悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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血の涙

 

「ヴァアアアアアアアアアアアアァァァ――――ッ!!」

 

 

 ドミナスに侵食されたハルカが、威嚇とも、慟哭ともつかない叫びをあげる。衝撃波の如きその雄叫びは有機物、無機物問わず庭園にある全ての物質を震わせた。

 

「!!」

 

 3人の内で最も近くにいたユリウス目掛け、ドミナスがその鋭く尖った爪を振り下ろす!間一髪後方に飛んで避けたが、ドミナスの爪は石の床どころか庭園の地面を丸ごと削り取り、残った爪痕からは眼下に佇む悪魔城が顔を覗かせる。

 

 

「ワタ……サナイ……!!ワタシテ……タマルカァッッ!!」

 

「ハルカ……!」

 

 

 ドミナスに取り込まれたハルカがうわ言の様に叫ぶ。自我を失っても尚姉を想うその姿に、ユリウスの心はより一層締め付けられていく。

 

 

 

 

「くそ……ッ余計な事を……」

 

 生垣に吹っ飛ばされていたジョーンズがヨロヨロと立ち上がる。幸い……かどうかは解らないが、薔薇の生垣がクッションになったのか、たいした怪我は負っていない様だ。

 

 

「やむを得ん……ッ!」

 

「!?何をする気だ!」

 

 突如ジョーンズがハルカに向けて左手をかざす!だが咄嗟にラングが腕を押さえる。

 

「離せ!ああなってはもう制御も糞も無い!完全に復活する前に、ハルカを殺しドミナスを引き離す!!」

 

「な……!?あんた……さっきから自分の都合で……ふざけるなッ!」

 

「貴様らが言うなッ!お前達さえ来なければ今頃全てうまくいっていたのだ!

それを青臭い感情で邪魔しやがって……悪いのはお前らだ!全部お前らが悪いのだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……通りだ」

 

……ラングとジョーンズが押し問答をしている最中、突然ユリウスがポツリと呟く。

 

「ハルカがああなっちまったのは……誰のせいでも無い。俺の責任だ」

 

その声のトーンは普段の強気なユリウスからは想像もつかない、後悔と自責の念に溢れた物だった。

 

 

「ほう……殊勝だなベルモンド?で、どうする気だ?懺悔するだけで終りか?そんな事そこらの能無しでもできるぞ!?」

 

 

 

「けじめは……つける!!」

 

 

 ユリウスはそう言うやいなや、何かを決意したようにハルカに向かって一目散に走り出す!その突飛な行動に、ラングも、ジョーンズも、ユリウスの意図が掴めなかった。だがふと……ジョーンズの脳裏にとある古文書の一説が浮かぶ。

 

 

”ヴァンパイアキラーは親しい人間の穢れた魂によってより完全体へと近づく”

 

 

「…………まさかッ!」

 

 元々青白いジョーンズの顔が一層青ざめる。以前読んだ教会の古文書に書いてあった。聖鞭は親しい者の汚れた魂を喰らう事で力を増し、より完全な武器へ進化すると……あの男、まさかドミナスごとハルカを……!?

 

 

「待て!貴様!!」

 

 ジョーンズがユリウスを制止しようとグリフに魔力を溜める!が……

 

 

”ビジィィィィィィィッ!!”

 

「うおォッ!?」

 

 

 突如ハルカの頭上に輝く光輪から、レーザーの様な熱線が降り注いだ!熱線は庭園に存在する物を有機物、無機物問わず無差別に攻撃し、全てを焼き尽くさんばかりに乱放射される。全く予測がつかないその無軌道な攻撃に、ジョーンズも追撃の手を緩め回避に専念するしかない。

 

 

「…………ハルカッ!!」

 

 

 だがユリウスはドミナスの繰り出す熱線をギリギリでかわしながら、徐々にハルカとの間合いを詰めていた。

 近づいて来る青年が自らに仇なす長年の宿敵と理解したのか、ドミナスは手当たり次第に撃っていた熱線を徐々にユリウス単独に絞り始める。

 

「危ない!!」

 

 ラングが思わず叫ぶ!熱線はユリウスを中心にその間隔を徐々に狭め、その体を囲うように追い詰める!もはや鼠一匹這い出る隙間も無い!絶体絶命!……かと思われたが……

 

「色即是空……!」

 

 幻影となったユリウスの体が、鉄格子の如き熱線の檻をいともたやすくすり抜ける!そしてその勢いのままユリウスは大きくジャンプし、宙に浮かぶハルカの元へ飛び移った!

 

 

 ……不気味に脈打つ心臓に埋もれるような形で、ハルカはそこに居た。

あまりに懐深く入り込まれたためか、ドミナスはユリウスを攻撃する事が出来ず右往左往している。

 

 

……やがてユリウスがぽつり、ぽつりと、白い抜け殻の様になったハルカに語りかけ始める……

 

 

「何やってんだお前……、そんな……人形みたいになっちまってよ……」

 

ユリウスの問いかけにも、ハルカは一切反応を示さない。

 

 

「……こんなモンが……お前の望みだったのか?」

 

「……知らなかったんだ……お前が……そんなに苦しんでるだなんて……」

 

「でも……しょうがないだろ?お前ときたら俺の前じゃいつも生意気で……そんな素振り少しも見せねえんだから……」

 

「でも、そんな訳ないよな……まだ十かそこらの女の子がそんな強いわけがないんだ……」

 

「……ごめんなハルカ、気付いてやれなくて…………」

 

「だから……今更だけどせめて…………俺自身の手で決着(ケリ)はつけるッ!!」

 

 

 

 ユリウスが決別の言葉を発し、腰のホルダーに手を伸ばす。

 

「――待てェ!」

 

 ジョーンズの叫びも空しく、ユリウスはかざした腕を一気に振り下ろした!

――瞬間!霧の様に吹き出た鮮血が、ハルカを……ユリウスを……庭園の空を赤く染める……!

 

 

「――――――!?」

 

 

 その光景にラングとジョーンズが思わず息を飲む……ユリウスが手にしていたのはムチでは無く太腿のホルダーに一本だけ残ったナイフ。それをハルカではなく自らの腕に突き刺していたのだ。

ナイフが突き刺さった左腕からは真っ赤な血が滴り落ち、やがてそれは1つの流れとなってハルカの体へと注がれていく……

 

 

呆然と見上げる二人を尻目に、返り血で顔を赤く塗らしたユリウスが言い放つ。

 

 

「どうしたジョーンズ?俺がヴァンパイアキラーでハルカを殺すとでも思ったか……?

……バ―カ!そんな事死んでもするかよッ!!」

 

「お前言ってたよな……?ドミナス(こいつ)を制御するにはベルモンドの”血”が必要だってよ……

それなら俺の血はどうなんだ?ベルモンドの純血100%なら!……こんな物でこいつを

押さえられるなら………………俺の血なんざいくらでもくれてやるッ!!」

 

 

 ユリウスは左腕に刺さったナイフをわざと乱暴に引き抜くと、服をはだき、さらけ出した胸にナイフを突きたて横一文字に引き裂いた!その次は足、腿、また腕!さらに大量の血がスコールの様にハルカの体に降り注ぐ!

 

 

「ヴゥオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

自らの力と相反するベルモンドの因子を注がれ、ドミナスがこの世の者とは思えぬ悲鳴を上げる!

 

……ひたすらに自らを傷つけるユリウスの姿は、何も知らない物が見れば東洋のハラキリ……いやそれ以上に理解不能な狂人か自殺志願者に見える事だろう。だがユリウスはそんな事を考える暇も無く、文字通り自らの命を!体を削り続ける……!

 

 

 

 

『やめろォッ!!』

 

 

 そんな無謀ともいえるユリウスの行動に、二人の男が同時に声を上げた。

 

 

「やっと……やっと集めたドミナスが……!弱ってしまう!壊れてしまう!!私の、私の十年間が!やめろッ!やめろベルモンドォッ!!」

 

「無茶だユリウス!!いくらお前でもそんな事を続けたら……やめろ!やめるんだユリウス!!」

 

 

 奇しくも二人の男が叫んだ言葉は非常に似通ったものだった。だが、その意味する所は全くの逆。一人は自らの野望のための道具の安否を、一人は一心に仲間の命を想っている……ただひとつ同じ所があるとしたら、それは互いに心の底から出た、嘘偽らざる本音だったという事だろう。

 

 しかし二人の叫びも空しく、ユリウスの自刃行為は止まらない。顔も、服も、髪も、もはや体中で血のついていない箇所はほとんど無い。腰のヴァンパイアキラーも返り血で真っ赤に染まり、それらから滴り堕ちる血までがユリウスの体を伝い、ハルカのもとへと流れ堕ちていく。

 

 

 

「…………やめろと……言っているのだァッ!!」

 

 

 

 とうとう痺れを切らしたジョーンズが、自身の所有物に纏わりつく小蝿を叩き落そうと印術の詠唱を始める!だが突如背後から襲ってきた衝撃に、その詠唱は中断させられてしまう。

 

「ぐッ!? 貴様ァ……!!」

 

 背後から圧し掛かってきたのはラングだった。自身を押し倒し、羽交い絞めにする男にジョーンズが怨嗟の声を上げる。必死に振りほどこうともがくが、現役軍人の腕力の前では宗教家の細腕など何の力も持たなかった。

 

 

「何をする!お前も言っていただろう!放っておけば奴は確実に死ぬぞ!」

 

 正直ラングも何故自分がジョーンズの行動を止めたのか解らなかった。ただ咄嗟に体が反応したのだ。常に合理的に……考えてから動くよう訓練されている俺が何故……?

 

 

 ジョーンズの言う通り、このまま自傷行為を続ければユリウスは間違いなく死ぬ。もしジョーンズに魔法を撃たせていれば、弾き飛ばされて命だけは助かるかもしれない。だが、命を賭して仲間を……少女を救おうとしている男の覚悟を無下にする事などラングには出来なかった。男としての本能がどうしてもそれを許さなかったのだ。

 

”ユリウスの無鉄砲さが移ったかな……” ラングは自身の行動に思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

「離せっ!!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 

 突如ラングの肩を鋭い痛みが襲う!密着している状態では確認する事など出来ないが、ラングには何が起きたかすぐに解った。ジョーンズが例の印術を使い、何か鋭い刃物でラングの体を突き刺しているのだ。

 

”ドスッ”

”ドスッ”

”ドスッ”

 

ジョーンズが放った突剣が、ラングの体の至る所を無遠慮に突き立てる!いくら最新の防弾ベストを着ているとはいえ、物理法則を無視して刺さってくる武器に、ラングの体に徐々に赤い染みが広がっていく。

 

 

「くそッ!しぶとい!図体だけの愚図が!何故放さん!」

 

「死んでも……放すものかァッ!!」

 

 

 罵倒され、傷つけられてもラングが力を緩める気配は一向に無い。――俺に出来る事はこれぐらいしかない―― ラングはユリウスの決意に全てを託し、ただひたすらジョーンズの攻撃を耐え、しのぎ続けた……!

 

 

「早く――早くしてくれユリウス!こっちも……もう……」

 

 

 

 

 

一人孤独な戦いをラングが繰り広げていた一方、ユリウスも文字通り()()の戦いを続けていた――

 

 

 相当量の血を浴びせかけ、ドミナスの力は大分弱まったはずだが、相変わらずハルカが開放される気配は無い。これだけやっても駄目か……!諦めかけたその時、ユリウスは自身の体にまだ傷がつけられていない場所がある事に気付く。

 

……ユリウスは何か決心したように目を閉じ、静かに呼吸を整えると、血で真っ赤に染まったナイフをそっと自らの首筋に当て…………

 

 

 

「…………これが…………最後だ!!」

 

 

 

 ――――――――満身の力を込め一気に引き抜くッ!!

 

 

 

”ブシュウゥゥッ!!”

 

 

 鮮血が霧の様に噴き出す――――!!

 

 

「かッはッ!」

 

 

 声に鳴らない呻き声を上げながら、それでも朦朧とする意識を気力で繋ぎとめ、ユリウスは自らの血を必死にハルカへと捧げ続ける。

 

 

”これでダメなら――もう――――”

 

 

 人体に流れる血液のうち、3分の一を失うと人間は絶命するという。既にユリウスはそのリミットを遥かに超える血液を輩出していた。それでも、一縷の望みを最後の血に託し、霞む眼を大きく開き、ハルカを見据える……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォオオオオオオオオ―――ッ!!!」

 

「………………!!」

 

 

――奇跡は……起きなかった―――

 

 

 

 ドミナスは相変わらずおぞましい咆哮を上げ、陶磁器の様なハルカは何の反応も示さない。

ユリウスはもはや自力で立っている事も出来ず、倒れこむようにして物言わぬハルカにもたれかかる……

 

 

「そん……な……」

 

 

 遠目から崩れ落ちるユリウスを見て、ラングを支えていた緊張の糸もプツリと切れた。ジョーンズは重い海兵隊員の体から這い出る様にして抜け出すと、ヤレヤレといった表情でドミナスを見返す。

 

 

「ふう……一時はどうなる事かと……。しかしこれは困りましたね。ベルモンドが死んでしまってはドラキュラは倒せても肝心の城の封印が出来ない……。鞭だけを回収したとして果たしてどうなるか……」

 

 

 ジョーンズは力尽きたユリウスには眼もくれず、一心に今後の展望を思案している。だがそんなジョーンズを見ても、ラングには怒りすら湧いてこなかった。ただユリウスとハルカを……仲間を失った絶望だけが彼を支配していた……

 

 

 

 

 

 一方ユリウスは……まだ死んではいなかった。だが生存に必要な血液の大半を体外に放出し、もはや呼吸すらままならない。体の感覚もほとんど残っていない。かろうじて残っていた意識も、暗い闇の底へ沈もうとしている。

 

 

 少女はそんなユリウスを前にしても、相変わらず何の反応も示さない。完全にドラキュラと融合してしまったのかその顔に生気は無く、まるで童話の眠り姫の様にその時間を静止している。

こんな間近で顔を見るのは初めてだが「意外と整った顔立ちだったんだな……」と、死を目前にした諦めからか、ユリウスはハルカの顔を見てふとそんな事を思った。

 

 

 これがおとぎ話ならキスの1つでもすればお姫様は眠りから覚め大団円……と行くのだろうが、現実はそうロマンティックには運ばない。大体今の二人の姿といえば、綺麗なドレスどころか服はボロボロ、体中血みどろで傷だらけ、一歩間違えなくても凄惨なスプラッターだ。何より、くちづけを交わすために顔をほんの数センチ動かす事すら今のユリウスには不可能な事だった。

 

 

「ごめん……な……ハルカ……助け……られ……なかった…………」

 

 

 本当に、本当に蚊が泣くように小さな声でユリウスが囁いた、振り絞るような懺悔……これがハルカにしてやれる最後の、ユリウスに出来る精一杯の行為だった。だがその言葉を言い終えた後、突如ユリウスの視界は漆黒の闇に包まれる。とうとう最後の時が来たようだ。

 

 

 意識は深い闇へと沈み…………何も考えられなくなる…………感じなくなる…………まるで深い海の底へと沈んでいくような………………ただひたすらに…………暗い…………重い………………

…………これで…………終わりか………………ユリウスが生への執着を諦めた………………その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………唇に……何か柔らかいものが触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカ……これじゃ王子様とお姫様が逆じゃない…………」

 

 

 

少女が……その翡翠色の眼を赤く潤ませながらユリウスを見つめていた……

 

 

 

 

 

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