悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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師の想い

 

”バジイイイィィィッ!!”

 

 二本の鞭が重なり合った瞬間、凄まじい衝撃波が辺りの空気を震わせる!

ユリウスは青年の繰り出したヴァンパイアキラーの攻撃が当たる直前、ギリギリの所で防ぐ事に成功していた。

 

「さすが腐ってもベルモンドの末裔、鞭の扱いは一歩譲るか……だがショータイムはまだまだこれからだぜ!」

 

 青年は鞭の奇襲が防がれるやいなや、後方に飛んでユリウスから一定の距離を置く。一方ユリウスも多少分のある鞭の射程に青年を捉えようとすぐさま後を追う。だが――

 

「ぐッ!?」

 

一歩踏み出した瞬間、突如足に鋭い痛みが走った!

 

「これは……苦無(くない)!?」

 

 いつの間にくらったのか、ユリウスの太腿には短剣状の暗器が深々と突き刺さっていた。しかも暗器に気をとられ視線が下を向いた一瞬の隙に、青年の電光石火の一撃がユリウスを襲う。

 

「がァッ!?」

 

 地面を向いていたユリウスの視界が強制的に上空を見上げさせられる!青年が放った飛び膝蹴りはユリウスの顎にクリーンヒットし、頭蓋の中の脳髄を根底から揺さぶった!

 

「(……早い!まるで対応できない……ッ!)」

 

 脳みそを揺さぶられ混濁する意識の中、それでもユリウスの頭脳は目の前の敵を何とか

分析しようと懸命に回転していた。

 

 

 ――実際の所、青年の攻撃をユリウスは経験からある程度予測出来ていた。

距離が開けば飛び道具を、隙が出来れば体術を仕掛けて来るであろう事も解っていた。

だがユリウスの身体能力を持ってしても反応が追いつかない、来るコースが解っていてもその球威で捻じ伏せられてしまう。

 

”全盛期の師の力とはこれほどの物だったのか……!”

 

ユリウスは今更ながら師の大きさをその身で痛感していた。

 

 

 だが一方的にやられたままでユリウスも終われない、ぎりぎりの所で意識と体を繋ぎとめると青年から距離をとり、気取られないよう”色即是空”の印を結ぶ。タイミングの良い事に青年は武器を鞭に切り替えたようだ。この距離なら術が始動する前に攻撃されても敵の攻撃は届かない。

 

ユリウスは敢えて大きく隙を晒し残像によるカウンターを狙った!だが……

 

 

「ガハッ!!」

 

 

 ユリウスの体が残像へと変わる間際、鎖に繋がれた鉄球がユリウスの腹を抉った。

かろうじて繋ぎとめておいた意識の糸がぷっつりと切れる。

 

 

「俺は鞭よりも暗器(こっち)の方が得意なんだぜ?忘れちまったのか?」

 

 

 鞭よりも遥かに長い鎖鉄球を手元に引き寄せながら青年が呼びかける。

しかしユリウスからは何の反応も返ってこない、どうやら完全に気を失ってしまったようだ。……それでも何とか倒れずに耐えたのはさすがベルモンドといった所だったが……

 

 

「……色即是空はその時の精神状態に直に影響を受ける技。心が乱れた状態で出しても何ら意味を成さない。散々教えたはずだが……残念だよ、ユリウス……」

 

 

 青年がやりきれないといった表情でユリウスの顔を見る。かろうじて眼は開いているが焦点は合っておらず、その光は失せている。

 

 

 ユリウスを見ながら青年は考える……50年前と比べ、この城の魔力は比べ物にならない程に上がっている。もしユリウスが今の中途半端な力で挑めばまず間違いなく返り討ちに……いや、最悪の場合かつてのベルモンドと同じように闇の配下に堕ちてしまうかもしれない。

 

 

「許せ……我が弟子よ……」

 

 

 青年は悲痛な面持ちでヴァンパイアキラーを握り締めると、一歩一歩踏みしめるようにユリウスに近づいていく。やがて鞭の威力が最も生かされる間合いまで辿り着くと、青年は静かに瞑目し、ユリウスに向け断腸の思いで鞭を振り下ろす!

 ……が、正に鞭がユリウスに当たろうかというその瞬間、陽炎のようにその体が揺らぎ、

青年の鞭はユリウスの体をすり抜け足元の石畳を砕いてしまう。

 

「ッ!? ……これは色即是空!?バカな!気を失って出来るような技じゃ無いぞ!」

 

予想外の現象に今日初めて青年がうろたえる。ふと目の前の男の異変に青年は気付いた。

 

 

「しき…………くう……なり……」

 

 

 ユリウスは立ったままうわ言のように何かを呟いている……

”まさか本当は気を失ってないのか?”青年は改めてユリウスを確認したがやはり完全に意識は無いようだ。

 

一体どういう事なのか……青年は真偽を確かめるため注意深く近づき、聞き耳を立てた。

やがてユリウスの声が次第にはっきりしてくる……

 

 

 

「……色(しき)即(すなわち)是(これ)空(くう)なり……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、それはどんな意味なんですか?」」

 

 快活そうな赤毛の少年が傍らの老人に尋ねる。先生と呼ばれた老人は水筒の水を飲むのを中断すると、少年の問いかけに答えた。

 

「何度も言っただろう。色は全ての形ある物、空は実体の無い物。この世の全ての物は常に変わり続け、変わらない物など無いという事だと」

 

 だが少年は老人の説明を受けてもどうも腑に落ちない様子だ。

 

「むぅー……よく解りません……」

 

少年はそう言うと師と同じように手元の水筒に口をつける。

 

 

 

「…………実の所私にもよく解らんのだ」

 

 師のぶっちゃけた発言に少年が口に含んでいた水をおもいきり吹く。

咳き込みながら思わず師の顔を見返した。

 

 

「というよりこの言葉は人によって解釈が変わるのだ。ある人は

  色=現実  空=理想、

つまり人間が理想と現実の狭間で揺れ動く様を表わした物だと言う」

 

「またある人は一見関係の無い物が実は全てが繋がっている……それを表現した言葉だと説き、また別のある人は陰と陽……相反する二つの事柄が溶け合った理想の状態を指す言葉だと説く」

 

 

「解釈は人それぞれだ……ひょっとしたら人によって様々に形を変えるこの現象こそが

”色即是空”という物なのかもしれないな」

 

 「??????」少年の頭に?マークがいくつも浮かぶ。少年は師の言葉を聞いた事で、

かえって混乱してしまったようだ。

 

「フフフ、悩め悩め。どうせ答えなどそう簡単に見つからん。私も色々考えたが結局真実には辿り着けず、この技を極める事も出来なかった」

 

「!」

 

 その時師の口からかすかに笑い声が漏れた。初めて見る師の笑顔に少年の「?」マークが「!」マークに変わる。……だがやはり気のせいだったのか、師はいつもの難しい顔のまま話を続けた。

 

「……ただしな、ユリウス。この技はただ単に技術を磨けばいいという物では無い。

実体を希薄にしながら自分を見失わない為には揺るぐ事の無い真の心の強さが必要だ。いつか……お前が自身の中でその答えを見出した時、この技は完成するのかもしれないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……意識と無意識……、自我と無我……、静と動……、心と体……、

相反する二つの事柄を……流れるように……自然が移り変わるように変化させる……

これすなわち色即是空の境地なり……」

 

 

 ユリウスが呟いていた文句。それはかつて自らが色即是空を伝授する際に教えた

心のあり方を示す言葉だった。

 

 

「半分気を失ったおかげで理想的な精神状態になったというのか?……だがこれはある種の

まぐれ……目を覚ませば元の木阿弥……そんな不確定な物実戦では役に立たない……」

 

 

 青年は眉間に皺を寄せ、目の前のユリウスを見つめている。だがまもなく結論を出したのか、鞭の威力が最も生かされる位置まで再び飛び退いた。

 

「もし今のがまぐれでないというなら……我が鞭の一撃、もう一度かわしてみせろ!」

 

事の真偽を確かめるべく、渾身の力を込め再び青年は鞭を振り下ろした……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………俺は……一体!?」

 

 ユリウスの意識が完全に覚醒したその時、視界に飛び込んできたのは呼吸を荒げ、

血の滲んだ胸を押さえている青年の姿だった。

 

「な……何だ、何があったんだ?俺がやったのか!?」

 

 意識が戻った途端目の前に広がるありえない光景。ユリウスはこの急転直下の事態を全く信じる事が出来なかった。だが前方に突き出した右手には目新しい血のついたヴァンパイアキラーが握られている……間違いなく自分がやったのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……、やはり……お前の中にはとんでもないバケモノがいる……俺が現界している間に何としてもコントロール出来るようにしなくては……」

 

 息も絶え絶えに青年はそう呟くと、静かに目を閉じ、脇をしめ両の腕を腰の辺りに据えた。

 

「あれは……ッ!」

 

 その構えを見てユリウスの疑念は確信へと変わる。青年の取った構え、それは師が生前得意とした彼にしか使えない必殺の奥義、”音速の連撃” その物だったからだ。だがユリウスの驚きはそれだけが理由ではない。あんな大怪我をしている体であの技を撃てば、間違いなく師は――

 

 

 

「……死ぬというのか?」

 

 自分の心を見透かしたような師の発言に、ユリウスの心臓が”ドクリ”と脈打つ。

 

「……仮に俺がお前の予想通り、ジョナサン・モリスだったとして……それが今の状況に何の関係があるんだ?今お前が考えている事を当ててやろうかユリウス。大方「夢の中とはいえもうこの手で師を殺めたくない、どうにかして師を救う手立てはないだろうか」……そんな所だろう?――甘ったれるなッ!俺に同じ事を二度言わせる気か!!」

 

「無意識のお前は出来たのだ!ならば今度はお前の意志でやるのだ!

どうしても出来ないと言うならば…………せめてもの情けだ、俺が引導を渡してやる……!」

 

 

 師が拳を握り、全身に魔力を溜め始める。

…………本気だ、この人は本気で自身の魂と引き換えにあの技を撃つ気だ!出血は増々勢いを増し、師の足元に文字通り大きな血溜まりを作り上げていく。

 

 

「逃げられない……逃げたら……師と、自分を信じてくれた師の想いをガラクタのようにドブに投げ捨てる事になる……!」

 

 ユリウスはヴァンパイアキラーを握ると、ゆっくりと迎撃の態勢をとった。

師と同じように呼吸を整え、足のつま先から頭の天辺まで……朝、初めて飲む一杯の水が体の隅々まで染み渡るように……体全体に気をめぐらせる。

 目の前の師の覚悟が場の空気を伝わり伝播したのか……ユリウスの感覚はかつてない程に研ぎ澄まされていた。

 

 

「腹はくくれたようだな……」 青年が”ニヤリ”と笑う。

 

 

 

 

 

「これが……俺がお前にしてやれる最後の教えだ!受け取れえええェェ――ッ!」

 

 

 師が絶叫と供にその姿をかき消し、乱流の如き斬撃がユリウス目掛け襲い掛かる!!

 

 逃げるな! 目を逸らすな!! 師の想い……受けきってみせるッ!!!

 

 

「うおおおオオォォォ――――――ッ!!」

 

 

 ユリウスは鞭を握り締めると、自らを飲み込もうとする乱流に向かい一気に振りぬく!

 

 

 

――――刹那、二つの影が交差する――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはッ!!」

 

 膝をつき、崩れ落ちる体。ユリウスの体に無数の赤い裂け目が浮き上がり、霧のような鮮血が宙に飛んだ。赤茶けた血濡れのコートがさらに赤く染まる。

 

 一方……青年はユリウスに背を向けながら立っていた。うずくまったまま微動だにしないユリウスの方へゆっくり振り返ると、静かに笑いながら語りかける。

 

 

 

「やっぱり……強いよお前は…………」

 

青年は子の成長を喜ぶ親のように満足な笑みを浮かべ……やがて音も無くその場に崩れ落ちた……

 

 

 

 

 

 

「…………今の感覚は何だったんだ……?」

 

 ユリウスは膝をつきながらも自身を襲った不可思議な感覚にその身を震わせていた。

 

 師の斬撃は確かにユリウスの体を切り裂いた、だがどの傷も霞を斬りつけたかのように浅く、しかも急所と呼べる場所は全くの無傷だった。師が外した訳ではない、音速の連撃は間違いなくユリウスに向けて放たれていた。だが何故かその攻撃はユリウスの体には届かなかったのである。

 

 師との無限とも思える戦いの疲れで余計な力みが抜けたとも、自身の眠れる力が呼び覚まされたとも、幾らでも理由をこじつける事はできた。だがやはりどれも微妙に違う……気がついたときには師の攻撃をすり抜け、鞭を振るった後だった……正に無心の一撃。それなのに何故かその間相手の動きが手に取るように解った……

 

言葉ではどうやっても言い表せない……だが確実な”何か”をユリウスはその手に掴んでいた。

 

 

 

 

 

「……お~い……感動してる所悪いがいい加減起こしてくれ……1人じゃ立てねえ……」

 

 気の抜けたような青年の声に我に返る。ユリウスは慌てて青年の下に駆け寄ると、一年前と同じように師を抱き起こした。

 

 

 

「……荒療治だったが何とかうまくいったようだな。今の感覚……忘れるんじゃないぞ?とは言えまさか二度もお前に倒されるとは……少しは手加減しろよまったく」

 

 青年が抱きかかえているユリウスの顔を見ながらニヤリと笑いかける。

 

「やっぱり……!あなたは先……」

 

 ユリウスがそこまで言いかけた所で、青年がおもむろに口止めをした。

 

「よせ……お前は俺を完全に超えたんだ。いいか?”守・破・離”って言ってな、

 

師の教えを最初は”守る”

力がついてきたら敢えて”破る”

そして最後に師の教え自体から”離れる”んだ。

 

お前は師を”破った”んだ、いつまでも俺の後ばかり追うんじゃない、自分の道を見つけ、そしてその先に進むんだユリウス……」

 

 

……ユリウスは師の言葉を神妙に聞いていた。だが

 

 

「それに今の俺は一応18なんだからな?お前より若いんだからな?そこんとこ忘れるなよ?」

 

 

 死にかけてるというのに平気で冗談を飛ばす師の態度に、さっきまでの神妙な面持ちは何処へやら、ユリウスは苦笑いを浮かべるしかなかった。本当に同一人物かと疑うほど、目の前の青年は生前の師とは雰囲気がまるで違っていた。

 

 

「まあ……年を取ると色々あるのさ。お前もそのうち嫌でも解るよ」

 

 青年が自嘲気味に続ける。

 

「本当は……お前にはもっと楽しい事や、色々な事を体験をさせてやりたかった……けど、そんな時間はもう残って無かったんだ。だからせめて宿命から生き延びられるように……全てが終わった後で今までの人生を取り戻せる事を願って………いや、それでもお前の人生を奪っていい理由にはならないな……もう少し俺がうまくやっていれば…………許してくれ、ユリウス……」

 

 

「そんな事は無い!先生はッ」

 

 ユリウスがそんな師の言葉を必死に否定しようとする。が、途中まで言いかけた所で

言葉がつまった。師の体が薄っすらと消え始めていたからだ。

 

「やれやれ……文句の1つでも言ってくれよ。俺の前では妙に良い子なんだよなあ……お前は」

 

 師が震える手でユリウスの頬を伝う物をそっと拭う。

 

大丈夫(ノープロブレム)。 俺でも出来たんだ、お前なら……絶対にやれるさ…………

 

……………………死ぬなよ、ユリウス……」

 

 

 師は優しく微笑みかけながらそう言い残すと……

やがて淡い光の粒となってユリウスの手から消えていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 師が消えてしまった後、ユリウスはしばらくの間物も言わずうつむいていたが、

やがておもむろに立ち上がると辺りを見回し始めた。

 

 目的の人物は家の影に体を隠しながらこちらを覗きこんでいた。

夢魔はユリウスの事がいまだ信じられないのか目の前のヴァンパイアハンターを

恨み半分、恐れ半分で見つめたまま物陰から出てこようとはしない。

 

 ユリウスはそんな夢魔を見て「フゥ」と溜息を一つつくと、

警戒をほぐすように出来る限り穏やかな口調で話しかける。

 

 

「そう警戒するな、先生が命は助けるって言ったんだ。約束は守るよ。……ただひとつだけ聞きたいことがある。お前が俺に見せた幻覚、あれは何処までが本当にあった事なんだ?」

 

 

 不意の質問に夢魔は一瞬ビクついたが、ユリウスにもう殺意が無い事が解るとホッと胸を撫で下ろし、のそのそと家の影から出てきて説明を始めた。

 

 

「……アンタが最初に部屋を出て行くまでの事は全部本当。アンタの記憶をそのまま使ったのよ。でもその後の記憶はなんて言うか……黒いモヤみたいな物が邪魔してアタシでも見れなかった。だからその後は全部アタシの捏造よ」

 

 

「……そう、か……」

 

 

 夢魔が少しだけ震えた声で話す。できるなら今すぐにでもこの場から立ち去りたいといった顔だ。

 一方、夢魔の説明を受けたユリウスは幾分安心したような顔を見せたが、やがて何か

思い詰めたようにじっと考えこんでしまった。

 

 夢魔はユリウスの注意が自分に向いていない事を確認すると、今がチャンスとばかり

そそくさとユリウスの前から遁走を試みる。だが……

 

 

「待て」

 

「ひっ!……ま、まだ何か用ッ?」

 

 

 夢魔の体が飛んでもいないのに大きく跳ねる。ヴァンパイアハンターからはそう簡単に逃げられない。案の定ユリウスに呼び止められ、リリスの逃走は失敗した。ただ意外にも、ユリウスがかけた言葉は彼女の予想していた物とは180度真逆の物だった。

 

 

「そんなにビクつくなよ…………その、なんだ、はっきりいってお前の事は正直まだ許せないし、心の底から憎いが……先生や母さんに会わせてくれた事だけは礼を言う。

…………ありがとう、な」

 

 

 ほんの数分前まで自分を殺そうと悪鬼のごとく襲い掛かってきた男からかけられた感謝の言葉に、リリスの脳内はしばし時が止まったように停止する。だがすぐに我に返ると、若干赤くなった顔を膨らませユリウスに向かって叫ぶように話し始めた。

 

 

「べ、別にアンタを喜ばすためにやったんじゃ無い!大体今更お礼なんて言われたってこっちは嬉しくもなんともないのよ!アンタなんか伯爵様にボッコボコにヤラれちゃえばいいんだ!!大ッ嫌いだ!べーッ!!」

 

 リリスは舌を大きく突き出し、何とも古典的な悪態をユリウスに向けて口走った後、翼を広げ何処かへと飛び去ってしまった。

 そんな夢魔の子供じみた態度にユリウスは片眉を上げ、何ともいえない表情を浮かべる。それでもユリウスは次第に小さくなっていくリリスの後ろ姿をただ静かに見つめていた。

 

 

 

 

……1人夢の世界に残されるユリウス。故郷の懐かしい風に吹かれているうち、

ユリウスを優しいまどろみが襲う……

 

意識が途切れる間際……ユリウスは楽しげに手を繋いで歩く、仲の良い母子の姿を見た気がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「…………リウ……ス……、…………おい!ユリウス!しっかりしろッ!!」

 

 耳元で響く聞き覚えのある声に目を覚ます。目の前には切羽詰ったラングの顔と、

心配そうにこちらを覗き込むハルカの姿があった。

 

 寝ぼけまなこで辺りを見回す。周囲は絢爛豪華な壁と天井に、それらとは似つかわしくない簡素な扉。 …………はて?自分はあの扉を開けて先に進んだはず……何で自分はまだ此処にいるのだろう? ユリウスは自分の身に起きた事態がさっぱり掴めずにいた。

 

「こんな所で倒れているなんて……敵に襲われたのか?しかしよく今まで無事だったな……」

 

 ラングの言葉を受け念のためおかしい所がないか一通りチェックする。

幸い何処も怪我はしていない……というか何故かデスに喰らった傷まで何事もなかったかのように治っている。不思議な事もあるものだとユリウスは首をかしげた。

 

――そもそも何故自分はこんな所で眠ってたんだ?何か恐ろしい目にあったような気がするが……頭がぼんやりとしてどうにも思い出せない。それ以外にも何か……何かとても大事な事があったような気がするのだが……

 

 ふと、腰のヴァンパイアキラーに何か今までにない力が宿っている事に気付く。それはとても暖かく、何処か懐かしい気持ちにユリウスをさせてくれた。

 

何故だろう?不思議な事に何も思い出せないのに見ているだけで自然と力が溢れてくる……

それはまるで孤独の中、親しい友人と久しぶりに再開したような……心休まる気持ちにユリウスをさせてくれた。

 

1人鞭を眺めながら微笑んでいるユリウスを見て、ラングとハルカが思わず顔を見合わせる。

 

 

「ユ……ユリウス?お前本当に大丈夫か?もう少し休むか?」

 

「う、うん、そうだね。無理しない方がいいよユリウス!」

 

 

 ラングとハルカが眉を顰め、あからさまにユリウスを気遣う言葉をかける。

だがユリウスは晴ればれとした笑顔を見せ立ち上がると逆に二人に告げた。

 

 

「いや、なんでもない(ノープロブレム)。 さあ行こうか!アルカードが待ちくたびれちまうぞ!」

 

 開口一番、ユリウスはドアを開け意気揚々と錬金棟へと乗り込んだ。そのあまりの快活ぶりに残された二人はしばし呆然としていたが、まあ元々あんな物かと思い直し、ユリウスの後を駆け足で追いかけた。

 

 

 

 ……夢の世界での記憶はユリウスの頭の中から綺麗さっぱり消え失せていた。

だが託された”想い”までは消えてはいない。何があったかなどもうどうでもよかった。

師の想いを胸に抱き……ユリウスは再び前を向いて歩き出した。

 

 

 

 

 

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