悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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随分間が空いてしまいましたが明けましておめでとうございます。
本年も悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999をよろしくお願いします。
今年中に完結させたい所ですが……どうなるかなあ。


心の守護者

「ハッ!夢の世界でアタシにケンカ売ろうなんていい度胸じゃない!!」

 

 行く手に立ちふさがる暗黒物質(ダークマター)に、リリスが威勢のいい啖呵をきる!ヴァンパイアハンターと夢魔、期せずして因縁の者同士の共同戦線が始まった!

 

「これでも喰らいなっ!」

 

 夢魔がその豊満な胸に両手を翳すと、たちまちピンク色に輝く魔力が集まりだす。やがてバスケットボール大のハートに形作られた魔力弾は、風船の様にふわふわと暗黒物質に近づき……

 

 

”ドオォォォンッ!!”

 

 

「――!?」

 

 そのファンシーな形に似つかわしくない轟音を響かせながら、ハート弾はピンク色の大爆発を巻き起こした!

 

「凄ェ……!お前意外とやるじゃねえか!」

「好きでやってんじゃないわよ!全く面倒な事に巻き込んでくれちゃって!」

 

 予想外の夢魔の力に、思わずユリウスが賛辞を贈る。返す刀でリリスが悪態をつく。聖なるハンターと闇の眷属という間柄ながら、この二人、意外とウマは合うようだ。

 

「ほら!そっち行ったよ!」

「!」

 

 リリスが指さした方向、未だ収まらぬピンク色の爆煙の中から、ユリウス目掛け暗黒物質が飛び出す!しかし敵が自分を狙って来ることは想定済みだったのか、すでにユリウスは鞭を振りかぶっていた。

 

「邪魔をするな!俺はその先に行かなきゃならねえんだ!!」

 

 カウンターのヴァンパイアキラーがバケモノめがけ一直線に伸びる!――が!

 

”バチィッ!!”

 

「何ッ!?」

 

 万全の体勢で繰り出したヴァンパイアキラーの攻撃は、事も無げに弾かれてしまった。ユリウスが鞭を振るうのと全く同じタイミングで、暗黒物質から伸びた触手がユリウスの鞭を相殺したのだ。

 

”ヒュヒュヒュヒュッッ!!”

 

「くッ!?」

 

 間髪入れずさらに数本の触手鞭が暗黒物質から伸び、ユリウスを襲う!ユリウスも必死に応戦するが、敵の手数の多さに防戦一方だ。

 

「こいつ……ッッ」

 

 無数の触手鞭を捌きながら、ユリウスは先のリリスの言葉を思い返していた。

「自分自身の防衛装置」――目の前の敵は見た目こそ得体の知れない化け物だが、互いの鞭が重なる度に伝わってくる感触は紛う事なき「聖」の属性。目の前の敵は間違いなく自分と同じ存在なのだ。

 

 

”ヒュッ!”

 

「しまッ!?」

 

 その時ユリウスのほんのわずかな思考の隙をついて、さらに数本の触手鞭がユリウスに襲い掛かった!ユリウスは必死にヴァンパイアキラーを振り、三本までは弾き返したが、死角をついてきた4本目の触手鞭に攻撃を許してしまう。

 

「ぐぅあッ!」

 

 真下から突き上げられ、大きく跳ね上げられるユリウス!顎を揺さぶられたせいで軽い脳震盪を起こしたのか、体がいう事をきかない!このままでは頭から地面に激突してしまう――!

 

「ユリウス!」

 

 だがユリウスの体が地面に激突する直前、高速で滑空してきたリリスが地面スレスレでユリウスの体を救いあげた!リリスはいったんバケモノから距離を取ると、焦点のあっていないユリウスの頬を二、三度平手で叩く。

 

「ちょっとしっかりしてよ!あんたアタシと戦った時の傍若無人っぷりはどうしたのよ!」

「……!?う、うるせー!ちょっと油断しただけだ!!」

 

 意識がはっきりしたと思ったら、鼻がつきそうなほどに迫るリリスの顔が目の前にあった。ユリウスは顔を赤らめながら精一杯反論したが、抱きかかえられた状態ではなんともしまらない。

 

 リリスは翼を羽ばたかせながらゆっくりと降下すると、ユリウスをことさら優しくおろし、猫なで声で語り掛けた。

 

「どーするぅ~?お姉さんが代わりにやっつけてあげよっか~?」

「――! 余計なお世話だ!お前は下がって化粧でもしてろ!」

 

 ユリウスは体に纏わりついて来るリリスをぶっきらぼうに振り払うと、再度目の前の”自分自身”に向きなおる。

 

「…………くそッ」

 

 リリスにはああ言ったが、正直な所ユリウスは微塵も油断などしていなかった。それでも攻撃を喰らってしまう程、敵の放つ鞭の”冴え”は凄まじかったのだ。さらに付け加えるならば同じ聖なる力を持つ物同士が戦えば、そこに”ヴァンパイアキラーを使える”というベルモンドのアドバンテージはほとんど無い。

 

「自分自身との勝負、か……」

 

 皮肉にも敵はユリウスの心を守るために、そのユリウス自身を全力で排除しようとしているのだ。だがいくら自分自身とはいえ、やられっぱなしは癪に障る。口に残る血を”ペッ”と吐き出すと、ユリウスは獲物を狩る野生動物の様に少しだけ前傾姿勢をとった。

 

「……!」

 

 明らかに周囲の空気が変わったのを察知し、背後で見ていたリリスが無意識に距離をとる。真っ暗闇のはずの精神世界だが……まるで砂煙舞う西部劇の様相を呈してきた。

 

 

「――目に物見せてやるッ!」

 

 先に仕掛けたのは勿論ユリウスだった。引き絞られた矢が発射されるが如き速力で、一気に敵との距離を詰める!

 

 だが当然の様に暗黒物質も迎撃態勢を敷いていた。一本や二本では無い、数十本にものぼる触手の鞭をハリネズミの様に噴出し、ユリウスの進撃を止めようと襲い掛かった。そしてそのうちの最も速い一本が、ユリウスの目の前数センチの距離に迫る!だが……

 

 

「……つきあわねえぜ?」

 

 

 ユリウスは瞬きもせず、首をいなしただけでこれをかわす! だが初撃を追うように二本目の鞭が伸びる!だがこれも身をよじるのみでかわす! 針の隙間を縫うように、ユリウスは暗黒物質との距離を縮めていく!

 

 ……ユリウスは冷静に敵を観察しなおしてみた。敵は図体がでかいせいか身のこなしはそれほどでも無いらしい。それを補うために無数の鞭を繰り出して”結界”を張っているのだろう。しかしそれでは鞭で一本一本薙ぎ払った所で千日手になっていずれは追い込まれる。ならばどうする?自分が敵に勝っている物……それは…………

 

「機動力!!」

 

――手数でかなわないなら答えは簡単……最初から攻撃を無視すればいい!――

 

 ユリウスは敵の攻撃をあえて無視し、懐に入る事を優先したのだった。

 

 

「……へえ……、やるじゃない」

 

 ユリウスの華麗な身のこなしに、離れた場所から見ていたリリスから賛辞が零れる。幻夢宮でのユリウスは怒りに我を忘れていたとはいえ荒々しさが先にたち、お世辞にも洗練さとはかけ離れた戦い振りであった。ところが今の戦いぶりはどうだ。針の筵ともいわんばかりの矢継ぎ早の攻撃を、青年は紙一重の動きで見事にかわしている。

 

 正直な所ユリウス自身も自分の行動に驚いていた。少し前の自分ならばムキになって正面から鞭の打ち合いを挑んでいただろう。だがさっき一撃を喰らって意識が飛んだ際、何故かユリウスの脳裏にはるか昔……今から十年も前の懐かしい光景が蘇っていたのだった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ユリウス、何度言ったら解るのだ。真正直に突っ込んでばかりでは勝てないぞ!」

 

 あれは修行を始めて二年くらいだっただろうか?確か実戦を想定した組手をしていた時だったと思う。カウンターの一撃をくらい倒れた自分を追い打つように、師は厳しい言葉を投げかけた。

 

 この頃のユリウスは熱心に修行を続けていたが、今以上にムキになる性格だった。その都度師であるジョナサン・モリスに窘められていたが、一向に改善の気配も無く、ジョナサンもほとほと手を焼いていた。

 

 子供の頃から小技に頼る様ではお終いだが、ただ無鉄砲にぶつかるだけなのもこれはこれで具合が悪い。いくら言っても聞かないユリウスに、ある時とうとうジョナサンがその真意を訪ねた。

「何故いつも真正面からぶつかっていくのか?何故相手の弱点をつこうとしないのか?」と……。そしてユリウスから返ってきた言葉は……

 

 

「それは……卑怯者のする事です!」

 

「……!?」

 

 思いもよらぬ返答にジョナサンは困惑した。一方思い切り反抗するようなセリフを思わず言ってしまい、さらに叱られるのではないかとユリウスは委縮する。だがジョナサンは怒るどころか困ったというか、苦笑いというか、何とも複雑な表情でこちらを見下ろしていた。

 

「ユリウス……そこに座りなさい」

 

 しばらく思案した後、ジョナサンは修行を一旦中断してユリウスを座らせた。これは何か大事な事を話すときにいつもジョナサンがやる手段だった。

 

「ユリウス、お前のその真っすぐな心根は素晴らしい……だがその考えは少し浅はかでもある」

 

 静かに話を切り出すジョナサン。だがユリウスは「でも」とくってかかった。だが師ジョナサンは憤るユリウスを制し、話を続けた。

 

「気持ちは解らないでもない。特にベルモンド(おまえ)の力は人間離れしているからな。正々堂々正面から戦いを挑みたい気持ちも解る」

 

「だがなユリウス。もしお前が力だけに頼って悪魔城に挑めば……そうだな、せいぜい下級悪魔、どんなに頑張っても中級の悪魔と張り合うのがやっとだろう」

 

「――それじゃあどうやっても勝てない!」師の言葉に憤るユリウスに、ジョナサンは静かに……だが同時に力強い言葉で語った。

 

「だが人間には知恵がある。信仰がある。天高く飛ぶ鳥を落とすために弓矢や銃を、身を守るために盾や鎧を作り出したように、闇の者には神の聖なる力を借りて戦えばよい」

 

「いいかユリウス、相手の短所にこちらの長所をぶつけるのは決して卑怯な事ではない。この先必ずお前と同等……いやそれ以上の力を持つ敵が現れるだろう。その時は決して同じリングで戦おうと思うな、相手をよく観察し、お前が優れている物を探すのだ……!」

 

 

◆◆◆

 

 

◆◆

 

 

 

 

 遠い昔に受けた師の教えが何故か今頃になって思い出された。もっともその時はすぐに理解できず、それからしばらく師に窘められる日々が続いたのだが……

 

 ”上には上がいる”ハルカやアルカードに会った事で散々理解したつもりだったが、悪魔城に来るまでその本当の意味を理解してはいなかったのかもしれない。

 ワーウルフ、死神、カリオストロ、ドミナス……その他数多のクリーチャーとの戦いが、ユリウスの身体を、そして何より精神を成長させていた。

 

 

 ヒュドラの如く襲い来る触手鞭の群れを軽々とかわし続けるユリウス。だが上空から一部始終を見ていたリリスには、同時にその状況の危うさを察知していた。

 

「……まずいわね……」

 

 襲い掛かる触手鞭の群れを華麗にかわし続けているように見えるユリウスだったが、それは指向性を制限されているという事でもある。夢魔にはユリウスが、まるで蜘蛛の巣の中に誘い込まれる蝶の様に見えた。

 

 

「……!」

 

 リリスの予感は当たっていた。右へ左へ避けている様に見えていたユリウスだったが、気付いた時にはいつの間にか敵の正面へと誘導されていたのだ。

 

 上も、後ろも、右も、左も、伸びた触手が迫り進む事は出来ない。ただひとつ、道が開かれているのは敵が待ち構えている正面のみ……!

 

”ダッ”

 

 一瞬の躊躇も無く目の前の暗黒物質に向かい走り出すユリウス!だがその時、逃げ道の無いユリウスに向かって暗黒物質から何かが放出された。

 

「鉄球!?」

 

 それは進むべき道を覆い隠すほど巨大な”鉄球”!……にユリウスには見えた。周囲には鋭い触手鞭が迫り、前方には行く手を阻む巨大な鉄球!正に絶体絶命……!だが――

 

 

「色即是空……!」

 

 突如霞の様に消えたユリウスに、放たれた鉄球がむなしく空を切る。かつては意識を集中し、精神を統一しなければ使えなかった”色即是空”。だが今のユリウスはこのような追い込まれた状況でもごく自然に使える程の境地に達していた。

 一方不意に目標を見失った鉄球は、やはり後方からユリウスを狙っていた触手鞭と衝突し相殺されてしまう。ユリウスの姿を見失い、慌てふためく暗黒物質!その時――

 

 

”ゴオオオオオオオッ!!”

 

”!!!????”

 

 その時不意に、巨大な青白い炎が暗黒物質の体を包み込む!

 

「夢の世界だからな……出し惜しみは無しだ!!」

 

 ユリウスは腰のサイドポーチからありったけの聖水の瓶を取り出すと、身動きの取れない暗黒物質めがけその全てを放り投げた!

 

 

”ゴオオオオオオオッ!!”

 

 暗黒の空間に、巨大な火柱が巻き起こる!!いかに聖なる力を持っていても、炎の威力の前では意味を成さない。青白く燃える聖なる炎は瞬く間に暗黒物質を包み込み、勢いよく燃え上がった!

 

”ッッッッ!?!?”

 

「…………」

 

 青白い火だるまとなってのたうち回る暗黒物質に、ユリウスは多少の心苦しさと哀れさを感じていた……だがユリウスはその様を両の目に焼き付けながら、断固たる決意のもと告げる。

 

「すまねえ……。だが、俺はどうしても先に行かなきゃならないんだ……!」

 

――――――――!

 

 未練を断ち切るように、ヴァンパイアキラーの一撃が振り下ろされた。炎に包まれたユリウスの防衛精神は真っ二つに両断され、崩れ落ちる薪の様に燃え尽きていった……

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 焼けこげた敵の躯を見ながら、ユリウスは複雑な思いと、若干の違和感に包まれていた。

この敵が自分のトラウマを守る防衛装置だとしたら、恐らく戦い方も自分と似るはず。だが鞭の攻撃と性質こそ似ていたものの、ユリウス自身がするようなアクロバティックな動きは最後まで見せる事は無かった。それに敵が最後に繰り出してきた鉄球……あれはまるで……

 

 

「相変わらず無茶苦茶な戦い方ね……そんなに簡単に倒せるなら最初から本気出しなさいよ!」

 

 その時離れた宙から一部始終を見ていたリリスが、けたたましい声をあげてユリウスの下に降りてきた。幾分嫌味も含んではいたが、称賛はしてくれているのだろう。そんなに悪い気はしない。

 

「チッ、うっせーよ。ま、一応助けてくれた事は感謝しとくけどな……」

「……!」

 

 ユリウスがひどく回りくどい謝辞をリリスに述べる。例えぶっきらぼうな言い方でもそれなりに嬉しかったのか、リリスは半ば呆れながらも照れ臭そうにはにかんだ。

 

……やっぱり見た目だけはストライクだな……と、ユリウスは心の中でそう思った。

 

 

「……まあ……思い過ごしか」

 

 

 もう一度敵の躯を見る。きっと敵は道を塞ぐのを優先しすぎてあまり動けなかったのだろう……多少強引ではあるがユリウスはそう思う事にした。

 とにかくこれで道を遮る物は居なくなった。相変わらず辺りは真っ暗闇だが、それもそのうち晴れるだろう。ユリウスは踵を返すと、化け物に塞がれて進めなかった奥の方へ歩き出そうとした。しかし……

 

 

「――! ユリウス後ろ!」

 

「!?」

 

 甲高いリリスの悲鳴が闇に轟いた瞬間、ユリウスの足首に触手がからみつく!完全に虚をつかれたユリウスはそのまま前のめりにすっ転んでしまった。慌てて触手の出所を探る。ユリウスは目を疑った。今しがた真っ二つにした件の暗黒物質が再びその姿を現しているではないか!

 

「な……!?こいつ不死身か!?」

 

 精神の世界だから無限に再生出来るのか!?ユリウスは転んだ痛みも忘れる程に混乱した。手ごたえはこれ以上ないという程にあった。確実に倒したはずだ。だというのに暗黒物質はユリウスを引き戻そうと、絡めた触手を自身の元に手繰り寄せている。

 

「死にぞこないがッ!!」

 

 ユリウスは太もものホルダーからナイフを引き抜くと、絡みつく触手を切り払った。

 

「倒しても復活するってんなら……、何度でも倒すだけだ!!」

 

 ユリウスは再びヴァンパイアキラーを握りしめると、我武者羅に突撃した。見た目からでは敵が完全に再生しているのかどうかは解らなかったが、それならそれで叩き潰すだけだと開き直っていた。

 

”ヴァシィィィィッ!!”

 

 青白い閃光が暗闇に走る。今度こそ倒した!ユリウスは確信したが、目の前に立ちはだかる敵は尚も倒れず、再び行く手を遮る。

 

ユリウスが攻撃する。一旦は敵が倒れる。だがすぐに立ち上がり、また行く手を遮る。倒して、起き上がって、また倒すの繰り返し。一体何度同じ事を繰り返したか解らない。だがどんな攻撃を加えても、決して暗黒物質は道を譲ろうとはしなかった。

 

 

「くそ……!何で!!何で倒れない!!こんなに打ち込んでいるのに……!何で……!」

 

「!、ユリウス……あんた……」

 

 その時傍で見ていたリリスは青年の異変に気付いた。どういう事か、ユリウスの両の目から、

大粒の涙がとめどなく零れ落ちていたのだ。

 

 何でだ……、何でこんなにつらいんだ。何で涙が溢れてくるんだ。ただ目の前の敵を攻撃しているだけなのに……!俺は……俺は……!!

 なぜ涙が溢れるのかユリウスにも解らなかった。ただ目の前の敵がどういうわけかある人物とだぶって見えるのだ。丁度半年前、自分を一人前にするため老体に鞭を打ち、何度も、何回も立ち上がってきたあの人の姿に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

”ガシャアンッ!”

 

「ちょ……何でやめるのよ!?あと少しじゃない!」

 

 それから何度か同じ事を繰り返したのち、ユリウスは握っていたヴァンパイアキラーを自ら手放した。戦闘放棄ともいえるその不可解な行為に、リリスが大きな声で叫ぶ。

 

 しかしユリウスはそんなリリスの声に耳を貸す事無く、目の前の敵に目をやった。ユリウスの攻撃を受け続け、バケモノの体はボロボロ……。いや、輪郭も、大きさも、何もかもあやふやな怪物なのだからそんな事は解るはずは無い。だがユリウスの目にはそうとしか映らなかった。

 

「何で……そうまでして…………」

 

……だというのに、目の前の敵はユリウスの前から動こうとはしない。息も絶え絶えになりながら、それでも道を譲らない敵……。ユリウスにはこれ以上この敵を鞭撃つ事が出来なかった。

 

「…………」

 

 ユリウスは無手のまま敵の下へと歩いて行った。信じられないといった表情で戸惑うリリスを横に、ユリウスは進む。やがて手を伸ばせば届く距離まで近づいた時、微かな……本当に微かな声が、ユリウスの心に直接響いてきた。

 

 

「行っては……」

 

 

「行っては……ダメだ…………」

 

 

「この先に……行ったら……お前は……」

 

 

 半年ぶりに聞く、少しだけしわがれた懐かしい声……。ユリウスは導かれるように声の主にそっと手を伸ばすと、同じ様に静かに語り掛けた。

 

 

「先生……ありがとうございます。旅立たれた後でさえ、こうして俺を心配してくれて……」

 

「でも……もう俺は大丈夫です。この城に来て、俺は成長しました。信頼できる仲間も出来ました。半年前とは違う……だから……もう心配はいりません」

 

 

 少しだけ瞳をうるませながら、ユリウスはせつせつと語り掛けた。やがて……それまで暗い闇に覆われていた目の前の靄が、懐かしい師の姿に変わった様な気がした。

 

 

「…………」

 

 

「……そう……か」

 

 

「お前は……本当に私を超えたのだな…………」

 

 

師の幻影はそう言い残すと、安らかな表情を浮かべながらユリウスの前から消えていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョナサンの残留思念が消えるのと同時に、それまで空間を覆っていた黒い靄は晴れ、辺りはうつろう精神を象徴するようなサイケデリックなマーブル模様の空間へと変わっていた。そしてそんな空間に、ユリウスとリリス、二人だけが残った。

 

「ねえどういう事?あの人ってあんたの師匠でしょ?死んだ人間が何であんたの頭の中にいたのさ!?」

 

 リリスが興奮気味に問いただす。リリス曰く、「その人のトラウマを作り出した人物が、文字通りトラウマとなって精神の中に巣食っている事はまれにある」らしい。

 だがわざわざ死んだ人間が他人の精神を守っていたなどと言う事例は、今まで数々の夢を見てきたリリスにとっても初めての事だという。ユリウスはしばらく瞑目し、思い当たる事を考えてみたが……

 

「解らねえ……。何で先生が俺の中で俺の心を守ってたのか…………でも、」

 

 ユリウスが自身の精神の奥を見据える。

 

「この先に行けば嫌でも解る……!」

 

 ユリウスの精神世界は、この先に待っているトラウマの大きさを表すかのように、

禍々しく渦巻いていた……

 

 

 

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