悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
「魔物達が……消えていく!?」
悪魔城ダンスホール……忠守達は目の前の光景に目を疑った。あれ程精強だったモンスター達が、一匹、また一匹と煙が霧散するように消えていくのだ。
「こ……これは、遂にドラキュラ討伐に成功したんだ!」
消えていく怪物達を見て誰かがそう叫んだ。ボードゲームのチェスよろしく、親玉が倒れればその配下も皆倒れる。誰しもがそう考えるし、それが当たり前だ。何も不自然な事は無い。
『うおおおおお―――ッ!!』
先程まで生きるか死ぬかの戦いを演じていた教会関係者や、軍人が一斉に勝利の雄叫びをあげる。ホールは瞬く間に歓喜のムードに包まれた。
「合衆国なめんなコノヤローッ!!」
「オオ神よ……感謝します!」
「あっら~?これでお仕舞いなの~お?大した事なかったわねぇん♪」
「鼻悪魔、羽取れかかってるよ。こっちきて、治してあげる」
「戦は終いのようだな……あるべき場所へ還るとしようか……」
魔物一匹いなくなったダンスホールで、皆が思い思いに喜ぶ。歓声を上げる者、神に感謝する者、ただただ生き残れた事に安堵する者……、喜び方は人ぞれぞれだが、その顔は皆一様に笑顔だった。
「やりましたね!ハルカ殿が、皆さんがやってくれましたよ叔父上!……叔父上?」
ホールが歓喜に溢れかえる中、マキも喜びを分かち合おうと傍らの忠守へ駆け寄った。だが闘いに勝ったはずの忠守の顔は喜ぶどころか苦悩に満ちた……鬼気迫る形相へ変わっていた。
「魔物達は消えた……なのに城の邪気が全く衰えないのは何故だ?」
確かに魔物は全て消えた。だが城の邪気は消えるどころかますます膨れ上がっている。それも気の流れを読むに城の上層、ある一点へと集中している――
「ぐ……ぐああああッ!?」
『!!?』
突如ホールに響いた苦悶の叫び。発したのは先程まで最前線で戦っていた、暁の軍団のスケルトンや魔術師達だった。
『か、体が…溶け……ッ!?うぅぅああぁぁぁ…… …
今しがた消え去った魔物達と同じ様に、髑髏の騎士達の体も次第に蒸発し、やがて一人残らず消え去ってしまった。あっという間の出来事に、ホールは騒然となる。
「これは……やはり……!」
忠守の予感は的中していた。城の魔物達は倒れたのではない。
「うあああ!あ、あちしの体がァァァ―――!?」
「鼻悪魔殿!!」
城主の力の前に拒否権は無いのか、とうとうアルカードの使い魔である鼻悪魔達も力を吸われ始めた。そして恐らく闇の眷属を吸い尽くした後その矛先は人間へと向くだろう。
「皆、中央の祭壇に集まれ!結界を張る!」
『!!』
その時つんざくような忠守の号令がホールを走った!生き残りの人間と使い魔は一斉に祭壇へと集まる。
「はぁッ!!」
瞬間、忠守が印を結び法力を発動。ホール中央の祭壇は半球状の結界に覆われた。その守りの力により、一旦城の吸収は収まったかに見えたが……
「う……うう……」
「胸が……苦……」
「はぁ……はぁ……」
「皆!しっかりして!!」
結界に逃げ込んだのも束の間、城によって生気を奪われた者達が一人、また一人と倒れていく。マキも必死に励ますが、少女も少しづつ生気を奪われ次第に気分が悪くなってくる。
「お……叔父上……!」
マキが傍らの叔父を見上げる。だが忠守の額からも幾条もの汗が流れ落ち、普段の落ち着いた余裕といったものは微塵も感じられない。
――まさかこのような事になるとは……!
結界を張りながら、忠守は思案していた。城の邪気は消えるどころかますます膨れ上がっている。こんな事が出来るのは城主である魔王だけ。つまりドラキュラが城の力を全て我がものとした事に他ならない。
だが……自分の結界でかろうじて浸食を防げているという事は、ドラキュラの意識が別の”何か”に集中しているという事……まだアルカード達は戦っているのだ。
「持って10分か、それとも5分か……、いや!皆が勝つまでなんとしても耐えて見せる!」
今なお死闘を続けているであろうアルカード達を慮る忠守。悪魔城本城ダンスホールで、祭壇を守る人間達の闘いも大詰めを迎えていた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
冷たい夜風吹きすさぶ空中庭園に、漆黒に彩られた騎士が現れる。
失っていた魂と、この百年の間に世界中から集まった混沌。その全てが一つとなり、真祖ドラキュラが完全復活を果たしたのだ。
「あれが………完全体だと………?」
アルカードは目の前の”マティアス”と名乗る男を今一度観察した。
魔王となる前の父がどのような人間だったかは、実の息子であるアルカードもほとんど知らない。だが確かにその見た目は自分によく似ている。髪の色を変えれば瓜二つと言っていい。
だが……青年、壮年、老年とあらゆる状態の父を見てきたアルカードだからこそ解る。目の前の男には肉親の繋がりというか……父がかろうじて持っていた人間の”さが”といった物が全く感じられない。酷く無機質で……同時に何か得体の知れない”気配”を感じる。
「ユリウス……動けるか?」
アルカードがドラキュラから視線を外さずに、ユリウスに尋ねた。
「俺は……動ける」
「”俺”は?」
ユリウスの含みのある返答にアルカードが思わず聞き返す。
「あんな野郎に鞭がびびっちまってよ、どうやっても動いてくれねえんだ……」
「…………ッッ」
ユリウスが半ば諦めた顔で、腰のヴァンパイアキラーを見せた。鞭はまるで完全体となったドラキュラに怯え竦むようにカタカタと震えている。
アルカードは顔には出さなかったが、頼みの綱のヴァンパイアキラーが使えない事に、脳髄をハンマーで揺さぶられた様な衝撃を受けた。
「やむを得んか……」
アルカードが腰の長剣を鞘から引き抜いた。だがやはりその剣先は半分以上が失われたままだ。アルカードはしばし瞑目した後、ユリウスに静かに語り掛けた。
「恐らく、完全体となった奴には弱点は無い。首も、心臓も、吹き飛ばした所で瞬く間に再生するだろう。いや、そもそも傷をつけられるかどうかも解らん」
「……」
「だがただひとつ、望みがあるとすれば奴の右目に埋め込まれた石だ。真祖ヴァンパイアの不死の力はあの真紅の石によって生み出されている。どうにかしてあれを破壊するのだ」
「右目……!?」
ユリウスは今一度ドラキュラをよく見た。ドラキュラ本来の虹彩の色は澱んだ灰色だが、確かに今の奴の右目は赤く発光している。
「一か八か……か」
鞭が使えず、色即是空も破られ、最強奥義のグランドクロスも通用しない今、もはやどんな僅かな希望でもすがるしかない。ユリウスは屈しかけた自身の身と心を奮い起こす。
「……話し合いは終わったか?」
ユリウス達が立ち上がるのを見計らい、ドラキュラが二人に話しかける。相変わらずドラキュラからは殺気の類は感じられない。
「ああ……、おかげさんで」
「たった今終わったよ!」
「!」
そう言い放つや否や、ユリウスは投擲用の斧をドラキュラ目掛け投げつけた!瞬く間に巨大化、分裂した斧の群れがドラキュラに迫る!
「……フッ」
だが自身に迫る武器解放術に対しても、ドラキュラは逃げる素振りさえ見せない。
”ズガガガガガッ!!”
人間大に巨大化した無数の斧がドラキュラに殺到する!しかし斧の群れはドラキュラを傷つけるどころか、その肉体に触れた先から粉々に砕け散っていく!
「!」
だがアイテムクラッシュが通用しないのは想定内だったのか、斧の嵐が過ぎ去った後、二人の姿は忽然と消えていた。
「……今更逃げる……訳が無いな」
二人は完全に気配を殺しているのか、物音も、魔力の痕跡すら感じられない。
「ははは……隠れ鬼という事か、では鬼は私か」
抑揚の無い笑い声をあげながら、ドラキュラが周囲を見回す。
”ヴォウッ!!”
「!!」
ドラキュラが手を翳した瞬間、空中庭園の一区画が、一瞬で消滅してしまった。
「ここでは無かったか……ではこちらか?」
”ズッ……ゴゴゴゴゴッ!!”
今度は手を払っただけで庭園の一部に亀裂が走り、その部分が丸々城下へ墜落していく。
「まさか今の攻撃で消し飛んだ訳ではあるまい?なあ二人とも」
果たして本当は二人の居場所が解っているのか否か……隠れ鬼とは名ばかりの死のルーレットが始まった。ドラキュラは二人を追い立てるかのごとく、大仰に破壊の限りを尽くす。いつしか空中庭園はピースの抜けたパズルのように、至る所に不気味な大穴がのぞく廃墟となっていた。
だがそれでも二人は息を殺したまま姿を現さない。ドラキュラは一旦攻撃を中断し、静かに辺りを見回した。
「………………」
「同じ技は……」
「通用しないと言ったはずだ」
「うぐッ!?」
ドラキュラの右手がユリウスを捕える!間隙の合間を縫い、色即是空でドラキュラに忍び寄っていたユリウス。しかし完全体となったドラキュラにはもはや通用せず、顔面を押さえられそのまま宙づりにされてしまう。
「鞭に見捨てられ自棄になったかベルモンド?もはや戦う価値すらな……」
”ドスッ!!”
「!」
そこまで言いかけた所でドラキュラの動きは止まった。ドラキュラの右目には、青白く光る長剣が深々と突き立てられていた。
「はぁ、はぁ……、鬼神流……奥義」
石像の影から、アルカードが姿を現す。なけなしの魔力を振り絞って作り出した一体の幻影。囮となりあえて捕まったユリウスを隠れ蓑に、その体ごとドラキュラを貫いたのだ。
「誰が……自棄になったって?体張ってるのはアルカードだけじゃねえんだぜ……ッ」
右の肩口を貫かれる苦痛に耐えながら、ユリウスがドラキュラに啖呵を切る。幻影の剣はドラキュラの右目に突き刺さり、真紅の石からは光が消え……
「やはり……お前たちに価値は無い」
”パァァァァンッ!”
「!!?」
ドラキュラの右目に突き立てられたアルカードの分身が、花火の様に砕け散った!
「思った通りこの石を狙ってきたか……、だが残念だったな。この真紅の瞳は我が肉体でもっとも強固な部分。私の皮膚すら傷つけられぬ貴様らにどうして傷つけられようか」
「ぐ……があああああッ!!!」
「ユリウス!!」
藁をも掴む思いで立てた作戦は、ドラキュラの圧倒的な力によってもろくも崩れ去る。逆にドラキュラはユリウスの顔面を思い切り鷲掴み、たちまちその頭蓋がミシミシと悲鳴をあげる。
「う、ぐああああ……ッッ!!」
一息で潰せるのをあえてしないのは強者の余裕か、それとも宿敵の苦痛を自身の糧とするためか。どちらにしろこのままではユリウスが再起不能にされる。もはや満足な力が残っていないアルカードだったが、そんな事は百も承知でドラキュラに向かって剣をとる……!
”ビシャァァァンッ!!”
「ぐぅッ!?」
しかしアルカードが一歩踏み出した瞬間、青白い閃光がその右膝を貫いた!
「な……!?、これはまさか……ッ」
アルカードは今ドラキュラが放った攻撃を知っていた。何故ならそれは共に死線を戦い、自分達を生かすため犠牲になった少女の技……
「トール……ハンマーッ!?」
ドラキュラが放った魔術。それは大きさこそ小さいが紛れも無くヴェルナンデスの精霊魔法”トールハンマー”だった。
「取り戻した魂に妙な物がついていたが、なるほどヴェルナンデスの魔力だったか」
ドラキュラが今しがた電撃を放った左手をまじまじと見つめる。ハルカがドミナスと分離した際に失った魔力を、事もあろうに丸々ドラキュラが吸収してしまったのだ。
「さすがはヴェルナンデス。人間としては中々の魔力だ。もっとも完全なる我が力に比べれば芥に等しいものだ……が、」
”バジィィィンッ!!”
「――うぐッ!?」
再び雷がほとばしり、アルカードの左腕を貫いた。
「私にたてついた貴様らを罰するには丁度良い……」
実の息子をいたぶりながら、ドラキュラが身も竦むような笑みを浮かべる。その冷酷さは顔が似通っているのも相まって、人間の魂を失ったアルカードを連想させるものだった。
「ぐうううっ!」
「!」
アルカードの窮地をなんとかしようと、ドラキュラに掴み上げられていたユリウスが必死にもがく。だがどんなにあがこうと、今のユリウスにドラキュラの頸木を脱する事は不可能だった。
「…………」
見苦しい抵抗を試みるユリウスにドラキュラは無機質な眼差しを向けていたが、やがて何か思いついたように話しかける。
「ベルモンド……貴様さっき体を張るだとか抜かしたな?」
「!?」
ドラキュラはアルカードに対する盾にするように、掴み上げているユリウスをアルカードに向かって翳した。
「さあどうしたアルカード。先と同じ様にこやつごと私を討ってみよ」
「……ッ!!」
先の不意打ちの意趣返しか、これ見よがしにアルカードにユリウスを見せつけるドラキュラ。
もちろんまだユリウスは生きている。何とか仲間を救う手立てはないかとアルカードはひたすら思考を巡らせたが、魔力・体力ともに枯渇しかけている今のアルカードに妙案は浮かばない。
「どうした来ぬのか?…………ならば私から撃ってやろう」
”バジィィィンッ!!”
「があッ!!」
「うぐッ!?」
ドラキュラの放ったトールハンマーは、ユリウスの脇腹を突き破り、そのままアルカードの左膝を貫いた。
アルカードからはユリウスの体が死角になって技の出所が見えず、よける事も叶わない。ドラキュラは二人をいたぶるかのようにわざと急所を外しながら攻撃を続ける。
”バジィィィンッ!!”
”バジィィィンッ!!”
”バジィィィンッ!!”
「ぐあァァッッ!!」
「うぐゥあッ!!」
――脛、――肩、――耳、――足、――腹。ユリウスの体が貫かれる度、アルカードの体にも同じ数だけ風穴が空く。苦悶の声が奏でられる度に、両者の体が”ビクンッ”っと揺れる――
「う……ぐはッ……」
”ズシャァ……ッ”
さらに十数発も電撃を受けた頃、とうとうアルカードがその場に膝をついた。同時に、「用済みだ」とでもいうのか、ドラキュラは散々利用したユリウスを塵紙の様に投げ捨てる。
度重なる電撃をその身に受けうなだれたままのアルカード。その姿はまるで斬首を待つ罪人の様だった。そんな我が子に向かって、ドラキュラは刑を執行する処刑人の様に、ゆっくり……ゆっくりと近づいていく。
やがてひれ伏したアルカードの前まで来た時、ドラキュラは腰に下げた大剣にそっと手をかけた。
”ズバァッ!”
「が……はッ!」
――勝負は一瞬だった――
ドラキュラの指が柄に触れる瞬間、アルカードは最後の力を振り絞り、折れた長剣をドラキュラの右目に向けて突き出した!だがアルカードの腕が伸び切るより前、既にその体はドラキュラの大剣によって切り裂かれていた。
”ドサァ……ッ”
全ての力を使い尽くしたアルカードは、そのままドラキュラに持たれかかる様に倒れこむ。
「……よくその傷ついた体でここまで戦い続けたな、我が息子よ」
傷だらけのアルカードを抱き止めながら、ドラキュラが我が子にねぎらいの言葉をかける。その声は魔王に似つかわしくない慈愛に満ちたものだった。二人の関係を知らぬ者が見れば、きっと神聖な宗教画の一場面と見違えただろう。
「父として、お前を誇りに思う。もう我が眷属に下れとは言わぬ……勇者アルカードよ」
「下賤な人間として死ね」
――!!
あろうことかドラキュラはアルカードの、実の息子の首筋に食らいついた!!
「グアアアアあああッ!!」
はるか眼下に広がる悪魔城に届くほどのアルカードの断末魔!
全ての力を使い果たした今のアルカードに、もはや逆らう術は無い。このまま血を吸い尽くされ死ぬのを待つか……もしくは人間の魂を奪われ、悪しき闇の眷属へ堕ちるか……
「――!?」
しかしここで意外な事が起こった。アルカードの髪の色が、光り輝く白金からくすんだ黒色へと変わっていくのだ。
「貴様の様な愚か者は我が眷属にはいらぬ……だが私が与えた力は返して貰うぞ」
ドラキュラはアルカードの人間の血では無く、闇の血を吸血していた……!
赤い血と共に黒い煙の様なものがドラキュラに吸い込まれるにつれ、アルカードの肌から見る間に血の気が失せ、暗い土気色へ変わっていく!
「が……あああああァァァァ―――!!」
”ドサ……”
やがて全ての力を吸い終えたのか、ドラキュラは抜け殻となったアルカードを放り捨てた。
「下賤な”人間”には似合いの末路よ……」
口元の血を純白のハンカチで拭いながら、唾棄するように侮蔑の言葉を投げかけるドラキュラ。アルカードの闇の力を奪った事で、その肌はつやが増し、暗黒の力も数段上がったのが目に見えて解る。
そんなドラキュラとは対照的に、アルカードは吸血鬼としての力を完全に失ったのか、その瞳からは完全に光が消え、眼下は落ち窪み、まるで数十歳も年取った老人のような姿で冷たい石畳に横たわっていた。
”ジャリ……”
「……!」
微かな物音にドラキュラが振り向く。そこには体中に無数の風穴を空けられ、さながら幽鬼の様に立ち尽くすユリウスがいた。
「ほう、あれだけ痛めつけたというのにまだ立てるか」
人体の急所を散々撃たれながらも立ち上がってきたユリウス。だがそんなユリウスを見ても、ドラキュラの感情は微塵も揺らがない……はずだったが――
「ドラ……キュラ」
「?」
「ドラキュラァァァァッッッ!!」
「―――ッッ!」
死にかけの男が発したひりつく様な気迫に、一瞬ではあるがドラキュラが気圧された。
無意識の内に完全となったはずのドラキュラの足が一歩後ずさる……!
…………だがユリウスの反抗はそこまでだった。
「なんで……なんで動かねえんだよ…………ッ」
ユリウスはドラキュラ目掛けヴァンパイアキラーを必死に振るおうしていた。だが鞭はこの期に及んでも頑なに動こうとはしなかった。
ユリウスの体がわなわなと震える。目の前で友を無残に殺されても、怒りに我を忘れても一矢報いる事すら出来ない、その非情な現実に、いつの間にかユリウスの蒼い瞳は悔し涙で溢れていた。
「……………………」
一瞬ではあるが、目の前の男に恐怖を感じたドラキュラ。だが落ち着きを取り戻すにつれ、それは静かな憤怒へと変わる。
”ドムッ!!”
「ごほッ!」
ドラキュラは瞬時に距離を詰めると、剣では無くその拳でユリウスの腹を殴りつけた。電撃のダメージも抜けきらぬうちに攻撃を受けた事で、ユリウスは意識を失いドラキュラにもたれ掛かる。と、ドラキュラはそのままユリウスの胸倉を掴み、勢いよく振り払った!
「……なるほど妙にしぶといと思えば…………理由はこれか」
ドラキュラの手には、虹色に光るこぶし大の石が握られていた。それはハルカが命をかけて救い出した双子の姉、ナオミの魂が込められた賢者の石だった。
「賢者の石……我が魂は既に無いが、どうやら何か別のモノが入っているようだな」
ドラキュラは石を嘗める様に見回した後、目ざとくその変化に気付いたようだ。だが不意に衣服を引っ張る感覚に見分を中断する。
「かえ……せ……ッ」
賢者の石の効果が多少残っていたのか、意識を取り戻したユリウスが縋りつくようにドラキュラの腕を掴んでいた。ハルカに……命を賭して自身を救ってくれた仲間に託された命。絶対に奪われる訳にはいかない。
「ほう……、よほど大切な物と見える」
ドラキュラは右手で賢者の石を持ちながら、その揺らめく結晶越しにユリウスを見下ろしていたが……
”ガシャァァァン……ッッ”
「!!!!」
ドラキュラはユリウスに見せつける様に、その目の前で賢者の石を握りつぶした。虹色に煌めく石の破片とナオミの魂が、ユリウスの顔に粉雪の様に降り注ぐ。
「……穢れた石などいらぬ」
「」
「――う」
「うあああああああッ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、ユリウスの思考は真っ白になり、気が付いた時にはドラキュラに殴りかかっていた。
ハルカに最後の頼みと託された、彼女の命ともいえる姉の魂。それを無残に砕かれた……だがそれだけではない。
”穢れた”石――
その侮辱に満ちたフレーズが、ユリウスから理性と、冷静さと、魔王に対する恐怖を奪い去っていた。
「薄汚い血を私につけるな」
「―――ッ」
ユリウスの視界が己の血で真っ赤に染まる。ユリウスの拳がドラキュラに届くよりも速く、無慈悲な剣閃がユリウスの肉体を、尊厳を、魂を、真っ二つに切り裂いていた…………