悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
「聖なる守りよ!」
世界が真っ白に染まる瞬間、どこからか少女の声が聞こえた。だが反射的にうずくまる体勢になったラングには何が起きたのか確認する術が無い。
…………長い静寂が続く……10秒…20秒……どうやらまだ自分は生きているらしい……
恐る恐る目を開けてみると、そこには以前と変わらぬダンスホールの光景が広がっていた。
「……やられたなあ……けっこー本気で結界張ったのに魔力がムダになっちゃった……」
辺りを見るとそこには見知らぬ少女が一人、ユリウスと並んで立っていた。栗色の髪の小柄な少女だ。少女本人には何もおかしな所は無いが、華奢な体に不釣合いなゴツイ杖が否応にも目を引く。
少女は悔しそうに何かブツブツ呟いている。見れば宙にいたあのガイコツの魔物はどこにもおらず、そのせいなのか気温も元に戻っている。ホールにまったく変化が無い所を見ると奴の言葉はブラフで、自分達は見事におちょくられたらしい。
怒りよりも内心ホッとしていた…… あんな近くで核爆発に遭うなど想像しただけでケツの穴がムズがゆくなる。しかしユリウスは騙されたのがよほど悔しかったのか、ひどく不機嫌そうな顔で誰もいなくなった宙をじっと睨んでいる。
するとほどなく、件の少女がつかつかとユリウスに近づいて行く。少女はユリウスの正面まで進むと、いきなり持っていた杖で「ゴチン!」とユリウスのあたまを小突いた。
「いで!」ユリウスがおもわず頭を押さえる。少し離れたここまで聞こえる程だからけっこうな衝撃だろう。
「バカ!また一人で先行っちゃって!!もしホントにアイツが撃ってきてたらどうするつもりだったの!?」
唐突に始まった少女のお説教にラングは面食らった。どうやら二人はすでに知り合いのようだ。有角が兄だとすればこの少女は妹に見える。
「っせ―な!ガキが一丁前に説教すんな!お前こそ何でここにいる!?」
今まで見てきたユリウスとは程遠い、子供っぽい態度に思わず吹き出しそうになる。
しかし彼がここまで単独先行したのは自分や仲間達のためにしてくれた行動でもあるので、ラングはそろそろ助け舟を出す事にした。反面、この微笑ましい兄妹げんかをもっと眺めていたい気もした。
「ところであなたは誰?見た感じ軍人さんっぽいけど…」
迷っているうちに向こうから話しかけられた。ここでラングは少し茶目っ気を出すことにした。
「自分は合衆国海兵隊所属、ラング・ダナスティ一等軍曹であります!」
わざと大仰に形式ばった挨拶をしてみる。少女は初めあっけにとられていたが、すぐに表情を整えると「これはご丁寧にどうも、わたしは教会から派遣されているハルカ・ヴェルナンデスと申します。以後お見知りおきを♡」と、ほがらかに答えた。
スカートのすそを持ち、靴のつま先をちょこんとつけ、大昔の貴族のように少女が
しかしこんな小さな子まで闘うのか……ここでは一般的な常識など何の意味も無いという事は嫌というほど身に染みていたはずだったが、それでもなんともいえない複雑な気持ちになってくる。
……おそらくこの可憐な少女も自分より強いのだろう……その通常なら有り得ない現実に、ラングはますます自信を無くすのだった……
◆
そんなやりとりをしているうち、後方の入り口が騒がしくなり始めた。
すわ新手のモンスターかと身構えたが、やがて現れた人間の姿に安堵する。有角の言っていた後続の仲間達とは彼らの事だろう。
教会の人間と思われる修道服を着た者やスーツを着た者、このヨーロッパの城には不釣合いな東洋の着物を着た者までいる。少々まとまりにかけるな、とラングは思った。
ただやはりというか……軍服を着た者の姿は無い、淡い期待を抱いていたのだがやはり外の連中は全員魔物にやられてしまったのだろうか……?
結局その後さらに20人ほどの人間がホールに入ってきた。そして列の最後に有角が現れる。有角はこちらを見つけるとすぐに近づいてきた。
「無事だったようだな……これからの事について説明する。ユリウス、ハルカ来い。ラング、お前もだ」
何故か自分も呼ばれた。しかし有角の言葉には有無を言わさぬ力の様な物があり、とりあえずついていく事にする。そして2人の人物を紹介される。
「始めまして皆さん、白馬忠守と申します。日本の白馬神社で神主をしております」
一人目は中肉中背の穏やかそうな日本人で、名をハクバ・タダモリと言った。英語を話すのは苦手なのかその口調はややたどたどしい。
「こんにちは、教会から全権を任されていますジョージ・ジョーンズです。皆で協力してこの難局を乗り切りましょう」
もう一人は細身の長身で、ひょろ長い印象を受けるジョーンズという人物だ。教会から派遣されているという事だが全身白のスーツでかためられており、胸元のロザリオ以外それらしいアイコンは見受けられない。年齢は二人とも自分よりやや上…30半ばか後半くらいだろうか。
「皆さんにはこれを城の各所に配置してもらいます」
Mrタダモリが出したのはソフトボールを一回り大きくしたぐらいの鏡だった。英語が苦手らしい彼に代わって有角が説明を始める。
「この城は上から見下ろすと丁度五芒星の形になっている。その頂点に位置する施設5箇所にこの鏡を中央を向くように配置する」
「そしてその後ドラキュラを倒すと同時に城の中央、ここダンスホールに陣を張った忠守ら神官達が結界を発動、城を日食の中に封じ込める」という事だった。
正直どういう原理なのか軍人の自分にはさっぱりだったが、まあそういう物なのだろうとあまり深くは考えないことにした。
「事前に我々教会が調査したところによると、今回出現した城は
”礼拝堂” ”時計塔” ”闘技場”
以上の3つが5つの施設内に含まれるようです。残り二つは残念ながらまだ解りませんが、判明次第お伝えします、ただいずれの施設も強力な魔物が陣取っているようなので、皆さんにはその露払いをお願いしたいのです」
ジョーンズ氏が続けてそう説明した。
「ドラキュラは放っといていいのか?」
ユリウスが声を上げる。
「結界が完成しないうちに倒したとしてもまた百年後に復活するだけだ。
完全にドラキュラを滅ぼすにはドラキュラの ”魂” とこの城の ”魔力” を切り離さなくてはならない。ドラキュラと戦うのは鏡の配置が終わってからだ」
「何だか回りくどいな……ようはその5ヶ所にいる魔物を倒せばいいんだろ?死神の野郎にはふざけた真似されたからな、きっちり落とし前つけさせてもらう!」
血気盛んな若者らしく、ユリウスが”パン!”と拳を叩く。しかし何気なく言った「死神」のフレーズが有角の琴線に触れた。
「どういうことだ……?お前達奴に会ったのか!?」
強い口調で有角が問いただす。ユリウスは「しまった!」とでもいいたげな顔をするが後の祭りだ、ホールでさっきあった事を洗いざらい白状させられる。
―――その場にいた一同の顔が青ざめた。
「核……しかもそれを奴に奪われた……だと……」
有角のポーカーフェイスが初めて大きく曇った。この男をしてここまで追い詰めるとは……デスとはそんなにやばい化け物なのか……?
「すまん……我々が持ち込まなければこんな事には……」
いたたまれなくなり謝罪する。
「別にお前が指示した訳ではあるまい、謝る必要は無い。しかしまずいことになった……」
普段から影のある有角の顔に一層影が差す。しかし一時思考すると考えがまとまったのか有角が顔をあげた。
「……起きてしまったことは仕方ない。幸いデスは挑発や脅しをかけてくる事はあっても自分から攻めてくる事はほとんど無い。こちらは私がなんとかしよう。お前達はさっき言った手はず通り結界の為の道筋を開け」
有角はそう告げた。とはいえ核を奪われたのは自分達の不手際だ。申し訳なく思い有角への協力を申し出る。すると
「ならば尚のことユリウス達に協力してやってくれ、それが結果的にお前の任務達成への近道になる」と返された。しかしそれを聞いていたユリウスが再び声を上げる。
「協力だって!?俺一人で十分だ!だいたい退魔の力が無い奴がついてきても死ぬだけだぞ!」
そう語気を荒げた。悔しいが事実だろう。だがここで今まで黙っていた少女が声を出す。
「またそんな事言って!これからは今までと同じようにはいかないんだよ!?一人でなんとかなるわけないじゃん!!さっきも危うくやられそうだったくせに!」
ユリウスが「うっ」と痛いところをつかれて縮こまった。小さくても女は強い。
………………………………………何故かマリアの顔が浮かんだ。
「でもラングさん本当にいいの……?無理しなくてもいいんだよ?」
少女が心配そうにこちらを覗き込む。こんな小さな女の子に気を使われている……大人の男として情けない所は見せられない。
「大丈夫だ、君達の足手まといにならないように頑張る。それとラングでいい」
ラングの返事を聞いた少女がにんまりと笑う。一方ユリウスはまだ納得いかない様子だったが……
「しゃーない、けどついて来れないようなら置いてくからな……」と、渋々ながら同行を認めてくれた。
「で、アル…有角、俺達はまずどこへ行けばいいんだ?」
「まずは礼拝堂を目指せ、あそこは城の瘴気が比較的薄く、魔物も他の所より弱い、小手調べには最適だろう。だが時計塔には近づくな、おそらくデスがいるとしたらあそこだ」
ふと何故有角はこの城の事にこれほど詳しいのだろうと疑問が浮かんだ。しかし今はそんなことを聞いている時ではなさそうなので黙っておく。
「では私はホールの護衛に残る者以外を連れて残り2ヶ所の情報収集に行ってまいります。ハルカ、くれぐれも気をつけて……あまり皆さんに迷惑をかけてはいけませんよ?」
ジョーンズ氏が優しく語りかけた。ハルカが「はい」と頷く。
「お気をつけて」
Mrタダモリが手で空を切る様な動作をした。何かのまじないだろうか。
「いいか、この城はお前達の”隙”をついてくる、くれぐれも油断はするな……」
有角が念を押すかのように忠告をする。三者三様の励ましを背に受け、城の奥へと歩き出す。
――こうしてユリウス・ベルモンド、ラング・ダナスティ、ハルカ・ヴェルナンデスの三人は悪鬼うごめく悪魔城へと乗り込む事となった。一体どんな罠や魔物が待ち受けているのか……
恐ろしい場所に行くというのに、ラングの心は不思議と晴れやかで、勇気に満ち溢れていた。
……しかし彼らはまだ知らない…………
……混沌渦巻くこの城の本当の恐ろしさと、その奥にある醜い真実を……
ユリウス一行とジョーンズら教会関係者が出発し、結界のための祭壇作りが進められる中、忠守が有角に問いかけた。
「よいのですか……?彼…ラングさんといったか……兵士としては一流かもしれませんがこの城にその力が通用するとは……とても………」
有角が答える。
「今のところ可能性は五分といった所だが……もし奴が俺の予想通り”あの男”の子孫ならば間違いなく我々の強い味方となるだろう……それに……」
「それに?」
「チェスの
有角の非情な発言に忠守は何の言葉も返せなかった……そして有角自身は憂いを帯びた
その目で、彼らの消えた先をいつまでも見つめていた……