悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
多くにして一つなるもの
地底湖を渡り終えたラング、ハルカ、アルカードの3人。だが悪魔城最下層に広がる地下水脈はここからが本番である。
アリの巣の様に複雑に張り巡らされた薄暗い洞穴は非常に迷いやすく、かつ敵の奇襲を受けやすい。また狭い通路では強制的に1対1の戦いを強いられるため、数の力でゴリ押す事も出来ない。結果何人ものハンターがこの地下迷宮を彷徨い、本城へ辿り着く事なく果てていった。
「グルルル…………」
そしてここにも、曲がりくねった岩肌の影から侵入者を狙う魔物が一匹……その魔物の名は”ワージャガ―”。その名の通り半人半豹の獣人だ。ワーウルフと同じ様に体術に長け、かつその爪や牙の鋭さはワーウルフ以上である。
何故ジャガーの獣人が地下洞窟に生息しているかはともかく、この魔獣は今まで何人もの戦士をその手にかけてきた。なぜならばその嗅覚、聴覚は人間の比では無い。たとえ敵が数百メートル離れていてもその行動は手に取るように解る。ワージャガーは久方ぶりの獲物の来訪に、虎視眈々とその爪と牙を研ぐ……
”バスッ!”
「――ギャッ」
……事は出来なかった。
「……よし」
ワージャガーから遠く離れた通路の奥、スコープを覗くラングの姿があった。
レライエの銃のスコープはその場からは見る事の出来ない遥か先を見渡す事が出来る。小部屋や扉が多い幻夢宮や開けた空間の空中庭園と違い、入り組んではいるが地続きの地下洞窟はレライエの跳弾を撃ち込むのにうってつけだった。結果、三人は船着き場からここまで一切魔物の襲撃を受ける事無く、かつ正しいルートの選択に成功していた。
「むーー!ラングさんばっかりズルい!私にも少しは戦わせてよ!!」
「うわッ!」
横で見ていたハルカが頬を丸々と膨らませてスコープの前に顔を出す。船着き場以降ほとんどの敵をラングが狙撃で倒してしまうため、非常にフラストレーションが溜まっているのだ。
「ははは……、まあ今は我慢してくれ。それに俺だってたまには活躍したいんだ」
ジョーク交じりに返すラング。その時ふいに後方で警戒にあたっていたアルカードと目が合う。無言で言葉を交わす二人……勿論ラングは本当に自己顕示欲だけでこんな事をしている訳ではなかった。
◆
「……ハルカの事だが……」
舞踏館で忠守達と会議をした折、ラングはアルカードから少女の状態について教えられていた。今のハルカは二人分の魂を無理やり体に納めている。無理をすればいつ体が崩壊してもおかしくない、と……
そのためラングは出来る限り少女の負担を減らすべく、進行ルートに潜む敵ほぼ全てを一人で片付けていた。きっとこの先まだ強大な敵が何体も待ち受けている。その時必要なのは自身の銃では無くハルカの圧倒的な魔力だろう。その時のために少しでも少女の負担を減らしたい……そう思っての行動だったのだが、そんなラング達の心を知ってか知らずか、欲求不満なハルカはますます不機嫌になっていくのだった。
◆
「……!出口が見えたぞ!」
それからしばらく進んだ所で、ラングのスコープに見知った扉が映りこんだ。導かれる様に進んだ先、ごつごつとした岩肌に酷く不釣り合いな、鋼鉄製の重厚な扉が三人の前にその姿を現す。
「……ここを越えれば本城だ。二人とも気を抜くな」
アルカードが二人の意志を確認するように告げる。もちろんラングもハルカも腹は決まっている。……正直な所ユリウスの事も気がかりではあったが、今は無事の帰還を信じるしかない。
二人は無言で頷くと、まずラングが目の前の扉に慎重に手をかけた。
”ゴゴゴゴゴゴゴ……”
「!!!」
扉は今までと同じ様に、特に力を入れるまでも無くその双鋼を開いた。それと同時に眩むほどの光が三人を照らし出す。あまりのまぶしさにラングは思わず目を覆った。
「…………ここ、か……」
ようやく目が慣れ始めた頃、そうアルカードの呟き声が聞こえた。見ればいつも以上に険しい視線を目の前の空間にやっている。アルカードの表情に若干の不安を覚えつつも、ラングも瞼を覆う腕を払い視線を移した。
……そこはダンスホールをそのまま巨大化させたような、ひどくだだっ広い円柱状の空間だった。
やたらとまぶしいのも当然で、砂利か何かだろうか……壁も地面も驚くほど真っ白。だというのに天井は恐ろしく高く、漆黒の闇が広がる吹き抜けになっていた。
地面の形状は中央が窪んだすり鉢状で、すり鉢の底には祭壇の様な物がある。祭壇の周りには用途は不明だが、三人掛けのソファーほどの大きさの台座が幾つも宙に浮かんでいた。
白い砂利といい、すり鉢型の構造といい、まるで巨大な蟻地獄に引きこまれるようだ。とはいえいつまでも警戒している訳にもいかない。まず先頭にいたラングがレライエの魔銃を構え、ゆっくりと一歩踏み出す。…………が、
”パキィッ”
「ッ!?」
足元から伝わる違和感におもわずラングが足をひっこめる。
「これは――骨ッ!?」
てっきり白い砂利か何かと思っていた物の正体は、真っ白い大量の人骨であった。この部屋は壁も、床も、祭壇と宙に浮く台座以外の全てが白い人骨で作られているのだ。
「……行くぞ」
躊躇するラングを押しのけるように、骨を踏みつけながらアルカードはすたすたと先に進む。続いてハルカも特に感傷に浸る事無く歩き出した。二人ともこんな事態には慣れっこなのか、頭蓋骨だろうが上腕骨だろうが平気で踏みつけていく。
「ラングさん何してるの、置いてっちゃうよ!」
ハルカの呼ぶ声に慌てて後を追う。骨は長い間晒されて風化しているのか、少し踏んだだけでパキパキと音を立てて崩れる。ラングは二人ほど開き直る事は出来ず、なるべく頭蓋骨だけは踏まぬように注意しながら進んだ。
◆
◆
◆
”ヒュゥ――――”
「?」
三人が深殿の半分程……すり鉢の底辺りまで進んだその時、どこからか不意に風を切るような音が聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、音は次第に大きくなり……
”ドォスゥンンッッ!!”
「ッ!?」
重い衝撃音と共に、幾つもの白骨が宙を舞った。何か重量物が上空から降ってきたのだ。即座にラングは落下物が落ちた場所を、アルカードは上空を、ハルカは周囲を警戒する。だが……辺りには敵の気配はなく、天井も相変わらず漆黒の闇を湛えている。
ラングが銃口を向けながら落下点まで慎重に近付いていくと、地面に空いたくぼみに、何やら蠢く白い影が一つ見えた。
「にん……げん?」
その白い影は、人骨のクレーターの中からのっそりと体を起こした。見たところ頭があり、足があり、腕がある。だがこちらをふりむいたその顔は……
「げぇ!?」
「きもッ!」
ラングとハルカが思わず悲鳴を上げた。その白い人間には目が無かった。いや、その人間モドキには目どころか鼻も、口も、耳も無く、それどころか爪や髪の毛、生殖器も無い青白い不気味なのっぺらぼうだった。シルエットだけなら礼拝堂で見たドッペルゲンガーにそっくりだが、こいつからは生気が感じられない。
「!こいつやる気か!?」
ニンゲンモドキは両の手を前方にだらんとぶら下げ、頭を不気味に震わせながら三人の下へ近づいてくる。ラングは徐々に歩み寄って来るニンゲンモドキに対し再三警告を発したが、耳が無いせいかラングの声も聞こえていない様だった。
「Shit!」
”パァン!!”
不気味ににじり寄って来るニンゲンモドキに対し、ラングは頭部に狙いを定め銃の引き金を引いた。するとどうした事か、その不気味な風体に似合わずたった一発の銃弾でニンゲンモドキはあっさりと四散した。
「な、何だ?メチャクチャ脆いぞ!?」
拍子抜けする程あっさりと倒れた敵に、攻撃した当の本人が逆に驚く。
「アルカード、こいつは一体何なんだ!?」
ラングはバケモノの素性を知っているであろうアルカードに呼びかけた。だがアルカードはニンゲンモドキには目もくれず、何故か深殿の天井をじっと見つめている。何かあるのかとつられるようにラングも視線を上に向ける……が、ラングはすぐに自分の行動を後悔した。
――最初ラングは”それ”が何かわからなかった。何か白い球体の様な物が、いつの間にか三人の頭上に音も無く出現していたのだ。
だが……”それ”が段々と大きくなり、徐々に輪郭がはっきりしてくるにつれラングの背筋にぞわぞわとした悪寒が走った。
”それ”はただの球体では無かった。何千、何万ものニンゲンモドキがまるでスクラムでも組むように組み付き、蠢き、絡み合い、巨大な球体を形成していたのだ。日本に住んでいた頃、母が骨董市で何人もの男が絡み合って人の顔を形作っているという薄気味の悪い古い版画を買ってきた事があったが、その時のトラウマが呼び起こされそうになった。
「ねえ、ちょっと……まずくない!?」
「!!」
そのニンゲンモドキの集合体は、徐々に天から降りてくるどころか、すり鉢の底にいるアルカード達をその巨体で押しつぶそうと急速に落下してきた!あまりの巨大さに、今からでは回避が間に合わない!
「うわああああああッ!!」
”ズ……ウウゥゥゥン……”
轟音と共に立ち昇る白煙、部屋の中央に鎮座していた祭壇は粉々に押しつぶされ、そのすぐ傍にいた三人は……
「……あ、危なかった……すまない、ハルカ」
「フフ……どういたしまして❤」
そこには宙に浮く台座から化け物を見下ろす三人の姿があった。
押しつぶされる直前、アルカードは蝙蝠に変化、ラングはハルカの瞬間移動によって間一髪で体当たりを回避し、事なきを得ていた。
とりあえず命の危機を脱したラングは台座から身を乗り出し、眼下の化け物を観察してみる。
「一体何なんだ……こいつは」
上空数十メートルに浮かぶ台座からでも手が届きそうな程に、その不気味な球体はデカかった。球体はこちらに気付いていないのか(そもそも意思があるのかどうかも解らないが)、深殿の底に居座ったまま微動だにしない。
……その時、いつの間にかラング達のいる台座に移動してきたアルカードが静かに口を開いた。
「……
「レギ……オン!?」
◆
”レギオン”……ラテン語で”軍団”の意味を持つ悪霊を指す。
新約聖書によれば複数の悪霊の集合体であり、現在のイスラエル北部、ガラリヤ湖周辺で人間に憑りつき悪さをしていたという。だが丁度その地で布教活動にあたっていたかのイエス・キリストによって祓われた……とされるが、ここ悪魔城では少々趣が異なる。
◆
「もともとこの地下深殿は暗黒の神への
「…………ッ」
アルカードの説明に思わず息を飲む。つまりこの深殿を作っている壁や床の骨は全て、ドラキュラによって命を奪われた人間の成れの果てという事だ。一体これまで何人の人間が犠牲となったというのだろうか。
「……こんなバケモノどうやって倒す?」
レギオンの大きさから推定するに、その巨体を形成する躯の数は千や二千では収まりきらない。いくら脆いとはいえ、こんな膨大な数の躯をまともに相手にしていたら時間も、体力も、いくらあっても足りない。
「今見えている躯はレギオンの外殻に過ぎん、内部にあるコアを叩けば他の躯も崩壊する。それでも相当な数を削らなければならない事に変わりは無いが……」
二人が話し合っているその時、何かを察したようにもう一人の仲間が会話に割り込んできた。
「要はあの気持ち悪いのを全部やっつけちゃえばいいんでしょ?」
ハルカが二人の顔を上目遣いで覗き込む。
「……やってくれるか?」
「まっかせてよ!」
ハルカはその小さな胸を勢いよく叩くと、元気な声で答えた。
「(アルカード……!)」
ラングがアルカードに目配せする。強力な術法を使った時のハルカの負担を危惧しているのだ。
勿論アルカードも気付いていないわけでは無かった。だが現状レギオンを最小の労力で仕留められるのはハルカだけだ。非情ではあるが時間も限られた今、ハルカという”駒”の使いどころは今しかない。
「今まで我慢してきた分思いっきりやるから二人とも離れてて!アルカードさんラングさんをお願いね?」
沈痛な面持ちのアルカード達を慮る様に、ハルカは茶目っ気溢れるウインクを二人に投げると、レギオンに一番近い台座に飛び降りた。
「お姉ちゃん……力を貸して……」
ハルカは翡翠色の眼を閉じるとそう静かに呟き、精霊魔法の詠唱を始めた。姉の魂から魔力がそそがれ、瞬く間にハルカの周囲に青白い光の粒子が現れ始める。
「いいかラング、ハルカの魔法でコアが露出した瞬間を狙う。レギオンのコアを暴れさせると面倒な事になる。タイミングを逃すな、一撃で仕留めるぞ」
アルカードがその手に暗黒球を滾らせながらラングに指示した。ハルカの負担を少しでも減らすためには、仕留め損ねて二発目を撃たせる訳にはいかない。銃を握るラングの指先に思わず力が入る。やがてハルカの魔力は臨界に達し、目を開けているのもつらいほど少女の体は眩く輝き出した。
「直接見るな!目をやられるぞ!!」
アルカードの言葉に、慌てて目を覆う。そして次の瞬間、満を持してヴェルナンデスの誇る最終奥義が放たれた!!
「トオォォ――ルウゥゥゥ・ハンマァァァ――――ッ!!!」
「――そうはさせぬ――」
「!!」
”ヴィシャアアアアアンッッ!!”
「う……ごほッ」
「けほっ、けほっ」
「……二人とも無事か?」
濛々と立ち込める煙の中、何とか体を起こし立ち上がるラングとハルカ。アルカードが寸での所で障壁を張った事で、宙の台座から吹っ飛ばされたものの三人はかろうじて爆発から生き延びていた。だが同時に宙に浮くレギオンも全くの無傷のままその威容を誇っていた。
「一体何が……?」
頭を振り払いながらラングが辺りを見回す。目を閉じていたから詳細は解らないが、トールハンマーが放たれた後何者かの声がして……物凄い爆音が聞こえて……それから…………
「さすがはご子息殿……あの程度では倒す事は出来ませぬか」
『!!!』
突如深殿に響いたしゃがれた老人の声に、三人は一斉に声のした方向を見上げた。
『――シャフト!!』
宙に浮かび、こちらを見下ろしていたのは紫色の法衣を纏った老人、暗黒神官シャフトであった。
「爆発の瞬間に聞こえた声……やはり貴様だったか」
ハルカのトールハンマーを真っ向から相殺できる者などいくら悪魔城といえど限られた者しかいない。暗黒神官の出現は想定の範囲内だったのか、アルカードはさして驚いている様子も無い。
「……お早いおつきで。レギオンは人間界に進攻する際、地表を焼き尽くす為の大切な尖兵。みすみす倒させる訳には参りませぬからな…………む?」
抜け目のない暗黒神官は、すぐに一行の異変に気付いた。
「ベルモンドの姿が見えませぬな……また何かつまらぬ策でも弄しておられるのかな?」
「……」
シャフトが蔑んだ視線を一行に投げかけた。恐らく先のダンスホールと同じ様に何か意図があってユリウスだけ別行動させていると思っているのだろう。もっともユリウスが不在なのはアルカード達にとっても全くの不測の事態で、別に作戦でも何でも無いのだが……
「貴様には関係のない事だ。ホールでの続き……始めるとしようか」
シャフトの詮索にも動じる事無く、アルカードが腰のヴァルマンウェを颯爽と抜き放つ。その殺気を察知し、ラングとハルカも即座に臨戦態勢をとった。
「フフ……まあそう焦られますな。急いては事を仕損じると申しますぞ?軍人、貴様は特にな……」
「何?」
意味深なシャフトの言葉に、何か嫌な予感がしたラングはもう一度シャフトとその背後のレギオンをよく観察してみた。そして……瞬く間にラングに戦慄が走った。
「ティード将軍!!」
「え!?おじさま!?」
名称こそ違うがラングとハルカ、二人が叫んだのは同じ人間の名だった。核の捜索のため時計塔に赴き、シャフトの凶刃に倒れたと思っていたティード将軍が、眼前の怪物に取り込まれていた。幸か不幸か、ラングのスナイパーとしての視力が、無数に蠢く躯の中から上官の姿を探し当てたのだった。
「な……!?将軍はお前が殺したんじゃ……!?」
「誰がいつ奴の命を奪ったなどと言った?この悪魔城を破壊しようなどという不届き者の主魁を、誰が楽に死なせなどするものか……!」
ティード将軍は大分血の気は失せているが、他の躯と違いその肌にはかろうじて赤みがさしている。シャフトの言う通り、まだ将軍は生きているのだ。
「貴……様ァ……ッ!!」
将軍の命を弄ぶ様なシャフトの行いに、ラングがその顔を真っ赤に上気させ老人の皺だらけの顔を睨みつける。だがそんなラングの表情とは対照的に、シャフトは涼し気な顔で言い放つ。
「フフ……親しき者を囚われただけで人は不自由な木偶と化す……、よく知っておるとも、私もかつて人間だったのだからな」
シャフトの手に持った水晶玉に、これまでの戦いの映像が走馬灯の様に流れる。そして同時に、それまで微動だにしなかったレギオンが、再び胎動を始めた。
「貴様らが人の命とやらをことさら大事にしているのは解っておる。そのまま手をこまねいてレギオンに飲み込まれるも良し、大義のため上官を殺し悔恨に囚われるも良し……どちらでも好きにするがよい。フハハハハハハハ!!」
地下深殿に、シャフトの低く、不気味な笑い声がいつまでも響いていた……
前回から更新が遅れてしまい申し訳ありません(なんかここの所毎回同じ事を言っている気がしますが……)。
また最新話投稿と同時に、31話、60話のモンスターの項目にそれぞれ骨ばしらとハーピーのデータを追加しました。
本文には出てきてはいませんが、文章に書かれていない所で戦っていた……という事でどうかひとつお願いします。