グリフ”がありますし、偵察要員の私より、実際に戦闘をされるラングさんが持っていた方がよほど良いでしょう」
「見たところ肩に掛けているのは魔力の銃、ならばこの銃を使うのに何の問題も無いはずです。またアガーテにはいくつか別の機能もあります、今簡単に説明しますので、後は実戦で確かめてください」
まだ受け取るとは言っていないのにもかかわらず、いつの間にかジョーンズによる銃のレクチャーが始まった。
「意外と強引な人だな」とラングは思ったが、ここだけの話、有角にもらったシルバーガンを失ってから攻撃力不足を感じていた所だったので、渡りに船とばかりにこの少々一方的な厚意を素直に受け取る事にした。
「助かります、有効に使わせてもらいます」
感謝の敬礼をし受け取る。
「私は向こうの通路から来ましたが、一本道で他に扉もありませんでした。ハルカ達がいるとすれば別の道でしょう、一旦戻った方がいい」
ジョーンズ氏の助言を受け、今来た道を少し戻ることにした。
「くれぐれもハルカを頼みます。あの娘は確かに強いですが、反面弱い部分を隠して強がりを見せるところがある、どうか察してやってください」
ジョーンズ氏が話す、本気でハルカの事を心配しているのだなとラングは思った。
「解りました、留意します。でも自分はあの子に助けてもらってばかりで……どちらが大人か解りませんね」
ジョーンズ氏がはははと笑う、アルカードといい、この人も意外なほど好人物だ。
「では私は任務に戻ります、ハルカの事をよろしくお願いします」
踵を返し戻るジョーンズに、ラングは思っていた事を呼びかけた。
「ジョーンズさん!」
「……はい?」
「あなたは自分の事を失格と言っていたけれど……少なくとも俺はそうは思いません………」
「特に父としてのあなたは!!」
ラングの呼びかけにジョーンズは一瞬あっけにとられていた様子だったが、しばらくしてその意味を理解すると、照れくさそうに微笑み、
「ありがとう」
とラングに答えた。
◆
「随分親しげだったね、何話してたの」
「!!」
ジョーンズの助言通りに来た道を戻り初めてすぐ、最初の曲がり角からハルカがひょっこり顔を出した。
「び、びっくりした……何だそんな所にいたのか!」
不意に少女に話しかけられ、出会いがしらの飛び出しよろしくラングが驚きの声をあげる。
そんな取り乱した様子のラングを全く意に介さず「ユリウスは?」とハルカが聞いてきた。倉庫ではぐれてから見ていないと答える。
「こんなに近くにいるなら出てくれば良かったのに……ジョーンズさんも心配してたぞ?」
ラングがついさっき会ったばかりのジョーンズとのやり取りを簡潔に説明する。しかしハルカは話に興味が無いのか、少しだけ眉間に皺をよせながら何かをじっと考え込んでいる。
「どんな感じだった?」
少女の何とも漠然とした質問にラングは少し困惑したが、感じた事をありのままに伝えた。
「思っていたよりずっと好感の持てる人だったな。それと意外に情熱的でびっくりした。おまけにこんな物まで貰ってしまって……やっぱり返した方がいいかな?」
ラングがつい今しがたジョーンズから手渡されたアガーテをハルカに見せる。しかしそこまで話したところで、それまで黙ってラングの話を聞いていた少女の表情が一変した。
……それは出会ってから今まで自分に対して好意的な表情しか見せなかった少女の……始めて見せる氷のように冷たい蔑んだような視線だった。
少女は大きな溜息を一つつくと、摺れたような声で冷たくラングに言い放つ。
「…………ラングさんってさあ……」
「……ほんッッと、お人好しだよね…………」
少女が唐突に発した脈絡の無い指摘に、ラングはただただ困惑するばかりであった。
◆
「……はぁ……はぁ……あのスケルトンめ……何が”お楽しみいただける”だ……
薬が手に入ったらボコボコにしてやる……」
幻夢宮の長い廊下を、ユリウスは1人息を切らしながら走っていた。
その理由はユリウスの姿を見れば大方の察しはつく。体から女悪魔を轢きつけるフェロモンでも出ているのか、何故かユリウスは執拗に敵に狙われ続け、頬やおでこ、服など体中いたるところに例の女悪魔達のキスマークがついていた。
精神、体力供にすり減らされ、1人になった心細さも加わり、どうしても後ろ向きな考えばかりが頭をよぎる。ユリウスはつい今しがた倉庫でした会話を思い出していた。
「生きて帰る……か、」
ラングにはああ言ったが、ユリウスには帰りを待つ人間は誰もいない。ただ1人の肉親だった母は幼い時に、ジョナサン先生は半年前に死んでいる。青年は天涯孤独の身だった。
「そうだ、この半年ずっと1人でやってきたじゃないか。今更1人になったからどうだっていうんだ」
城に来てからの数時間で随分甘くなっていた自分に喝を入れ直し、ユリウスは1人歩みを進める。
やがて……施設の最奥と思われる行き止まりにぶち当たった。
行き止まりにはこの豪奢な幻夢宮には似つかわしくない簡素な扉が備え付けられている。おそらくここがこの施設の出口だろう。
また魔物の大群に襲われてはかなわないと、これでもかというぐらい辺りを警戒しながら、ユリウスは慎重に扉を開ける。
――途端、青々とした木々の爽やかな香りがユリウスの鼻腔をくすぐった――
ドアを開けた瞬間ユリウスの視界に入ってきた物……それはどこか懐かしい、青い山々を背景に転々と並び建つ、素朴なレンガ造りの家々だった。
「そ……そんな、嘘だ……!!」
ユリウスの体が震え、呼吸が否応なしに荒くなる。目の前に広がる集落の光景……
それは十年以上前、母と供に暮らしていた懐かしい故郷の景色であった。
突然降って湧いた異常な現象に、ユリウスは一瞬我を忘れそうになる……だが、すぐに気を取り直すと腰のヴァンパイアキラーに手を掛け戦いの姿勢をとった。
「……幻覚……か、色仕掛けの次は郷愁を誘おうってのか?汚ねえ真似しやがる……」
目の前の光景に囚われるかと思いきや、逆にユリウスは冷静になっていた。むしろ
自分の大切な思い出を好き勝手に汚された気がして、困惑よりも怒りが先にたった。
「こんな舐めた真似した奴を今すぐとっ捕まえてやる!」
ユリウスはいきり立ちながら辺りを見回す。入ってきた扉は既に無く、周りは360度全てがかつて自分が住んでいた山奥の小さな村だった。ふと目の前に小さな子供の姿があるのに気付く。
子供はユリウスに気付くとすぐに向きを変え、何処かへと走り去ってしまった。
「今のはまさか……お、おい!ちょっと待てッ!」
走り去った子供を追いかけユリウスも走り出す。今のはまさか……いやこれが幻覚だとしたらありえる……だとしたらあの子の行く先に……!
少年の足は意外な程速く、気を抜くと置いていかれそうな程だった。それでも何とかくらいつきやがて見覚えのあるこじんまりとした白壁の家へと辿り着く。建物を見上げ「やっぱり……」と思わず声が漏れる。そこはかつて母と暮らした懐かしい我が家だった。
呼吸を整え……はやる気持ちを抑えながらドアノブに手をかける。落ち着けユリウス……そうだこれは魔物の見せている幻覚なんだ。この先に誰がいようと現実では無いんだ。惑わされるな……そう必死に自分に呼びかけながら……
期待と不安が入り混じりながら、ゆっくりとドアを開ける……目に入ってきたのは素朴な家に相応しいこれまた素朴な木のテーブルと、大きい物と小さい物、大小二つの椅子だった。
「ああ……そうだ……これだ……あの頃と何も変わってない…………」
見覚えのあるテーブルと椅子、そしてその上にはこれまた見覚えのある小さな花瓶に、あの人が好きだった白い薔薇が一輪生けられていた。
やがて……来客に気付いたのか見覚えのある女性が奥の部屋から顔を出す。
その顔を見て頭が真っ白になる……映像も写真も無く、遠い記憶の片隅で消えかかっていた懐かしい顔……
だがユリウスには目の前の女性が誰かはっきりと解った。少しだけキツい目元、ラピスラズリのように蒼い瞳、緩いウェーブのかかった自分と同じ燃えるような赤毛………………
間違いない!忘れるものか!!
「母さん…………!!」
これが罠だという事は解っていた。だがそれでも……10年振りに見た母の姿を前にして、ユリウスは自らを襲う感動に抗う事は出来なかった。
「この城はお前達の隙を狙ってくる」
そんなアルカードの忠告を忘れてしまう程に………………
「ふふふ……久しぶりの親子の再会…………せいぜい楽しんで頂戴…………❤」