悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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 ヴァンパイアキラーの後押しを受け、悪魔城の心臓部 ”混沌” へと突入したユリウス。だがそこは想像を絶する未知の領域であった…………


最終決戦5 ―混沌―

 

「!!??!!?」

 

 混沌の門へ足を踏み入れた瞬間、ユリウスは自身を見失った。比喩では無く、本当に自分自身を認識出来なくなったのだ。

 

――立っているのか、座っているのか。

――進んでいるのか、止まっているのか。

――明るいのか、暗いのか。

――寒いのか、暑いのか。

――静かなのか、五月蠅いのか。

 

 視覚はもちろん、聴覚、嗅覚、触覚、そしておそらく味覚さえも役に立っていない。混乱した感覚全てがグチャグチャの混ぜこぜになって、一体何が起こったのか、自身がどうなっているのか判断すらできない。

 

「★……#%×……◎ッ!!?」

 

 ”混沌”とは物事が入り混じり定まっていない状態を指す。ましてこの悪魔城は何億、何十億という人間達の負の感情の集合体。生身の人間が飛び込んで正気でいられるはずが無かった。

 

「……◇、◆□〇!!」

 

 だが今のユリウスは自分のした行動を後悔する事も出来ない。鉛のプールの中を藻掻く様に、ただただ混沌に身を委ね、自身という存在の消失を待つほかないのだ。

 

「…………!」

 

 しかし……そんな自分すら知覚できない混沌の中で、ユリウスの右腕は無意識の内にヴァンパイアキラーを求め、掴んでいた。

 

 

”グッ――!!”

 

 

 ――鞭のグリップを握った瞬間、ヴァンパイアキラーから発せられる暖かい光が、ユリウスの体を包み込んだ。と同時に失われていた五感がユリウスに戻る!

 

 

「―――はッ!?」

 

 

 取り戻した視覚に映ったのは、門の中で蠢いていた灰色の混沌だった。粘土ともガスともつかない……見ようによっては人の形にも見える不定形の物体がユリウスの全身に纏わりついている。

 

「な……、これ……はッ!」

 

 混沌に触れられた箇所からは、まるで無数の毒虫に這いずられる様な不快な感触が伝わって来る。心の弱い者ならそれだけでショック死するであろう状況。だが宿敵との決着をつけるという死命を持つユリウスは、こんな所で立ち止まる訳にはいかなかった。

 

「邪魔を……するな!どけぇぇぇぇッ!!」

 

 ユリウスは身体を包む悪寒を振り払う様に、光の闘気を全身から放った!!

闇を祓う聖なる光にあてられ、ユリウスに纏わりついていた混沌は霧が晴れる様に浄化されていく…………

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

「――ップハァ!、はぁ、はぁ、……ここは!?」

 

 全身をじっとりとした汗で濡らしながら、ユリウスはどうにか混沌の沼から脱出できた。しかし開けた視界に飛び込んできたのは、”虚無”としか形容できない、荒れ果てた世界だった。

 

”ヒュゥゥオオオ……”

 

 その世界には、”色”という物がなかった。空も、大地も、建物も、まるで何十年も前の白黒写真のように、全てが寒々しい灰色一色だった。

 

 見渡す限りの荒野には、串刺しにされ朽果てた躯が強い風に吹かれて揺れている。建物といえば石造りの城があるくらい。だがそれも何年も放置された様に崩れ、もはや原型を留めていない。一見曇天に見える薄暗い空は、先の混沌だろう……灰色のもやが禍々しく乱れ、うねっていた。

 

「ここが……悪魔城の心臓部……」

 

 そのあまりに荒れ果てた寂しい情景に、ユリウスはここが敵の中枢である事も忘れ、しばし呆然と景色を眺めていた。

 

 

「……まさか……ここまで追ってこようとはな……」

「!!」

 

 声のした方向に咄嗟に振り向く。その先にはやはり宿敵であるドラキュラ伯爵がいた。しかし蓄積されたダメージによって魔獣の姿を維持できなくなったのか、その姿は元の人間体に戻っていた。

 

「貴様が初めてだ……人間でありながらこの混沌の中で自我を取り戻したのは」

「……俺一人の力じゃない」

 

 ユリウスは淡い光を放つヴァンパイアキラーをドラキュラに見せつける。

 

「なるほど……リサが力を貸したか。それならば合点がいく」

 

 ドラキュラは光る鞭から亡き妻の力を感じ取ったのか、しばし瞑目し小さく頷く。

 

 

”ヒュゥゥゥ……”

 

 冷たい風がユリウスとドラキュラの間を吹きぬける。今から雌雄を決しようというにもかかわらず、まるでそんな事が嘘の様に両者の態度は落ち着いていた。

 

 

「混沌は悪魔城の心臓部……ってのが中に入ってみて良く解ったよ」

 

「……ほう?」

 

 

「ここは文字通り悪魔城の心臓……城主ドラキュラの”心”な訳だ」

 

「灰色の空。灰色の大地。荒れ果てた城。冷たい風。そして無数の亡骸……」

 

「生き物は虫一匹いない。それどころかお仲間の魔物すらいない。いるのはイレギュラーな”俺”を除けばお前一人だけ……」

 

「つまりこの寂しい世界が……魔王ドラキュラの嘘偽らざる心象風景なんだろう?自分以外誰もいない、眷属や魔物すらいないこの萎びた世界が……!」

 

「…………」

 

 

 

 

「……フッ」

 

 

 

 

「ハァッハッハッハ!……その通りだベルモンド。五百年前全てを失ったあの時から、私は誰一人信じてはおらぬ!」

 

 

「デスも、シャフトも、カリオストロも」

 

 

「メデューサも、ミイラ男も、フランケンシュタインも」

 

 

「ゾンビ、スケルトン、ゴースト、半魚人、リビングアーマー、ハーピー、ブルークロウ、おおこうもり、ノミ男、ドッペルゲンガー、プロセルピナ、魔女、サキュバス、リリス、ガーゴイル、ほねばしら、キラーフィッシュ、スケルトンキッカー、呪い人形、ウネ、スライム、ジャイアントワーム、ピ-ピングアイ、がしゃどくろ、ベヒモス、ワーウルフ、ワージャガー、ワータイガー、ゴーレム、レライエ、ミノタウロス、デーモン、ルビガンテ、ギャイボン、ベリガン、メデューサヘッド、バロール、レギオン、ベルゼバブ、その他数多の怪物達……」

 

 

「そしてもちろんアルカードも……誰一人としてな……!」

 

「…………」

 

 自身を慕う配下はもちろん、実の息子すら拒絶するというドラキュラの言葉。捉えようによっては哀れみすら感じる発言だったが、ユリウスには目の前の孤独な男を笑う事はどうしても出来なかった。

 ほんの少し前……いや、今この時のユリウス自身が、皮一枚はがせば恐らくドラキュラとよく似た心境だったから……

 

 

「だが……我以外存在せぬこの混沌の中に”異物”がまぎれこんだ」

「――!」

 

 ドラキュラの言葉に、ユリウスが咄嗟に身構える。

 

「そう気負うなベルモンド。このドラキュラをここまで追い込んだ宿敵を、今更”モノ”扱いはせぬ。異物とは……これよ!!

 

 そう言うやいなやドラキュラは目の前の空間を引き裂き、中から”何か”を引き摺りだした。

 

 

 

「う……ぁ……」

「――ジョーンズ!?」

 

 それは空中庭園で混沌の門に吸い込まれた宗教家”ジョージ・ジョーンズ”だった。

 吸い込まれる直前デスに両断されたためか、ジョーンズの身体は上半身しか残っていない。だが混沌の影響なのか、それともあらかじめ停滞の魔法をかけていたのか、腸や脊髄が飛び出した状態でありながらジョーンズはまだ生きていた。

 

「このドラキュラともあろう者が……あまりに小者過ぎて見逃していた。もっとも……”教会”はまさにそこを狙っていたわけだ」

 

「教会……だって!?」

 

「三つに分かれた我が魂の欠片。その内魔力が封じられた十字架は教会に奪われていたが、小賢しい奴らが何もせずに魂を持ち込む訳が無い」

 

”ビリィッ!!”

 

「!」

 

 ドラキュラがジョーンズの衣服を破り捨てる!露わになったジョーンズの身体には例の印術だろうか、何か複雑な紋様が描かれていた。

 

「固縛の術式よ。教会の奴らめ、万が一に備え我が魂に”楔”を打っておった。魂を取り戻しても力が戻らぬ訳よ……くくく」

 

 ドラキュラが苦笑しながら天を仰ぐ。ジョーンズは自らの肉体を駆使し、命がけで魔王ドラキュラを騙していたのだ。と、ユリウスが混沌を祓ったおかげか、ジョーンズが意識を取り戻した。

 

「ジョーンズ!!」

「……ベル……モンド……か?」

 

 ジョーンズは相変わらず視力を失ったままのようだ。だがユリウスの声を聞き反応を示した。

 

「ベル……モンド……そこにいるの……か」

「あ、ああ!俺だ!ユリウス・ベルモンドだ!」

 

「お前……だけか?他の……者は……」

「…………ッ」

 

 目が見えずとも気配で解るのか、ジョーンズはユリウス一人しかいない事に気付いたようだ。ジョーンズの問いに、ユリウスの言葉がつまる。

 

 

「ここにいるのは貴様とベルモンドだけだぞ?教会の飼い犬よ……」

「……この……声は……ッ」

 

 傍らで囁くおぞましい声に、ジョーンズは自身の置かれた状況を否応なく理解した。

 

「何の力も持たぬただの人間でありながら、この魔王ドラキュラを謀った事賞賛に値する。特別に褒美をくれてやろう……」

「…………ッッ」

 

 凍てつくようなドラキュラの声色。勿論その言葉をそのままの意味で受け取る事など出来ず、ジョーンズはその身を永久凍土の様に硬直させた。しかし……次の瞬間意外な事が起こった。

 

「……目が!?」

 

 奪われたはずのジョーンズの瞳に、再び光が戻ったのだ。

 

「貴様は”闇の素養”があるようだ。神を呪い、信仰を捨てろ。さすれば新たな肉体を与え、我が眷属に加えてやろう」

 

「…………!!」

 

 ドラキュラは先程とは一転、酷く甘美な声色でジョーンズを誘惑し始めた。もし自分が女性であったら、いや、男性であって靡いてしまう程の魅力。ましてジョーンズは一度その力に取り込まれ、魅了されている。魔王のカリスマに抗う事など不可能だと思われた。

 

”ペッ!”

 

「!?」

 

 だがジョーンズは取り戻した瞳で真っ向からドラキュラを睨み、その顔に唾を吐きかけた!

 

 

「私が……教会の飼い犬だと?勘違いするな薄汚い()()風情が……!」

 

「…………」

 

「私の信仰は私の内にのみある!魔王だろうが、総主教だろうが、好きに出来ると思うなッ!」

 

「!!」

 

 ジョーンズは身も竦む魔王に生殺与奪を握られながら、堂々啖呵を切って見せた。正直な所ユリウスはこの宗教家に良い感情はほとんど無い。だが同じ人間として、戦士として、己の誇りに命を賭けた男に、ユリウスの……ベルモンドの血は震えた。

 

 

「何をしているベルモンド!魂はまだ私の中だ!私ごと討てェェ――ッ!!」

 

「――ジョーンズ!?」

 

 なんとジョーンズは自分ごと魂を破壊するようにユリウスを促す!

 死命に殉ずる戦士を討つという行為に、ユリウスの良心は一瞬の戸惑いを見せた。だがここまで幾人もの覚悟を見てきたユリウスの肉体は、考えるより先にヴァンパイアキラーを抜き放っていた!

 

 

”パアァァァァンッ!!!”

 

 

「なッ!?」

 

 だがヴァンパイアキラーがジョーンズに振れる瞬間、青白い光と共に鞭が弾き返される!

 

 

「もう遅い……既に魂の融合は終わっているのだッ!!」

 

「ぐ……ぎぃいやアアアァァァ!!!」

 

 その瞬間、赤黒い炎がジョーンズを包み、聞くも耐えがたい断末魔が響き渡る!!

ユリウスは再度ドラキュラに攻撃を試みるが、眩い閃光と衝撃がドラキュラからほとばしり、後方におもいきり吹っ飛ばされる!

 

「ハァッハハハハハハ!!とくと見よベルモンド!混沌を統べる真の魔王の誕生を!!」

 

「…………ッッ!!」

 

 ドラキュラの宣言通り、いつの間にか周囲の空間は寒々しい荒野から、元の混沌渦巻く異次元へと変わっていた。そしてその不気味に蠢く混沌が、台風に引き寄せられる雲のようにドラキュラへと吸い込まれていく……!!

 

 

”パアァァァァァ……!!”

 

 

「……う……くッッ」

 

 暗い灰色に彩られていた世界は、眩いばかりの光に包まれていた。失われた魂の欠片と、場内全ての混沌がドラキュラと融合した瞬間、まるで神が降臨したかと思える程の凄まじい光が放出された。

 ユリウスはそのあまりの神々しさに目を開ける事すら出来ず、その場に膝まづき、ただ耐える事しか出来ない。光は増々その力を強め、灰色の世界全てを真っ白に染めていく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ヒュォォォォォォ……”

 

 やがて完全に魂が結合したのか、嵐の様な光は収まり、辺りは元の虚無めいた荒野が広がっていた。

 強烈な閃光を浴びて一時的に視力を失っていたユリウスだったが、徐々に目の痛みも落ち着き、何とか薄目を開けて周囲を確認する。

 

 

「…………ッッ」

 

 ……さっきまでドラキュラが居た場所には、一人の男が立っていた。

 

 地面までつくほどの長い黒髪をたくわえたその男は、今まさに誕生したという事なのだろう。一糸まとわぬ生まれたままの姿で、目を閉じたまま静かにそこに佇んでいた。

 

「あれが……まさか!?」

 

 目の前の男が本当に真の姿を取り戻したドラキュラなのか?ユリウスは訝しむ。

 なぜなら目の前の男からは、初めてドラキュラと対した時に感じた凍てつく様な恐怖も、湧き上がる様な怒りも、鉛の様な威圧感も全く感じなかったからだ。

 

”ガタッ、ガタガタッ……”

 

「!」

 

 その時、ユリウスは体が微かに震えている事に気付いた。やはり無意識の内に恐怖を感じていたのかと思ったが……どうも様子がおかしい。

 

「ヴァンパイアキラーが……震えている!?」

 

 震えているのはユリウスでは無く、手に持ったヴァンパイアキラーだった。千年の永きに渡り戦い続けてきた鞭が……目の前の男を前にして震えている!?

 

 

「……鞭は気付いているのだ。私と貴様の”格”の違いにな」

 

「!?」

 

 その時、完全体となったドラキュラが初めてユリウスに口を開いた。その声は壮年時とは似ても似つかぬ、溌剌とした青年の声だった。

 

「貴様と私では、力の”次元”が違う。故に恐怖も恐れも起こらない。地を這う蟻が壮大な宇宙を知覚できないのと同じ様に、な」

 

「…………ッッ!!」

 

 「次元が違う」だと!?今更その程度の脅しで屈するものかとユリウスは奮起した。今までも圧倒的な力の差はあった。それでも何とか戦えた。食らいつけたのだ。

 ユリウスは震えるヴァンパイアキラーを力づくで押さえつけると、目の前のドラキュラ目掛け渾身の一撃を見舞う!!

 

 

”ググゥッ……!!”

 

「!?」

 

 だが鞭がドラキュラに届く事は無かった。いや、それどころか振るう事すら出来なかった。鞭を振り被ろうとした瞬間、鞭がまるで鉛の様に重くなり、1ミリも動かせなくなったのだ。

 

「な……何で動かない!?動け、動けよヴァンパイアキラー!!」

 

 思いもよらぬ事態に困惑するユリウス。だが引っ張ろうが、押してみようが、鞭はまるで地に根が張ったかのように動かない。慌てふためくユリウスに、ドラキュラが冷酷な事実を告げる。

 

「鞭に込められた先祖の記憶は正直だな。貴様に勝ち目が無い事を早々に理解しているのだ」

 

「何……だと!?」

 

 ユリウスはドラキュラの言葉に動揺を隠せないでいた。だがすぐに思考を切り替えると、動かないヴァンパイアキラーに見切りをつけ、退魔道具のクロスを取り出しドラキュラに向け矢継ぎ早に放った!

 

「…………」

 

 ユリウスの魔力を受けて巨大化したクロスが、回転しながらドラキュラに襲い掛かる!だがドラキュラはこの程度の武器では傷がつかないというのか、それともユリウスの真意を見抜いているのか、その場から微動だにしない。

 一方ユリウスはクロスの弾幕に隠れる様にしてドラキュラに迫った。とにかく一手合わせてみない事には攻略の糸口も掴めない。ユリウスは投擲用の斧を構えつつ、自身の持てる最高の体術で接近を試みる。

 

「色即是……」

 

 走るユリウスの像が揺らめき始め、いくつもの幻影へと変わる……

 

 

”ガシィッ!!”

「!!」

 

 だが今までどんな魔物も、当のドラキュラですら捕らえる事の出来なかった”色即是空”の幻影を、完全体となったドラキュラは目を閉じたまま、しかも片手一本でたやすく捕えてしまった。

 

「魂を取り戻した私に同じ技が通用すると思うな」

「…………ッッ」

 

 ドラキュラはユリウスの喉元を掴んだまま、力まかせに放り投げる!

 

 

「うあああああ――ッ!!」

 

”ドゴアァァッ!!”

 

 ユリウスはまるで円盤投げの円盤の様に、くるくると宙を舞いながら城壁に激突した!

 

 

”ガラ……”

 

     ”パラ……、”

 

 

「がはッ!、そんな……ば……かな」

 

 崩れた瓦礫の中から何とか体を起こすユリウス。だが完全に極めた筈の”色即是空”を軽々と見切られた事は、ユリウスの精神に多大な衝撃を与えた。

 どうにか立ち上がったものの、まるで力が入らない。投げ飛ばされたダメージ以上に、対抗する手立てがほとんど残っていない事がユリウスの体を竦ませた。

 

 

 

最終奥義(グランドクロス)を撃ってみるがいい」

 

「!!」

 

 その心の内を見透かす様に、ドラキュラがユリウスに語り掛けた。

鞭も使えず、自慢の体術も見破られた。退魔道具の武器解放術も恐らく通用しないだろう。となればユリウスに残された道はドラキュラの言う通り、一つしか無い。

 

「……」

 

 ドラキュラは相変わらず目を閉じたまま、無防備な姿を晒している。罠とも、余裕からくる挑発ともとれるその行動に、ユリウスは攻撃を躊躇する。

 

「どうした怖気づいたか。では……これならどうだ?」

「なッ!?」

 

 なんとドラキュラはさらに両腕を大きく開き、完全に無防備な状態になった。

 

 

――なめやがって……!

 

 

 ドラキュラの完全に人を喰った態度に、落ち着きかけていたユリウスの心は再び乱され始める。いや、実の所ドラキュラの言動は問題では無い。先の一瞬の手合わせで感じた力の差、それがユリウスを焦燥に駆り立てていた。

 

 

「すぅぅぅぅ…………」

 

 何かに追い立てられる様に戦闘態勢をとるユリウス。だがもはや止まる事は出来ない。

ユリウスは両脇を締め、臍下丹田に気を静めた。ユリウスに流れる光の魔力が、少しずつ体を巡り、やがて全身に漲って来る……

 

「ここにある全ての混沌ごと浄化してやる!喰らえ!グランド・クロス!!」

 

 そう叫ぶや否や、ユリウスの体から十字の形をした黄金色の光が放出される!!

その光は完全体のドラキュラが生まれた際の光に勝るとも劣らぬものだった。グランドクロスは怒涛の勢いで周囲の瓦礫や荒野を削り、瞬く間にドラキュラに迫る!

 

 

 

 

 

 

 

「笑止」

 

 グランドクロスの光がドラキュラに届く寸前、それまで閉じていたドラキュラの眼が ”カッ” と見開いた……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ヴァサアァッ!!”

 

 空中庭園に一体の魔物が舞い降りる。だがその巨大な影は庭園に降り立つなり人間の姿へと形を変えた。

 

「ハァ……、ハァ……、何処だユリウス……」

 

 影の正体はアルカードだった。ドラキュラの放った波動砲はかろうじて退けたものの、魔獣の身体を維持できない程のダメージを負ってしまったようだ。それでもアルカードはユリウスとドラキュラの魔力の痕跡を追い、どうにかここ空中庭園までやって来たのだが……

 

「まさか……混沌の中へ入ったというのか!?」

 

 ドラキュラの血と、ユリウスの足跡は庭園中央、混沌の門へと続いていた。ドラキュラ以外の誰一人として立ち入る事の出来ない混沌に入れば、いかにベルモンドとはいえただではすまない。

 

「く……、待っていろユリウス!」

 

 アルカードは居てもたってもいられずユリウスの後を追った。例えドラキュラの血縁であろうと混沌の中に入って無事でいられる保証は無い。だがそれでもこのまま待つ事など出来なかった。

 

 

 

”――ヒュンッ”

「――!?」

 

 だがアルカードが門へと歩き出した瞬間、門の中から何かが凄まじい勢いで飛び出し、その横を猛スピードで過ぎ去った。

 

”ドガオォォォンッ!!!”

 

「な……ッ!?」

 

 門から飛び出た物体は、そのまま庭園の階段に突っ込んだ。濛々と立ち昇る土煙と散らばる瓦礫の中、姿を現したのは……

 

 

「ユリウス!!」

 

 崩れた階段の中にうずくまっていたのはユリウスだった。見れば一目でわかる程に体中が傷だらけだ。だがその傷は体の後半身だけでなく、全身に渡っている。激突時に負った傷だけでは無い、明らかに強力な攻撃をくらった跡だ。

 

 

―――!!!

 

 瞬間、おぞましいほどのプレッシャーを感じ、アルカードは再び門へと向きなおった。ぽっかりと開いた混沌の門……不気味に蠢く灰色の混沌の中から、青白い影がゆっくりと現れた。

 

”ヒタ……”と足音をたて、まず右足が現れた。次に左手、そして左足、右手、頭……

その男は一糸まとわぬ……生まれたままの姿でアルカードの前にその姿を見せた。

 

「…………!?」

 

 男は地面につくほど長い漆黒の髪を持つ、若く端正な顔立ちの美青年だった。肉体もギリシャ彫刻の様に引き締まっており、その肌は不気味な程白く、冷たい美しさを放っていた。だが……それ以上にアルカードは男の”ある部分”が気になった。

 

「あの瞳は……まさか……」

 

 男の右目は真紅のルビーの様に赤く発光し、怪しく揺らめいていた。

遥か昔、まだ幼かった頃に図書館の主から聞いた事がある。ヴァンパイアの力の源……永遠の命を与える”真紅の石”と、無限の夜を作り出す”漆黒の石”の言い伝えを……

 

 

「逃……げろ……アル……カード」

「ユリウス!!」

 

 その時後方にいたユリウスが意識を取り戻し、アルカードに何事か呼びかけた。反射的にアルカードはユリウスの方へ向き直ったが……

 

 

”ヴオォォウッ!!”

 

「―――!?」

 

 アルカードが男から目を離した瞬間、目に見えぬ強力な衝撃波が男から発せられた。アルカードは庭園の彫刻や木々もろとも薙ぎ倒され、先のユリウスと同じ様に階段へ叩きつけられる!

 

 

 

「がは……ッ、馬鹿な、奴は一体……」

 

 アルカードは瓦礫にまみれながら何とか体を起こそうとするが、まるで自分の身体ではないかのように自由が効かない。物理的な威力だけではない、先の衝撃波には何か得体の知れない呪力も含まれているようだ。

 

「……ドラ……キュラだ」

「!」

 

「すま…ねぇ……、ドラキュラが……完全体になっちまった……ッ」

「…………ッッ」

 

 ユリウスの言葉をうけ、今一度目の前の男を見る。確かに言われて見れば男は父の面影を残している様にも見えたが……

 

 

「違う」

 

『!!』

 

 その時、男が初めてアルカードに語り掛けた。その声は今までのドラキュラとは似ても似つかぬ、若く溌剌とした……だが同時に不気味なほど無機質な、冷たい声色だった。

 

 

「今の私はドラキュラではない」

 

「それよりも遥か以前、我が肉体が最も生気と、野心と、神への怒りに燃えていた頃の姿」

 

「我が(いにしえ)の名は……”マティアス”

 

 

 

「マティアス・クロンクビスト」

 

 

 その瞬間、悪魔城を覆っていた闇が男の体に吸い込まれる様に憑りついた。やがて幾秒も経たぬうちに闇は晴れ……中から黒衣を纏った貴公子がその姿を現した。

 

 

「取り戻したぞ……我が全ての始まりの体を……」

 

 

 漆黒の闇夜に包まれた空中庭園。おぞましく、冷たい夜風がいつまでも……どこまでも吹きすさんでいた…………

 

 

 

 




ご無沙汰しております作者です。

リアルの都合などで時間が取れず、投稿が停滞していましたが、どうにか最終話までのおおまかな目星がつきました。現在誤字のチェックや、行間調整及び細部の微調整など推敲作業に入っています。リアルに支障がなければ、年内に最終話まで投稿できるかと思います。

投稿開始から既に8年も経ち、大分おまたせしてしまいましたが、あともう少しだけお付き合いください。


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