悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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英雄の帰還

  

暗い……

 

 

 

冷たい……

 

 

 

何も……見えない…………聞こえない……

 

 

 

……苦しい……動けない……誰か……助けて……

怖い……怖いよ……お姉ちゃん……パパ……ママ…………

 

 

 

 

「……ル……」

 

 

 

 

……誰……?

 

 

「ハル……カ」

 

 

懐かしい……声がする……

 

 

 

 

 

「ハルカァ――――ッ!!」

 

「ユリ……ウス……!!」

 

 

暗闇に差し込んだ一条の光に導かれる様に、少女は声のする方へ手を伸ばしていた……

 

 

 

 

 

 

先程までの喧騒が嘘の様に庭園は静まり返っていた……

 

 この世の物とは思えぬ叫び声を発していたドミナスは、まるで時が止まったかのように動かない。その胸の辺り、ユリウスとハルカの二人は互いの体を折り重ねるようにしてうずくまっている。

 

「そんな……まさか……」

 

 もつれ合ったままピクリとも動かない二人を見て、ラングの脳裏に最悪の結末が過ぎる……だがその時、ラングの両眼が目の前の敵の微小な変化を捉えた。

 

 

”ゴ……”

 

”ゴゴ……”

 

”ゴゴゴゴゴ……”

 

「――!? ドミナスが!」

 

 宙に浮かぶドミナスの巨体が小刻みに震えたかと思うと、まるで煤が煙る様に体の端々が崩れ、掻き消えていく。

 

 崩壊のスピードは予想以上に早く、見る間に美しい少女の像から皮膚が剥がれ落ち、グロテスクな肉や臓物を晒していく。寄生する宿主を失い、ドミナスが自己を保てなくなっているのは明らかだった。

 

 

「まずいッ!!このままでは……ッ」

 

 

 崩壊していくドミナスを前に、ジョーンズが顔を強張らせ叫ぶ。まごまごしていれば10年かけて集めたドラキュラの魂も、自らの野望も、共に泡沫となって消えてしまう。

 

「くッ……まだ因子を持たない者が使役する術は未完成だというのに………やむを得ん!!」

 

「!、何を……!?」

 

 ジョーンズが苛立つ感情を抑えようともせず左手をドミナスに向けて翳した。するとたちまち手の平に描かれた刻印が淡く発光し、宙に漂っていたドミナスが排水溝に流れるように吸い込まれていく。だが……

 

「うぐ……ッ!?これが……ドミナスか!?何という禍々しい……まるで焼けた鉛を飲み込んでいる様だ……ぐ……うぐあああああああッ!!」

 

 ベルモンドの因子を持たぬ人間にとって、ドラキュラの魂は劇薬以外の何物でもない。それでもジョーンズはなんとか吸引をし続けていった。果たしてそれは野望への執着が成せる業か、それとも男としての意地か……

 

 

 ジョーンズがドミナスを吸収し始めた事で、ドミナス崩壊のスピードはより一層早まる。だがユリウスもハルカも、崩壊が始まっているというのに不安定な心臓部から一向に動こうとしない。

 気を失っているのか……それとも動く力が残っていないのかは解らない。だがどちらにせよこのまま放っておけばドミナスの崩落に巻き込まれ、庭園の硬い地面に叩きつけられてしまうだろう。

 

 

「さ……せるかあッ!!」

 

「何ッ!!」

 

 

 腹の底から振り絞るような男の声に、ドミナスに注意を奪われていたジョーンズが思わず振り向く。さっきまで地面に這いつくばり碌に動けなかった筈のラングがその場に仁王立っていた。

 

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 ジョーンズに刺された腹部を赤く滲ませながら、ラングが二人に向かって猛然と走り出す!上気した顔といい、凄まじい唸り声といい、その姿は猛進する重機関車その物であった。

 

「馬鹿な!あれだけ痛めつけてまだ動けたのかッ!?……!くそ!奴に構うと意識が……ッ」

 

 ジョーンズが止める間も無く、ラングはその横を猛進し走り抜ける!

――無我夢中だった。腹部から滴る鮮血と熱い痛みも気にならない。頭にあるのは絶対に二人を死なせないという事だけだ。

 

「!!」

 

 見れば崩壊は中心部まで迫り、二人の体が今まさに宙へと放りだされている!行儀良く落ちてくる二人を下で待ち受ける猶予などもう残っていない!

 

 

「間に……合ええええェェ――――ッ!!」

 

 

ユリウス達の体が庭園の石畳に叩きつけられる瞬間、体ごと飛び込んで自身を滑り込ませる!

 

「うぐッ!?」

 

 直後”ズシン”と響く、重い衝撃が背中に走った。どうやらかろうじて二人を受け止める事には成功したようだ。すぐに身を翻し二人の様子を確かめる。二人とも意識を失っているがなんとか生きてはいるようだ。内心ホッとする。

 

 とはいえ安堵してばかりもいられない。ざっと診ただけでもかなり危険な状態……特にユリウスの容態が酷い。出血のせいか顔は青白く、体温も恐ろしく低い。早急に治療しなければ生命に関るだろう……ラングはすぐに腰のバックから残りのポーションを全て取り出すと、二人の口をこじ開け無理矢理薬を流し込んだ。

 

 

 1秒……2秒……不気味な沈黙がラングを襲う。一分にも満たない時間だったろうが、ラングにはこの数十秒が無限にも感じられた。

 

 幸いにもポーションはその効果をすぐに発揮し始めた。石榴の様に裂けていたユリウスの傷口は見る間に塞がり、幾分ではあるが呼吸も回復している。だが……肝心の意識が戻らない。

 

「くそ!」だが悠長に二人が気が付くのを待っている訳にもいかない。やむを得ずラングは二人を抱え上げ、その場から移動しようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ…………何処へ行かれるのです?」

 

「…………!」

 

 

 血の通わない……底冷えのする声がラングの前に立ちはだかった。

 

ジョーンズは別段変わりない姿でこちらを見据えていた。だがどういう訳か……顔に暗く影が差し、その表情を読み取る事が出来ない。

 

「――!」

 

 その時、ラングは周囲の違和感に気付いた。庭園の上空は青白い満月が浮かぶ漆黒の闇夜が広がるのみ。さっきまで庭園を覆い尽くす程の威容を誇っていたドミナスが、影も形も無いのである。

――まさかあれほど巨大に膨れ上がったバケモノを全て飲み込んだというのか?ラングの体に戦慄が走った。

 

「結果としてはうまくいきましたが……よくも散々私の計画を引っ掻き回してくれましたね?

………この報いは受けて貰うぞ………ッ」

 

「く……ッ!」

 

 ジョーンズの雰囲気はとても友好的とは言い難く、今にも飛び掛らんばかりに一歩一歩にじり寄って来る。

 このままではまずい……!だが人を二人抱えたこの状態ではとても逃げ切れない。ラングは目の前の敵を攻撃するべく、もたつきながらも銃に手をかけた。

 

 本当なら肩に担いだレライエの銃を使いたかったが、二人を抱えた状態ではそれは無理だった。やむなく効かないのを承知でアガーテを構え、撃つ!この場から離れるまでの時間稼ぎにでもなればと思い撃った氷弾だったが、ここで予想外の事態が起こった。

 

 

「当っ……た!?」

 

 

 あれだけ撃ってもかすりもしなかったアガーテの魔弾が命中したのだ。攻撃を喰らったジョーンズも、銃を撃った当のラングもその結果に驚く。

 

「く……ッど、どういう事だ!?」

 

 自身の体に纏わりつく氷塊に、ジョーンズが困惑の声を上げる。どうやらこの魔導銃はもはや目の前の男を主と認めていないらしい。だが、それはつまり……

 

 

「この程度で足止めしたつもりか……?なめるなッ!!」

 

「――――!?」

 

 開口一閃!ジョーンズが自らを縛る氷を振り払う様にその左手を薙ぎ払う!途端目には見えない魔力の波動が衝撃波となってラング達へと襲い掛かった!!

 

「うあああああッ!!」

 

 烈風の如き衝撃が三人の体に降り注ぐ!あまりのスピードにまともに防御する事も敵わず、3人の体は木の葉のように庭園の中央から一気に吹き飛ばされた。

 

 

”ズザザザザザザッ!!”

 

「ぐうううッ!」

 

 庭園に何重にも生けられた薔薇の生垣の層をいくつも突き破り、ようやくラングの体は停止した。かろうじて二人を手放す事は無かったが、衝撃波と茨による切り傷で体はボロボロだ。

 

 

「ハハハハ!礼を言うぞベルモンド?キサマがその血で丹念に躾けてくれたおかげで、因子を持たない私でも扱えるほどドミナスは従順になっていたぞ!」

 

 

 ジョーンズが高らかに観声を上げる。だがその声を聞いてラングの背筋に再び冷たい物が走る。

ジョーンズの発した声はもはや当人の物ではなく、不気味にエコーがかった壮年の男性の物へと変わっていた。おまけに英語の発音もどこか古めかしい。

 

……間違いない。恐らくこれが魔王ドラキュラとやらの声なのだろう、聞いているだけで全身が縮み上がりそうだ。

 

 

「……この力があればもうベルモンドなどに用は無い……教会も、極東の神官共の力なども借りる必要は無い!教会のジジイ共め、この俺がドラキュラと共倒れになるのを狙っていたのだろうが……残念だったな!この力でお前たちごと教会を一掃してやる!!」

 

「…………ッ!!」

 

 

――何が従順だ!逆にドラキュラに支配されているじゃないか!――

 

突き破った薔薇の生垣越しに見えたジョーンズの姿は、ドス黒い瘴気に侵され数倍にも膨らんで見えた。

 

 

――くそ!どうする?どうすればいい!?――

 

 

 ラングは必死に頭を廻らせた。このままでは奴は遅かれ早かれ本気でこちらに襲い掛かってくるだろう。だがユリウスは失血状態、ハルカも気絶しているこの状況で取れる策などたかが知れている。大体自身の怪我も一般的に見れば十分重傷なのだ。

 

「ラン……グ」

 

「ッ!ユリウス!?」

 

 ラングが考えを決めあぐねていた時、さっきの衝撃が気つけになったのかユリウスの意識が戻った。今にも消え入りそうなか弱い声で、ユリウスはラングに切り出す。

 

 

「ハルカを連れて……逃げろ……」

 

「……ッ!!」

 

 

 ユリウスの提案は最悪の結果を防ぐため仲間を切り捨てる、非情の選択だった。

 

 

「このままじゃみんな殺されちまう……、けど時計塔の時と同じ……ハルカだけなら……」

 

 

 ラング自身その選択が思い浮かばなかった訳では無かった。いや常日頃合理的に行動するよう

訓練されている海兵隊のラングが思いつかない筈が無い、必死に思い浮かばないようにしていた

選択を……自身の深層心理をユリウスに指摘されたのだ。

 

「早く……しろ!間に合わなく……なる」

 

 ユリウスが催促する。……そうだ、この状況ではそれが最善の選択なのだ。

”ベスト”よりも”ベター”、それが戦場の鉄則なのだ……

 

 

 

 

 

 

 

『グゥオオオオオオオ――――ッ!!』

 

「!!」

 

――その時、ダンスホールで起きたあの惨状がラングの脳裏にフラッシュバックした――

 

 

「総員退避ィ!!」

 

「この……化け物めェ――ッ!!」

 

「た、助けてくれエェェェ――ッ!!」

 

 

背中越しに聞こえる、ベヒモスの咆哮……銃声……仲間達の悲鳴……

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

無意識の内に瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。必死に忘れようとしていたあの時の光景が、後悔が、

瞼の裏にありありと蘇ってくる……

 

 

 

「何してる……行け……!ラング!!」

 

「……………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……事……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できるかアァ――――ッ!!!」

 

「ッ!!?」

 

 

 庭園どころか城全体に響き渡る程の咆哮をあげると、ラングは即座にユリウスとハルカを

抱きかかえ、一目散にジョーンズから逃走を図った!

 

「な……ッ!?馬鹿……野郎ッ!」

 

 消え入る程小さいユリウスの悪態に耳もくれず、ラングは必死にジョーンズから距離を取った。

兵士として、戦士としてこの選択は最低かもしれない。だが仲間を見捨てるのだけは、あんな想いをするのだけはもう二度と御免だった。

 

 

”ドシュウゥゥッ!!”

 

「――!」

 

 突如ラングのすぐ横を漆黒の火炎弾がかすめる!手負いの獲物を敵がみすみす逃す筈が無い。

無防備な背中を晒すラング目掛けて追撃の火炎弾が無数に放たれる!

 

”ドォンッ!!”

         ”ドォンッ!!”

    ”ドォンッ!!”

 

……だがその攻撃がどうにもおかしかった。まともに避ける事も出来ない漂的に対し、攻撃の狙いが外れまくっているのだ。

 

 

「早く……行ケ……ッ」

 

「――――!」

 

 

 背を向けて走るラングは気付かなかったが、ラングに担がれて顔が後を向いていたユリウスだけはその理由に気付いた。ジョーンズのかろうじて残った理性が、自身を支配しようとするドミナスに必死の抵抗をしていたのである。

 

「私は……私の夢ハ……コンナ……物……ニィ……っ!」

 

 微かに残ったジョーンズの理性が必死にドラキュラの支配に抗っている。だが人一人の抵抗など、圧倒的な力を持つドラキュラの前では激流に浮かぶ小船にすらならない。ジョーンズの魂が完全に囚われるのも時間の問題だろう。現に今までそれていた火球の着弾点が、徐々に三人へ近づいてきている。

 

 その間もラングは軋む体を奮い立たせ必死に走っていた。衝動的に逃げ出した様に見えたラングだったが、何の算段も無い訳では無かった。ただ問題はそこに辿り着いたとしても助かるかは解らない。一か八かの賭けという事だった。

 

 それでも今出来るのは()()()()へ少しでも近づく事だけだ。今頃ぶり返してきた腹の痛みを堪えながらラングは必死に走り続ける。だがその直後、ラングの背中に焼け付くような痛みと激しい衝撃が走った!

 

 

「ぐああぁっ!!」

 

 ジョーンズの魂が完全に喰われたのか、とうとう火炎弾がラングの背を捉える!

紅蓮に燃え盛る大爆発と共に、ユリウスやハルカごとその巨体を宙に撥ね飛ばす!

 

……が、不幸中の幸いか、衝撃の反動で撥ね飛ばされ一気に距離を稼いだ事で、期せずしてラングは目的の場所……目的の人物がいる場所へと辿り着く事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやまあ……随分と痛めつけられたご様子で……」

 

 件の紳士は未だ炎が燻り続ける三人を見下ろしながら、別段助ける訳でもなく相変わらずのほほんとした口調で、会話とも独り言ともつかない台詞を呟いている。

 

「……あの程度の敵にここまで苦戦するとは少々見込み違いでしたか。伯爵の魂は惜しいですが、ここらが潮時ですかな……」

 

 サンジェルマンは悪びれもせずそう呟くと、赤い燕尾服を翻しその場から立ち去ろうとした。

……だが、どうした事か数歩進んだ所で不意にその歩みを止めた。……いや、立ち止まらされた。ラングの撃った弾丸が紳士の頬をかすめ、その豊かな金髪を数本焼ききったからだ。

 

 

「逃がさ……ないぞ……!」

 

 

 爛れるような火傷の痛みに耐えながら、ラングが振り絞るような声で紳士を恫喝する。だがそのボロボロの姿はどう見ても他人を脅せるほど優位に立っている様には見えない。そんなラングを見兼ねたのかサンジェルマンの方から口を開く。

 

「これは……一体何のおつもりで?」

 

 紳士の口調は別段普段と変わる物ではなかったが、その言葉の奥底に言い知れぬ凄みがあるのにラングは気付いた。しかし気圧されそうになるのをのを必死に堪え、ラングはサンジェルマンに要求を突きつける。

 

「逃げるなら、二人を一緒に連れて行け……あんたなら二人を運ぶくらい何とでもなるだろう!」

 

「ラング!?」

 

 ラングの発言に、ユリウスが思わずその顔を覗き込む。

 

 

「……間単に仰いますが私の力はどこでも使えるという訳では―――」

 

 サンジェルマンがそこまで言いかけた所で、再び乾いた銃声が庭園に轟いた。

紳士の被っていたシルクハットに風穴が開き、音も無く地面に転がり落ちる。

 

 

「次は……当てる!」

 

「…………」

 

両者の間を稲妻の様な緊張が走る……。だがまもなく、今度はラングが堰を切ったように話し始めた。

 

 

「何も一緒に戦えと言っているんじゃない。二人も一緒に連れて行けと言っているだけだ!

ドラキュラの魂とやらは俺が何とかしてやる!だから早く二人を連れて行け!

早く!早く!早く!Hurry(ハリー)! Hurry(ハリー)! Hurry(ハリー)!」

 

 煽り立てるようなラングの言葉に、紳士はしばし冷ややかな視線を向けるのみだった。……だがしばし沈黙した後、静かに礼をとり、言った。

 

「かしこまりましたムッシュ。健闘を祈ります……」

 

「な……ッ!?ラング待……」

 

”パチィィィン”

 

 ユリウスの声を掻き消すように、今日何度目かの乾いた音が庭園に響く。

気付いた時にはサンジェルマン、ハルカ、ユリウスら三人の姿は空中庭園から消えていた……

 

 

 

 

 

 

「恩に着る……」

 

 一人残された庭園で、ラングは深く溜息をついた。とりあえず目的の1つは達し、最悪の結末だけは避けられた……筈だ。

 

「……」

 

 サンジェルマンに対しああ言ったものの、本当の所魂を取り返す自信などほとんど無かった。

あの紳士も実際どれほど自分の発言を信じていたのやら。だが裏を変えせば自分の意を汲んでくれたとも言える。死ぬほど胡散臭いが悪人という訳ではないらしい。

 

「さて……と」

 

 自嘲気味に振り向く。体ははっきりいって満身創痍だ。脇腹の血は未だに流れ続けているし、背中は死にたくなる程痛い。こうして立っていられるのが不思議なくらいだ。

 

だがかろうじて魔力は幾分残っている。幸いな事に武器もある。まだ自分は戦えるのだ。

 

 ジョーンズはどうしたというのか今の今まで全く攻撃をしてこない。何の意図があるのか逆に若干の不安を感じたが、どちらにせよ地獄へ片足を突っ込んでいる今の状況からすれば大した違いは無い。ラングは半ば開き直った心地で、ゆっくりとジョーンズの方を振り返った。

 

 

「何だ……コイツは……!?」

 

 振り向いた瞬間、火傷を負っている筈の背筋が三度凍りつく。 ジョーンズ……だった物は大きさこそハルカが変化した時に比べ二回りほど小さくなっていたが、その不気味さは以前と比較にならない程のバケモノへと変貌を遂げていた。

 

 シルエット自体はハルカの時とほぼ同じで、二体の巨大な魔物がジョーンズを囲む様に正対している。だがその体表はまるで巨大な蛭の様にヌメヌメと黒光りし、至る所から飛び出た触手がうねうねと蠢いている。薄気味悪い事この上ない。

 

 

 神は一体何度自分にこんな気分を味わえというのか?ラングは目の前にそびえる不気味な怪物を見上げながら若干の呪いめいた言葉を主に投げかけた。

 

 

 ジョーンズ……だった物は、ユリウス達がいなくなった事で目標を見失ったのか、何をするわけでもなくその場に漠然と浮かんでいる。

 自分の様な小物は眼中にでも無いというのか、こっちの存在に気付いてもいないようだ。内心腹立たしいが、今は逆にそれが好都合だった。

 

 

 

『いいですかラングさん、今から教えるのはこの銃の奥の手……いわゆる最終手段です。

まずダイヤルをこの絵柄に合わせて……』

 

 

 在りし日……といってもほんの一時間程度も前の事だが、宮殿でジョーンズから銃のレクチャーを受けた際、闇の眷属とやらに効く”必殺技”を教えて貰っていた。皮肉な話だが、完全にドラキュラの魂に支配された今のジョーンズにはこれ以上無い起死回生の一手となるだろう。

 

 だが……この弾丸は体内の魔力とやらを一度に使い切ってしまう物だという。もし仕留められなければ例の魔力切れで身動きもとれなくなる。仲間もいないこの状況、それは死と同義だった。

 

 ラングは満身創痍の体を引き摺りながらも細心の注意を払い、倒れた石像や生垣に身を隠しながら、徐々にドミナスとの距離を詰めていった。

 

 

 

 敵に気付かれずアガーテの射程範囲まで近づくのに数分の時間を要した。身を隠す生垣の隙間からもう一度対称の姿を確認する。

 狙うのはジョーンズが取り込まれている心臓と依り代の繋ぎ目、ハルカの時と同じ様に、取り付いている寄生元を引き離せば勝手に自滅する筈だ。その後は……例の紳士が勝手にやるだろう。

 

「フゥ―――」

 

 ラングは気を落ち着かせるため静かに深呼吸をすると、手に持つアガーテのダイヤルが「SHINE」の位置に合っている事を再確認した。そしてジョーンズに言われた通り、神経を集中し、ゆっくりと魔力を銃に注ぎ始める。

…………徐々にだが、体を流れる”何か”がその流れを変え銃に注ぎ込まれていくのが解る。

 

 

10%……20%……30%……まだだ、まだ早い。はやる気持ちを抑え、銃に意識を集中する。

 

 

50……60……70……あと少し、あともう少しで完全に魔力の充填が終わる。だがあとほんの数秒で魔力の補充が終わる……まさにその時だった。

 

 

 

「ソコニイルノハダレダッ!!」

 

「!」

 

 急激に魔力が集中した事で、さすがにドミナスもラングの存在に気付いた。その白く濁った眼光をラングのいる生垣に向ける!

 

――チッ!あと少しだったのに!―― 思わず舌打ちが出るが今更どうしようもない。

ドミナスは見るからに危険な技を繰り出すぞといった構えで、急速に魔力を溜め始めた。まごまごしていれば殺る前にこっちが殺られてしまう……!!

 

 まだ完全に魔力の充填は終わっていないが、背に腹は変えられない。ラングは薔薇の茂みから飛び出すと、ドミナスの真正面に踊り出た!

 

 

「くたばれ!くそったれの化け物がッ!SHINE(シャイン)!!」

 

 

「光あれ」の言葉と同時に、アガーテの銃口から特大の光弾が発射される!

 

 

「BLUUUAAAAAAA!?」

 

 

 真夏の太陽の様なきらめきを放つ光弾が、悪魔城の闇を真昼の様に照らしながらドミナス目掛け一直線に突き進む!やがて光の獣となった光弾はドミナスの体を飲み込み、大きな音をたて弾け飛んだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Damn it(畜生)!」

 

 

 ……目の前に広がる光景に、ラングは怨嗟の声をあげその場に崩れ落ちる。

白い閃光が晴れた後、ラングの眼前に現れたのは先程までと一切変わらぬ威容を称えたドミナスの姿だった。

 

 ドミナスの体は淡い青色に発光し、不可思議な紋様に彩られた魔法陣によって守られていた。ラングの全魔力をかけた決死の一撃も、ドラキュラの魂の前では何の意味も成さなかった。

 

「hdhjudhljvu……」

 

 ドミナスが中断していた呪文の詠唱を再び始める。今の攻撃は傷1つつける事は出来なかったが、皮肉にもその攻撃によって、ラングは生かしておくことは出来ない危険な敵と認められたようだ。

 

「く……」

 

 逃げようとしたが魔力、体力共に尽き果て立つ事も出来ない。……悔しいがここまでのようだ。

 

不思議と悲壮感は無かった。ユリウス達を逃がしきれた事に安堵したのか、ダンスホールでの後悔を晴らせたからか……そもそも全くの未知の世界に飛び込んで、ここまで生き残れた事がすでに奇跡の様な物なのかもしれない。変な話だが少しだけ満ち足りていた。

 

 

ユリウス……ハルカ……無事でいてくれ……。アルカード……救ってやれなくてすまん……。将軍……後を頼みます…………

 

 

「死……ネ……」

 

「――!」

 

 遂に詠唱が終わったようだ。ドミナスの両腕から放たれた暗黒の波動が、ラングをこの世から消し去らんと津波の様に押し寄せる……!!

 

 

……………………マリア…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その男はラングを守る様に静かに立っていた―――

 

 

緩やかに波打つ白金の髪……

 

透き通る様に白い肌……

 

艶やかな光沢を放つビロードのマント……

 

月明かりに鋭く煌く無骨な長剣……

 

 

 

 男は結界を張っていた手をゆっくりと降ろすと、やがてラングの方を振り向き、静かに微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「アル……カード!?」

 

 

 決してこの場にいる筈のない仲間が、自分を守るように目の前に立っている……!ラングは今の状況を全く理解できないでいた。まさか自分は死んでしまって、先に死んでいたアルカードとあの世で鉢合わせたのではないかとさえ思った。

 

 その時ふと、妙な感覚に襲われた。くすぐったいというか、こそばゆいというか、そうかと思えばチクチクと痺れるような軽い痛みが走る。一体何だと自分の体に目を向けた瞬間、目の前数センチに迫る小さな少女と目が合った。いや、少女では無い。人の形はしているが、まるで人形の様に小さい。

 

この顔には見覚えがある……そうだ!礼拝堂で自分からナイフを奪ったあの妖精……!あの妖精がその体より大きな薬瓶を抱え、ラングの体に降りかけて回っている。そういえば焼け付くようだった背中の痛みもほとんど無い。

 

「いい加減目は覚めたか?」

 

「――!」

 

 その声を聞いて確信する。間違いない、アルカードだ!生きたアルカードが目の前にいる……!だが……どうして?アルカードの容態はとてもここまで来れる物では無かった筈……

 

 

 

「随分ゆるりとしたご到着で……まあ英雄(ヒーロー)というのは遅れてやってくる物ですがな……」

 

「!?」

 

 いつの間にかハルカを抱きかかえたサンジェルマンが、ラングの後ろに立っていた。傍らにはユリウスもいる。現状が全く理解できない様子のユリウスが、いてもたってもいられず紳士に疑問を投げかけた。

 

 

「……どういう……事だ!何でアルカードがここにいる!?あいつは死にかけてたんじゃないのか……ッ」

 

「……ああその事ですか。いや、何と申しましょうか…………うん、その…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。アレ…………嘘です」

 

 

『はあッ!?』

 

 ユリウスとラングが思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「いや、確かに時計塔で調べた時は危険な状態でした。ですがダンピールの回復力ならば十分自力で回復できる程度の容態だったのです」

 

「しかしお二方の狼狽振りが余りに面白……ゴホン、鬼気迫っていたものですから、ついつい悪心が芽生えてしまいましてな?それにああでも言わねばとても賢者の石の回収に協力などして頂けなかったでしょう?それで少々心は痛みましたが一芝居うった次第で…………いやはや、本当に申し訳ない」

 

 

「な……!かッ……!」

 

「ユ、ユリウス!?」

 

 

 悪びれもせずのたまうサンジェルマンに、ただでさえ貧血状態だったユリウスは頭に上る血も

無かったのか、その場にクラクラと倒れこんでしまう。ラングが慌てて体を支える。

 

……くそ!何て奴だ。本当に少しでも尊敬なんかするんじゃなかった。ユリウスも、ラングも、

今更ながらこの人物を少しでも見直した事を心底後悔した。

 

 

「…………」

 

 一方アルカードは3人の心温まるやり取りを見る事も無く、一人無言のままドミナスへと近づいていく。いくらアルカードでも一人では無理だと、傷が癒えたラングがすぐにその後を追おうとした、が……横から出てきたサンジェルマンによってすぐに静止させられる。

 

「何をする!」とラングは気色ばんだが、紳士は落ち着いた口調で答える。

 

「手出し無用に願います……これは父と子、宿命の戦いの云わば前哨戦。この程度の敵に負けるようならばとても本物の伯爵を倒すことなど出来ますまい」

 

 そう言うとサンジェルマンはいつもの様に指を鳴らし、三人を引き連れ庭園の中央から大分

離れた見晴らしの良い場所へと移動する。

 

 

「ふむ、この辺りでいいでしょう。欠片とはいえ相手はドラキュラその物。ご子息の実力、特等席からじっくり見定めさせて頂くとしましょうか……」

 

 

 その涼やかな目元を怪しく細め、サンジェルマンがにこやかに微笑む。

仮初めの父とその息子、二百年振りの戦いの火蓋が、今切って落とされた……!

 

 

 

 




三ヶ月も間が空いてしまい本当に申し訳ありません。
(失踪している間も見に来てくれていた方は特に……)
少しずつではありますがまた投稿を再開します。

 
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