悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
「グアギャオオアォォォ――――ッ!!!」
死を覚悟したその瞬間、ラングの耳に聞こえてきたのは自分の頭蓋が噛み砕かれる音ではなく、「奴」の発する凄まじい叫び声だった。
体が吹き飛ばされる程の絶叫に驚きおもわず目を開ける。眼前に飛び込んできたのは目にナイフを喰らい悶える「奴」の姿。そして自分と「奴」との間に立ち塞がるように立つ、「ムチ」を持った男の後姿だった。
男がそのしなやかに伸びるムチを振りかざすと、まるで意思でもあるかのように「奴」の急所を打ち据える。いや、もちろんラングに化け物の急所など解るはずもないのだが、マシンガンにもびくともしなかった「奴」が男の攻撃のたびにのけぞる姿を見て自然とそう思ったのだ。
男の戦いは見事だった……。とても人間とは思えない軽やかな跳躍で「奴」の攻撃をかわし、すかさず反撃の鞭を叩き込んでいく……。
男と思っていたが戦いの最中ちらりと見えたその横顔は、まるで少年のように若く美しい。天井から注ぎ込む光に照らされながら舞う青年のシルエットを見て、
「天使が存在しているとしたらきっとこんな姿なんだろうな……」
と、薄れ行く意識の中、ラングは柄にも無くそんな事を考えていた……
◆
「……オイ!しっかりしろ!目を覚ませ!」
身体を掴む振動と、張り裂けるような男の声に目を覚ます、見ると目の前には件の青年の顔がある。顔に似合わず随分男っぽい声だとラングは思った。
「これを飲むんだ」
青年が青い液体の入ったガラスの小瓶をラングの口元に近づける。正直こんな得体の知れない物を飲むのは気持ち悪かったが、抵抗する気力もなかったラングはされるがまま液体を飲み干した。
……効果はすぐに現れた。ぼんやりとしていた意識は次第にはっきりし、指一本まともに動かせなかった体に力が漲ってきた。見れば気絶している間に青年がしてくれたのだろう、体のあちこちに手当のあとがある。
「奴は……、奴はどうした!?」
意識が戻ったと同時に「奴」の事を思い出し、慌てて身構える。ラングの突然の行動に青年は少しびっくりしたようだったが、すぐに顎と指で自身の背後を指し示す。――そこには青年に叩きのめされたのであろう、ボロボロに朽ち果てた「奴」の亡骸が横たわっていた。
一方青年の体には傷一つ無い、こいつは本当に俺と同じ人間なのかと、ラングは驚きと共に畏怖めいた物を感じた。
「君はいったい何者なんだ!?」
興奮のあまり礼を言うのも忘れラングは尋ねる。しかし……
「人に物を尋ねる時はまず自分から名乗るものじゃないか?」
青年にそう返される。望んでいたものとは違う返答にラングは一瞬ムッとしたが、
それもそうだと思い直し、素直に答える事にした。
「失礼した、自分は合衆国海兵隊所属、ラング・ダナスティ一等軍曹。先程は助けていただき感謝している。君の名は?」
ラングの返答に青年はにんまりとした笑顔をみせるとすぐに自分の名を名乗った。
「俺の名はJULIUS…」
「――ユリウス・ベルモンド」
ユリウス・ベルモンドと名乗るその青年は、自身をヴァンパイア・ハンターだと語った。詳しくは解らないが要は映画とかに出てくるエクソシスト(悪魔祓い)みたいなものらしい。
また、我々を襲った「奴」はベヒモスという名前だそうだ。大昔の神話だかに出てくる怪物という事だがそんな事は正直どうでもいい。目下の関心はこの城の事と、自分が置かれている状況、そして目の前にいる自称ヴァンパイア・ハンターの青年だ。
矢継ぎ早に質問を投げかけてみたが、ユリウスと名乗る青年はそういった説明をするのが苦手らしく(ただ面倒くさかっただけかもしれないが)「後から来る黒いスーツの男に聞け」としか答えなかった。それどころか、
「どうしてこの城にいる?他に仲間は?」
と、逆に聞き返されてしまう。仕方がないのでここまでの経緯を説明する。元々テロリストの討伐と聞かされていたこと……罠やモンスターの襲撃……「奴」、ベヒモスと出くわした後の事……
「そうか…ひょっとしたらまだ生き残りがいるかもしれないな……」
ユリウスはそう呟くと城の奥に向かって駆け出し始める。
「ま…待て!」
一人になるのが嫌で思わずそう叫んでしまった、我ながら情けない。
「とにかくあんたはここで黒スーツの男を待て!そいつなら何とかしてくれる!」
倒れ付していても優に3メートルはあるベヒモスの亡骸を一足飛びに飛び越えながらユリウスが叫ぶ。そして青年の後姿はあっという間に城の闇の中へと消えていった……。
……長い静寂がおとずれる。ラングは無言でナイフを取り出すと、だらしなく開いたベヒモスの口から”スミスだった物”を引っ張りだし、こびりついた血だらけの軍服を形見分けとして少しだけ切り取ると、残りを火葬した。
一人炎を見つめながら、様々な事を考える余裕がようやく生まれ始める。生き残れたという安堵感はすでに無く、今ラングの胸にあるのは、後悔と、孤独感と、ズタズタに引き裂かれた男としてのプライドだけだった………
◆
……いつの間にいたのか……ふと気づくとその男は傍らに静かに立っていた……。
闇のように暗い漆黒のスーツに深紅のネクタイ。濡れたように艶やかな長い黒髪はその端正な顔立ちと相まって怪しいほどの色気をはなっている。ただ、その黒髪の間から覗く眼差しは鋭さと共にどこか物悲しげな憂いも帯びていた。
ユリウスの言っていた黒いスーツの男とは間違いなくこの男だ。ラングはそう確信した。
男は自らを有角幻也(ありかどげんや)と名乗った。
「奴はどうした?」
「奴」がユリウスの事だと気づくのに少々の時間を要したが、ラングはつい今しがた会ったユリウスとのやり取りを簡潔に説明した。
「…………フゥ………」
有角は「やれやれまたか」とでも言いたげに静かな溜息をついた。どこかヤンチャな弟に振り回される兄のようにも見える。
「お前の名はなんと言う?」
そう言われてまだ自分の名を教えていないことに気づき、慌てて自己紹介をする。
「合衆国海兵隊所属、ラング・ダナスティ一等軍曹」
そう答えた瞬間、それまで微動だにしなかった有角の表情が一瞬だけ変わったように見えた。しかし改めて見直すと元のポーカーフェイスに戻っている。気のせいだったかな?と首をかしげていると、そのポーカーフェイスのまま有角が状況を説明し始めた。
「ここはドラキュラ城だ。」
いきなり突拍子もない単語が出てきたのでラングは思わず吹き出しそうになった。一瞬ふざけているのかと思ったが有角は真面目な顔で淡々と話しを続ける。要約するとこうだ。
・ノストラダムスの大予言における恐怖の大王の正体がこの城の城主、ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュという吸血鬼であること。
・ドラキュラは今年1999年に復活すると予言されており、放って置けばこの世界に破壊と混乱がもたらされること。
・ドラキュラを封印するには今日の日食の間でなければならないこと。
・有角やユリウスはドラキュラを封印するためにここに来たこと。
・教会や日本の神社など各機関に協力を要請していること、等々……
……数時間前の自分なら「何を馬鹿な」と一笑に付しただろうが、現実にあんな化け物を見せられた後では信じるより他なかった。だがここで一つの疑問が浮かぶ、何故我々軍に対してはその情報を伏せていたのか、と……。
有角曰く、「そもそも軍に協力を要請してはいない、むしろ危険だからと止めていた」
「だがどこからか今回の事が漏れたのか、我々が到着するより先にお前達が突入していた」
と言う。
一体どういうことなのか?有角の話を全て信用するわけでは無いが、もし本当だとすれば一体軍の上層部は何を考えているのだろう?大体今回は最初から何もかもがおかしかった。
急に決まった合同作戦、劣悪な武器、情報の秘匿、危険な”資材”……
と、ここでラングの顔色が変わった。そうだ、あの”資材”をそのままにしておくのは危険すぎる……!万が一にもバケモノ共の手に渡ったりしたら……!!
「お前はこれからどうするのだ?」
有角の言葉で我にかえる。そうだ、自分はどうしたいのか?
事実上部隊は壊滅している。この状況で任務も糞もない、しかし自分は海兵隊だ。上層部はともかく仲間や直属の上官への信頼まで失ったわけではない。たとえ部隊が無くなっても生き残った自分がケリをつけなくてはならないのだ。仲間達への贖罪と追悼の意味でも……
この城に対し自分程度の力で何ができるかは解らない、何もできないまま死ぬ可能性だってある。
それでもズタボロにされたプライドを取り戻すにはこの方法しかないと確信していた。なによりこのまま逃げ帰ったら、きっとマリアの顔を正面から見ることができない、そう思ったから……。
「……やらなければならない事がある、任務遂行のためダンスホールまで戻る」
「そうか……」
有角は止めもしなければ多くも語らなかった、自分の考えやちっぽけな面子を
全て汲んでくれた……そんな気がした。
「私は後続の仲間のためにしばらくここを動くことはできない、これを持って行け」
そう言って有角が手渡してくれたのはグリップに美しい彫刻が施してある銀色のハンドガンだった。ほぼ丸腰だった今の自分には拳銃一丁でも有難い。
「ありがとう、助かる」
感謝の意を示し受け取る。
「いいか、この城の中ではあらゆる法則、常識が通用しない。人が上に落ち、ある筈の物が消え、同じ道を通っても別の場所につく。唯一つ変わらないことがあるとすれば”死”という概念だけだ。努々油断しないようにな…………」
有角が忠告とも助言とも取れる言葉をかけてくれた、その近寄りがたい雰囲気に似合わずいい奴なのかもしれない。再び感謝の意を示し軽めの敬礼をすると、ラングは奥に向かって歩き始めた。
「常に忠誠を」
突然海兵隊の標語が聞こえて思わず振り向く、まさか自分と対極にいるであろう有角がこの言葉を知っているとは……あまつさえ自分にかけてくれるとは思ってもいなかったので、ラングはただただ驚いた。そして同時にこの無愛想な男がしてくれたさりげない手向けがどうしようもなく嬉しかった。
「常に忠誠を!」
今度は本式の敬礼で答える。
何十年来の友人のような……そんな空気が二人の間を流れていた……。