悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
――違和感を感じたのは地下深殿で死神の話を聞いた時であった。
同じ様に伯爵様へ魂を捧げたにも関わらず、デスは分霊を地上に残し活動を続けた。
だが……私は城に封印されたまま碌に動く事すら叶わなかった。
闇に堕ち、霊体になったとはいえあくまで魂は人間。いくら研磨を積み、己を鍛えようと種族の格差は越えられないという事か。シャフトは生まれ持った力……人と神の絶対に越えられない頂の高さを痛感していた。
もし伯爵様が奴らに倒され、その魂が城と引き離されれば……恐らく悪魔城の一部となったこの身は二度と復活できないであろう。
では……今私が為すべき事は一体何か……?
半壊し、勝利も望めぬこの身に出来る事は何か…………
◆
◆
◆
「フハハハハ!!どうなされたご子息殿!剣が鈍っておられるぞ!!」
「くッ!!」
片腕を失い、聖水のスコールを浴びた事で満身創痍といっても差し支えないシャフト。だがそんな手負いの暗黒神官をアルカードは攻めあぐねていた。
決して手を抜いているわけでは無い。対人戦のセオリー通り、腕の無いシャフトの左側から攻撃を仕掛けていたし、事実いくらかは斬撃を浴びせる事に成功していた。
だが……目の前の暗黒神官からは目には見えないオーラというか、追い詰められた者特有の異常な気迫を感じる。事実シャフトは大仰に笑いながらも、その体からは悲壮感が否応なく漂っていた。それはまるで勝機の無い戦いを前に玉砕を狙う負傷兵の様であった。
「この程度で心乱すとは買いかぶり過ぎたか……、気が変わった。いっそこのまま仕留めてくれようぞ!」
「!!」
手負いの敵を警戒するあまり本来の力が発揮できないアルカードに、老練な暗黒神官は逆に攻勢に打って出る。しかし――
”ドォンッ!!”
「――!?」
「――!?」
その時、不意に鳴り響いた爆音が両者の闘いを中断させた―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アルカードがシャフトと鎬を削り合う傍らで、ユリウスもシャフトが召喚した四大怪物と向き合っていた。
怪物たちは前方にメデューサ。左やや後方にミイラ男。右側方にフランケンシュタイン。そして後方上空に大こうもりと、同士討ちを避けるためか微妙に対角線をずらしながらユリウスを取り囲んでいる。……と、ユリウスが動くよりも早く、正面に陣取ったメデューサが行動を起こした!
「石におなりィ!」
”――カッ!!”
「!」
メデューサは蛇の頭髪を妖艶にくねらせながら、レーザー光線と見紛う程の鋭い眼光をユリウスに放った。だが生前の師からこの魔物について聞いていたユリウスは、反射的に視線を下げメデューサの眼光をかわす!
”ピキイィィィィンッ!!”
「……!!」
メデューサの放った石化光線はしゃがんだユリウスの上部をかすめ、その先にあった燭台の蝋燭を一瞬で石へと変えてしまった。
ゆらめく炎さえも石化する凄まじい呪いの力に、ユリウスの頬を冷汗が伝う。だがユリウスの相手は目の前のメデュ-サだけでは無い。
「WOOOOOGAAAAAAAAAAAッ!!」
”ドゴォッ!!”
「ぐぅッ!」
視界を下げた事で無防備になったユリウスの横っ腹目掛け、フランケンシュタインが強烈なボディブローを見舞ってきた!ユリウスの身体は一瞬で大広間の石壁へ吹っ飛ばされる!
「――くそがッ!」
だがユリウスも長い戦いでこの程度の衝撃には慣れている。吹き飛ばされながらも瞬時に体を回転、壁面に叩きつけられる前に広間の床へ着地した。そしてそのまま体勢を整えると、反撃の鞭を振り上げたが……
”グイイイイイ――ッ!”
「ッ!?」
ところが鞭を振りかぶったその瞬間、不意に右腕を強い力で引っ張られた!見ればいつの間に絡みついていたのか、埃っぽい薄汚れた包帯がユリウスの腕に巻きついている。
「hmmmmmm…………」
「……ッ!」
こんな技を使う敵はこの広間に一体しかいない。件のミイラ男がその身に纏った呪いの呪布をユリウスの右腕へ伸ばし拘束したのだ。そしてその隙を見逃さず、最後の魔物がユリウスに襲い掛かる!
「キシャアアアァァァ――――ッ!!」
それまで上空で様子を見ていた四大怪物最後の魔物、大コウモリがユリウス目掛け急降下してきた。その巨大な口は蝙蝠どころか大型の虎以上。敵は首筋に噛みついて血を吸うなどとは考えていない。噛みついた首ごとユリウスの頭部をもぎとるつもりだ!
「でええやああァッ!!」
「――――!!?」
”ドォンッ!!”
だがユリウスはからみついたミイラ男をそのまま力まかせに振り回すと、向かって来る大コウモリめがけハンマー投げよろしく激突させた。空中で土気色の埃を巻き上げながら、両者はぐちゃぐちゃに絡み合い霧散する。
「――!」
「――!」
その時残る二体の魔物は爆散する仲間に気を取られ、反射的に顔を上に向けてしまった。自身から視線が外れた事を察知したユリウスは即座にナイフを放つ!
「SHYAAAAAAAAA!!」
瞬間、銀色に輝く二本のナイフがメデューサの両眼に突き刺さった!魔力の源である眼球を射抜かれ、メデューサは身の毛もよだつ絶叫をあげながら焼失してしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「馬鹿なッ!?こんなにも早く……ッ!」
横目でユリウスの闘いを見たシャフトは自身の目を疑った。何人ものヴァンパイアハンターを死に至らしめてきた四大怪物の内三体が、ろくに時間稼ぎも出来ず、こうもたやすく撃破されてしまうとは……!
「何処を見ている!」
「うぐァッ!?」
だがユリウスに気を取られたその一瞬が仇となった。それまでいなされ続けていたアルカードのヴァルマンウェが、シャフトの腹を深々と貫く!
「ぐ……ヌウウ、これしきの……事で!!」
「…………ッ!」
しかしシャフトはそれでもまだ戦う事をやめようとはしなかった。
致命の一撃を喰らってなお抗い続けるシャフトに、アルカードは畏怖の念を禁じ得ない。
城主であるドラキュラも含め、城の魔物は条件が揃えば何度でも復活する。そのためある意味で勝利(生存)に対する執着が薄く、そこが付け入る隙にもなっていた。
しかし目の前の男は違う。元々命に限りのある人間であるためか、それとも他に理由があるのか、異常ともいえる執念深さで何度でも立ち上がり、戦いを続ける。
二百年前の闘いから今この時まで、一体何がこの男をそこまで突き動かすのか?アルカードはたまらず長年思っていた疑問をシャフトに投げかけた。
「シャフト……何故道を違えた?それほどの強い意思があれば、ドラキュラの力など借りずとも人の世を変える事も出来ただろう……」
「…………!」
アルカードの問いに、シャフトはにわかに動揺する素振りを見せた。だがすぐに破顔一笑、アルカードの問いを鼻で笑い飛ばした。
「フ……」
「フ……フフ……」
「フハハハハハ!!……これだから貴族のお坊ちゃんは困る!」
「!?」
「光の照らす道しか歩まれてこなかったご子息殿には解りますまい。人間が如何に醜く、汚く、意地が悪いか!人一人の力でどうこう出来る……そんな段階はとうに過ぎていたのですよ!
……ぬううううッ!!」
「……!?シャフト、何を!?」
シャフトは残された右腕でアルカードの肩を掴むと、突き刺さったヴァルマンウェごと自らの身体に引き寄せた!
「せめて貴方様だけは伯爵様の下へ連れて行く!」
「しま……ッ!?」
文字通り隠し玉だったのだろう、アルカードの頭上にはいつのまにか雷を帯びた水晶玉が浮かんでいた。
「我と共に死ねィ!!」
「――――ッ」
”ヴィシャアァァァンッ!!”
”ヴィシャアァァァンッ!!”
「――――!?」
だがシャフトの放った雷はアルカードを貫く事は無かった。横から割り込んだもう一筋の稲光が、シャフトの雷を相殺したのだ。
「この……雷は……ッ!!」
雷を放ったのはユリウスだった。正確にはその身を光り輝く雷へと変えたヴァンパイアキラーが、文字通り電光石火の一撃でシャフトの電撃からアルカードを救ったのだ。
「ベルモンド!貴様が何故その雷を!?」
シャフトは召喚したフランケンシュタインがあっさり倒されていた事よりも、先の不可解な電撃に驚いている様子だった。だが……やがて何かに気付いたのか、したり顔で笑い始めた。
「フ……フハハハハ!そうか……そういう事であったか!」
「シャフト!?」
何かを悟ったシャフトは、自身の腹に刺さったヴァルマンウェごとアルカードを乱暴に突き飛ばす。そして引き裂かれた腹からアストラル体が漏れ出すのを気にも留めず、ユリウスへ向かって鋭い視線を向けた。
「何故この短い時間で鞭の威力が増したのか測り兼ねていたが……今の攻撃で合点がいった。ベルモンド、貴様娘子の魂を鞭に喰らわせおったな!?」
「――何ッ!?」
「………………」
思いもよらぬシャフトの言葉に、アルカードが思わずユリウスを振り返る。
……ユリウスは別段動揺も、悲しみも、悪びれる様子もなかった。だがそれまで青白い電光を散らしていたヴァンパイアキラーが、不意に元の冷たい炎へとその姿を戻した。
「どけアルカード、このままじゃいくらやっても埒があかねえ。…………俺がやる」
手をこまねいているアルカードを見かねたのか、ユリウスが前衛の交代を促す。
「待てユリウス!今の奴は普通では……ッ!」
シャフトの得体の知れぬ気迫とユリウスの精神状態を鑑み、アルカードは思慮する。だがアルカードが止める間も無く、ユリウスは仲間を押しのける様にしてシャフトと対峙した。
自身の前に立ちはだかる若きヴァンパイアハンターに、シャフトは酷く蔑む様な視線を向け辛辣な言葉を投げかける。
「仲間を踏み台にここまで来るとはたいしたものだなベルモンド。娘子や軍人を贄にして生きながらえた今の気分はどうだ?」
「…………」
シャフトの挑発……いや、恐らくいくらかは本音を吐露しているのだろうが――――
吐き捨てる様なその言葉にユリウスは一言の反論もせず、沈黙を貫いていた。ただその手に持つ鞭の色は見る間に暗くなり、もはや漆黒と言っていいほどの暗い炎をたたえていた。
「…………てめえに……何が解る…………」
長い沈黙の後、かろうじてユリウスが言葉を発した。それは暗い炎に勝るとも劣らぬ、暗く沈んだ声だった。
「…………解らんな。貴様こそ何故この私が闇の力にすがったかなど永遠に解るまいよ…………」
ユリウスに勝るとも劣らぬ暗い声色でシャフトも答えた。そして……それっきり両者の会話は途絶えた。
……ただただ暗く、重い沈黙が薄暗い大広間を包んでいた。10メートルにも満たない両者の間には、張り詰めた緊張と、永遠に埋まらぬであろうクレバスの様な隔たりが広がっていた…………
”シパァァァァンッ!!”
「――!」
「がは……ッ!!」
「――!!」
勝負は一瞬で決まった。シャフトが捨て身の特攻を仕掛けようとした矢先、ユリウスの放った刹那の一撃が、袈裟掛けにシャフトの身体を切り裂いた………そうアルカードには感じられた。あまりにもユリウスの攻撃が速過ぎて、アルカードの眼をもってしても詳細を追いきれなかったのだ。
「………………」
シャフトを屠ったのちも、その執念深さを警戒してユリウスは残心を崩さないでいた。
10秒……20秒………30秒………………だがそれも数分を過ぎた頃、ようやくユリウスは戦闘態勢を解いた。
”ヴィシャァァァァンッ!!”
「――!?」
だがユリウスが構えを解いた瞬間、大広間の天井から一筋の雷光が降り注いだ!
「ユリウス!」
自身が敗れた際に発動する様に仕掛けておいたのだろう。シャフトの最期の足掻きに、アルカードは思わず仲間の名を叫ぶ。
「…………!」
だがアルカードの懸念は杞憂に終わった。シャフトの思惑を察知していたのか、ユリウスはヴァンパイアキラーを再び雷に変え、シャフトの電撃を払っていた。
仲間の無事を知り、アルカードが安堵のため息をつく。だがユリウスは駆け寄ろうとするアルカードに振り向きもせず、ある一点を見つめたまま微動だにしない。
「…ま…だ……終わ……らぬ……ッ」
「何ッ!?」
その時、それまでピクリとも動かなかったシャフトがおもむろに顔を上げる。だが……
「……ッッ」
身を起こしたシャフトの姿に、アルカードは思わず息を飲んだ。
シャフトの体で残っているのは顔の右半分と右腕のみ。それががかろうじて首の皮一枚で繋がっているだけ。しかも裂けた体の断面からはアストラル体が漏れ、崩壊はどんどん進んでいる。その姿はさながら悪魔城最下級の魔物であるゾンビと見紛う程であった。
「伯爵様の…もとへ……きさまらを……行かせは…………」
だがそのような姿に身をやつしてなお、シャフトはユリウス達の行方を阻もうとする。シャフトの残された右目には、未だあせぬ闘志と、人間に対する憎悪が漲っていた。
「人間の意志とは……ここまでのものなのか……ッ」
恐らく今のシャフトは目玉ひとつ、爪一片になったとしても戦い続けるだろう。その異常ともいえる執念に、アルカードでさえ動揺を隠せないでいた。
「…………」
アルカードと同様に、ユリウスもシャフトの姿を見て言葉を失う。だがその理由はアルカードが感じた物とは少し違っていた。シャフトの見せた人間の意地を、ユリウスはほんの少し前にその眼で見ていたのだ。
その姿は……仲間を守るため最後まで死神に立ちはだかった友の姿と同じ…………
”グゴゴゴゴゴゴ……”
「――ッ!?」
とその時、不気味な轟音と共に突然大広間が……いや、悪魔城全体が震え出した!
「なッ、これは……!」
まるで悪魔の子宮にでも取り込まれたかの様な不気味な胎動に、アルカードの背筋に例えようの無い悪寒が走る。
「フ……フハハハ!……最後のピースが……揃ったぞ……!!」
「何ッ!!」
シャフトが大広間の床に這いつくばったまま、その口角を大きく歪ませた。
最後のピース……空中庭園で混沌の門に取り込まれた伯爵の魂の欠片が、とうとう本体との融合を果たしたのだ。
「勝った……この戦い、私の……
「…………ッッ!!」
地に這いつくばる
「娘子と軍人を贄にしたのが無駄になったなベルモンド!それともこれも貴様らの信じる神とやらの試練か!?ハハハハハ!!」
「……………………」
「……神に仕えた先人として一つだけ忠告してやろう。貴様ら使途がどれほど尽くした所で、神は何も報いてはくれぬ。いや、そもそも貴様らは神の使途などでは無い、神の「駒」だ!代わりなど吐いて捨てるほどいる!せいぜいその身擦り切れ朽果てるまできまぐれな神に使われるがいい!」
歓喜に溺れるシャフトは最後の呪詛をユリウスへ投げかける。だがユリウスにシャフトの声は届いていなかった。ただ……何度攻撃を受けても立ち上がるその姿が、いつまでも闘志を失わないその眼が、いくら否定してもあの時の光景と……友の最期と重なってしまう。
「お前が……」
「お前なんかが……」
「ラングと同じでたまるかァァァァ―――――ッ!!」
半ば自棄めいた絶叫と共に、ユリウスから十字状の光が放射された。闇を払う聖なる光は瞬く間にシャフトを飲み込み、その最後の意地すらも削り取っていく!しかし浄化の光に身を焼かれて尚、シャフトはユリウスを嘲り、笑い飛ばす。
「ハハハハ!いいザマだなベルモンド!貴様が伯爵様に滅ぼされるのを見れぬのが残念だ!」
「伯爵様……!もはやこの身に差し上げる物は何一つ残っておりませぬが……このシャフト、伯爵様の勝利を……真闇の底から祈っておりますぞオォォォ――――…………!!!」
ドラキュラへ全てを託す断末魔を残し、暗黒神官シャフトの魂は現世から完全に消滅した…………
◆
◆
◆
「ハァ……、ハァ………、ハァ………」
シャフトが倒れた後の大広間には、嵐が過ぎ去った後の静けさが戻っていた。
二百年前とは違いベルモンドが放つ浄化の光に魂を焼かれたのだ。暗黒神官が復活する事はもう二度とないだろう。
「ユリウス……」
だが……ユリウスの疲労の色は想像以上だった。肉体へのダメージはほとんど無いが、シャフトはその行動と言葉によって、この青年の精神に多大な爪痕を残していった。
「……!」
その時アルカードは、広間の床にた一つだけ水晶玉が残っている事に気付いた。暗黒神官のこの世への名残りとでもいうのか、水晶玉はいまだ魔力を帯び、緑色の光をわずかながら湛えていた。
「シャフト……」
アルカードは広間の床に残った水晶玉の残骸を見つめながら、聖職者でありながら道を誤った男の名を呟いた。
デスや図書館の主と違い幼い頃からの知り合いという訳では無かったが、最後までその心を閉じたまま逝った男にアルカードは複雑な想いを抱き、せめて幾らかの哀悼を捧げようと…………
”ガシャアンッ!!”
「!!」
だがシャフトがこの世にただひとつ残した証は、赤毛の青年によって無残に踏み砕かれた。
「ユリウス!」
善と悪の違いはあるにせよ、最後まで信念に殉じた男の遺骸をないがしろにする様なユリウスの行動に、さすがにアルカードも若干の憤りを覚える。だが……振り返った青年の顔を見た瞬間、アルカードは二の句がうてなくなった。
その瞳には勝利の高揚も、復讐に滾る炎も見られなかった。ただ……ただひたすら暗く沈む闇があるだけだった。
「行くぞ……」
素っ気なくそう呟くと、ユリウスは一度も背後を振り向くことなく、大広間を後にした。
闃寂とした空間に一人残されたアルカードも、ヴァルマンウェを鞘に納めるとすぐにユリウスの後を追った。
……大広間には砕かれた水晶玉の残骸と、無言の静寂が広がるのみであった……