悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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本城・最上階
激情


 ……一歩足を踏み入れた最上階(そこ)は、今まで攻略してきたどの場所とも違う、明らかに異質な空間だった。

 

 別段他の施設……正面回廊や礼拝堂などと見た目が違うわけでも、これみよがしに華美な装飾や不気味なオブジェが置いてあるわけでも無い。だが一部の隙も無く理路整然と敷き詰められた大理石のタイルや、先が見えないほど長い廊下に等間隔で並ぶ燭台と鎧が、ここが悪魔城の中でも一段格上の場所である事を雄弁に語っていた。

 

 見た目や雰囲気だけではない、例え眷属でも断りなき者は立ち入れないとでもいうのか、あれほどいた魔物達がゴースト一匹出現しない。進む分には有難いが、逆にその静けさが無言の重圧を放ってくる。

 

 ユリウスとアルカードは自分達の作り出す靴音しか聞こえない、静まり返った最上階の通路を城主の塔を目指し無言でひた走っていた。

 

 

 ……だが、侵入者をいつまでも好きにさせておくほど悪魔城は甘くはなかった。蝋燭の炎に照らされた巨大な影が、地響きと供に二人の行く手をさえぎる。

 

 

”……ガシャァンッ!”

 

”……ガシャァンッ!!”

 

”……ガシャァァンッ!!!”

 

 

 プレートメイルの擦れ合う重厚な金属音をかき鳴らしながら現われたのは、正に城を守る番人と形容するのに相応しい、体長10メートル程の大鎧を纏った騎士だった。この魔物こそ城主ドラキュラ直属の衛士にして、悪魔城最後の砦、『ファイナルガード』である。

 

 この巨大な衛兵は「ここから先は伯爵様の領域、断り無き者は何人たりとも立ち入る事まかりならぬ。」とでも言わんばかりに、二人の前に颯爽と仁王立つ。

 魔物でありながらさすがは城主を守る騎士、その威容は高貴ささえ感じられるほどに堂々とした物であった。だが……

 

 

「……色即是空……」

 

 

 不意に侵入者の一人が霞のようにファイナルガードの目の前からいなくなった。突然起こった不測の事態にこの巨大な騎士は若干狼狽しながら辺りを見回す。と、不意に背後から靴音が聞こえてきた。

 

「…………!?」

 

 一体どうやってすり抜けたのか……その侵入者はファイナルガードの事など気にも留めず、無防備な背を曝け出しながら奥へと走っていく。

自身を完全に無視した、人を舐めきった態度に、伯爵直属の騎士であるファイナルガードの自尊心はいたく傷つけられる。

 

「…………!!」

 

 ファイナルガードは腰にかけられた刃渡り数メートルはあろうかという大剣を引き抜くと、ユリウスに向かい猛然と走り出した。その動きは決して俊敏では無かったが、なにしろストライドの長さが違う、通路を揺らしながらユリウスとの距離を瞬く間に詰めると、射程距離に捉えた瞬間、大上段に構えた大剣を一気に振り下ろす!

 

 

”ズガァァッ!!”

 

 

 最上階の床に深々と突き刺さるファイナルガードの大剣!哀れ侵入者の体は大理石のタイルごと真っ二つに引き裂かれた!!

 

「…………?」

 

……が、どうした事か、真っ二つに引き裂かれた筈の侵入者は倒れるどころか、切り離されたその体で走り続けている。

 

「何故だ!?なぜあの体で走る事が出来る!?」ファイナルガードは再び侵入者を追うべく一歩踏み出す。だがその瞬間、ユリウスだけではなく城の空間自体が大きくずれ始め、やがてそれは半月の様に真っ二つに剥離する。

 ファイナルガードは侵入者を追おうとするが何故か体が進まない、それどころか足がもつれ、硬い石畳に倒れふしてしまう。必死に立ち上がろうとするが一向に体が起こせない。

 

……ふと、倒れ付す自分を見つめる視線に気付く。一体何者だとその視線の方を向いた……その瞬間、ファイナルガードの体に戦慄が走った。

 

「………………!!」

「………………!!」

 

 自身に向けられた視線……それはファイナルガード自身の物だった。右目が左目を、左目が右目を見ているのだ。

 その瞬間、ようやくファイナルガードは理解した。真っ二つに引き裂かれていたのは侵入者では無く、ファイナルガード自身だったという事を……

 

 

 

 

「まさかこれほどとは……」

 

 少し離れた位置から一部始終を見届けていたアルカードだけが、両者の間に起きた出来事の全てを理解していた。ファイナルガードが剣を振り上げた瞬間、振り向きもせず放たれたヴァンパイアキラーの一閃が走り、騎士の巨体を両断していたのだ。

 

 既に残骸と成り果てたファイナルガードの巨体を横目に見ながらアルカードは思う。頑丈さだけならドラキュラ以上と言われるファイナルガードを一撃、しかも目にも止まらぬ一瞬で屠るとは……その技の冴えは今までに無い程研ぎ澄まされ、今まで自分が見てきたベルモンドの血族達、その誰に勝るとも劣らない。

 

 

……だが……この否応なく湧き上がる不安は何だ……?

 

 

 仮に今の自分が万全の状態で挑みかかったとして、勝てる要素が見えないほどに今のユリウスの技は研ぎ澄まされている。しかしそれと同時に、ガラスで出来たナイフのような酷く脆い危うさもアルカードは感じ取っていた。

 仲間を……友人を立て続けに失い、あまつさえその手にかけた自責の念。今のユリウスは生への望みを完全に捨てた死兵と何ら変わらなかった。

 

「………………」

 

 先のファイナルガードのような普通の魔物ならばそれでも勝てるだろう……だがこれから相手にする敵はそういった悪意を糧とする魔王ドラキュラなのだ。負の感情に覆い尽くされた今のユリウスでは果たして……。アルカードは今更ながらユリウスの強さと表裏一体の危うさに苦慮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てユリウス」

 

 アルカードに呼び止められユリウスが振り返る。その瞬間アルカードの体におぞましいほどの悪寒が走った。ユリウスの瞳は普段の活力に満ちた光が完全に消え失せ、暗く淀む殺気しか残っていなかったからである。

 

「何だ」

 

 足止めを受けたユリウスが苛立ちを隠そうともせず問いただす。その全てをなぎ倒すような気迫に圧倒されそうになりながらも、アルカードは普段通りの諭すような口調で説明を始めた。

 

 

「……今俺達がいるこの場所が悪魔城最上階の中心部だ。ここから真っ直ぐ行けば大階段。その先にドラキュラがいる城主の塔がある。そしてここの真上に位置するのが封印のために鞭を納めなければならない”慈愛の間”だ。今からそこへ行く」

 

「……」

 

「少し複雑な道なのだ。出来る事ならドラキュラを倒した後、俺が案内をしてやりたいがどうなるかは解らない。だから念のため事前に教えておく。ついて来い」

 

 いつになく口数の多いアルカードだったが、ユリウスは特に反論する事も無く黙って従った。アルカードは内心ホッとしながら慈愛の間への道を案内し始める。

 

 

「…………」

 

 

 ……実は当初の予定ではアルカードはユリウスを慈愛の間へ連れて行くつもりは無かった。嘘をついた訳ではないが、慈愛の間はここのほぼ真上にある。多少迷ったとしてもおおまかな場所さえ教えておけばユリウスなら一人でも辿り着けるだろう。

 

 本当の目的は最後の決戦を前にユリウスを少しでも落ち着かせてやりたいからだった。慈愛の間は父の心に残っているほんの微かな良心……母との思い出が具現化した場所だ。この瘴気に満ち、いるだけで悪意が募っていく悪魔城においてあそこだけは外界と変わらぬ、いやそれ以上の清浄さを保っている。あそこに行けば今の生への望みを失いかけたユリウスの心も少しは救われるのではないか……アルカードはそう思い、ユリウスを連れて行く決断をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 複雑な螺旋階段や、ダミーの扉をかわしながら辿り着いたそこはとてもこの不浄な悪魔城の中と思えないほど暖かく、澄んだ空気に満たされていた。

 

 部屋の隅から隅までが四間ほどのこじんまりとした石造りの屋根裏部屋は、青白い炎をたたえた燭台が四隅に置かれ、その中央、ピエタの像のように両の手を前に差し出した聖母像が、慈愛に満ちた表情で二人を見下ろしている。

 

 

「母上……」

 

 

 思わずアルカードの口から言葉が漏れる。聖母像はアルカードの母、そしてドラキュラの妻であるリサの面影を色濃く残していた。父の心の片隅に残った人としての慕情……この城の大きさと比べればほんのちっぽけな物だが―― それが形となって目の前にあるのだ。懐かしい母の顔を見上げ、知らず知らず荒んでいた心が洗われていくのをアルカードは感じていた。ふと、ユリウスはどうかと振り返る。

 

 

「――――」

 

 

 ……ユリウスの表情は変わっていなかった。いや、むしろこの部屋の醸し出す愛情をかたくなに拒否しているようにアルカードには見えた。

 

 「二人の……ハルカとラングの仇を討つまでは俺はこの怒りを絶対に失わない」

まるでそう言っているかのようなユリウスの瞳に、アルカードはもはや自分の力ではこの青年の悲壮な覚悟を止める事はできない事を悟った。

 

 

 

 

 

 

 休んだともいえない束の間の休息の後、二人は再び中央部へと戻り、一路、城主の塔を目指す。そしてしばらく進んだのち、二人は城内から月明かりが照らす開けた空間へと出た。

 

 

 本城と城主の塔とを繋ぐ数百段にものぼる悪魔城大階段である。どうやって支えているのか、途方も無い長さの階段には一本の支柱も無く、まるで宙に浮いているようだ。

 そして階段の先、最終目的地である城主の塔が巨大な満月を背にそのシルエットを浮かべている。相当な大きさのはずだがここからでは豆粒ほどにしか見えない。

 

 辺りにはガーゴイルやウイングスケルトンなどの、空を飛ぶ魔物達が遠巻きに二人を眺めている。(あるじ)に挑む挑戦者を警戒しているのか、それとも彼らでは近寄る事ができぬ程ドラキュラの魔力が強いのか、攻撃をしてくる気配は今のところ無い。

 

二人は月が照らし出すその道を一歩一歩噛み締めるように登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――この城に来てから様々な事があった。出会い、笑い、傷つき、裏切り、怒り、喜び、悲しみ、別れ……その全ては今この時、ほんの数百メートル先にいる男を倒すため……

 

どんなに長くとも一時間の後には……いや、ひょっとしたらほんの数分の後に、二人の……この世界の行く末が決まる。ユリウスとアルカード、残された二人の戦士は無言で歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豆粒ほどだった城主の塔はいつの間にか随分大きく、こぶし大の大きさにまでなっていた。その輪郭や形状がはっきりしてくるにつれ、ドス黒い悪意の気配も次第にはっきり感じ取れるようになってくる。

 

「アルカード……」

 

 不意に今まで押し黙っていたユリウスが声をかけてきた。アルカードは少しだけ驚きながらも「どうした」と聞き返す。

 

「これを……」

 

 ユリウスが差し出したのは、ラングの形見のドッグタグと、ハルカに託された姉の魂が込められた賢者の石だった。

 

「……どうしろというのだ」

 

「お前が……持っていてくれないか」

 

 そういって手を差し出したユリウスの瞳は、その青い色とは真逆の、灰色に沈んでいるようにアルカードには見えた。

 

「断る」

 

 いつも以上にそっけない、拒否の言葉を言い放つと、アルカードはマントを翻しユリウスに背を向け歩き出す。だが背中越しに、今度は強い口調でアルカードは答えた。

 

「生きて帰るのだ……必ず!」

 

 かつて自分がアルカードに対して言った言葉を、今度は逆にかけられる。背中越しに発せられたアルカードの決意の言葉に、ユリウスの眼に少しだけ光が戻った。そして仲間の後を追うように、ユリウスは再び歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 どうした事か城主の塔に近づくにつれ段々と雲行きは怪しくなり、塔の影が月を覆い隠すほど大きくなった頃には雷まで鳴り始めた。…………それはまるでその中にいる者の怒りを体現するかの様であった…………

 

 

”ギイイイィイイ……バダアァァァンッッ!!”

 

 

 今まで行く手を阻んできた如何なる扉よりも大きく、荘厳で、威圧的な扉を開け玉座の間に入る。

 中は一寸先も見えない程の漆黒の闇に包まれていた。だが一歩足を踏み入れた瞬間、足が大きく沈みこむ。一瞬罠かと勘ぐったが、どうやら上質な絨毯が玉座まで敷かれているようだ。

 

息を殺し、神経を研ぎ澄ませながら、二人は辺りを警戒する。

 

 

”ピシャアアアァアアンッッ!!!”

 

 

 突如耳を塞ぎたくなる程の雷鳴が轟く。そしてステンドグラス越しの稲光に照らされ、一瞬だけ玉座に座る男のシルエットが見えた。

 

 やがて漆黒の夜道を照らすように1つ、また1つと蝋燭が灯り始める。次第に炎の数は増え、禍々しくも荘厳な室内と、部屋の中央、玉座に鎮座する男の姿を白月の下に晒しだす。

 

 

白銀に光る艶やかな長髪……

壮年の男性とは思えないほどの怪しい魅力……

君主と呼ぶに相応しい圧倒的な風格、気品、佇まい……

 

そして……それら全てが帳消しになるほどの絶対的な”悪意”――

 

 

 

 

「……待ち兼ねたぞアルカード……そして……ベルモンドの末裔よ……」

 

「我こそは魔王 ”ドラキュラ”……」

 

 

 

 

 

「この悪魔城の主 ”ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ” である!!」

 

 

 

 

――――長き旅路の果て……遂に魔王ドラキュラがその姿を現した!!

 

 

 

 

 

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