悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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今回少し長いです。


Dirty Avenger

 姉の魂を吸印した瞬間、ハルカの中に姉、ナオミの記憶がなだれ込んできた。

いや、それは記憶などという生易しい物では無い。双子の姉妹という限りなく近い繋がりによって、まるで直接体験したかと思えるほどリアルな感触がハルカの体を駆け巡る。

……それはこの四年間にナオミが受けた苦痛と凌辱の記録だった。

 

 

 指一本動かす事の出来ない人形の体。瞼すら閉じる事が出来ず、ただひたすら部屋の一点を見つめ続ける事を強いられる……何日も、何週間も、時によっては何か月も……

 

 ごく稀に主の気まぐれで遊びに付き合わされる事もあった。だがそれも当然安息になどならない。それは幼い少女にとって耐えがたい悪夢のおままごと……。

 

 淫靡な衣装に着替えさせられるくらいならばまだいい方で、時には衣服をはぎ取られ、パペットマスターに念入りに体中を()()()された。

 ある時は同じく人形にされた少年と、ポルノ映画紛いの卑猥な真似事をさせられる。またある時は気味の悪い異界の蟲や獣に蹂躙される様を笑いながら鑑賞される。

 

 

「う……ぐ……げェほッ……えほッ!」

 

 想像を絶するリアルな感触に耐え消えず、ハルカはその場に嘔吐した。二人分の魂を無理矢理体に押し込めたせいもあったが、ナオミがこの4年間受け続けた拷問めいた凌辱の記憶に、少女の神経はとても耐える事など出来なかったのだ。

 

 

「私が……もたもたしてる間に…………お姉ちゃんは…………ッ!!」

 

 

 涙と、鼻水と、血と、自らの吐瀉物にまみれながら、ハルカはただひたすらにかつての自身の軽率さを後悔した。

 

 私のせいで……私があいつを召喚したせいで、姉の人生をメチャクチャに……取り返しのつかない事態に追い込んでしまった……!!

 この4年間、姉の為に全てを犠牲にしたなどとどの口が言うのか。そんな物姉の受けた苦痛に比べたら比較にもならない。悪魔に魂を売ったなどと笑わせる。姉はその間本物の悪魔に弄ばれ続けていたのだ。

 

 ハルカの負担を少しでも和らげるため、休眠し物言わぬ姉ナオミ。魂になってまで自分を気遣う姉に対し、ハルカはただひたすら謝罪を繰り返す。だが姉に対する懺悔をひとしきり終えた後、

ハルカの中にこみ上げてくる一つの感情があった。

 

 

「よくも……やってくれたなァ………ッ!!」

 

 

 ”怒り” 目の前の外道と、自身の不甲斐なさに対するやり場のない感情が、今少女の体を駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

「腕ガ!俺ノ腕ガアアアア―――ッ!!」

 

 風の印術によって腕を切断され、パペットマスターは狂った様にのたうち回っている。

だがハルカは悶え狂う化け物には目もくれず、マキの元へと急ぐ。

 

「……まずいッ!」

 

 マキのケガは予想よりも酷く、ほとんど息をしていない。ハルカはすぐにサイドポーチから賢者の石を取り出すとマキの体にかざし、治癒魔法の詠唱を始めた。

 

「彼の者の肉体に宿りし精霊よ……」

 

 ハルカの言霊と共に、石から発せられた虹色の光がマキを包む。ほどなく……、血の気の失せていたマキの顔に赤みが差し、止まりかけていた呼吸も元に戻る。

 

「ぅ……うぅ……」

「マキ!大丈夫!?」

 

 意識を取り戻したマキにハルカが呼びかける。体が急激に再生した影響か、マキはまだ少し呆けた様子だった。だがそれも次第に落ち着き、マキはハルカが目の前にいる事に気付いたが……

 

「な……!ハルカ殿!その顔!!」

 

 マキの一声は、互いに無事な事を安堵するよりも、悲壮めいた驚きに満ちていた。ハルカの顔が生々しい裂傷と鮮血にまみれ、どちらがケガ人か解らなかったからだ。だがハルカは別段普段と変わらぬ様子で、こぼれる様な笑顔をマキにかける。

 

「私?私は大丈夫だよ。それに……」

 

 

 

”ドオォンッ!!”

 

「グヘェアア!!」

 

 

「……この通り魔力も戻ったしね?」

 

 突如として巻き起こる爆発!狂乱した振りをして背後に忍び寄っていたパペットマスターを、

ハルカが振り向きもせずに撃退したのだ。あっけにとられるマキをそのままに、ハルカはすぐ近くに倒れていた鼻悪魔を拾い上げると、治癒魔法をかけてからマキに手渡した。

 

「……マキも、鼻悪魔もありがとう。二人がいなかったらここまで来る事も、お姉ちゃんを救い出す事も出来なかった……」

 

 ハルカから受ける突然の感謝に、照れ臭そうに頭をかくマキ。だが次にハルカの口から出た言葉は意外な物だった。

 

「だから…………ごめん」

「え……!?」

 

 

 

 

 

 

「うわっ!」

「!?」

 

 ラングが大きな声で叫ぶ。攫われたはずの少女がいきなり横に立っていたからだ。

 

「な……!?ここは……!」

 

 マキの目の前に、見知った顔と、人形で敷き詰められた床が広がっている。気付いた時には既に、マキは上階へと転移させられていた後だった……

 

 

 

 

 

 

――物言わぬ人形の他は誰もいない空間に、ハルカは一人佇んでいる――

 

 

 

 

「グ……」

 

 

 

「ググ……」

 

 

 

 

 

 

「グゥアアアァァァ――――ッ!!」

 

 雄叫びをあげ、瓦礫の中からパペットマスターが飛び起きた!その顔は鼻悪魔にくらったダメージとハルカの魔法によってボロボロだったが、手負いの獣さながら、目だけが爛々と光り輝いている。

 

「ヨクモヤリヤガッタナ小娘!何処へ行ッタァッ!!」

 

 かつてない程に滾る魔物は、消えた少女を血眼になって探す。そしてすぐに目的の少女を見つけたが……

 

「ヒトリ……ダト!?」

 

 目の前にいるのは西洋人の少女一人、黒髪の少女と、小癪な使い魔の姿は何処にも無い。何処かに隠れているのかと気配を探ったが、少なくともこの部屋にはいないようだ。

 

 

「何ダ?仲間ヲ逃ガシテ一人ダケデ戦ウツモリカ?……馬鹿メ!残ッタ事ヲ後悔サセテヤル!!」

 

 

 恫喝しながらも魔物の頭脳は冷静に働いていた。先程は不意打ちを喰らったが、目の前の娘の力は十分把握している。いくらダメージがあるとはいえ、この程度の敵にやられる要素は無い、そう考えていた。事実この判断は決して間違ってはいなかった。そう、ほんの数分前までだったなら……

 

 

「逃がした……だって?」

 

「!?」

 

 酷く底冷えのする声で、少女は呟いた。

 

 

 

 

「……逃がしたんじゃない、追い払ったんだ……」

 

 

 

 

「マキには……マキにだけは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシの汚い姿を見られたくないからだッ!!」

 

 そう絶叫するやいなや、ハルカはパペットマスターへ猛然と襲い掛かった!!

 

「ホーリーフレイム!」

 

 ハルカは即座に瞬間移動で距離をつめると、パペットマスターの左上腕に狙いを定め火炎魔法を放つ。火、氷、雷……ヴェルナンデス家に伝わる基本3魔法の中で最も威力の高い火炎の術は、魔を払うバーナーとなって瞬時にパペットマスターの腕を消し炭に変える。

 

「グアアアアッ!!」

 

 その身を焼かれる苦痛に耐えきれず、パペットマスターは少女から背を向け逃走を図る。

だが少女の執拗な追撃はなおも続く!

 

「ホーリーフロスト!」

 

 猛然と地を走る氷柱が、逃げようとする獲物を瞬く間に捕らえた。パペットマスターは足を凍らされた事でつんのめり、そのまま顔面からすっ転んでしまう。

 

「ウグ……!?ハ、離レナイ……ッ!」

 

 魔物の左下肢は、ハルカの氷魔法によって完全に床と固着していた。パペットマスターは抜け出そうと必死にもがくがどうやっても外す事が出来ない。その時、背後に凍り付く様な視線を感じた。

 

 

「……どうしたの魔物さん?何かお困り?」

 

 永久凍土(ツンドラ)のような笑みを讃えた少女が、にこにこと微笑みながらこちらを見下ろしている。

少女はしばらくの間パペットマスターを眺めていたが、やがておもむろに腰の杖に手を伸ばすと、パペットマスター目掛け一気に振り下ろす!

 

 

”パキイイィィィンッ!!”

 

 

高級なワイングラスが割れる様な音をたてて、パペットマスターの腕は粉々に砕け散った。

 

 

「グアアァァァ――――――ッッ!!」

 

「アハハハハ!不細工な割りにいい声で鳴くじゃない!」

 

 

 魔物の断末魔に呼応するように、ハルカの冷たい嘲笑が部屋中に響き渡った。

 

 

 

「ア……悪魔メ……ッ」

 

 少女の嗜虐ぶりに、思わずパペットマスターから怨嗟の声が漏れる。だが……

 

”ドガッ”

 

「ウグッ!?」

 

「……あんたに言われたくないね……」

 

 少女の小さな足が、自分の頭ほどもある魔物の指を踏みつける。パペットマスターはあまりの少女の変容ぶりに困惑した。魔力の量も、質も、邪悪さも、その全てが先程までとは別人の様だ。

しかもこの近くにいるだけで震えるような感覚は……まるで――

 

 

「さあ……最後の腕はどうやって失くすのがお好み?」

「――ッ!」

 

 少女の邪悪な物言いに、恐怖でパペットマスターの声が裏返る。4本の腕の内、その3本を破壊され、配下の人形ももういない。もはやこの魔物に反撃の手段は無いと思われたが……

 

 

「イ、イイノカ!俺ヲ殺セバ此処に居ル人形ハ永久二コノママダゾ!」

「!」

 

 パペットマスターの発言に、ハルカの振り上げた腕がピタリと止まる。

 

 

「コイツラノ魂ハ生キテイル!俺ノ呪イデ此処二留メテイルンダ!俺様ヲ殺シテミロ!ソノ呪イハモウ誰ニモ解ケナイ!人形ノ体ガ朽チ果テヨウガ、ソノ魂ハ永久二宙ヲ彷徨ウンダ!」

 

「……」

 

 パペットマスタ―の発した衝撃の事実。その真偽は定かではないが、ハルカに魔物への攻撃を躊躇させるには十分だった。……そしてそれこそがパペットマスターの狙いだった。

 

 

――フフフ……悩ンデイルナ小娘……悩メ、迷エ、ソシテソノママ――

 

 

「死ンデシマエェッ!!」

 

「――!」

 

 その時、ハルカの体を巨大な何かが掴み上げた!それはハルカが一番最初に切り落とした、パペットマスターの右上腕だった。

 

「馬鹿メ!俺様ハ 人形(パペット)(マスター) ダゾ!?マリオネットノ様二、例エ体カラ斬リ離サレテモ原型ガ残ッテイルナラ自由二動カセルンダヨ!!」

 

 先程までの弱気な態度が一転、パペットマスターの勝ち誇った笑いが木霊する!しかし……

 

「エ!?ア……アレ!?」

 

 掴み上げた筈の少女の姿が何処にも無い。

 

嵐流(ウェントゥス)……!」

「!?」

 

 ハルカの放った風の嵐流によって、パペットマスターの右腕は原型が残らぬ程ズタズタに切り裂かれてしまう。ハルカは完全に握りしめられる寸前、瞬間移動で脱出していたのだ。

 

 

「……まったく、どこぞのカリオストロ(じじい)といい、こいつといい、似たようなブラフばかりかましてきやがって……」

 

 ハルカはうっとおしそうに髪をかき上げ、溜息交じりに呟くと。改めてパペットマスターに向きなおった。

 

 

「ナ……ソンナ……!」

 

 文字通りの奥の手すらあっけなくかわされ、パペットマスターハルカに気圧されながらじりじりと後退する。一歩、また一歩、まるでハンティングを楽しむ猟師の如く少女が敵を追い詰める。

……だが意外な形でこの追いかけっこは終わりを告げる。

 

 

 

”ドォンッ!!”

 

「!」

 

 その時、轟音と共に天井に大穴が空いた。アルカード達が空間を遮断していた結界の解除に成功したのだ。

 

「ハルカ殿ォッ!!」

 

 真っ先に降りてきたのは和装に身を包んだ少女だった。続いてその巨体を窮屈そうに捩じりながらラングが。そして続々と仲間たちが降りてくる。このまま仕留めきろうと思っていたハルカにとって、仲間の到着は若干水を差された気分ではあったが……無意識のうちに頬が緩んでいるのもまた事実であった。

 

 

「まずい!奴が!」

「――!」

 

 だがほっとしたのも束の間、マキの叫び声が室内に響く。マキが指さした方向、パペットマスターが徐々にその体を床に沈めようとしているではないか。多勢に無勢、自身の敗北を予期したパペットマスターが、少女の注意が仲間に向いた隙に再び空間転移で逃走を図ったのだ。

 

「逃がすか!」

 

 即座にラングがアガーテの照準を化け物に合わせる。だが……

 

 

「手を出すなァッ!!」

 

『!!!!』

 

 ハルカの一喝がラングを止めた。

 

「な……!?ハルカ、何を言って……」

 

 突然の制止に訝しむ一同に、ハルカは続ける。

 

「皆は手を出さないで……。こいつは……こいつだけは私が……いや、姉妹(わたしたち)決着(ケリ)をつけなきゃいけないんだ……」

「勝手な事言ってるのは解ってる。でもお願い、最後の……本当に最後のわがままだから……」

 

 ハルカの身魂を賭した嘆願。だがこうしている間にもパペットマスターは徐々にその身を床に沈めていく。

 

「な……そんな悠長な場合じゃ……アルカード!」

 

 ハルカの考えを測り兼ね、仲間たちの視線は自然とアルカードに集まった。アルカードは無言でハルカに目を向けた。

――アルカードの金色の瞳と、ハルカの翡翠色の瞳、互いの視線が無言で交わる。そして一瞬の静寂の後……

 

 

 

「……好きにしろ」

『!?』

 

 予想外の答えに、ラング始め暁の騎士たちも驚く。だがアルカードは仲間たちの視線に構う事無く、手にしていた大剣を鞘に納め、すたすたと後方へ引っ込んでしまった。

 

 

「ありがとう……アルカードさん……」

 

 自らの意を酌んでくれたアルカードに、ハルカは感謝の言葉を心の中で呟く。だが、それで目の前の問題が解決したわけでは無い。

 

 

 

「ゲヒヒ!馬鹿メ!俺ヲ仕留メル恰好ノ機会ヲ!」

 

 逃走の成功を確信したのか、パペットマスターが勝ち誇った様に笑う。その体は既に鼻から下……顔の半分も見えなくなっていた。

 

「ダガ覚エテオケ!イズレ傷ヲ癒シタラ、人形モ!オ前達ノ魂モ!必ズ取リ返シテヤル!ソレマデ精々怯エナガラ生キル事ダ!ゲハハ!!」

 

「く……ッ」

 

 忌々しい捨て台詞を吐く化け物に、ラングはハルカ達の真意を測り兼ねる。いくら自身の手で仇を討つ為とはいえ、みすみす手負いの敵を逃がすなど……と。だがその時、ラングはハルカの口元が素早く動いているのに気付いた。

 

 

 

「……燃え盛れ(プレゲトン)

 

 ハルカが吐き捨てる様に呟いた……次の瞬間――

 

”ゴオオオオッ”

 

 赤々と燃える紅蓮の炎が、瞬く間に部屋中を覆い尽くす!

 

 

 

「ナ……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何シテヤガルテメエェ――――――ッ!!」

 

 少女の行動に、パペットマスターが慌てて逃走を中断する。ハルカの放った燃え盛る炎の激流は、部屋の至る所……壁、床、天井を瞬く間に赤く嘗め尽くした。そしてそれは部屋の隅々に置かれた人形達も例外ではない。

 

「熱い!熱いィ!!」

「助けてェ――ッ!!」

「いやあああッ!!」」

 

 その身を焼かれる苦痛に耐えかね、人形達の悲鳴が飛び交う!室内はたちどころに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

 

「オ……オ前ハ一体何ヲ考エテイル!?ソノ人形ハオ前達ト同ジ人間ナンダゾ!オ前ラノ目的ハ人間ヲ救ウ事ジャナイノカ!!」

 

 ハルカのとった無謀な行動に、思わず少女を糾弾するパペットマスター。しかし……

 

「……そんな事……知るか」

「…………ッ!!」

 

 少女の答えに、パペットマスターは絶句する。

 

「何か勘違いしているようだから教えてあげる。わたしはお姉ちゃんを助けるためにこの城に来たの。ドラキュラも、世界も、どうなろうとわたしには関係無いの。お解り?」

 

 悪びれもせず答える少女に、パペットマスターは驚愕した。こいつは何だ?本当に神の加護を受けた戦士か?むしろこちら側……闇の世界の住人の方がよほどお似合いじゃないか……!

 

 

「それよりのんびりしてていいの?早くわたしを殺さないと大事な大事なお人形さん達が真っ黒な炭になっちゃうよ?」

 

「ウグ……ッ、グ……」

 

「糞オオオオオォォッッ!!」

 

 コレクションを守るため、パペットマスターがやぶれかぶれの特攻をハルカにかける!

神の使途であるハルカが人間の魂を人質に取り、逆に人間を弄んだ魔物がそれを助けようとする

なんとも皮肉な展開……しかしそんな状況にあっても、少女はどこまでも冷徹だった。

 

 

「……ホーリーライトニング」

 

”バジイィッ!!”

 

「グゥァッッ――」

 

 ハルカの呼びかけに応じた雷の精霊が、光の玉となってパペットマスターに襲い掛かる。光球に触れた瞬間、パペットマスターの全身を電流が縦横無尽に走り、その体をたちどころに弛緩させた。

 

「グ……ッ!カ……ッ」

 

 膨大な電撃をその身に浴びたパペットマスターは、そのまま体の自由を失い崩れ落ちてしまった。その体はピクピクと痙攣し、さながら科学実験のカエルのようだ。

 

「自分がやられる側になった気分はいかが?」

 

「ウ……ッウゥ……」

 

「楽しいよねえ?無抵抗な物をいじめるのは。わたしも小さい頃よくやったわ。トンボの翅を一枚一枚毟ったり、人形の指を切り落としたり……。ま、お姉ちゃんに怒られてやめたんだけど……」

 

 

 物言わぬ魔物の周囲を、懐かしい過去に思いを馳せながらハルカは歩く。少女と魔物の間にひと時の静寂が訪れた……次の瞬間……

 

 

「本当は……影でこっそり続けてたんだけどね……ッ!!」

 

 無慈悲な鉄槌が、パペットマスターの最後の腕に振り下ろされる!

 

「…………………………………………………………ッッ!!」

 

 パペットマスターの声にならない絶叫が、辺りに轟いた。

 

 

 

 

 

「アッハッハ!あの娘かわいい顔してやるじゃない、やっぱりネコ被ってたのねえ~~♪」

 

 端から一部始終を見ていた女魔術師が、心底愉快そうに少女の戦いぶりを称賛した。いくら味方とはいえそこは闇の眷属の一員。目の前の凄惨な光景を前にしても全く動じる様子が無い。

 

「……ハルカ殿……」

 

 だが傍らの少女は女魔術師とは違う考えだった。少ない時間ではあったが共に少女と時間を過ごし、少女がただ自尊心を慰めるためだけにこんな事をする人間ではないと解っていた。何か……何か意味があるはずだ。マキはハルカの残酷な戦いに動揺しつつも、ハルカの真意を信じた。

 

 

 

 

 

「どう?お姉ちゃんと()()人形になった気分は?動きたくても動けないってどんな気持ちかしら?」

 

 少女がクスクス笑いながら魔物に語り掛ける。

 

 四肢をもがれ、のたうつ事しか出来ないパペットマスター、もはやどうあがいても魔物に勝機は無い。雌雄は決したのだ。

 

 

「タ……テ……クレ……」

「ん――?」

 

 その時、パペットマスターが蚊の鳴くような声で何かを訴えだした。

 

「オ願イ……ダ、命ダケハ……タスケテ……」

 

 

「助……けて?」

 

「何?自分がやばくなった途端助けてくれ?はははは♪」

 

 

”パチン!”

 

 

「……ここにいる人形達の目を見ていってみろ」

 

 ハルカが指を弾くと、それまで煉獄の様に燃え盛っていた炎が、嘘のように消え去った。見れば人形達は服や髪が少し焦げた程度で、その身にケガはほとんど無い。

 

「お前はこの人形達が救いを求めた時何をした?それを見てあざ笑っていただけだろう?なら私も同じ事をしてやる。嬉しいでしょ?私と一緒に()()()()()が出来て♡」

 

 ハルカの発言に、パペットマスターの表情が目に見えて強張る。少女は表情こそ笑ってはいるが、その瞳は全く笑っていない。きっと俺が人形達にしてきた事を全て知った上で言っているのだ。パペットマスターはこれから自分の身に起こるであろう惨劇に、心の底から震え上がった。

だが……

 

 

「…………と、言いたいところだけど」

 

 と、ここで突然ハルカのトーンが変わった。

 

「人形達の魂を開放しろ。そうしたら見逃してやる」

「ナ……何!?」

 

 少女の思いがけぬ提案に、文字通りパペットマスターの目の色が変わった。

 

「……ハルカ、それでいいのか?」

 アルカードが少女の真意を確かめるように尋ねる。

 

「私は殺してもかまわない……いやいっそむごたらしく殺したいんだけど……。お姉ちゃんがひどい事はやめろっていうんだよね。まあ私もこれ以上やってマキに嫌われたくないし……」

 

 思いもよらぬ少女の提案。だがそれでも何百年とかけて集めたコレクションを手放すのは惜しいのか、パペットマスターはこの期に及んでまごついている。

 

 

「そう……命はいらないのね。まあ私にとっては願ったり叶ったり……」

 

 いつまでも結論を出さない敵に業を煮やしたのか、ハルカが杖を持った右手を上げた。慌ててパペットマスターが口を開く。

 

 

「待……待テ!解ッタ!人形達ハ解放シテヤル!!ダカラモウ攻撃スルナ!」

 

「…………してやる?」

 

「ヒィ!ヤ……ヤラセテイタダキマスッ!!」

 

 ハルカの重圧に、パペットマスターはすぐさま呪いの解呪に取り掛かった。魔物が瞑目し呪文を呟くと、やがて辺りの人形達からナオミの時と同じように淡く光る粒子が浮き上がる。

 

 

「これは……」

 

 それは闇夜に何万匹もの蛍が飛ぶような、美しく幻想的な光景だった。何百年ものあいだ人形に繋がれていた罪なき人々の魂が、父なる神が見守る天へと還っていく。

 

――あり……がとう――

「……!」

 

 その時、天に昇る魂の群れから一人の少女が離れ、ハルカに感謝の言葉を捧げた。

 

「私は……何も……それどころか貴方たちに……」

 

 パペットマスターを繋ぎとめるためとはいえ、ハルカは人形達に火をつけ、囮にしたのだ。本当に燃やすつもりは無かったが、ハルカは感謝の言葉を受け取る事を躊躇した。

 

――それでも……ありがとうっていいたいの。ナオミと仲良くね――

「!」

 

 少女の魂は、そう言い残し再び天に昇って行った。

 

「さよう……なら……こちらこそ…………ありがとう」

 

 人形だった間、姉を支えてくれていた少女達の霊に、ハルカは感謝と別れの言葉を告げた。

 

 

 

 

 

 解放された魂が織りなす荘厳なショーもやがて終わりを迎え、辺りには静けさだけが残った。

自身のコレクションまで手放したパペットマスターは、「これでお言いつけは守りましたよ」

とでも言いたげに、すがるような視線をハルカに向ける。

 

 

「うん、よくできました。じゃあこれで用はすんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと死ね」

 

「――!?」

 

 

 ハルカはそっけなく言い放つと、後方にいる仲間たちのために防御結界を張った。

 

 

「ナ……!騙シタノカ!?見逃シテクレルト言ッタデハナイカ!神ノ使途ガ嘘ヲツクノカ!」

 

「……約束?そーいうのは信頼し合える友達同士や、家族でする物だよ?」

 

 狼狽するパペットマスターを見て、ハルカはくすくすと無邪気に笑う。

 

「それに私は神の使途なんて高尚な人間じゃない……」

 ハルカの顔に、再び暗い影が差す。

 

「目の前の下種野郎をブッ殺したいと思ってる……ただの自分勝手な小娘だッ!!」

 

「ヒイイイイイイ!!」

 

 

 魔法の詠唱が進むにつれ、ハルカの体が青白い輝きに包まれる。ハルカの中で膨れ上がった魔力はやがて臨界に達し、その手から解き放たれる!

 

「その穢れた魂ごと消し炭になれ!トォール……ハンマアァ――――――ッ!!」

 

「ギィイヤアアアアァァァ―――――ッッ!!」

 

 

 

 青白く煌めく雷神の槌が、荒れ狂う龍となってパペットマスターに襲い掛かる!

怒り、悔恨、悲哀、屈辱、葛藤……。少女のあらゆる感情を飲み込んで、

トールハンマーは目の前の敵をこの世から完全に消し去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルカの放ったトールハンマーは、パペットマスターはおろか部屋の内壁まで消し去り、不気味に続く大穴を悪魔城に空けた。もっとも万が一にも鏡の設置場所を消すのはまずいと、極力上向きに撃ったのはクレバーな彼女らしかったが。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 圧倒的な戦いぶりだったが、ハルカは肩で息をしていた。高位の魔法を立て続けに使ったせいもあるが、それ以上に精神的な疲労の方が濃いようだった。だがやがてそれも落ち着くと、こころなし重い足取りで、ハルカは仲間たちの下へ歩いてくる。

 

「ハルカ……殿……」

「……マキ……」

 

 真っ先に出迎えたのはマキだった。ハルカはバツが悪いのか、しばらく少女から視線をそらしていたが……やがて意を決したように口を開く。

 

「アハハ……、マキには……見せたくなかったかなァ……」

 

 力無い作り笑顔で、ハルカはマキに語り掛けた。だがマキからの返答はない。

 

「幻滅……した?」

 

 恐る恐る……探る様に……ハルカはマキに尋ねる。できればユリウスやラングの様に、こんな自分でも受け入れて欲しい……そんな淡い願いを込めて。だが……

 

「……はい」

「――!」

 

 返ってきた答えは非情な物だった――

 

「そう……だよね、こんな二重人格な奴なんて……普通……嫌いになるよね…………はは、は…」

 

 長年自分を偽る事に慣れたせいか、マキの発言を受けてもハルカの表情は変わりはしなかった。

だがその視線はマキから外れ、声は明らかに震えている。

 

 

「……勘違いしないでいただきたい」

「え……?」

 

凛としたマキの口調に、うつむきかけていたハルカの顔が思わず上向く。

 

「私が幻滅したと言ったのは、ハルカ殿が私達を置いて一人で戦った事です!」

 

「!」

 

「何故!最後の最後になって私と鼻悪魔殿を飛ばしたのですか!私たちは足手まといだとでもおっしゃりたいのですか!!」

 

「そ、そんなつもりじゃ……私はただ、これ以上マキにケガをしてほしくなくて……それと……」

 

「それと……何ですか?」

 

「初めて……できた友達に……嫌われたく……なかった……から…………」

 

 ハルカがうつむきながらたどたどしく言葉を紡ぎだす。それは闇の眷属を残虐に屠る少女からは想像できない程弱弱しく、いじらしい物だった。

 

「奴に対する仕打ちですか?あの程度で尊敬する友人を嫌いになんかなりません。むしろハルカ殿がやっていなかったら私がやっていました!」

 

 ハルカの目をまっすぐ見ながら、マキが言い切る。そのあまりの堂の入りっぷりに、ハルカはしばしあっけにとられていたが……

 

 

「は……」

 

「はは……」

 

「そう……だよね。悪い奴にはあれ位やって当然だよね!」

 

「ええ、その通り!外道には似合いの末路です!!」

 

 堰を切ったような笑い声が部屋の中に溢れた。ハルカは嬉しかった。姉を取り戻せた事も、目の前の少女が他の仲間と同じ様に自分を受け入れてくれた事も……

 

「あ……」

「ハルカ殿!」

 

 積年の想いを果たし、気が緩んだのかハルカはマキにもたれかかってしまう。着物独特の清涼感のある香りに交じって、少女の優しい匂いがハルカを包み込んだ。

 

「少し休まれますか?」

「そう……だね……じゃあ……少……し……――」

 

 言い終わるより前に、少女は静かな寝息を立てていた。その小さな体に合わぬ偉業を成し遂げた少女を起こさないよう、その場にいる者全員が、無言で二人を見守っていた。

 

 

――お帰り……お姉ちゃん……終わったよ……全部――

 

 

 大切な姉と、愛すべき友人。信頼のおける仲間たちに囲まれ、少女は久しぶりに……本当に久しぶりに幸せなまどろみに落ちていった……

 

 

 

 

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