悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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 魔王ドラキュラ。師から幾度となく聞かされた宿敵の印象は、ユリウスが想像していたものとは大分違っていた。

 師の話では黒髪の若い姿という事だったが、目の前の男は長い白髪をなびかせ、顔には深い皺が刻まれた明らかに老年に差し掛かった紳士といった風体だった。
 またその物腰も意外だった。ドラキュラはデスの様にあからさまに瘴気を発する訳でも、シャフトの様に威圧的な言動をするわけでも無く、ただ静かに……玉座に座りこちらを眺めているだけだった。


だが……それが逆にとめどない恐怖をユリウスに与えた。


 ドラキュラと対した瞬間から、周囲の空気がドロドロの鉛に変わったかと思えるほど重い。自身の身体や内臓が鋼鉄に変わったと錯覚するほど重苦しい。たった一回呼吸するだけでとてつもない疲労が襲って来る。
 この場の全てを目の前の男に支配されている……そう錯覚するほどに、ドラキュラの発する無形の力はユリウスを圧倒していた。


……だがそれでも、ユリウスは両の瞳を一切逸らす事無く、ただひたすらに宿敵の姿を見据えていた…………




玉座の間
最終決戦


――悪魔城の終着点、『玉座の間』

 

ダンスホールよりも一回り小さいその室内は、まさに魔王が君臨するにふさわしい、不気味さと、威圧感と、禍々しさを合わせ持った空間だった。

 

 壁、柱、床、天井、その全てが漆黒に彩られ、所々に髑髏や悪魔を模った不気味な装飾が顔を覗かせる。他の色と言えば金の装飾に彩られた玉座と、その玉座から入り口の扉まで一直線に敷かれた真っ赤な絨毯。そして微かな明かりを灯す蝋燭とステンドグラスくらいだった。

 

 ドラキュラが鎮座する玉座は部屋のやや奥、幅広の階段を昇った数段高い位置に置かれ、ユリウス達のいる階下とは隔てられている。その背後には厚い幕がレース状に何条も垂れているが、その先は完全な”闇”が広がるのみで、奥に何があるのかは全く分からなかった。

 

 

 ドラキュラは黄金の玉座にゆったりと腰を下ろし、赤い液体の入ったグラスを片手に悠然とこちらを見下ろしている。だが一通り侵入者の見分も終わったのか、意外なほど柔和な物腰でゆっくりと口を開いた。

 

「久しいなアルカード……我が息子よ」

「……父上……」

 

 その声は空中庭園で聞いたドミナスの声と全く同じだった。だがさすが闇の眷属を統べる王というだけあり、その声色は紛い物とは比べ物にならない威厳と迫力に満ちていた。

 

「相も変わらず人間どもの………いや、もはや何も言うまい。今更何を言った所でその蒙昧な考えを変える気はないのであろう?」

 

「……それはこちらも同じ事。二百年前に矛を交えた時、母上の想いを理解してくださったと思いましたのに……」

 

 およそ二百年ぶりに交わす親子の会話。だが空中庭園でドミナスと会した時と同じ様に、両者の間に親愛の情は感じられない。

 

 

「私は自らの力で蘇るのではない、欲深な人間共によって蘇る。あの戦いから今この時まで、私が一体何度蘇ったか…… つまり二百年もの間、人間は何も変わらなかったという事だ」

 

「…………」

 

「いや……むしろ人間どもはさらに愚かになっておる。特にここ百年余りの人間共の所業は、実際にその目で見てきたお前の方が余程よく知っておろう?」

 

「……それは……」

 

「リサの想いは理解している。だがだからこそ……やはり人間は滅ぼさなくてはならん!」

 

「……!!」

 

 

 淡々と、だが同時に底知れぬ威圧感を伴いながらドラキュラが語る。

果たしてそれがドラキュラの本心なのか、それとも何か別の意志によるものなのかは解らない。

だがそのあまりに独善的な物言いに、たまらずアルカードが反論する。

 

 

「これの……これの何処が理解しているというのだ!もう既に何百人もの罪なき人々が死んでいる!何度言えば解るのです!母上はそんな事を望んでなどいない!」

 

「理解しておらぬのはお前だアルカード。二度とリサのような悲劇を繰り返さぬためにも……人間共は皆すべからく断罪し、浄化する……!」

 

 

 アルカードの心からの訴えも、ドラキュラの頑なな意志を溶かす事は出来なかった。父子の意見は平行線を辿り、歩み寄りは見られなかった。

 

 

「これだけ話しても無駄だというのですか。もういい……、もうたくさんだ!今度こそ貴方を完全に倒す!いや、この城の呪縛から救って見せる!!」

 

 アルカードが声を震わせながら腰の剣に手をかける。だが伯爵は微動だにせず、逆に嗜めるようにアルカードを制した。

 

 

「救う……か、大きく出たな。しかしお前はそう考えていても、そこの()()はそうは思っておらぬようだが?」

 

ドラキュラが苦笑しながら後方のユリウスに視線を動かす。

 

「それほどの殺気を放つ男が傍にいては、お前の綺麗事など微塵も説得力を持たぬぞ?フフフ……」

 

「…………ッッ!!」

 

 ドラキュラに促されるように後方を振り返った瞬間、アルカードは愕然とした。

そこには憎悪、執念、憤怒、あらゆる負の感情を込めた瞳でドラキュラを睨みつけるユリウスの姿があった。その殺気は今までの比では無い。まるで母を失った直後の父を見るようだった。

 

 

「ベルモンドと相まみえるのも何年ぶりか……小僧、名は何と言う?」

「…………」

 

 並みの戦士ならば一瞥されただけで絶命する魔王の眼光を受けながら、ユリウスは一切たじろぎもしない。いやそれどころかさらに燃え上がる怒りを両眼に込め、無言のまま伯爵を睨み返した。

 

「フフ……初めて会うたばかりというのに随分と嫌われた物よ。……アルカード、お前はしばし下がっておれ。そこな若者と話がしたい」

 

「――!? ふざけるな!そんな申し出を受けると思っているのか!」

 

 アルカードがやや焦燥した口調で父に詰め寄る。が、伯爵はアルカードを気にも留めず、静かにユリウスを見つめ続けている。冗談や戯れの類ではない、父は本気だ。

 

「………………」

「………………」

 

 ベルモンドとドラキュラ。千年に渡る因縁を持つ両者が、戦うでもなく少し離れた位置から互いを見据える。ほんの少しの言葉のかけ違いで即座に崩壊するような危うい緊張感……そんな張り詰めた弦のような静寂を先に破ったのは、今度もやはりドラキュラであった。

 

「私が憎いかベルモンドよ?」

 

 単刀直入な伯爵の問いかけ。だがユリウスは相変わらず伯爵の顔を見据えたまま、一言も喋ろうとはしない。

 

「答えはせぬか……、だが黙っていても今の貴様の心情は手に取るように解るぞ?」

 

「!」

 

 ドラキュラの言葉に、ユリウスの表情に初めて変化が表れた。

 

 

「てめえなんかに……俺の気持ちが解ってたまるかよ……ッ」

 

 

 一族の宿敵と、今初めてユリウスが言葉を交わした。

 

 

「いいや解る……親しき者を殺された恨み、憎しみ、怒り、そして破壊の衝動……まるで五百年前の我を見るようよ。善の象徴であるベルモンドが悪の象徴である私と同じ道を辿る……皮肉の効いた話しではないか」

 

 

「――ふざけるなッ!」

 

 

 最も忌むべき相手に自身も解らぬ心の内を見透かされ、ユリウスは反射的に鞭を振り被っていた。だが…………

 

 

”ズガァッ!!”

 

「!」

「!」

 

 その攻撃は予期せぬ来訪者によって阻まれる。

 

 

「下がれ!身の程をわきまえぬ愚か者よ。伯爵様の御前ぞ!!」

 

「!? この声は……!」

 

 

 今まさにドラキュラへ斬りかかろうとしたユリウスの足元に突き立てられたのは、見覚えのある小鎌だった。やがてその頭上、ドス黒い霧のような瘴気が集まりだし、中から髑髏の顔が現れる。

 

 

『――デス!!?』

 

 

 瘴気の中から現れたのは地下深殿で倒したはずの死神であった。

 

 

「何で……生きてやがる……ッッ!?」

 

 何故デスが生きているのか?確証は無かったが、おそらくグランドクロスに飲み込まれる直前、実体を希薄化させるかして逃げおおせたのだろう。だがさすがに無傷とはいかなかったか、デスが身に纏っているローブはあちこちが焼けこげたままだった。

 

「………ッッ」

 

 仕留めた筈の仇がのうのうと生きている。その事実に、ユリウスの心は張り裂けんばかりに荒れ狂う。だが当の死神はそんなユリウスに一瞥もくれず、ふわりと階下に降りるとドラキュラの下に跪いた。

 

 

「……申し訳ありませぬ伯爵様。体の修復に時間を取られ、みすみす奴らを玉座の間に立ち入らせてしまいました……」

 

 デスが普段の横柄さとは真逆の態度で、主君に対しうやうやしく首を垂れた。だが当の伯爵は会話を邪魔された事で気分を害したのか、やや不機嫌な面持ちで腹心に声をかける。

 

「……デスか、色々と策を弄したようだな。もっとも、肝心のベルモンドは()()のようだが……」

 

「!! そ、それについては申し開きのしようもございませぬ。ですがこちらを見ていただければ……」

 

 死神はそう答えるや否や、慌てて宙に向け手を翳した。すると空中に見慣れた場所が映し出される。

 

「あれは……ダンスホール!?」

 

 宙に映し出されたのは忠守達のいるダンスホールだった。だが……明らかに様子がおかしい。

 

 

 

『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

「魔物の群れが!!」

 

 ダンスホールでは、結界を破壊しようと雪崩れ込んだ魔物達と、それを守ろうとする人間との間で大乱戦が起こっていた。

 

 

 

「野郎ッッ!!」

 

 ユリウスがデスを睨みつける。だが激昂するユリウスを見て、死神は心底愉快そうに答えた。

 

「人間だった時に得た数少ない収穫よ。わざわざ貴様らを倒さずとも、弱い部分をつけば少ない労力で最大の戦果が得られる。さあ愚かな人間どもが死にゆくさまをとっくりと鑑賞しようではないか……ク ハ ハ ハ ハ !」

 

 死神はユリウスの神経を逆なでる様にカラカラと笑い声を上げた。ユリウスの怒りはさらに燃え上がったが、場所は遠く離れたダンスホール。ここからではどうすることも出来ない。

 

「…………」

 

 だが……ユリウスとは対照的にアルカードはしごく落ち着き払った様子だった。静かな怒りを秘めた口調で、アルカードがデスに語り掛ける。

 

 

「デスよ……」

 

「……?」

 

 

 

 

「あまり人間を嘗めるな」

 

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆  

 

 

 

 

 本来ならば貴族たちが優雅に踊る狂うダンスホールは、今や人間と魔物が鎬を削る凄惨な闘技場と化していた。教会の聖職者や日本の神官たちは中央の祭壇を守るべく、円陣を組みながら怪物達の襲撃に立ち向かっている。

 

「うぐぁッ!!」

             「うああッ!?」           

      「がはッ!!」

 

 だがいくら退魔のスペシャリストとはいえ、数は圧倒的に魔物側が上である。一人、二人と神官たちは倒れ、次第に人間側が押され始めていた。

 

「Grrrrrrrr……」

 

 その時である、自軍が優勢と見たか、翼を生やしたライオンのような魔物が、唸り声をあげながら強引に祭壇へ向かってきた!

 

「GYAOOOOOO!!」

 

 

 

 

 

”ズバァシュッ!!”

 

「グゲェアッ!?」

 

 だが魔物が祭壇に飛びかかろうとしたまさにその瞬間、稲光の様な剣閃が走り、魔物は一刀のもとに斬り捨てられる!

 

 

「皆気張れ!大和男子の意地の見せ所ぞ!!」

 

 

 魔物を切り伏せたのは忠守だった。忠守は神官たちの指揮をとりつつ、自らも最前線で戦っている。そしてその手には、鈍い光を放つ一振りの刀が握られていた。

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆ 

 

 

 

「あれは……ムラマサ!?何故あの刀をかような者が!!?」

 

 忠守が持つ刀を見てデスの表情が一変する。忠守が振るっているのは”妖刀村正”。斬った者の血を吸う事で無限に成長を続ける、単純な殺傷力ならば城内随一と言われる悪魔城の至宝だ。そんな代物を何故あの東洋人が持っているのか……?

 

「…………」

「……ッッ!!」

 

 振り返った先、涼し気な眼差しで死神を見るアルカードの姿があった。アルカードは何も語らないが、その沈黙が疑問の答えを雄弁に語っていた。

 

「く……、ぐぐ……ッ」

 

 無表情のアルカードとは対照的に、動く事の無いデスの口角がギリギリとひきつる。だが死神もこの程度で白旗を上げる程諦めは良くない。

 

「ええいッ!その神官は捨て置け!未熟な者達から殺すのだ!」

 

 デスが空間越しに魔物達に指示を出す。離れた場所でも指示は伝達されるのか、それまで指揮官である忠守に集中していた悪魔たちが、蜘蛛の子を散らす様に散り散りに離れ、他の者達に向かい始めた。

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆ 

 

 

「GWOOOOOO!!」

 

 魔物達は自分達より弱い物を見つける嗅覚は鋭い。人間たちの中でも一際小柄な者に狙いをつけ、獣人、スケルトンナイト、ガーゴイルなどの中級悪魔たちが我先にと殺到する。だが……

 

 

”ザザザンッ”

 

「グへェッ!?」

 

 一瞬の間に幾重もの剣閃が煌めき、哀れ中級悪魔達の群れは細切れの残骸へと成り果てた。

 

「有角殿の仰っていた通りになりましたね、叔父上!」

 

 悪魔たちを蹴散らしたのはマキだった。その白い装束を返り血で赤く染めながら、少女も祭壇を守るべく最前線で戦っていたのだ。マキは愛刀「やすつな」にこびりついた鮮血を振り払いつつ、共に戦う叔父に話しかけるが……

 

「う……うぐ……ッ」

「叔父上!?どうなされました!?」

 

 どうしたことか、忠守が突然その場に膝をついてしまった。……と、マキは遠目からでも解る忠守の異常に気付いた。相当な数の魔物を斬り捨てていながら、忠守の装束には一滴の血もついていなかったのだ。

 

「叔父上!」

 

「来るな!」

 

「!!」

 

 自身に駆け寄ろうとするマキを、忠守が普段とは違う強い口調で制止する。

 

「く……、これしきの……呪いでッ」

 

 忠守の顔からは血の気が失せ、額にはじっとりと脂汗が滲んでいた。

ムラマサは持つ者に強大な力を与えるが、引き換えに血を求める人斬りの衝動も湧き上がらせる。

厳しい修練に裏打ちされた強い精神力で何とか押さえ込んでいるが、その負担は忠守といえど並大抵のものでは無い。

 

忠守はアルカードからこのムラマサを託された時の事を思い出していた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これを受け取って欲しい」

 

 それは今から数か月前、アルカードの鬼神流修行が一段落した時の事だった。アルカードがおもむろに一振りの刀を差し出してきたのだ。

 

「門外不出の剣技を教えてくれた礼……という訳では無いが、お前にこの刀を託したい」

 

 アルカードの持つその刀は鍔も、鞘も、華美な装飾の一切ない無骨なこしらえだった。だが忠守は一目見ただけで剣が放つただならぬ気配……いや”呪い”を察知した。

 

「これは……妖刀村正!?」

「やはり知っていたか……」

 

 何人もの侍を斬り、また同時にそれだけの使用者を狂わせたという伝説の妖刀村正。一体どれだけの人間を斬ればこれほどの怨念を発せられるようになるのか……神職であると同時に一介の剣士でもある忠守は、妖刀が発する魔性の魅力に、知らず知らずの内に手を伸ばしていた。

 

――この刀を振るいたい。この刀で人を斬りたい――

 

 

「――ハッ」

 

 だが寸での所で忠守は正気に戻り、触れかけた手をひっこめた。一目見ただけで誘惑されかけるとは……妖刀の名が持つ真の意味を、忠守は今その身をもって思い知らされた。

 

「かような業物を受け取るわけには参りません。どうか有角殿が持ち、此度の戦にお役立てください……」

 

 その刀の価値と云われを知っていた忠守は受け取る事を固辞した。だがそれを踏まえた上でアルカードは忠守にこの刀を託そうと考えていた。

 

「俺には母の形見のこの剣がある。それに生半な者がこのムラマサを振るえばやがて剣に支配され、血と殺戮だけを求める狂者に堕ちてしまうだろう」

 

「この剣の呪いに抗えるのは、強い正義感を持ち、強固な意志を持つ者……俺の知る所では忠守、お前だけだ。そしてそれは今この剣の誘惑に耐えたのを見て確信に変わった。頼む忠守、これで結界を、皆を守ってくれ……」

 

「…………ッッ」

 

 

 

「…………解りました。有り難く頂戴いたします。この命に代えても使命は果たしましょう……」

 

 種族と世代を超えた友人から託された剣を、忠守は固く握りしめていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てあああああああッ!!!」

 

”ザシュッ!!”

 

 忌まわしい妖刀の呪いを振り払うように、忠守は忍び寄る魔物を一太刀で斬りはらった!

 

「友が自分を信じて託してくれたのだ。この程度の呪縛で期待を裏切るわけにはいかない!」

 

 忠守が決意も新たに、再び指揮を執り始めた。普段の叔父が戻ってきた事で、マキもほっと胸を撫でおろす。

 

 

 

「ケエエエエエエエエエエ――――ッ!!!」

 

「!?」

 

 だがその時、天井のシャンデリアが揺れる程の凄まじい怪鳥音がホールに響く。

超音波と紛う程の声を発したのは、鷺の様な鋭い嘴を持った鳥頭の獣人だった。

 この獣人の名は”ベリガン”。悪魔城一の槍の使い手にして、死神直属の悪魔騎士である。

 

「こいつは……ッ」

 

 他の雑魚悪魔とは明らかに格が違うベリガンの気迫に、やすつなを握るマキの手に思わず力が入る。

 

「クエエエエエッッ!!!」

 

 ベリガンは獲物の三つ又槍を構えると、先程の怪鳥音を響かせながらマキに向かって猛烈な突きを繰り出してきた!

 

「来るかッ!!」

 

 相手にとって不足なし。望むところとばかりに、マキがベリガンを迎え撃つ!

 

「ケケケエェェェェ―――ッ!」

「くッ!!」

 

 一撃、二撃、三撃と、鋭い突きがマキを襲う!ベリガンの猛攻を何とかしのぎ続けるマキだったが、広い空間では刀よりもリーチの長い槍の方が圧倒的に有利である。一撃喰らうたびにその小さな体が大きくのけぞり、押し込まれていく!

 

「マキ!」

 

 大切な姪の窮地に、忠守が矢も楯もたまらず名を叫ぶ。しかし――

 

”ヴォウッ!!”

 

「!?」

 

 不意に上空から巨大な火球が祭壇目掛けて振ってきた!咄嗟に式神の鷹を放ち、かろうじて火球を相殺する。

 

「グゲゲゲゲェェ……!」

 

「こやつは……!?」

 

 忠守の目に映ったのは、蝙蝠の様な皮膜を両腕から伸ばし宙を飛ぶ悪魔だった。

この魔物の名は”ギャイボン”。先のベリガンと同じ死神直属の悪魔騎士であり、ベリガンが地上の雄ならばギャイボンは天上の雄といわれる、悪魔城二大騎士の片割れである。

 

「こんな時に……!!」

 

 無敵の切れ味を持つムラマサも、届かなければ意味が無い。それを知っているのか、ギャイボンはアドバンテージのある空から降りようとはせず、四方八方めがけ火球を吐きまくる!

 

”ドォンッ!!”

                 ”ドォンッ!!”

        ”ドォンッ!!”

 

 

「ぐああああ――――ッ!!」

「GUUUUUUUUUUUUU!!」

 

 ギャリボンは仲間の魔物が巻き添えを食うのも顧みず、人間達目掛け攻撃を加えた。ホールの至る所に火柱が立ち昇り、魔物もろとも神官たちが吹き飛ばされる。

 

「くそ!何という事を!!」

 

 忠守も必死に式神を飛ばし、火球を相殺するが、とても全てを撃ち落とす事は出来ない。

と、とうとう手持ちの式神札が尽きてしまった。

 

「グギヒヒヒヒ……」

 

 忠守の手札が尽きた事を目ざとく察知し、ギャイボンがギヒヒ……と嫌らしい笑みを浮かべる。ギャイボンは一息に祭壇を吹き飛ばそうというのか、思い切り体をのけぞらせ大きく息を吸い込む。やがて体内に蓄積された炎はギャイボンの体が赤く透ける程に増大し……

 

 

”バシュゥゥゥッ”

 

 

 

 

 

 

 

 

”バゴオォォンッ!!!”

 

「ブヘァアッ!!?」

 

 だが体内の炎が臨界を迎えようかというその時、何処からともなく放たれた飛来物がギャリボンに命中し、大爆発を巻き起こした!

 

 

「よっしゃあ!ざまあみろ化け物!!」

 

 ホールの入り口から、威勢のいい若者の声が聞こえた。ギャイボンに攻撃を加えたのはカーキ色の戦闘服に身を包んだ軍人達。場外で魔物の襲撃を受けた海兵隊の生き残りが、仲間を救うために城内へ乗り込んできたのだ。

 

「くそ!何がどうなってやがる!?将軍はいないのか!?軍曹はどうした!?」

 

 生き残りの海兵の中で最も階級が高いと思われる一人がホールの様子を見て思わず叫ぶ。

指揮官であるティード将軍は勿論、仲間の海兵隊や陸軍の姿はほとんど見えず、代わりに教会の修道服を着た者、サムライの様な装束を着た者、それに自分達を襲った魔物が入り乱れて戦っている。常人ならまともに事情を把握する事すら困難な状況だ。

 

 だがそこは歴戦の強者である海兵隊である。負傷した仲間の海兵を庇いながら戦う修道士や、中央の祭壇を守る様に戦うサムライ達を見て、敵と味方、おおよその情勢をつかんだ。

 

「よくわからんが化け物は中央の石を狙っているらしい……、皆、民間人と協力してあのオブジェを守るぞ!伍長!出来る限り空中にいる奴らを狙え!」

 

 指揮官である将校の下、海兵隊は忠守達が抗しにくい空中の敵を優先的に攻撃する。もちろん加護の無い現代兵器では威力はたかが知れているが、それでも注意を反らしてくれるだけ忠守達には有難い。

 

「グげッ、ゲほ、ゲホ……WGOOOOOO!」

 

 一方海兵隊の放ったロケットランチャーによって地に落されたギャイボンだが、やはり現代兵器では仕留めるまでには至っていなかった。

 いや、それどころか中途半端に痛みを与えた事が、その怒りに火をつけた。ギャイボンはみるみる内に体を赤く硬化させ、再び舞い上がろうとその両腕を大きく広げた!

 

 

”ザンッ”

 

「グヘェアッ!」

 

 だがこの魔物が再び羽ばたく事は無かった。忠守の振るったムラマサは強化されたギャイボンの皮膚を物ともせず、まるで豆腐でも切るかのようにその首を切り落とした。

 

「はぁ、はぁ、……マキ!」

 

 ムラマサの呪縛に必死で抗いながら、忠守はもう一体の悪魔騎士(ベリガン)と戦う姪の身を案じていた。果たしてマキの闘いの行方は……

 

 

 

 

 

 

「ケェッ!ケェッ!!ケケケェッ!!!!」

 

「ええい!(うるさ)いッ!」

 

 わずらわしい怪鳥音を叫びながら、ベリガンがマキを攻め立てる!マキもよく防いではいるが、両者の鍔迫り合いは徐々に練度の差が現れていた。鋭く尖った槍がやすつなの刀身をじわじわと削っていく……!

 

 

”パキィィィンッ”

 

「――やすつながッ!?」

 

 ここまでの激闘の疲労が蓄積していたのだろう。あろうことか少女の愛刀は最悪のタイミングで折れてしまった。

 

 

「キェヘッヘッヘ……ケエエエエエエエ―――――ッ!!」

 

 獲物を失った少女へ止めをささんと、ベリガンが渾身の突きをマキに繰り出す!

 

 

”パシィィンッ!”

 

「―――――!?」

 

 だがベリガンの槍は少女の眼前数センチの所で止まった。一歩間違えれば三つ又の刃に刺し貫かれるのも顧みず、マキはベリガンの槍先を両の掌で挟み込み、受け止めたのだ。

 

「たあああああッ!!」

 

 マキは槍の刃先を地面と水平にして引き込むと、槍の柄部分を思い切り蹴り上げた!

 

”ヒュンヒュンヒュン……”

 

 マキに蹴飛ばされた槍は、ベリガンの手を離れ弧を描いて天井に突き刺さった。やすつなは折れてしまったが敵も武器を失い状況は五分……のはずであったが――

 

 

「ケイイイイイイッ!!」

 

「なッ!?」

 

 何とベリガンは失った槍の代わりに、自らの嘴を武器に突っ込んできた!

蹴り上げた足を戻す間もなく、マキは無防備な体をベリガンに晒している。この姿勢ではとてもベリガンの刺突をかわせない!少女の脳裏に走馬灯が過ぎる――――

 

”ズバァァッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィエアアアアアアアアアッッ!!!?」

 

「!?」

 

 一瞬、閃光が走ったかと思うと、ベリガンの嘴はその中程から先がすっぱりと断たれていた。

奇声をあげのたうち回るベリガンをよそに、マキの目の前には厳めしい装飾がなされた大ぶりの剣が浮かんでいた。

 

危機を救ってくれたであろう宙を舞う大剣に、マキは思わず尋ねる。

 

「あ……あなたは!?」

「我が名は剣魔。主の命により助太刀をする」

 

 剣魔と名乗る大剣はふわふわと浮かびながらマキの心に直接語り掛けてきた。

 

「もっとも……如何にアルカード様の命とはいえ”資格”の無い物に我が身を委ねる気は無い……が、」

 

 剣魔がマキによって蹴り飛ばされたベリガンの槍をちらりと見る。

 

「先の白刃取り……少しは見込みがあるようだ。娘よ、我を使いこなす自信はあるか?」

 

 唐突な剣魔の問いかけに、マキは一瞬あたまが真っ白になった。だがすぐに我に返ると、”ドン!”と自らの胸を叩いた。

 

「勿論!この不肖白馬マキ、見事ご期待に答えて見せましょう!!」

 

 少女からの力強い返答に、今度は剣魔がしばし呆気にとられる。

 

「……フッ、よかろう……。その言葉、努々忘れるなよ?」

 

 そういうと剣魔は少女が扱いやすい様に配慮したのか、両刃の大剣からやや反りのある片刃の長剣へと姿を変えた。

 

「これは……」

 

 手に持った瞬間、重量以外の ”何か” がズシリとマキの両手に圧し掛かる。恐らく少しでも無様な戦いをすれば、この剣魔と名乗る魔物はあっさりと自身を見限るのだろう。

 

「……望むところ!」

 

 だがその程度で臆する少女では無い。きっと今頃ハルカ達は目の前の敵よりも遥かに強大な魔王と対峙しているのだ。それを思えば目の前の状況など芥にも等しい。マキは今一度気合を入れなおすと、悪魔城が誇る騎士に再び戦いを挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

「な~んだ。つまんないの。剣魔のせいでボクちんの出番無くなっちゃたじゃないのよさ!」

 

 ホールのシャンデリアにもたれ掛かりながら、鼻の大きな使い魔がひとりごちる。と、そこへ蜉蝣の羽をはためかせたフェアリーが、息を切らせてやってきた。

 

「ちょっと鼻悪魔!忙しいんだから暇なら手伝ってよ!」

 

 フェアリーはその小さな体に不似合いなポーションの大瓶を幾つも携えている。アルカードの命により、傷ついた人間を片っ端から治療しているのだ。

 

「んも~う。しょうがないわねえ。アチシがいないと皆何にも出来ないんだから❤」

 

 そう言うと鼻悪魔は三つ又の槍をひっつかみ、眼下の喧騒の渦へと突っ込んでいった。

 

「あんたらチンタラやってんじゃないわよォ―――ッ!!この三股の槍に貫かれたい奴はかかってきなさ――――い!!!!」

 

 鼻悪魔が物騒な物言いを振りまきながら群がる敵に向かって吶喊する!と……威勢がいいのはそこまでだった。敵の魔物も本陣に攻め込む為に集められた精鋭、突出した鼻悪魔はすぐに四方を敵に囲まれてしまった。

 

「あ~らら~~、こーりゃまずいわね……、ボクちんもここで終わりかしら……」

 

 地上は勿論空中にも無数の魔物が陣取っている。傲岸不遜を地で行く鼻悪魔も、ここが年貢の納め時と腹をくくる…………訳が無かった。

 

「……とでも言うと思った?今週のびっくりどっきりアイテム、いっクわよ~ん!

 ポチっとな♪

 

 

”ドオオオオンッ!!”

 

 

 鼻悪魔は何処からともなく大剣を取り出すと、柄の部分にある太陽の紋章を押した。

途端剣の前方に間欠泉の如き爆発が巻き起こり、鼻悪魔を取り囲んでいた魔物を一掃してしまう。

 

そして……その噴煙が収まるにつれ、爆発を起こした者の正体が次第に明るみになる。

 

 

「……何だこれは?アルカード様はどうした?」

「あっら~?楽しそうねえ、随分派手にやってるじゃない♪」

「ここはダンスホールか?魔物が人間を襲っているようだが……」

「形勢は人間側が不利のようだな……しかし……」

 

 

 爆炎の中から姿を現したのは、甲冑に身を包んだ骸骨の一団……迎賓館でアルカードが召喚した「暁の軍団」だった。しかし召喚はされたものの、守るべき主の不在に騎士たちははやや混乱しているように見える。

 

「が、骸骨の騎士!?新手の魔物か!」

 

 だがそれ以上に混乱していたのはその存在に気付いた周囲の人間達だった。なにしろ見た目は鎧をまとったスケルトン。人間には敵の増援が不意に現れたようにしか見えない。と、ここで鼻悪魔が暁の軍団の前に躍り出る。

 

「何ぼけっとしてんのよあんたたち!早く目の前のあいつらをやっつけちゃいなさいな!」

「お前は確かアルカード様の使い魔、我々を呼び出したのは貴様か?」

 

 横柄な態度を取る鼻悪魔に、「使い魔風情が何を言い出すのか……」と、暁の騎士達はやや不遜な態度を取った。だが鼻悪魔はそれに輪をかけて不遜な態度で、騎士たちに向かって高らかに宣言する。

 

「あんたたち……アチシにそんな態度をとっていいの?この書置きが目に入らぬかァァ~~!!」

 

 鼻悪魔が取り出したのはアルカードのサインが記された委任状だった。そこにはこのダンスホールにいる間、鼻悪魔の指示を仰ぐ旨が書かれていた。

 

「何だと!?…………確かにアルカード様の筆跡だ。どうする?皆?」

 

 リーダーと見られる騎士が他の団員に尋ねる。

 

「御命令とあれば致し方あるまい」

「アルカード様がそう書き残したのだ。やるしかないだろう」

「わしは団長にまかせるよ」

「暴れられるんならアタシはどっちでも~?」

 

 団員達の意見はいまいちまとまりに欠けたが、概ね鼻悪魔に従うという事で一致したようだ。

 

「意見はまとまったようね……では、え~、あ~、う~、ゴホン。

アルカード様代行、鼻悪魔サマが命ずる……あんた達!や~っておしまいっ!!」

 

 

『……………………』

 

 

「…………敵は目の前の魔物全てだ。行くぞ皆!!」

 

『おうッ!!』

 

 ちょっと気の抜けた鼻悪魔の号令……もといリーダーのスケルトンの号令一途、暁の軍団が一斉に敵の群れに雪崩かかる!その勢いは凄まじく、徐々に押されつつあった戦線を逆に押し返すほどであった。周囲の人間も彼らに敵意が無い事が解ると、次第に連携して敵とあたる様になった。

 

 

形勢は五分。いや、むしろ勢いは人間側に傾いていた――

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆ 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…………ッッ」

 

 思いもよらぬ人間達の抵抗に、デスは歯を噛みしめ、明らかに動揺している。

 

 

「忠守……マキ……みんな………………」

 

 一方で仲間たちの敢闘を目の当たりにした事で、暗く荒んでいたユリウスの心に少しだけ明かりが差しつつあった。だがそんな微かな光を黒く塗りつぶすかのごとく、死神は声高に叫ぶ。

 

「フン!脆弱な人間どもが少しばかり優勢になったからと調子に乗りおって……、だがそれもここまでよ……!」

 

「……!?」

 

「この私が何故海兵どもを数人だけ生かしておいたと思う?全てはこの時……貴様らのかすかな希望を絶望に塗り替えるためだ!」

 

「何!?」

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆

 

 

 

「おいお前!何をしている!?」

 

 闘技場で救出された海兵隊員が、混乱に紛れて何やらおかしな動きをしているのに、海兵隊の将校が気付いた。

 

「!! お前……核の起動スイッチを!」

 

 兵士を押しのけると、一部士官しか知らないはずの核の起動キーが入力され、回収したSADMの爆発カウントダウンが始まっていた。

 

「……う、ぐ、ゴガあああああッ!!

「お……お前!うああああっ!?」

 

 起動スイッチを入れた兵士が突如呻き声をあげる。と、その姿は既に皮膚のただれたゾンビへと変わっていた。そしてそのままもたれ掛かる様に仲間へ襲い掛かる!だが――

 

「御免!!」

 

”ズバシュッ!”

 

 幸い異変に気付いたマキがすぐに急行し、ゾンビ化した兵士を斬りふせた。おかげで組み付かれた海兵は難を逃れたが、本当の困難はここからだった。

 

「解除キーが入力できない……ッ!?」

 

 キーを知っている将校が核を止めようと停止キーを入力する!しかし死神が何か封印を施したのか、どこをどういじくってもカウントダウンが止まらない!

 

 人魔入り乱れるホールは混沌を極めた。核の起動に気付いた者はごく一部だったため壊滅的な崩壊は避けられたが、タイマーは恐ろしいほどの速さで時を刻み、残りカウントはあっという間に10を切った。

 

「もう……だめだ……!!」

「…………!!」

 

 将校から絶望の嗚咽が漏れ、傍らのマキもその表情から全てを察した。

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆

 

 

 

「みんな……ッ!!」

 

 ユリウスが苦悶の表情で宙を見上げる……!

 

「勝った!もはや封印は出来ぬ!!」

 

 デスが歓喜の叫びをあげる……!!

 

「……………………ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時よ止まれ!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…………?」

 

「………………!!?」

 

 

「タイマーが……止まってる!?」

 

 SADMのデジタルタイマーは00:01を差した所で止まっている。死を覚悟していた隊員たちは、脂汗にまみれながら安堵のため息をついたのち、無意識の内に神へ感謝の祈りを捧げていた…………

 

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆

 

 

 

 

「サン……ジェルマンンンッッ……!!!」

 

 

 城主の間ではデスが怒りと屈辱に震えていた。

 

 

「何故、何故奴が人間どもの味方を……ッッ」

 

 まさか件の紳士が手を出してくるなどとは予想だにしなかったのか、骨だけの顔を砕かんばかりに歪め、デスは怨嗟の呻きを上げ続けている。

 

 

「サン……ジェルマン……」

 

 ユリウスは映像を見上げながら、無意識にその紳士の名を呟いていた。奴が何故力を貸してくれたのかは解らない。散々振り回され、良い感情など微塵も無い。ただ今だけは……今だけはあのエセ紳士に心の底から感謝していた。

 

 

 

蠅の王(ベルゼブブ)は!ベルゼブブは何をしているッ!!」

 

「――!」

 

 狼狽するデスがその場にいない者の名を不意に呼びあげる。アルカードはデスが発したその名に若干の動揺を覚えた。

 

『蠅の王ベルゼブブ』

死を司る蠅達の王であり、魔界の君主でもある奴が再び悪魔城に召喚されているとなれば、いかに忠守や暁の軍団でも、結界を守り切る事は難しい。アルカードの頬を、冷汗が音も無く伝う。

 

 

………………………………………………………………

 

 

 だが……待てど暮らせど魔界の君主が現れる気配は一向に無い。ベルゼブブ本体はおろか、配下である蠅たちすら影も形も無い。

 

「な、何故だ!?何故来ない!」

 

 訝しみ、焦る死神をよそに、アルカードだけはその理由に気付いていた。かつて矛を交えた”ライバル”が約束を守ってくれている事を…………

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆

 

 

 

 

「光栄に思え蠅の王!!貴様が我が栄光ある”一万年計画”の鏑矢となるのだ!!」

「VOOOOOOOOOOOOOッ!!」

 

 悪魔城の深淵に近い一室。雷光の杖を振りかざしたガラモスがベルゼブブと対峙していた。

 

 蠅の王と呼ばれる魔物(ベルゼブブ)は、その名の通り体中が腐り果てている。だが一方で王の名に相応しい巨大な体躯を持っていた。その巨大さは長年の幽閉生活で疲弊しているガラモスよりも一回りも二回りも勝っている。

 

「我ガ下僕共ヨ!偉大ナ王ニタテツク愚カ者ヲ食イ破レ!!」

 

 ベルゼブブが配下の蠅たちを召喚した。だが蠅といってもその大きさは一匹一匹が中程度の象ほどもある巨大な物だ。その蠅が数十匹の群れをなし、ガラモスに襲い掛かる!!

 

「なめるな蠅の王!動き出したこのガラモスの歩みを、虫けら如きが止められるか!」

 

 ガラモスが手に持つ雷光の杖を振りかざすと、先端の石から数条にも及ぶ雷のシャワーが蠅達に降り注ぐ!まるで自ら篝火に吸い込まれる様に、巨大な蠅の群れは一匹残らず消し飛んでしまった。

 

「オノレェェェェ!ガラモス!キサマ人間ニ下ッタカ!!」

「馬鹿を言え!俺様に命令出来るのは俺様だけよ!!」

 

 さながら怪獣大決戦と形容されるような巨体同士の壮絶なぶつかり合い……!

悪魔城深淵……こちらでも闇の雌雄を決するための戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

◆        ◆        ◆        ◆        ◆

 

 

 

 

「は……ハハ、みんな……」

 

 先ほどまでの絶望が一転、かすかな……いや大きな希望へと変わる。仲間たちの奮戦に、空虚だったユリウスの瞳に、また少しだけ光が戻っていた。だがそんなユリウスとは対照的に、酷く不快な面持ちで宙の映像を眺める男がいた。他の誰でも無い、城主であるドラキュラだ。

 

 

「………デスよ、これが貴様の見せたいものとやらか?」

「……………………ッッ!!!!!」

 

 深いため息をついたのち、ドラキュラが落胆とも、呆れともつかぬ様子でデスに話しかけた。ドラキュラは別に声を荒げているわけでは無い。だがその不気味なほど落ち着いた声色に、さしもの死神も骨の髄から震え上がった。

 

「か……返す言葉もございませぬ……。かくなる上はかつてと同じ様にこの死神、微力ながらお助けを……!」

 

 巨大な鎌をひるがえし、デスがユリウス達へ向き直った。それまで仲間たちの奮戦を見ていたユリウスとアルカードも、反射的に戦闘態勢をとる。

 

「丁度50年前と同じくあちらも二人、こちらも二人。あの時の屈辱、今こそ晴らしてくれましょうぞ!!」

 

 デスが先の汚名を返上せんと意気盛んに躍り出る。だがその時、不意にドラキュラが死神に語り掛けた。

 

 

「デスよ…………」

 

「は……ッ!?」

 

 唐突に主から声を掛けられ、死神の肩が”ビクッ”と跳ね上がる。

 

 

「お前は私が闇の王となってから千年もの長きに渡り仕えてきてくれたな?」

 

「は……?はは……ッ!、未来永劫お仕え致しまする!」

 

 

「私が闇の力を手にする手はずを整えてくれたのもお前だった……」

 

「は……!伯爵様ならば必ずや真の王になられると、この死神信じておりました!」

 

「うむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いとま)を出す……消えろ」

 

「………………はッ!?」

 

 

”ガシィッ!!”

 

『!?』

 

 その時ドラキュラの背後の闇から巨大な手が伸び、死神の体を鷲掴みにした。

 

 

「な……!?は、伯爵様!?」

 

「……長く人間と慣れ合いすぎたな。本物のデスならば、かように見苦しい真似はせぬわ!」

 

 闇から伸びた剛腕は締め付ける力をどんどん強めていく。デスの骨が砕軋み、砕ける不快な音がユリウス達のいる場所まで聞こえてきた。

 

「お……お許しを!お許しをォッ!伯……爵様ァァァァァ―――!!」

 

 

”グシャァキィィィィィィ―――ッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

”ベシャァア!!”

 

 

『…………!!』

 

 

 ……壮絶な光景だった。あろうことかドラキュラはその手で、腹心であるデスを粉々に握りつぶし、唾棄の様に吐き捨ててしまったのだ。玉座の間の床に、さっきまでデスだった者の残骸が放り投げられる。

 

「所詮は分霊か、下賤な人間どもに毒されおって……」

 

 呆気にとられる二人を尻目に、ドラキュラはその視線をデスの残したホールの映像へ動かす。ダンスホールでは忠守達が必死に魔物の攻勢を押し留め、結界の祭壇を守り抜いている。

 

 

「人間共もなかなかやりおる…………だが……」

 

”グシャアッ!!”

 

「――!!」

 

デスの時と同じように、暗闇から伸びたもう一本の手が宙の映像を握りつぶした。

 

「……私が健在である限り、城の魔物が尽きる事は無い。つまりお前たちが私を倒さぬ限りあの者達の健気な抵抗も無に帰す、という事だ。そして……私が負ける事は”絶対”に無い」

 

 ドラキュラがユリウスに向かって酷く冷酷な笑みを浮かべた。

 

「どうする小僧?おとなしく我が下にくだれば命だけは助けてやるぞ?いや、それだけでは無い。わが眷属の一員として格別の待遇で迎えてくれよう……」

 

 ドラキュラが傲岸不遜極まる態度でユリウスに取引を持ち掛ける。しかし……

 

 

 

 

「…………じゃねえ……」

 

「……?」

 

 

「小僧じゃねえ……、ユリウス、ユリウス・ベルモンドだ!!

 

「言うに事欠いて手下になれだ?おまけに皆を殺すだと?そんな事……絶対にさせるかよ!」

 

 ユリウスがヴァンパイアキラーをドラキュラに向け、先の不遜な誘いごと挑戦状を叩き返す!その瞳には殺気だけでは無い、微かではあるがユリウス本来の闘志が戻っていた。

 

 

「……」

 

 

「……フフフ」

 

 

「ファッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

「その意気やよし!かかって来るがいいユリウス・ベルモンド!千年の永きに渡る血の宿命……

貴様の断末魔をもって終曲(フィナーレ)としようではないか!!」

 

 城が震える程の高笑いを上げたのち、ドラキュラは決闘の白手袋よろしく、手に持ったグラスをユリウスに向けて投げ捨てた。そしてユリウスも自身に向けられたグラスをヴァンパイアキラーで地に叩き落す。今、千年に渡る因縁の火ぶたが切られたのだ。

 

 だが宿命の火ぶたが切られる中で、アルカードは一人困惑していた。負の感情に支配されたままのユリウスならば、如何様にもあしらえるというのに、父は自らそれを取り除いてしまったのだ。

 

 先の死神への制裁もそうだ。戦力的な面でいっても、デスがいれば間違いなく向こう側に有利だった筈なのに、何故わざわざ自らの首を絞めるようなことを――――

 

 

「……何、それほどおかしな事でもあるまい?二百年ぶりのベルモンドとの戦い……邪魔者にいらぬ手出しなどされてはかなわぬからな」

 

「…………!!」

 

 呆然と立ち尽くすアルカードの心の内を見透かすように、伯爵がニヤリと笑みを向けた。

 

 

「それにデスも、シャフトも、貴様らも、一つ勘違いをしている…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この魔王ドラキュラに……小手先の策など”無用”という事だ!!」

 

その瞬間、玉座の背後から巨大な翼が広がり、暗闇に隠れていたドラキュラの本体が露わになった!

 

玉座の間を覆い尽くす程に広がる漆黒の羽……

指だけでも人間の胴程の太さを持つ巨大な両腕……

不気味にせせら笑いながら城主を守る様に佇む三つの首……

 

その姿は空中庭園で垣間見たドミナスと非常に似通っていた。だがその体から醸し出される魔力の邪悪さ、強大さ、ドス黒さ、そして何より王としての気高さはドミナスとは桁違いだった。

 

 

「最初から本体を出してくるだと……ッ!?」

 

 以前戦った経験がある分、アルカードの方が動揺は大きかった。通常ならばまずは小手調べとして人間体で戦ったあと、正体である異形の怪物へ変化。混沌を具現化した本体を召喚するのは最後の最後だったというのに……

 

「腑抜けたなアルカード!!」

 

「――!」

 

 その時ドラキュラが混沌の両腕を前面に構え、冒涜的な呪詛を唱えた。瞬く間に白い紋章が描かれ、破壊のエネルギーが集中する。

 

 

「二人まとめて滅ぶがいい!!」

 

『!!』

 

 ドラキュラは最大奥義である波動砲をいきなり発動してきた。純白の光を放つ極太の破壊光線が、ユリウスとアルカードめがけ襲い掛かる!

 

 

”ガガガヴォギャギャギャギャォォォ――――………”

 

 

 波動砲は床を抉り、壁を壊し、柱を捩じり、形容しがたい破壊音を発しながら城主の塔を貫き、無限に広がる闇夜へ吸い込まれるように消えていった……

 

 

 

 

「………………」

 

 

 城主の塔には大穴が空き、闇夜に浮かぶ満月が顔を覗かせている。だがその後にはユリウスとアルカードの姿は無い。不意打ちの波動砲に消滅させられてしまったのだろうか……?

 

 

 

「―――上かッ!」

 

 だが上空から発せられた微かな闘気にドラキュラは瞬時に気付いた。左右に分かれたユリウスとアルカードが、両側から挟み撃ちの形でドラキュラに襲い掛かっていたのだ!

 

「その技は一度見てんだよッ!!」

 

 空中庭園での戦いは無駄では無かった。暗黒魔法を発動する直前に一瞬だけ現れる紋章によって、ドラキュラの攻撃は事前に予測出来ていたのだ。

 

 

「喰らえッ!ドラキュラァァァ――――――ッ!!」

 

 

 ここまでの闘いで得た怒り、悲しみ、喜び……それら全ての想いを込めたヴァンパイアキラーの一撃が、魔王ドラキュラに向かって振り下ろされる!

 

 

今、悪魔城最上階『玉座の間』で、最終決戦の幕が切って落とされた――!

 

 

 

 

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