悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
深く、暗い意識の底で、ラングは邪悪な思念に絡めとられていた…………
「う……ああ!く、来るな!来ないでくれ!!」
腕、足、首、顔、胴……体中の至る所に城の混沌……この世に恨みを抱いて死んでいった人間達の魂が亡者と化して纏わりついていた。
振り払っても振り払っても、毒沼から湧き出る泡の様に亡者達がラングにすり寄って来る……救いを求める者、錯乱している者、生者であるラングを道連れにしようとしている者……ヘドロの様な思念にもみくちゃにされ、もはやラングは意識を保つ事すら難しくなっていた。しかし……
「ラング――――ッ!!」
「!!」
聞き覚えのある青年の声と同時に、温かい光が地の底から湧き上がってくるのをラングは感じた…………
◆
◆
◆
「捕まえたぞ……!ティード将軍ッ!!」
人間だった頃の快活な……そして少しだけ朴訥とした声色で、ラングが死神に向かって叫んだ。ユリウスの放ったグランドクロスは確かにラングを、忌まわしい呪いからこちらへ引き戻していたのだ。
「軍曹……貴様…謀りおったな!?ぐ……グアアアァァッ!!」
ラングに背後から羽交い絞めにされ、死神の身体がミシミシと気色悪い音をたてる。城の混沌で肉体を強化したのが仇になった。クリーチャーと化したラングの剛力が、傷を負った死神の身体をさらに崩壊させていく……!
◆
「ラン……グ……ッ」
ラングによって遥か遠くへ投げ飛ばされたユリウスだったが、震える体を何とか起こし、今一度仲間の姿を確認した。
「……あいつ……死神を騙すためにわざと……」
死神が鎌を振りおろす間際、ラングはユリウスを思い切り放り投げその凶刃から救った。そして標的を失ったデスは大きくバランスを崩し、そこをラングが背後から羽交い絞めにした……
ユリウスの訴えが聞こえないふりをしたのも、死神にへりくだるような真似をしたのも、全てはデスを欺くための布石だったのだ。
グランドクロスが不完全だったのか、ラングの見た目は相変わらず怪物のままだ。だがさっきの声は間違いなくラング本人の物だった。どうして精神だけ戻ったのかは解らない、だがとにかく今のラングは正真正銘本物のラングなのだ。
「待ってろ、今助けに……!!」
ユリウスは死神と戦う仲間を救うべく、一歩踏み出したが……
”ドシャァッ!!”
「!!」
グランドクロスを放った反動は想像よりも重く、ユリウスは数センチも進まぬうちに足がもつれ、白骨の床に頭から突っ込んでしまう。
「……ッ!、くそ!動け!動けよ俺の身体!!」
幼い頃にグランドクロスを放った時は丸一昼夜眠ったままだった。それに比べれば意識を保っているだけで十分過ぎるほどなのだが、今は中途半端にはっきりしている頭が恨めしい。ユリウスが這いずっている間も、ラングとデスは凄まじい剣幕で何か言い合っている。
◆
「ぐ……何故!?亡者共は貴様を殺したいほど憎んでおった!グランドクロスの光だけでは決して浄化できぬはず!!」
デスがじたばたともがきながらわめき散らす。どうやら未だにラングが正気を取り戻した事に合点がいかない様子だ。訝しむデスに、ラングがニヤリと笑みを浮かべ、答えた。
「……ああ、こいつらは今でも殺した俺を憎んでるよ。だが……そう仕向けたお前も同じくらい憎いとさ!!」
「なに……ッ!?」
ラングの言葉に、死神の表情が一変する。逃げようとする死神を必死に押さえつけながら、ラングは意識を取り戻す事が出来た理由を語り始めた……
◆
◆
◆
浄化の光が亡者たちに触れると、それまで苦痛に歪んでいた顔が安らかな物へと変わり、一人、また一人と消えていく。そして亡者の数が減るにしたがい、失いかけていたラングの意識も次第にはっきりとしてきた。
だが……浄化の光に照らされて尚、ラングから離れようとしない亡者たちがいたのだ。
「――!!」
その亡者たちの顔を見てラングは青ざめた。決して忘れない、忘れられない。戦争中、自分がこの手で狙撃し、命を奪った者達だった。
「お前だけ……生きるのか」
「俺は……死んだのに」
「家族の……下へ、仲間の……下へ……お前だけ……還るというのか……!!」
一人だけではない、自身が銃弾を撃ち、その人生を終わらせた者達の魂が、ある者は脳漿を垂らしながら、ある者は口から血の泡を吹きながら、殺めた瞬間そのままの姿でラングに立ち塞がった。
「お前だけ……」
「お前だけ……」
「お前だけ……」
「う……あ……」
彼らの時間はラングが引き金を引いた時から動いていないのだ。もちろん ”自分を殺した者” への怒りも……
「うああああああ――――ッ!!」
自身が殺めた無数の亡者に組み付かれ、ラングは恐怖のあまり絶叫する。グランドクロスの光で意識が覚醒したのが仇となった。亡者たちによる攻撃がリアルな痛みとなって、再びラングを意識の底へいざなう……
――――!!
だが……微かに戻った意識で見た外界の様子が、ラングをギリギリの所で踏みとどまらせた。
大量の血だまりに沈むアルカード……、
その白い服を赤く濡らし倒れ伏すハルカ……、
自身がその手で掴み上げ、苦悶の表情を浮かべるユリウス……、
そしてその先、苦しむ仲間達を見て愉悦にひたる死神の姿があった。
皆が、傷付き、倒れている――
俺たちを裏切った奴が笑っている――
「う……」
「うう……」
「ウアアアアアア―――――ッ!!!」
『ッ!!?』
突如ラングが上げた雄叫びに、それまで群がっていた亡者たちが一斉に怯んだ。
「うおおおおッ!!どけッ!!どきやがれ!!もう一度死にたいか!俺の邪魔をする奴はまた何度でも殺してやるぞ!」
もはや罪悪感も糞も無かった。目の前で仲間たちが苦しんでいる。裏切り者が笑っている。それだけでもう十分だった。ラングは我武者羅に手足を動かし、自身に群がっていた亡者の群れを振りほどく!そこには善も悪も無い、身勝手なエゴを振りかざす、ただ一人の人間の姿があった。
「うッ!!」
だが亡者たちの恨みもその程度で消える程甘くは無い。一瞬は怯んだものの、ラングを逃すまいと再びその体にすがりつく!
「くそッ!どけぇッ!!」
ラングが振り払う、亡者が群がる。また振り払う、また組み付く、ラングの意識の底で、いつ終わるとも知れない攻防が繰り返される……
………………
…………
……
「はぁ……はぁ……、ぐはっ」
だが殺された者達の執念はやはり凄まじかった。幾たびかの攻防を繰り広げた後、とうとうラングは力尽き、亡者に組み付かれたまま倒れてしまう。視線の先、微かに開いた意識の出口には、力尽きた仲間たちの姿が変わらず見えている…………
「た……のむ……」
『…………?』
その時、ラングが消え入りそうな声で囁いた。
「俺に……恨みがあるのは解る……だが仲間が……皆がやばいんだ。あいつらを助けなきゃ、世界が……人間が……マリアが……!」
「虫のいい話だってのは解る……だが今だけ、今だけ見逃してくれ!あんたらにも家族はいるだろう!どうなってもいいのか……あいつらの好きにさせていいのか……!!」
『………………』
ラングの顔は悔し涙にまみれ、もはやそれは懇願というより哀願に近かった。
その時、亡者たちのリーダー格と思われる男が、ラングに向かって話しかけてきた。
『家族……だと?』
髭を生やしたその男性は、頭から流れる血と脳漿の間から冷たい視線をラングに向けた。
『……俺には家族はもういない。貴様らに殺された』
「……!」
『俺だけじゃない、ここにいるほとんどの者が子供や、親や、妻や、誰かしらの肉親を失っている。そして俺たちも…………お前に殺された』
『二度と家族に会えない俺たちが、何故お前を助けなくちゃならない?俺たちにとっちゃあいつら化け物も、お前ら合衆国も、何も変わらない。いや、恨みを晴らさせてくれるだけ奴らの方がマシかもな?…………お前には絶対に俺たちと同じ思いを味あわせてやる……』
「…………ッッ」
男がそう言い終わるや否や、それまで静観していた亡者達が再び襲い掛かる素振りを見せた。だがラングはじっと男を見据えると、ゆっくりと口を開いた。
「殺したければ……殺せ」
『……ッ!?』
ラングの静かな……しかし異常なほど凄みの効いた声色に、亡者たちの動きが再び止まる。
「俺を痛めつけて少しでも気が晴れるならやればいい……だが覚悟はしておけよ?あいつらを……死神やドラキュラをのさばらせたら、俺だけじゃない、地球上の人間全員が殺されるんだ!」
「あんた達の家族や仲間だって全員が死んだわけじゃないだろう!!あんた達は生き残った人達より自分のエゴを優先するのか!今のあんた達は戦士なんかじゃない!!あそこで笑ってる死神と同じ化け物だ!!」
『……ッッ』
ラングの半ば恫喝にも似たその言葉に、亡者たちの顔つきが一変する。だが一瞬の静寂の後、亡者たちから誰それとなく嘲笑が漏れ出し始めた。
『ふ……』
『ふふふ……』
『はははははは!!俺たちがあの骸骨と同じ化け物?偉そうな事を言う。お前こそあの化け物の同類の癖に……!』
「…………ッ」
亡者たちの不気味な笑い声が溢れかえる。自身の必死の訴えも、彼らにとっては勝者の身勝手な物言いでしかないのか……。命を賭けた嘆願が一笑にふされた事で、暗澹たる思いがラングを支配しようとしていた。
……だがその時、リーダー格の男がラングに向かって話しかけてきた。
『……自分の行いを棚に上げた勝手な言い草だな。実に合衆国人らしい……』
「…………」
『しかし……、お前の言う通り生き伸びた仲間や、戦火を免れた家族もいる。その者達の生活を脅かされるのは困る……』
「――!」
『それに俺たちを殺す指示を出した奴に、死んだ後もいいように扱われるのは気に入らない……俺たちは ”化け物” ではなく ”神の戦士” なのだからな……』
「じゃあ!」
『一つ断っておくが……お前を許してはいない。貴様は俺たちの人生を、家族との営みを奪ったのだ。その報いは受けさせる。……絶対に逃がしはしない』
「…………」
『だが……それもまずはあそこで勝ち誇っている化け物を倒してからだ。それまでは……力を貸してやる』
「――!」
「ありがとう……」
「ありがとう!今はそれだけで充分だ!!」
男の指示のもと、ラングに群がっていた亡者達が、一人、また一人と離れていく。ラングは自由になった体を起こすと、一目散に、光り輝く意識の外へと滑りこんだ…………
◆
◆
◆
「役立たずの……亡者どもがァァァ―――ッ!!」
真実を知ったデスが怒りの叫びをあげた。まさか混沌に支配された亡者たちが反旗を翻すとは思わなかったのか、ひびが入らん勢いで歯を食いしばっている。
「所詮は人間……亡者などをあてになどしたのが間違いであったわ!」
デスはひとしきり叫び終えると、何故かだらりと脱力し、一切抵抗するのをやめた。
「ラング!後ろだ!」
離れた位置から見ていたユリウスにはデスの思惑がはっきり分かった。時計塔でアルカードにやったのと同じ戦法……デスはラングの背後に無数の小鎌を召喚したのだ。ラングの無防備な背中めがけ無数の小鎌が迫る!
「その手は……知っている!」
「!!」
しかし自身の背に小鎌が突き刺さる直前、ラングは羽交い絞めにした死神を抱きかかえ、そのままブリッジの体勢で小鎌の群れに叩きつけた!!
”ドゴォシャァァッ!!”
「ウグァッ!?」
小鎌と白骨を巻き込んでラングのスープレックスが決まった!重苦しい轟音と共にデスの身体が白骨の中に沈む!
「すげえ……!!あいつ死神にプロレス技かけやがったッ!!」
痛快なラングの反撃に、ユリウスが思わずガッツポーズをする。と、ユリウスは無意識に手を握りこんでいる事に気付いた。
「――体が!」
ラングの善戦に触発されたのか、少しづつ手足の感覚が戻り始めていた。これなら援護くらいは出来る。ユリウスはラングの救援に向かうべく、まだ震えの残る足で今度こそ一歩を踏み出す。だがその時……何故かラングがユリウスの行動を制止した。
「俺はいい!早く二人を!ハルカとアルカードを!!」
「!!」
ラングの言葉を聞き、ユリウスはその時初めて自分の後方にいる仲間たちの惨状に気付いた。二人とも赤茶けた血にまみれ、一目見ただけで重傷だと解る。
「お前最初からこのつもりで……ッ」
ラングはユリウスがすぐ二人の治療にあたれるように、方向を計算した上でユリウスを投げ飛ばしていたのだ。だがユリウスは躊躇した。アルカード達も危険な状態だが、ラング一人でデスを相手取るのも同じくらい危険すぎる。
――どうする!?どちらに行けば……!?
躊躇するユリウス。だが仲間に踏ん切りをつけさせるためか、ラングがダメ押しの一言でユリウスの行動を促した。
「
「……!!」
その言葉がラングの本心かどうかは解らない。だがユリウスはその声に背中を押されるように、ラングに背を向け叫んだ。
「二人を治したらすぐにそっちへ行く!それまで耐えろラング!」
ラングに決意の言葉を残し、ユリウスは体をひきずる様にして二人の下へ急いだ。
◆
「後悔するぞ……?軍曹……!」
地の底から響くようなおどろおどろしい声で、ラングの腕に拘束されている死神が囁いた。
「後悔なんかしてねえ……、「戦場では常に合理的に行動せよ」……あんたら上官に散々どやされた事を実行したまでだ!俺なんかより、二人を生き残らせた方が戦力になるからな!」
「二人……だと?」
ラングが意趣返しのつもりで言い放った言葉……だが何故かそれを聞いた途端、死神はけらけらと笑いだした。
「クハハ……馬鹿め、アルカード様はともかく、ヴェルナンデスはもう……」
「……!?」
◆
「…………ッッ」
ハルカの元へ辿り着いた瞬間、ユリウスは言葉を失った。
倒れている二人は見た限りではどちらも重傷で、ユリウスは先にどちらを治療すべきか一瞬迷った。だがアルカードは半吸血鬼で再生能力がある事、ハルカを治した上で、治癒魔法とポーションを併用した方が結果的に早くアルカードを治療できると考え、まずはハルカから治療をしようと側まで近づいた。だが……
「ハル……カ……?」
その身体に手を当てるまでも無く、ユリウスはハルカの異変に気付いた。生命のマナを……ハルカの身体から生命の波動を全く感じ無い……!!
「――そんなッ!?」
何かの間違いであってくれ……!そうだ、きっとグランドクロスの反動で俺の感覚が狂ってしまったんだ。そうに違いない……!
ユリウスは祈るような気持ちでハルカの手袋を取り、脈をとった。…………血液の鼓動は無く、ただ冷たい体温が皮膚を通して伝わるだけだった。
「…………!!!」
「うそ……だ……そん……な……」
目の前が真っ暗になる。そんな……あんな憎まれ口ばかり叩いているこいつが……こんなあっけなく……そんな…………
”コトン……”
ユリウスの手に握られたポーションが力なく地面に落ち……乾いた音をたてた……