悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
「賢者の石……?小説とかに出てくる何でも願いを叶えるっていうアレか!?」
サンジェルマンの口から飛び出たその単語に、思わずラングが驚きの声をあげる。マリアが読んでいたハリーなんとかいうイギリスの児童小説が、確かそんなタイトルだったからだ。
自分はざっとしか読んでいないが、小説では他の物質を金に変えるとか、永遠の命を与えるとか、大体そんな代物だった気がする……そんな夢のような物が実在し、あまつさえ目の前の老人が持っているなど、ラングには到底信じられなかった。
「それは物語用に誇張された話です。実際の賢者の石はそんな大それた物ではありませんよ。まあ確かに”永遠の命を与える”という点は当たらずとも遠からず……といった所ですが」
サンジェルマンはオホンと咳払いを1つすると、さももったいぶった口調で話し始めた。
「”強大過ぎるドラキュラ伯爵の生命力の一部を、特殊な技で石の中に封じ込めた物”
それが世間一般で賢者の石と呼ばれている物体の正体です」
「ドラキュラの……一部!?」
このサンジェルマンという男、さらりととんでもない事を言いやがった。ドラキュラの力が一体どの様な物か具体的には解らないが、少なくとも人間に対し有害なのはこの城のバケモノを見れば察しがつく。もし奴の言う事が本当ならば願いが叶う夢の石どころか核爆弾以上の危険物だ。
振り返れば、ユリウスもハルカも同じように驚きを隠せないでいるようだった。特にハルカの方から何か得体の知れない凄みの様な物を感じる。
「賢者の石は元々私が作り、厳重に管理、保管していたのですが少しばかり前にそこにいる知人に奪われてしまいまして。御恥ずかしながら非力な私では取り返す事も出来ず、あなた方のお力を借りたいと色々策を弄した次第でして……ハイ」
サンジェルマンが髭を撫でながら事に至った経緯を説明する。しかし説明が終わるや否や彼の
言う”知人”が声を荒げて反論を始めた。
「ハッ!わざわざ直接姿を現したかと思えばやはりそんな事か!だがなサンジェルマン、元々この石の力は伯爵様の物。何より私を認めなかった人間達への復習のために絶対に必要な物……ッ!
そこにいる神の下僕どもに…………奪われてたまるかァッ!!」
カリオストロと呼ばれた老人は額の血管が千切れんばかりに激昂すると、手術台の上の女性を
乱暴につかみ、老人とは思えないほどの腕力で力任せに三人に向かって投げつけた!
「何ッ!?」
「うぉおッ!?!」
不意打ちに近い攻撃を受けるユリウス!哀れな被害者を避けるわけにも、まして撃ち落す事など到底出来ず、その身を盾にして女性を受けとめる。が、その勢いは怪力のベルモンドをもってしても予想以上に強く、真後ろにいたラング諸共入り口近くの壁まで吹っ飛ばされてしまう。
「ユリウス!ラング!」
ハルカの叫び声が部屋の中に轟いた。ラングとユリウスを巻き込んだ肉弾は、レンガの壁を軽々と突き破り、隣の部屋まで達していた。カラカラと音をたてて崩れるレンガと、もうもうと立ち上る埃の中、かすかに動く影が二つ……
「ゲホッ……生きてるかユリウス……?」
「おかげさんでな……あの爺、なんて事しやがる……!」
どうやら二人とも無事なようだ、ハルカがほっと溜息をつく。だがカリオストロに投げ飛ばされた女性の方はぐったりとうなだれたままピクリとも動かない。その時ハルカの耳に非常に不快で
耳障りな独り言が聞こえてきた。
「チッ!石の複製はまた失敗か……まあいい、代わりの
「…………!」
カリオストロは女性に対し一瞥をくれると、まるで壊れた玩具に対するように侮蔑の言葉を吐きかける。そして自身は一切悪びれもせず、その場から立ち去ろうとそそくさとその身を翻した。
……が、
「あらおじいさん、どちらへお出かけ?」
「!?な……ッ!?」
いきなり目の前に現われた少女にカリオストロが思わず後ずさる。確かに今振り返る瞬間まで、コイツは崩れた壁の近くにいた、なのに一瞬でどうやって!?狼狽する老人を無視するように
ハルカは何も知らぬ無垢な少女のような素振りで質問をした。
「賢者の石は何処?おとなしく渡せば…そうね、あの女の人と同じ目にあう位で許してあげる❤」
ハルカが屈託の無い笑顔で老人に問いかける。だが天使と見紛うばかりの可憐な表情とは裏腹に、そのピンク色の唇から流れ出た言葉は何かの聞き間違いではないかと思うほど物騒な物だった。
「はッ、脅迫のつもりか小娘?このカリオストロがその程度の脅しで口を割るとでも思うたか?」
カリオストロは目の前の少女の実力を知らないからか、それとも自分以外の人間を全て見下しているからか、完全にハルカを小馬鹿にした態度で突っぱねる。それに対しハルカはただでさえ満面の笑みをさらに引きつるほど微笑ませ、再度老人に話しかけた。
「じゃあ、あの女の人を元に戻してあげて?大人なら自分のした事の責任とらなくちゃ」
少女の申し出を老人は鼻で笑う。
「責任?何の責任だ?大体奴らが勝手にこの城に迷い込んできたのだ。本来ならば城のゾンビや
スケルトン共の餌になる所を今まで私が生かしてやり、あまつさえ私の高尚な研究の被検体という名誉まで与えてやったのだ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなど無いわ!!」
自身の行いを悪びれる様子も無いカリオストロの態度にハルカは、「そう……」と小さな溜息を1つつくと、耳を澄まさなければ聞こえないほど微かな声で老人にささやいた。
「なら死ね」
「!?」
慈愛に満ちた天使の顔が急転直下、漆黒の影を帯びた夜叉の顔へと変わる。少女の本性に気付く猶予すら与えず、ハルカの放った紅蓮の爆炎が老人を包む!薄暗い部屋を紅く染め上げながら、カリオストロの体は一瞬で爆発四散した。
「……相変わらず過激なマドモワゼルだ。私が頼んだのはあくまで石の回収で、知人の抹殺では無いのですが……もし彼にしか解らない場所に石が隠してあったら一体どうされるおつもりで?」
いつの間にか闘技場の時と同じようにサンジェルマンが傍に寄って来ていた。その遠まわし、かつ慇懃無礼な口ぶりに、ハルカが若干イラついた顔で答える。
「なに嫌味?いいじゃない、どっちにしろ教えるつもりなんて無かったみたいだし。それとも友達を殺されて怒ってるの?あんまり仲良さそうには見えなかったけど?」
燃えさかるカリオストロの躯に照らされながら、ハルカがサンジェルマンに向けて杖を突き出す。サンジェルマンは慌てて手の平を前に向け、「御免こうむります」とジェスチャーで返した。
◆
焚き火のような炎が今だ燻る中、ハルカがユリウス達の下へと駆け寄る。幸い二人にたいした怪我は無かったが、女性の方はかろうじて皮一枚で繋がっていた下半身が引き千切られ、もはや言葉にする事もできないくらいに酷い有様だった。
「……う……」
「!」
その時微かにだが女性が意識を取り戻した。女性は辺りを見回すと、何かを訴えるようにユリウスへ手を伸ばす。と、女性の指に見覚えのある指輪があるのをユリウスは発見した。
「あんた……ひょっとして……エレナさん!?」
「…………!」
その指に輝いていた指輪は、間違いなく闘技場で闘ったワーウルフがつけていた指輪と同じ物。あの男が死の間際まで気にかけていた最愛の人間が、まさかこの哀れな女性だとは……!
女性は何かを伝えたいのか必死に口を動かすが、大きく肺を損傷した状態では呼吸もままならず、何を言っているのかユリウスには解らない。
「”何故……名前を知ってるのか” と聞いているようだ……」
いきなりラングが女性の声を代弁し始める。何故解るのかと不思議に思ったが、そういえばラングは読唇術が使えるんだった。ラングに通訳を頼みながら会話を試みる。
「あんたの旦那から頼まれたんだ。あんたとお子さんを助けてくれって……」
ユリウスの言葉を聞いて、女性は少しだけ安心したようだが、すぐに元の不安げな表情に戻る。
「”……夫は無事なんですね?” と言っている……」
「!!…………大丈夫。教会が無事に保護しているよ……」
…………嘘をついた。知らなかったとはいえ、愛する夫をまさか自分が殺したなどと…………
今まさに死を迎えようとしている目の前の女性にそんな残酷な真実を言える訳が無い。
ユリウスの嘘がばれなかったかは解らない。だが女性は初めて笑顔を見せた。しかしまた一転、今度はさらに鬼気迫る顔でユリウスの服を掴み訴える。
「奥にまだ何人か……村人や、この人の子供が囚われているらしい……!」
「……解った!必ず助け出してやるからあんたも気をしっかり……おい?オイッ!」
女性は残された力を出し尽くしたのか、そこまで言うと再び気を失ってしまった。かすかに息はしているが、見るからにつらそうに顔を歪ませている。
ハルカを見た。だが悲しそうな顔で首を横に振る。女性の体はもはや治癒魔法で治せる範囲をとうに超えていた。
傍らのラングが無言で銃を構え始める。どう見ても女性に回復の見込みは無かった。これ以上無駄に苦しませるよりはと、ラングは悲痛な面持ちで女性に銃口を向け、引鉄に指をかける……が、
「おやめなさい、そんな事をしてもその御婦人を余計に苦しませるだけです」
横から伸びてきたサンジェルマンの手に制される。その無関心かつ勝手な物言いにラングが食って掛かった。苦しませるだと?現にこれ以上無い程苦しんでるじゃないか!このまま死ぬまで放っておけというのか?それともアンタは治せるとでも言うのか!
「どうか落ち着いて下さい……ここまでボロボロになってしまってはもはや彼女を助ける事は出来ません。しかし石の魔力が届いている今の状態ではどんな武器でも彼女を殺す事は出来ない。カリオストロから石を取り返さない限り、この御婦人は生きる事も死ぬ事も叶わないのです」
―――サンジェルマンの冷静過ぎる言葉に、今まで押さえていたユリウスの怒りがついに限界を
迎えた。
「……助ける事は出来ないだと? ふざけるな!!偉そうに知った風な口ばかりききやがって!」
「お前は一体何者なんだ!?あのサイコ爺もだ!!賢者の石を取り返せ?しかも取り返しても助かるどころか死ぬだけだと!?お前らは何がしたいんだ!?一体何が目的なんだ!!」
ユリウスの激情に、さしもの老紳士もいつもの飄々とした態度を崩す。
「私は……」
そう言いかけた瞬間、サンジェルマンは目にもとまらぬ速さで腰のサーベルに手をかけ、三人に向かって一気に引き抜く!
「ッッ!?」
”キイィィィンッ……”
透き通るような金属音が研究室に鳴り響く。サンジェルマンの抜き放ったサーベルは、何者かが放った銀色の刃物を見事に斬り払っていた。
「チィッ!サンジェルマンめ、あと少しで小娘の眉間にメスを突き立ててやったものを!」
3人はそれまでの優男めいた態度とはまるで違うサンジェルマンの鮮やかな剣さばきに、そして同時に背後から聞こえた声に驚愕した。
「そんな!?間違いなく倒したのに……ッ」
その異形の姿を見てハルカが顔をしかめる。声の正体はたった今ハルカによって燃やし尽くされた筈のカリオストロだった。いや、
異常な程細長く湾曲した手足には大きな鉤爪が生え、カリオストロはその四肢で天井に張り付き、こちらを見下ろしていた。そして不気味な程大きく飛び出た眼球はカメレオンのように左右がバラバラに動き、ユリウス達を絶えず観察している。その姿はまるで廃墟に住み着くカマドウマかトカゲ……昆虫と爬虫類のハイブリッドといった感じだった。
やがてカリオストロは逆さまになっている頭部を無理矢理180度捻り、正対した顔でハルカを睨みつけると、不適な笑みを浮かべ話し始めた。
「正直侮っていたぞ小娘?まさか失われた印術を使うとはな……だが私に同じ手は二度と通じぬ!賢者の石が欲しければついて来るがいい……我が砦がお前たちを煉獄へ堕とそうと楽しみに待っているぞ?ケハハハハ!!」
カリオストロはペタリと地面に着地すると、さながら不快な昆虫のようにせわしく足を動かし、奥の扉へと走り去る。ラングが即座に銃を構えたが時既に遅く、その姿はあっという間に見えなくなっていた……
「あの程度で死ぬ筈が無いとは思っていましたが…… やれやれ、まさか本当に人間をやめていたとは……嘆かわしい事です」
サンジェルマンがサーベルを鞘に納めながら残念そうに独りごちる。
「どうやら説明している暇は無くなってしまった様ですね。さてどうします?
”奴”を追うか、”私”を問うか、選ぶのはあなた方です。もっとも私の華麗なる遍歴は一時間や
二時間の説明でおさまる物ではないですが……ね」
ギリ……と歯噛みをする音がユリウスの方から聞こえた。
「奴を倒して石を取り返したら……次はお前の番だ、覚悟しておけ」
「楽しみにしています。……御婦人の方はおまかせを、せめて痛みが和らぐよう、私が調合した薬を打っておきましょう。もちろんお仲間用の薬も御用意しておきます」
「フン」とサンジェルマンをひとにらみした後、ユリウスはカリオストロを捕らえるべく、扉の奥へと入っていった。
――鼻につく松脂と腐臭が充満する通路を走りながらユリウスは一人思う――
……後少し、ほんの10分でも早くここに来ていれば彼女の運命は変わっていたかもしれない……
今となってはどうする事も出来無い現実に、ユリウスはその身を震わし、ワーウルフに託された
指輪をただ握り締める事しか出来なかった……