悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
すてきな三人組
悪魔城本館と礼拝堂とを繋ぐ回廊を三人の男女が進んでいる。
一人は年若い青年。やや時代がかったカウボーイの様な格好が目を引き、赤毛の長髪の間から覗くその顔はまるで女性と見まごうばかりの美形である。ただ何か気に障ることでもあったのかその足どりはどうにもやる気が感じられない。
一人は見るからに軍人。やや乱れた海兵隊特有の髪型と、体中至る所に巻かれた包帯。血だらけの迷彩服にボロボロの防弾ベストが痛々しい。銀色の銃を構えながら歩いているが、何か恐ろしい目にでもあったのか、その足どりはどこかびくびくしている。
最後の一人は見目麗しい少女。まだ10歳を少しこえたぐらいだろうか、栗色の長い髪をフリルのついたリボンタイプのバレッタでまとめ、腕には純白のシルクの手袋。足には膝上まであるブーツを履き、肩には十字架の刺繍をあしらった、大き目のフード付ケープを羽織っている。その足どりはスキップでもしているかのように軽い。
三者三様のいでたちと足取りである、パッと見ただけで年齢も性別も職業も違う三人が何故こんな所を歩いているのか……?
――そこに至る経緯は前話を読んでもらうとして、彼らには一つおかしな点があった。
…………並び順だ。
「ユリウスを先頭にするとドンドン先に行っちゃうから一番後ろね!」
ダンスホールから出てまもなく、開口一番ハルカがこう宣言した。当然先頭を行くつもりだったユリウスが強い難色を示す。しかし少女はその抗議に一切耳を傾けず、さらに自分が先頭を行くと高らかに宣言した。
今度はラングが難色を示す。仮にも天下の海兵隊でそこそこの地位を持つ自分が、こんな小さな女の子に守られながら一番安全な場所を進むなど軍人としてのプライドが許さなかった。しかし…
「いや…あの…ラングさんは……まだこういうトコに慣れてないし……銃も持ってるから援護とかしてくれると嬉しーかなー……って……後ろはユリウスがいるから大丈夫だよ!」
子供ながらに必死で言葉を選んでくれているのは解るが、用は
「この中で一番弱いから守ってあげる」
と言われている様なものだ。なけなしのプライドが傷つく。とはいえおそらくこの少女が言うことが真実なのだろう。
というわけで少女の鶴の一声により、このパーティーの並び順は
直接敵と闘い、仲間を導く先頭 =ローティーンの少女
とりあえず安全な真ん中 =現役の軍人
ある意味一番危険な殿(しんがり)=二十歳前の青年
というなんともちぐはぐで常識ではありえない並びになった。
約一名を除き色々しこりが残る人選だ。
……だが結果としてこれが当たった。
先頭を買って出た少女の実力は言うだけの事はあり、次から次へと現れる骸骨や鎧のバケモノを軽々と葬り去っていった。
自動小銃のマガジンを丸々一つ使い切っても倒しきれなかった奴らを、少女はその細腕に持つゴツイ杖で次から次と撲殺していく。その圧倒的な強さには味方とはいえ空恐ろしさを禁じえず、この少女の行く末がちょっと心配になるほどだったが、そんな少女に負けてはいられないと、ラングはハルカの手の届かない空中の敵を相手にする事に決めた。
幸いここで有角にもらった銀の銃が役に立った。倒すのにあれほど苦労したクリーチャーを、ほんの数発の銃弾で軽々と屠ることができるのだ。
しかもいくら撃っても弾切れを起こさない。残弾を気にせず銃を撃てるというのはこれほど気持ちが楽になるものかと、ラングは有角に感謝しきりであった。
……面白くないのはユリウスだ、ハルカはともかく、ラングまでそこそこ戦えてしまっているのでほとんどやる事が無いのである。
ナイフや聖水など、退魔道具は有限なので、節約ができるという点では有難いのだが、こう暇だと何のために強い決意を持ってこの悪魔城に乗り込んできたのか解らなくなる。やる事といったらたまに後ろから寝首をかこうと忍び寄ってくる目敏い奴を返り討ちにする事くらいだ。
そんな感じのやり取りをしながら、いつの間にか一行は本城から外に出て、目の前にそびえる大聖堂へと続く長い回廊へとやってきたのである。
外は夜だった。頭上には大きな満月が青白く輝き、薄い雲がいくつか前をよぎっている。不思議な事に他の星は一つも無い。そもそもラングたち海兵隊が城に突入したのが日の出前だったので、あれからせいぜい数時間、昼にもなっていないはずだ。だというのにどう見ても空は真夜中……
ここまで常識が無いとなると、何だかそのドラキュラという奴の手の中で踊らされている……何もかもが魔王の思い通りなのではないか……そんな気さえしてくる。
しかし他の二人は”こんな事は想定の範囲内”といわんばかり、そんな常識どこ吹く風といった感じで、今までと変わりなく歩を進める。やはりラングは彼らが自分と同じ人間だとはどうしても思えなかった。
◆
大聖堂の大きな扉が「ゴゴゴゴゴ」とその大きさに引けを取らない重量感のある音をたてて開く。
中は本当に教会のようだった。ゴシック調の柱や壁、高い天井には宗教画か何かが描かれ、煌びやかなステンドグラスがそれに華を添える。大きく厳かな燭台には太いろうそくが揺らめき、幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
「OH………………」
思わずため息が漏れる。まさかこの邪悪な城にこんな神聖な空間があるとは……魔物さえいなければまるで観光にでも来ている気分だ。
……しかしいくら神聖とはいえここは魑魅魍魎が跋扈する悪魔城。いつまでもラングを感動に浸らせてくれる訳が無かった。
”ダダァァンッ!!ダダァァンッ!!タタタァンッ!”
突如礼拝堂にけたたましい銃声が響く!三人は何事かと瞬時に身構えた。
「あれは陸軍の使う小銃の音だ!」
ラングがすぐに気づく!まさか先行した陸軍の生き残りがいるのか!?三人はすぐに銃声のした方角へ向かった!
入り口から少し奥へ入った吹き抜けの部屋。その細い通路(ギャラリー)から下を見れば、確かに陸軍の兵と思われる人間20名程が、巨大なガイコツのバケモノと銃撃戦を展開している。やはり、というか劣勢のようだ。
思考する間もなくユリウスが階下に向かって飛び降りる!!突然背後に現れた人影に兵達は新手のバケモノかと瞬時に振り向き銃を向けたが、「撃つな!味方だ!!」と軍服姿のラングがとっさに声を掛けたので事なきを得た。
降りたユリウスはすぐにガイコツの前まで行こうとしたが、陸軍の兵隊が厄介だった。最前列の兵はこちらに気づかずガイコツに銃を撃っている。下手に割って入ろうものなら助けるべき彼らに逆に蜂の巣にされてしまうだろう。かといって見ず知らずの自分が銃を撃つのをやめろと言っても聞いてくれるはずが無い。……そこでユリウスは一計を案じた。
ユリウスは腰のベルトに括り付けてあった分厚い書物をホルダーから外すと、何ごとか呪文を呟き、天高くそれを放り投げる!
たちまち聖書から何百枚ものページがまるでツイスターのように礼拝堂を舞い始めた!!
突如頭上で巻き起こった紙々の乱舞ショーに、陸軍の兵達は驚き、茫然と見守るしかできない。しかも聖書の紙吹雪は兵士の視界を遮り、必然銃撃が止まる。
―――数十秒後……ようやく収まった紙の嵐の中から姿を現したのは、案の定粉々に砕かれたガイコツの化け物と、ムチを手にし勝ち誇るユリウスの姿だった。
ここに来るまでの道中、色々鬱憤が溜まっていたユリウスは、思いのほか張り切っていた。普段は自分の戦果を誇る事などあまりしないのだが、この時ばかりはピンチに颯爽と現れたヒーローを演じてみたくなったのである。
……賞賛は無くとも驚嘆の声ぐらいはあがるだろう……彼らのあっけに取られた顔が楽しみだ……そう思って振り向いたユリウスだったが、彼に掛けられた言葉は全く予想外の物だった。
「何者だ貴様!!横からしゃしゃりでおって!!貴様もバケモノの仲間か!!」
……ユリウスは最初何を言われているのか解らなかった。
わざわざ上の階から飛び降りて駆けつけたのに……
余計な犠牲が出ないよう貴重な魔道具まで使ってがしゃどくろを倒したのに……
その自分ににかけられる言葉がこれか!?いくらなんでもあんまりじゃないか!?悲しみと同時に怒りがこみ上げてくる……そして問題の言葉を投げかけた中年の軍人を”キッ”と睨み返した。
「待ってください将軍!ユリウスも待て!」
上の階から階段を使って降りてきたラングが慌てて間に割って入る。ラングの姿を見て軍人は矛先をユリウスからラングに変えた。
「貴様、海兵隊か!?今まで何処で何をしていた!それにこいつらは何だ!何故こんな奴らと一緒にいる!?」
軍人が物凄い剣幕で次から次へと捲くし立てる。反論や口答えなど一切許さないといった雰囲気がありありと感じられた。彼の名はトランツ将軍、今回の作戦における陸軍側の総指揮官である。
彼もまた我が合衆国が誇る陸軍の勇であった。だが実際の所兵の間ではあまり良い噂を聞かない。
確かにベトナムやイラクで勇名を馳せた猛将ではあるのだが、そのあまりに敵味方双方に被害が出過ぎる戦い方に、兵や下士官の評判は芳しい物では無かった。
また古今東西の猛将の例に漏れる事無く、彼もまた非常な癇癪持ちでもあった。
結果ついたあだ名が ”酔いどれトランツ”……
……陸軍では何人もの兵が彼の”怒り上戸”にやられたそうである。
ラングは今まであった事、見聞きした事を出来る限り丁寧、簡潔に説明した。が、衆寡黙せず、
「核を奪われただと!?この役立たずのマリンコめ!!余計な事ばかりしおって!!陸の事は陸軍にまかせておれば良いのだ!!」
と礼を言われるどころか強烈な罵声を浴びせられた。
……将軍の卑猥で、無礼で、差別的な、ありとあらゆるスラングを駆使した一方的な怒号が礼拝堂に響く。周りに兵や、あまつさえ子供がいる事などお構いなしだ。ユリウスがハルカの前に立って視界と耳をふさいでいてくれたのがせめてもの救いだった。
海兵隊の新兵訓練でこの手の罵声には慣れている筈のラングをして将軍の罵倒は堪えた。あげく「帰ったら軍法会議にかけてやる」とまで言われた。
その後永遠に続くかと思われた将軍のスラング辞典は、将軍の身勝手な性格を反映しているかのように突然の終わりをむかえる。
言うだけ言ってスッキリしたのか、将軍は最後に「
……正直彼にダンスホールの事を伝えたのは失敗だったかもしれない……。かといって陸軍の兵や下士官を放って置く事も出来ない。見ればどの兵の顔も疲れきっており、顔色も酷いものだ。この城で会ったゾンビ共の方がよほど血色が良い。陸軍の兵達は去り際ラングの肩を叩いたり、励ましの言葉をささやきながら、将軍の後を追い消えていった……
◆
「アイツどさくさに紛れてヤッちまおうぜ、魔物のせいにすりゃばれねえって、多分……」
傍によってきたユリウスがいきなり物騒な事を言う。冗談……だと思いたい。
しかしユリウスではないがあれでよく後ろから撃たれないものだ。陸軍は海軍と違って
全員が武器を持っているから上官のいじめやパワハラはある程度加減されていると聞くが……その気が起きないほど将軍は恐ろしいのか……陸軍でなくて良かったと思った。
ふと気づくとハルカが心配そうな顔をしてこっちを見上げている。具体的に何があったかは解らないが、状況を見て何かを察したのだろう。
「何、軍ではいつもの事さ、毎日のあいさつみたいな物だよ」
わざとおどけて答えた。わりと嘘ではないのがなんとも……
しかし勘のいいこの娘にそんな見え見えの嘘が通じるわけも無く、無理やりしゃがまされると、そのか細い両腕でそっと頭を抱きかかえられる。
母親が小さい子供をなぐさめる時にするような……あの体勢だ。こんな子供にここまで同情されて……情けなくもあったが……実際ぐちゃぐちゃだった感情が次第に落ち着いていくのも確かだった。
こんな小さな子でも母性はあるのだな………と、ラングは少しだけ……懐かしい母の顔を思い出していた。