悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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記憶の欠片

 

「母さん…………母さんっ!」

 

10年振りに見る母の顔。例え罠でも今だけはそれでいい、一生叶わぬはずの願いが叶ったのだ。ユリウスの顔は喜びのあまりグシャグシャになっていた。

 

だがその喜びもつかの間、母から返ってきた言葉は至極当たり前の事務的な言葉だった。

 

 

「ノックもせず勝手に家に入ってくるなんて……一体貴方は誰ですか!」

 

「え!?あ、いや……俺はただ……」

 

 

 母が眉間に皺を寄せておもむろにユリウスを睨みつける。

この状況をどう説明したものか……まさか「十年後の貴方の息子です」などと言うわけにもいかず、ユリウスは母から受けた質問の返答に窮する。

 

それでもユリウスはしどろもどろになりながらも何とかこの場を誤魔化そうとした。その時――

 

 

「突然お邪魔して申し訳ない……私はジョナサン・モリスという者です」

 

「……ッ!先生!?」

 

 背後から聞こえた声に再度驚愕する。振り返った先にいた声の主……それは半年前に自らが命を奪った師、ジョナサン・モリスその人だった。

 冷静になって観察すると母の視線が少し自分から逸れている事に気付く。先程の母の詰問は自分ではなく後ろにいるジョナサンに向けられた物だったようだ。

……どうやら二人にはユリウスの姿が見えていないらしい。まるで目の前にいる自分を無視するかのように二人の会話は続く。

 

 

「ようやく探し当てましたよ奥さん……いや ”アレリア・ベルモンド” さん……」

 

「――――!!」

 

 ジョナサンの呼びかけに母の顔色が一瞬で変わる。しばし思い詰めたように沈黙した後、

母は無言で来客用の椅子を1脚出すと、目の前の老人に座るよう促した。

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に申します。お子さんを私に預からせて欲しい」

 

 

師の口から出た言葉に、只でさえきつめの母の眼がより一層厳しくなる。

 

 

「あなたもご主人から聞いて知っている筈だ……。1999年……今からおよそ10年後にドラキュラが蘇るという予言を……」

「奴を倒すにはベルモンドの血を引く者……つまりあなたのお子さんの力がどうしても必要なのです、どうかお子さんを私に預からせて欲しい……」

 

「そんな……あの話はあくまで予言でしょう?絶対に復活すると決まったわけじゃない……

それにあの子はまだ7つと少したったばかり……戦うなんて……」

 

「もう7つです。ヴァンパイア・ハンターの修行を始めるのは物心ついた頃から始めるのが普通。今からでは遅いくらいだ」

 

 

 師が律するような口調で説明する。よくあんな感じで怒られたな……と、ユリウスはかつての修行時代を思い出し、感慨に浸っていた。だがこの辺りから会話の雲行きが少しずつ怪しくなってくる。

 

 

「…………あの子に……夫と同じ道を歩ませろと……?」

 

「…………ご主人の話は聞いています。あなた方二人をドラキュラの手の者から守るために自らを犠牲にしたと……。だがだからこそ、同じ不幸を繰り返さないためにも今のうちにご子息に訓練を施し、この鞭を受け継いで貰わなければならないのです」

 

「本来ならこの鞭は御主人に託すつもりでした。だが今となってはそれも叶わない……ドラキュラが復活したら世界が危機に陥る。どうか……どうかご決心頂きたい!」

 

 

初耳だった……母は父の事をほとんど話さなかったので、ユリウスは父が死んだ理由を今初めて知った。

 

 

「都合のいい嘘は言わないでください……ようは自分達の代わりに戦ってくれる者……面倒な生贄の役をあの子に押し付けようとしているだけじゃないですか!そんな事できるわけがない!大体そんなにドラキュラと戦いたければ貴方自身がやればいいッ!」

 

 

「―――出来る物ならならやっている!私にはもう時間が無いんだッ!!」

 

 

 突然ジョナサンが苛立った声をあげ、思い切りテーブルを叩いた。その衝撃で花瓶が倒れ、零れ出た水と供に薔薇が床に落ちる。……狭い家の中に水滴のしたたる音だけが響く。

 

 

 

 ジョナサンの凄まじい形相にユリウスは衝撃を受けていた。10年以上供に暮らしていたが、師のあんな鬼気迫る表情や態度は見た事が無い。ふと中庭へと続く扉の影に、さっき外で見かけた少年の姿が見えた。

 

「! ユリウス!あっちへ行っていなさいッ」

 

母の怒号が飛び、幼いユリウスと思われる少年はすぐにその姿を消した。

 

「彼がユリウス……ベルモンドの血を引く者か…………」

 

「帰ってください……望まぬ宿命の為に夫は死んだんです……ここだってあちこち逃げ回りながらやっと辿り着いた秘密の場所……それでさえ必死に息をひそめて生活しているんです。もう私達に関らないでください……放って置いてください……お願いします……」

 

母が消え入りそうな声で懇願する。どうしてやる事もできないもどかしさに、ユリウスはギリリと奥歯を噛んだ。

 

「……例え私が諦めたとしても奴らはあなた方親子を放っては置きませんよ?必ず近いうちにあなた方を……ユリウスを殺そうとやってくる……今まで何事も無かったのが奇跡です」

 

師の説得にも母は答えない。やがてジョナサンが静かに口を開く。

 

「…………解りました。私も一度や二度の説得でどうにかなるとは思ってはいません。

また……日を改めて出直してきます…………」

 

帰り際、ジョナサンは窓越しに部屋を覗く小さな影にニッコリと笑いかけると、静かにドアを開け部屋から去っていった……

 

 

 

 

 

 母だけが残る部屋の中、ユリウスは気の抜けたようにただただ呆然とするばかりだった。

父の死の真相……母と師のやりとり……今目の前で見た事全てが真実だとは限らない。だがただの幻と切って捨てるにはリアリティがありすぎる。

 

 こんな物を見せて敵は一体何を考えているんだ?見えない敵の読めない行動にユリウスは困惑した。ひょっとして例のスケルトンの仕業かと思ったが、奴だったらもっと直接的に行動して自分を追い詰めるはずだ。恐らく奴ではない。

 

 妙にあのスケルトンの事を理解し始めている自分に若干嫌気がさしつつも、ユリウスは目の前のテーブルに座っている母の顔を改めて見る。

 

 

 10年ぶりに見る母の横顔は、ひいき目に見ても若く美しかった。だが母はジョナサンの来訪がよほど堪えたのか、頭を抱えたままテーブルに突っ伏している。

 姿が見えないながらもどうにかして母を励ます事ができないか……ユリウスは震える手で恐る恐る母の肩へと手を伸ばす……が、慌ててその手を引っ込めた。さっきの少年……子供時代のユリウスが母の下に駆け寄ってきたからだ。

 

 幼いユリウスは心配そうに母の側に寄り添うと、母を励まそうとしているのか必死に足を伸ばし頭を撫でようとする。

 

 そんな息子の意地らしい姿に感極まったのか……それともこれから起こる避けようの無い別れを予見してか……母は少年を抱きかかえると、その小さな体を精一杯強く抱きしめた。

 幼いユリウスは苦しいと必死にもがくが、母はその力を緩めない。

……その目に光るものがあるのをユリウスは気付いた。

 

 

 実の母と自分自身でありながら何故かその仲に立ち入ってはいけない気がして……

ユリウスは二人に背を向け無言で外に出る。

 

 

 

 

 

 

…………が、家を出た瞬間、目の前の光景が突如オレンジ色に変わった。

 

 

 

 外はいつの間にか夜。しかし辺りはまるで真昼のように明るい。オレンジ色の炎が家々を……懐かしい故郷を焼いていた。

 

 慌てて家の中に戻る!そこに居たのは燃え盛る炎の中、鞭を手に立つジョナサンと、

幼いユリウスを抱え跪く母だった。

 

「あなたは……!何て事を……ッ」

 

母が必死の形相で訴える。ケガをしているのか額には血の跡があり、抱えられたユリウスは気を失っているのかピクリとも動かない。

 

「許してくれとは言わない……だが世界の為なのだ……」

 

師が悲痛な面持ちで冷たく母に言い放つ……やがて師は母に向けゆっくりと鞭を振りかぶり……

 

 

「やめろォッ!!」

 

ユリウスが母を庇おうと間に割って入る!……だが振り下ろされた鞭はユリウスの体をすり抜け、母の体を無残にも引き裂いた。

 

 

「ユ……リ…………ウ…………――――」

 

 愛する我が子の名を言い切る事さえ許されず、血まみれの母はそのまま事切れる。

ジョナサンは無言で幼いユリウスを抱きかかえると、さっきと同じように何も言わず部屋から出て行った……

 

 

炎が赤々と燃える中、ユリウスは放心したようにその場に立ち尽くす。

 

 

火を放ったのも……母さんを殺したのも……先生…………?

 

俺は……親の仇に今まで育てられていたのか………………?

 

嘘だ……嘘だ……

 

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ

 

 

ユリウスの目の前が……真っ暗な闇に閉ざされた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”葉を隠すには森”って言うけれど、嘘を隠すにはその逆。真実の中に隠し味でほんのちょっとだけ”嘘”をまぜるの❤」

 

 

 殺された筈のユリウスの母がムクリと起き上がり、その姿を蝙蝠の翼をもった悪魔へと変える。

 

彼女の名は”夢魔リリス”。今までユリウスが体験していた記憶、その全てはこの夢の世界を操る悪魔が仕組んだ罠であった。

 

 リリスは精神が崩壊したユリウスを新しいオモチャでも見るかのように愛で始める。

 

「この子どうしよっかなァ……❤」

「よく見れば意外と美形だし……このままあたしだけのお人形さんにしちゃおうか……?」

 

「それともこの記憶を持たせたまま元の世界に帰して疑心暗鬼にさせちゃおうか……きっと誰も信じられなくなって仲間達とも喧嘩別れ……想像しただけでゾクゾクスル……♪」

 

 

 リリスがクスクスと小悪魔らしい怪しげな笑みを浮かべる。だがその嘲笑を吹き飛ばすかのように突然ユリウスが甲高く大きな、そしてなにより不気味な笑い声をあげた。

 

 

「あっちゃー……、こりゃ完全に壊れちゃったかな?この位でおかしくなるなんてベルモンドの末裔ってのも意外と大した事ないなァ………………………………捨てちゃうか」

 

 リリスが狂ったように笑い続けるユリウスを残念そうに見つめる。いくら価値のある人形でも壊れた物に興味は無い。少々もったいないが城のゾンビ共にでもくれてやるか……

 そう考えていた時だった。不意にユリウスの笑い声が止まり、刹那、銀色の閃光がリリス目掛けて薙ぎ払われる!

 

「………………ッ!?」

 

 リリスは瞬時にその姿を小さな蝙蝠へと変え、何とか鞭の攻撃を凌いだ。だが目の前の壊れかけの人形が放った鋭い一撃に目を疑う。こいつ……狂った振りをしてたのか?と……

 

 ユリウスはそんな夢魔の思考を知ってか知らずか、頭を垂れ、うなだれたまま何かブツブツと呟き始めた。

 

 

「ハハ……ハ……う……そ……だ…………」

 

「嘘だ……そんな訳あるか…………先生が……母さんを殺して俺を攫っただと…………?」

 

「そんな訳あるか……そんな訳あるか……ジョナサン先生がそんな事するもんか……ッ!」

 

 

「………………おいお前…………嘘だと言え…………言ってみろォッッ!!」

 

 

正気に戻ったのか……それとも狂ったままなのかは解らない。だがユリウスは明確な殺意を込めた瞳で目の前のリリスを恫喝した。

 

 

「ハァ!?何コイツ……頭イカれてんじゃないの? もういいや、アンタなんか興味無いわ」

 

 

リリスは目の前の青年の不可解な言動に軽蔑と侮りの言葉を投げかける。

ふと、ここでリリスの脳裏にある悪巧みのアイデアが閃いた。

 

 

「アタシ知ってるんだよ?あんた下界でサキュバス達に随分可愛がられてたみたいじゃない。ウブな坊やには刺激が強すぎるかもしれないけど……お姉さんがサービスしてあげる❤」

 

女悪魔は自らを覆っていた衣を脱ぎ捨てると、一矢纏わぬ姿をユリウスの前に曝け出した。だがユリウスは夢魔の裸体に何の反応も示さない。

 

「ふぅむ……ひょっとして襲われすぎて逆に大人の女がトラウマになっちゃった?それならこれでどーお?」

 

リリスが今度は年端もいかない少女に姿を変える。しかしユリウスの表情に変化は無い。

 

「まさか女自体に興味が無くなったとか……?もしかしてこっちの趣味に目覚めちゃったかな?」

 

次は筋骨隆々、見るからに逞しい男性になった。だがやはりユリウスは無言のまま目の前の敵を見据えている。

 

「コレもダメぇ……?……と、いう事は……やっぱり……………❤」

 

リリスはいやらしい含み笑いを浮かべると、三度その姿を変える。

その姿は体の左半分が母、右半分がジョナサンという、奇怪で醜悪なアンドロギュノスだった。

 

「ハハハハ!どーお?これなら不感症の坊やでも反応するんじゃない?なにしろ大好きなママと先生が文字通り合体しちゃってるんだもん♪マザコンでファザコンの変態には勃起もの……」

 

リリスがそこまで言いかけた時、音も無く一筋の閃光が走った。自身の体の違和感に気付き夢魔が自身の右手にそっと目をやる。

 

「……………………?」

 

 

 

 

 

「ッッ!?ギャアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

途端、怪鳥を思わせるけたたましい叫び声が鳴り響く。音速……いや光速を超える程のスピードで払われたヴァンパイアキラーの一閃は、リリスの右腕をまるで鋭利なカッターの如く切断していた。

 

 

「……その姿で汚い言葉を吐くな……殺すぞ」

 

ユリウスらしからぬ冷酷で粗暴な言葉が夢魔に向かって放たれる。

 

「な……!?ほ、本当に何も見えなかった……、一体いつの間に攻撃を……!?」

 

血だらけの右腕を押さえながらリリスが困惑する。だがそんな夢魔を追い詰めるように、ユリウスがリリスに向かって静かに告げた。

 

 

「テメエは……テメエだけはドラキュラよりも許せねえ……先生を、母さんを弄んだ罪……

 

……………………()()ですむと思うなよ?」

 

 

今までの激情が一変、ユリウスの目が冷たく光る……

不気味な程落ち着いたその口調に、夢魔の体を言い様のない悪寒が這いずり回っていた……

 

 

 

 

 

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