悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
ドラキュラの振るった剣戟に切り裂かれ、ユリウスは深い意識の底に落ちていった。
……死ぬ……のか……
消えかけていく意識の中で、ただその考えだけがはっきりと思い浮かんだ。きっとこのまま闇に堕ちたが最後、二度と意識を取り戻す事はないだろう。
……アル……カード……
最後まで共に戦った仲間の名を呼ぶ。もちろん声になど出せようはずがない。ただ心の中で意識しただけだ。友の名を思い返す事だけが、今のユリウスに出来る精一杯だった。
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「……リ……ス」
「…………?」
どうした事だろうか、もう耳も聞こえない筈なのに、どこからか声が聞こえる。
「……ユ……ウス……ユリウス……」
「……ハル……カ……?」
……どこか懐かしい感じのする若い女性の声。ユリウスは必死に動かぬ顔をあげ、声の主を見上げた……すると……
「ユリウス!ユリウス!」
「…………」
ひどくぼやける視界に飛び込んできた顔。それは栗色の髪の少女では無く、山羊の様な角を頭から生やした妖艶な美女……夢魔リリスだった。
「…………チッ、お前……かよ……」
異形の女性の出現に、思わず舌打ちが出る。だがどうした事か、いつもならユリウスに食って掛かるであろうリリスが、悲痛な面持ちでじっとこちらを見たまま何も言おうとしない。
「…………」
「…………らしく……ねえじゃねえか」
「…………」
「……お前の望んだ通りになったな……ヘヘ、嬉しい……か?」
「………………」
押し黙ったままのリリスに、ユリウスは自嘲気味に笑いながら皮肉を飛ばす。だが……哀れさすら漂う今のユリウスに耐えられなくなったのか、リリスが切羽詰まった声で口を開く。
「もう……やめちゃいなよ…………」
「な……に……?」
夢魔の発した意外な言葉に、ユリウスの感情が少しだけ動いた。
「もう……どうやっても敵わないの解ったでしょ?このままじゃアンタ本当に死んじゃうよ?」
「もう伯爵様に逆らうのなんてやめなよ!なんで見ず知らずの人間どものためにあんただけこんなつらい目に遭わなきゃならないのさ!友達だって死んじゃったんでしょ!?なのに何で……何で…………」
「…………」
リリスの言葉は確かに的を射ていた。本当に……何で自分はこんな事をしているんだろう?誰に褒められるわけでもない。大金が手に入るわけでもない。会った事も無い先祖のため?見ず知らずの人々のため?正直今まであまり真剣に考えた事は無かった…………けど……
「アタシも伯爵様にお願いするからさ……もうやめよう?このままじゃ、本当に…………」
「…………」
「いやだよ……アタシ……いやだよ……」
「…………」
夢魔の虹色に光る虹彩は、すでに赤くはらんでいた。
とめどなく落ちるリリスの涙。半死半生の今のユリウスには、その意味を慮る事は出来なかったが……何故か不思議と、失いかけていた気力が再び戻るのを感じていた。
「頼みが……ある」
「……たの……み?」
リリスは泣きじゃくるのを一旦止めて、ユリウスにそば耳を立てた。
「前に……お前と戦った時……傷が無くなってた……。お前、ケガ治せるよな……?」
「――!」
「……俺を……動けるようにしてくれ…………」
「――あんた……!」
ユリウスの願いに、リリスは思わず口元を押さえる。
「……少しの……間だけ動ければいい……」
躊躇するリリスに、ユリウスはさらに続けた。
「負けても……勝っても……俺の魂を……やる……から」
「……!」
「奴隷でも……人形でも……お前の好きにすればいい……靴なめろってんなら舐めてやる。這いつくばって頭を擦りつけろっていうならいくらでもしてやる……だから……頼む……!ゴホッ!ゴフッ」
「………………ッッ!!」
何がそうさせるのか、血反吐を吐きながらユリウスがリリスに懇願する。その声はか細いながらも訴える物をはらんでいた。もうこの男には戦ってほしくない、死んでほしくない。そう思っていた夢魔の心が揺れ動く程に……
「…………ッ」
夢魔はほんの一瞬だけ瞑目すると、何かを振り払うように首を左右にふった。そしてユリウスの傷口にそっと手をあてると、自身の魔力を注入し始める。
「すま……ねえ……」
自分の立場を危うくしてまで力を貸してくれたリリスに、ユリウスは精一杯の感謝の言葉を贈る。だが……その暖かなやりとりは身がすくむ威圧めいた声によって中断された。
「魔力の流れがおかしいと思ってみれば……そういう事か……」
「――!」
その時マーブル模様にゆらめく夢の世界が、突然レンガの様に崩れた。その裂け目に垣間見える空中庭園から、城主ドラキュラが悠然と姿を現す。
「は……伯爵様!!」
夢魔は即座に治療を中断すると、ユリウスを飛び越え主の元にはせ参じた。そして頭を地に擦り付けんばかりに平伏し、陳謝の言を述べる。
「お……お許しください伯爵様!けして、決して伯爵様を裏切ったわけではございません!」
直接見る城主の威光におののいたのか、リリスは恥も外聞も無い命乞いを始めた。その鮮やかな心変わりを、ユリウスは多少の諦めと共に聞いていた。だが……
「わ、私はいかなる処罰も受けます!ですから何卒命だけは……この者の命だけは奪わないで頂きたいのです!」
「……!」
なんとリリスは自分では無くユリウスの命乞いを始めた。その声は明らかに震え、上擦っている。だが自身が持てる精一杯の勇気を振り絞ってくれているのは傍で聞くユリウスにも伝わってきた。
無言のまま見下ろすドラキュラを前に、リリスの弁明はさらに続く。
「どうか……!どうかこの者に寛大な御慈悲を!私めが精神を支配し、伯爵様にたてつくような真似は二度とさせません!ですからどうか命だ……」
”ザシュッ!!”
――!
ドラキュラの剣がキラリと光った次の瞬間、目を見開いたままのリリスの生首がユリウスの目の前に”ゴロン”と転がった。
「裏切り者は我が悪魔城にはいらぬ……」
夢魔の命乞いが終わらぬ内に、ドラキュラはその首を跳ねた。さらに追い打ちをかける様に、ドラキュラが放った暗黒魔法によって夢魔の体は煙の様に音も無く蒸発してしまった。後には何ひとつ……髪の毛一本すら残らなかった。
「……」
「……ドラ……」
「ドラ……キュラアァァァ―――ッッ!!」
激昂と共に再びユリウスは立った。ドラキュラの乱入により、リリスの治療は半分も終わっていない。だが滴る血をものともせず、ユリウスは立ち上がった。
「フン……治癒が間に合っていたか」
死人同然のケガから立ち上がったユリウスを見て、ドラキュラが眉をひそめる。だが所詮死にぞこないの悪あがきと見たか、今度は落ち着きはらった態度を崩さない。
「うおおおおおおッ!!」
怒りに震えるユリウスは、反射的にヴァンパイアキラーを振りかぶった。だがやはり聖鞭は鉛の様に重いまま、微動だにしない。
「哀れな……貴様の先祖が負けを認めているのだ。おとなしく言う事を聞けばよかろう」
顔を赤く上気させながら必死に鞭を振るおうとするユリウスを見て、ドラキュラが呆れかえる。だが……ユリウスは決して鞭を振るう事をやめようとはしなかった。
――ふざけるんじゃねえ――
何が先祖の魂だ
何が闇を払う聖鞭だ
目の前で無抵抗の女が殺されてんだぞ?
あんなクソ野郎一匹殴れないで
何がベルモンドの一族だ!
――動け
――動けよヴァンパイアキラー
「こんな奴に……」
「びびってんじゃねえェェェェ――ッ!!」
”ギィィィィィィンッ!!”
「何ッ!?」
その時……今まで動かす事すら叶わなかったヴァンパイアキラーが、ドラキュラ目掛け再び銀色の軌跡を描いた!
「――馬鹿なッ!?」
既に剣を抜いていたためなんとか防御が間に合ったが、もはや抵抗は無いと踏んでいた所を強襲され、ドラキュラも今度は驚きを隠せない。
絶対的な力の差を前にして抗う事を諦めていたはずの敵。それがどうした事か再び戦意を取り戻し、あまつさえ今までにないほどの重い一撃を放ってきた。一体何故?不測の事態にドラキュラの脳細胞が目まぐるしく回転する……!
「ドラキュラァッ!てめえ、何考えてやがる!」
「!?」
動揺冷めやらぬドラキュラに、ユリウスの怒号が浴びせかけられる。
「自分の部下を!無抵抗のリリスを……!それでも城主か!王様か!!」
「……何?」
ユリウスの言葉の真意が解らず、ドラキュラは一瞬呆気にとられた。が、すぐにそんな物は無いと悟る。その言葉通り……目の前の男は敵である夢魔が殺された事に本気で怒っているのだ。
「フッ、自分で夢魔を唆しておいてよくそんな口が利けたものだ……」
「!?」
「くだらん義憤にかられおって、主の意にそぐわぬ者を罰して何が悪い。貴様の方こそ夢魔の色香に惑わされているだけではないのか?」
「…………!!!」
ドラキュラの下卑た勘繰りが、ユリウスの怒りにさらに油を注いだ。
「リリスだけじゃねえ!デスもシャフトも……、気に入らねえがテメエの事を本気で信じてた!命を賭けてた!」
「アルカードだって敵になったのはお前を救うためだ!それを……実の子供にお前は何をした!親ってのは何があっても子供を守るもんだろうが!」
「…………」
ユリウスが震える声で捲し立てる。父さん、母さん……ユリウスにとって親とは自らを犠牲にしても子のために尽くす物。それが当たり前だと信じていた。だが……
「ハッハッハッハッ」
「何がおかしい!」
ドラキュラはユリウスの青臭い持論を一笑にふす。
「これが笑わずにいられようか。ベルモンド、貴様は随分とぬるい生き方を送ってきたと見える」
「貴様だけか、それとも現代の人間共が皆そうなのか知らんが……親が子を守る?誰がそんな事を決めたのだ。己に楯突くならば例え竹馬の友だろうと、血を分けた肉親だろうと殺しあう。それが貴族だ、人間の本来あるべき姿だ」
「……!!」
悪びれもせずそう言ってのけるドラキュラに、ユリウスは言葉を失う。
それは裕福ではなかったが周囲の善意に包まれて生きてきた”ベルモンド”と、豪奢な暮らしだが身に降りかかる悪意の中を生き抜いてきた”ドラキュラ”との、決定的な価値観の違いだった。
「……ああ、なるほど。貴様がここまで辿り着けた理由が解った。貴様は自身の手を汚した事も無い本当の子供だったからだ」
「!?」
ドラキュラの言わんとする事が解らず、ユリウスは困惑する。そんなユリウスを尻目に、ドラキュラがマントを翻し、天を指した。
「……この悪魔城をただの化け物屋敷とでも思ったか?だとしたらとんだ虚けよ」
「この城を覆う ”闇” はただ太陽を隠し、魔物を跋扈させるためにあるのではない。人間どもに自らの罪を認めさせ、贖罪させるためにある」
「贖……罪!?」
「そう、贖罪だ。この闇の中では富める者も、貧する者も、老いも、若きも、人種も、肌の色も関係無い。全ての人間はその者が
「罰……だと……ッ!?」
ドラキュラの発言はユリウスには絶対に受け入れられるものでは無かった。それは共に戦ったラングやハルカの死が、自業自得と言っているも同然だったからだ。
「国のために……家族のために戦う事がそんなに悪いか!罪だって言うのか!」
「罪だッ!!」
「――!」
ユリウスの反論に対し、ドラキュラは断固たる口調で言い切った。
「昔話をしてやろう……。 かつて神に仕える一人の騎士がいた。騎士は神の教えを広めるためあらゆる戦場で戦った。時にはその手を血に染めながらな……」
「だが誠心誠意尽くした騎士への見返りは、愛する者の死という下劣極まる仕打ちだった!あの時私は悟った!神とは気まぐれに自らの信者を弄び、それを楽しむ下種だと!!」
「下界を見ろ!正しき者が平穏に暮らしているか!?悪しき者が正しく裁かれているか!?怠惰な神がそれを行わないというならば、このマティアスが!魔王ドラキュラが神に代わって裁きを下す!罪を償わせてやる!!」
「そして……ゆくゆくは天から見下ろす神も、地下から眺めている悪魔も、皆すべからく”我々”が罰してくれよう!ファッハハハハハ!!」
「……舐めた口利いてんじゃねえぞ……」
「何……?」
ユリウスの吐き捨てる様な物言いに、悦にひたっていたドラキュラは一転、修羅の形相となりユリウスを睨みつける。だがユリウスはそんなドラキュラを恐れるどころか真っ向から睨み返し、言った。
「どれだけ理屈こねようが関係ねえ……」
「無抵抗の女を一方的になぶるなんざ」
「――男じゃ無えッ!!」
ユリウスがヴァンパイアキラーを振りかぶり、ドラキュラ目掛け吶喊する!
「鞭が使える様になった程度で図に乗るな餓鬼が!!」
ドラキュラも瞬時に手に持った大剣を振るう!
”キイイィィィィンッ!!”
「――ッ!」
互いの矛が重なった瞬間、甲高い金属音と共に青白い火花が飛ぶ!その衝撃は凄まじく、両者の武器は共に後方へ弾き返されるが……!
「馬鹿な!なぜ押し負ける!?」
一体どういう事か、圧倒的に格上であるはずのドラキュラの剣が、ユリウスの鞭よりも大きく押し返された!そしてドラキュラが態勢を整えるよりも早く、既に予備動作を終えていたユリウスの追撃が繰り出される!
「殺された人達には子供や赤ん坊もいた!あいつらに一体何の罪がある!」
「――ッ!」
「大体その罪とやらは誰が決める!?お前か?それとも悪魔城か!?」
「――ッッ!!」
「勝手な理屈を……押し付けるんじゃねええェェ―――ッ!!」
「ヌうぅあァッ!?」
ユリウスの放つ怒涛の連撃に耐え切れず、今度はドラキュラ自身が大きく弾き飛ばされる!庭園での一方的な戦いが一転、ユリウスは互角以上の闘いを繰り広げていた。
「一体どういう事だ!?庭園の時とはまるで別人――!」
手負いの敵の、理屈では説明できない豹変ぶりを訝しむドラキュラ。だが自身の周囲を見回してようやくその理由に気付く。
「ここが……夢の世界だからか!」
夢の世界では何よりも強い感情が優先される。たとえドラキュラから見て独りよがりな偽善であっても、本人が心から思っていれば信じられない程の力が生み出されるのだ。千年の時を生き、あらゆる事に絶望したドラキュラではその恩恵にはあずかれない。
――多少強くなった所でどうという事は無いが……
だが夢の世界の補正を込みで見ても、彼我の実力差は明白だった。ドラキュラがまだまだ余力を残しているのに対し、ユリウスの攻勢は蝋燭が燃え尽きる前の一瞬の輝きに等しい。
しかしそれでも目に見えぬダニがうっとおしい蚊に変化した程度の差はある。ドラキュラは先ほど自分でこじ開けた亀裂から悪魔城に戻ろうとしたが……
「出口が……無い!?」
どうした事か、さっきまで崩れた壁の様に開いていた隙間がピッタリと閉じ、マーブル模様にゆらめく空間に覆われていた。
「――!」
反射的にさっきまで夢魔がいた場所を見る。もちろん今しがた自らが粉々に消し飛ばしたのだ。爪の一欠けらさえ残っている筈は無い。だがこんな事が出来るのはこの悪魔城でただ一人……
……リリス!!
死して尚逆らうかつての部下に、ドラキュラが気を取られたほんの一瞬――
”――ヴァチイィィィンッ!!”
「うぐあァッッ!!?」
燃える波動と化したヴァンパイアキラーが、ドラキュラの首元を打ち据えた!
「……ッッ、」
ドラキュラが完全体となってから初めて受ける強烈な衝撃。弱点である右目を打たれる事はかろうじて避けたが、打ち据えられた箇所から燃えるような熱さを感じ、思わず手をあてる。
「!!!」
ドラキュラは驚愕した。傷口から離した手の平に、べっとりと赤黒い血がついていたのだ。
絶対に傷つかないはずの完全体の体が、夢の力もあったにせよこうもたやすく切り裂かれる……!その事実に、ドラキュラの中で築き上げられた ”何か” が音をたてて崩れ去った。
「はぁ……、はぁ……」
一方ようやく一矢報いたユリウスだったが、その顔には歓喜や高揚感といったものは一切無かった。回復しきっていない体は既に限界を迎えており、追撃を加える事も出来ず息を整えるのがやっとだった。
「ぬぅぅぅ…………」
「!」
しかし地獄から響くような唸り声が、強制的にユリウスの精神統一を中断させた。
「
「
「そんなに俺の邪魔をしたいかアァァァ―――ッ!!」
”ヴオオォゥゥゥッッ!!”
「――ッ!!」
絶叫と共に放たれる凄まじい衝撃波!ソニックブームと見紛うその風圧に、ユリウスはたちまち吹き飛ばされそうになる。
「ハハハ……礼を言うぞ小僧、復讐や悔恨に囚われぬ純粋な怒りの感情……久しく忘れておったわ!」
「声が!?」
ドラキュラの声色が若い ”マティアス” の物では無く壮年の ”ドラキュラ” の物に戻っている。若く凛々しい見た目から発せられる嗄れた声のアンバランスさは、言い知れぬ恐怖をユリウスに与えた。
「感情を取り戻させてくれた礼だ……貴様に文字通り”地獄”を見せてやろう!」
「…………ッッ!!」
手に握るヴァンパイアキラーが再び震え出した。だがもう逃げ場は無い。リリスのくれた微かな力を胸に……ユリウスは一人、絶望的な戦いに挑むのだった…………