悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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『―――!!!』

 

 本城一階ダンスホール。結界を張っていた忠守だけでなく、その場にいる全ての人間がすぐに変化に気付いた。体中に重く圧し掛かっていた圧力が、突如嘘のように軽くなったのだ。

 

「…!?」

「胸が……」

「い、息ができる!体が軽い!」

 

 城に生気を吸われ、今にも死にそうだった者達が、一人また一人と快癒の声を上げ始める。土気色だった顔色も赤みが差し、皆生気を取り戻しつつある。

 

「叔父上、こ……これは!?」

「うん……、うん、間違いない。有角殿達がドラキュラを倒したのだ!」

 

 マキが震える声で叔父に問いかける。答える忠守の顔は安堵と喜びで綻んでいる。先のようなぬか喜びでは無い。今度こそ本当にドラキュラは倒れたのだ。

 

「ハルカ殿……、皆さん……、本当に成し遂げたのですね……!」

 

 遠く離れた場所にいる友を想い、マキが歓喜と安堵に満たされながらほっと息をつく。これで長い戦いは終わった。皆一緒に元居た世界に帰れる……

 少女だけでなく、ホールにいる人間全員がそう考えていたが…………

 

 

”――ガッシャァァァンッ!!!”

 

『!!!!!!』

 

 だが勝利の喜びに浸っていたのも束の間、天井に煌めいていたシャンデリアのひとつが何の前触れも無く落下してきた!

 

 

”ゴゴ……、ゴゴゴゴ……”

 

「こ、これは……!?」

 

 腹の底に響く不気味な振動がホールを揺らす。見れば柱や天井には無数の亀裂が走り、辺りを彩っていた壁画も少しづつ剥がれ落ち始めている。

 

「ドラキュラが死んで……城も崩れ始めているんだ……!!」

 

 誰それとなく発した言葉に、生き残りの人間達がにわかにざわめき出す。確かにドラキュラは倒れひとまずの災厄は去った。だが城主を失った城は……

 

 

「皆!まだ終わった訳ではない!すぐに陣を張りなおせ!封印の準備を!!」

『!!』

 

 広がる動揺を抑えるかのように、忠守が即座に檄を飛ばす。忠守の号令の下、たちまち数人の神官が祭壇を取り囲むように散らばり、厳かに祈祷を始める。すると魔物達の襲来によって消えていた光の柱が再び立ち昇った。

 

 忠守は結界が再び発動したのを確認すると、くるりと向きなおりホールにいる人々に向け語り掛けた。

 

「後の事は我々におまかせを。皆さんは一刻も早く脱出してください。……マキは城門まで彼等の護衛をするように」

「な!?叔父上、私だけ逃げろと仰るのですか!?」

 

 思いがけない忠守の指示に、マキがくってかかる。ここまで必死に戦ってきて、最後の最期で先に逃げろなどと、まして仲間を残していくなど少女の矜持が許さなかった。

 だが……忠守はごねるマキに対し、穏やかに、諭すような口調で語り掛ける。

 

「ドラキュラが倒れたのは間違いないでしょう。ですが鞭が届けられるまで誰かが結界を維持しなくてはならない。……もしもの犠牲は一人でも少ない方が良い」

 

「叔父上!」

 

 崩壊の足音すら掻き消す少女の絶叫!だが、その悲痛な叫びをうけてなお、忠守は頑なだった。忠守は今度は律する様な口調で、少女に語り掛ける。

 

「はっきり言いましょうマキ、神事を執り行えない者は残っても足手まといです」

「……!!」

 

 揺るぎない事実を突きつけられ、マキは思わず言葉を失い口を噤む。

 

「ですが……貴方は戦う事は出来る」

「!」

 

「主が倒れたとはいえ、生き残りの魔物もいるやもしれない。皆魔物との闘いで傷ついている。彼らを守る者が必要なのです」

 

「……ッッ」

 

 忠守の言葉を受け背後を振り返る。皆どこかしら傷を負っているのに加え、先の疲労によって立つのもやっとという状態だ。もし魔物に襲われればひとたまりも無いだろう。

 

 

”ズドガァァァンッ!!!”

 

「!!」

 

 それでもマキが脱出を躊躇していると、とうとうホールを覆う天上板が一枚、マキ達のすぐ傍に落下してきた!

 

「あんたたち!まごまごしてんじゃないわよ!さっさとずらからないとみ~んなペッチャンコよ!!」

 

「!!」

 

 空気を読んだのか、それともただの素か、いつのまにかホールの出口まで退いていた鼻悪魔が脱出を急かす。使い魔の言う通りまごまごしていればせっかく生き残った者達からもさらに犠牲が出るかもしれない。しかしそれは残って結界を維持する忠守ら神官も同じだ。

 

――どうする、どうすれば――

 

 矜持と使命の間で揺れるマキに、忠守はその背中を押す様に語り掛けた。

 

「大丈夫。城の正門へは必ず舞踏館(ここ)を通らなくてはならない。最上階から帰ってきた有角殿達と合流したら私達もすぐに脱出します。さ、早く行きなさい!もう時間が無い!!」

 

「…………ッッ!」

 

 忠守が糸の様に細い目を大きく見開きマキに脱出を促す。やむなく、マキは忠守に一礼すると、教会関係者や軍人達の下へ走り出す。

 

 

――叔父上、皆、どうかご無事で!!

 

 

 心の中でそう叫ぶと、マキは生き残りの人間達を引き連れ、崩れゆく舞踏館を後にした。忠守は人々が最後の一人まで去るのを見送ると、やがて他の神官と同じ様に祭壇へと進み、厳かに祈祷を始めた…………

 

 

 

 

 

◆   

 

 

 

 

◆   

 

 

 

 

 

 

 

 

”ピシィッ”

 

 

                ”パキッ”

 

     ”ビキキッ”

 

 

 

 玉座の間の壁や天井に、網の目の様に亀裂が走る。城主であるドラキュラとの絆を断ち切られた悪魔城が、今まさに崩壊を始めようとしていた。

 

だが城の内壁が瓦礫となって落ちる中、ここ玉座の間に動く者は誰一人いない。

 

 永きに渡る因縁に終止符を討ったユリウスは、持てる力を全て使い果たし、抜け殻の様にピクリとも動かない。ユリウスに自らの命を託したアルカードも、倒れ付したまま同じように動かずにいる。

 

 

だが……その中で一人、ゆっくりと動き始める影があった。

 

 

―――ドラキュラだ。

 

 

 ドラキュラは傍らの玉座にすがりつきながら、かろうじて上半身を起こす事に成功する。這いつくばるように辺りを見回すと、目の前には膝を折ったまま打ちひしがれるベルモンド。そして少し離れた場所には、やはりこちらも力尽き果てたアルカードの姿があった。

 

 ドラキュラは一通り状況を確認し終えると、静かに目を閉じ、瞑想を始めた。

 途端、柱や壁にこびりついていたドラキュラの血液から少しずつ魔力が抽出される。そしてドラキュラの両の手に魔力が集まるにつれ、その漆黒の髪は徐々に白く、端正だった顔にも次第に皺が増えていく。

 

 

 

……やがて数分の後、中心に炎が揺らめく赤い宝玉が出来上がった。紅に光るその珠はふわりと天井近くまで浮かび上がると、美しい反射音をつまびかせながら粉々に割れ、辺りに光の粒子を振りまいた。

 

 

「これで……よい…………」

 

 

 凛々しい魔導の王の面影はもはや見る影も無く、ただ寂しげな老人へとその姿を変えたドラキュラ……。しばし男は自らの作り出した光のシャワーを眺めていたが、やがて安らかな顔を浮かべながら、再びその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う…………」

 

 ぼんやりとしていたユリウスの意識と視界が、徐々にだがはっきりとしてくる。

 

「俺は……一体……?」

 

 意識を取り戻したユリウスは、おぼつかないながらも自らの足で立ち上がった。まだ多少頭はグラついていたが、さっきまで体を覆っていた痛みと倦怠感は、随分と楽になっていた。

 

「これは……!!」

 

 ユリウスは自身の左手が元通りに治っている事、そしてその手の中に握られている物を見て驚いた。

 ドラキュラによって粉々に砕かれたはずの賢者の石が元通り復活している。しかも石の中にはハルカの姉、ナオミの魂もしっかりと収められている!

 

 

「……そうだ!アルカード!」

 

 

 自分に命を分け与えた仲間の事が頭をよぎる。果たして無事なのか、まさか命を使い果たした事で闇の眷属に落ちてしまったのではないか……ユリウスは倒れ伏すアルカードの下へ、足を引き摺り、何度も転びそうになりながら駆け寄った。

 

 

……結論から言えばそれは杞憂だった。抱き起こしたアルカードの顔は相変わらず白磁のように真っ白だったが、微かに赤みがさしている。心臓が鼓動を打ち、呼吸をしている、生きているのだ。それも間違いなく本物のアルカードとして……!

 

 

 嬉しさと安堵で胸が一杯になったユリウスは、矢も立ても堪らず眠りこけている友人をたたき起こす。

 

「おいアルカード!目を覚ませ!アルカードッ!」

 

 やがてその友人は少しだけ顔をしかめながらも意識を取り戻す。

 

「……う……、ユリ……ウス? 俺は……生きている……のか?」

 

 アルカードが混濁した意識を振り払うように首を振った後、傍らのユリウスに尋ねた。

 

 

「ああ、お互いな。けど一体どういう事だ?俺もお前も間違いなく死んだ筈なのに……」

 

 

 その時アルカードの表情が一変する。その視線の先には……以前の威厳と悪意に満ちた姿が嘘のような、一人の年老いた老人が横たわっていた。

 

 

「父上……ッ!」

 

 アルカードがすぐさま駆け寄ろうとするが、まだ体が完全に回復していないのか、一歩踏み出す間もなくよろめいてしまう。しかしすかさずユリウスが体を支える。二人はお互いに体を支え合いながら、どうにかドラキュラの下まで辿り着いた。

 

 アルカードが震える手でその枯れた老体の側に跪くと、やがてドラキュラはゆっくりと目を開いた。

 

 

「アルカード……か……、どうやらうまくいったようだな……」

「やはり……これは父上が……ッ」

 

 跪くアルカードを制し、ドラキュラはある方向を指さした。

 

「あれ……を」

「?」

 

 ドラキュラが震える指で指し示した方向。母リサの肖像画にドラキュラの剣が突き刺さっていた。父に促されるまま、アルカードは剣を引き抜く。

 

「母さんの……、リサとの思い出の剣だ。お前に……託そう」

「父上……!」

 

「受け取って……くれるか?」

「有り難く……頂戴いたします」

 

 

 アルカードは再び父の傍らに跪くと、恭しく剣を掲げ、礼を延べた。

 

 

「……礼を言う必要は無い。私を打ち破った者への……ささやかな褒美だ」

 

 

 そう力無く笑う父を見て、アルカードが思わず問いかける。

 

 

「父上……!まさか、最初から討たれるおつもりで……!?」

 

「フ……買いかぶるな息子よ……お前の父はそんなに器用な男か?お互い死力を尽くし……結果お前達が勝った……ただそれだけの事よ…………」

 

 

 ドラキュラがアルカードを見つめながら笑いかける。その目は母に抱かれる子のようにとても穏やかだった。

 

 

 

「……答えなど……二百年も前に……お前とリサが教えてくれたではないか…………」

 

「父……上……!」

 

 父の口から出た憎しみではない母の名に、思わずアルカードが感極まり、涙ぐむ。

 

 

「だが憶えておけアルカード……混沌は何も悪や負の中からだけ生まれるのではない。正義や善の心があるからこそ時としてそれが暴走する事もある。私や……そこの若者のようにな……」

 

 ドラキュラがアルカードの肩越しに立っていたユリウスに視線を向ける。

 

「見事だったぞユリウス・ベルモンドよ……未熟といったが、撤回しよう……貴様は今まで闘った戦士の誰よりも強かった……」

 

「……」

 

「だが……けじめはつけねばならん……」

 

「!!」

 

 ドラキュラがアルカードの腕を払い、自らの首をユリウスの前に差し出す。父の決意に思わずアルカードがユリウスの方を向いた。……ユリウスの表情は怒りとも悲しみともとれぬ複雑な物だった。

 

 

「さあその鞭で私を討て、ベルモンドよ。私を完全に滅ぼし……千年に渡る因縁に決着をつけるのだ……」

 

 ドラキュラの命を賭けた請願……。ユリウスはしばしドラキュラを見つめた後、静かに瞑目し、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だね」……と、

 

 

 

 ヴァンパイアハンターの青年が発した、あまりにも素っ気無い、予想外の言葉に、先ほどまで穏やかだったドラキュラの口調に、一転怒気めいた物が混じる。

 

「……同情のつもりかベルモンド?肉親や友の仇を討つのではなかったのか……ッ」

 

 ドラキュラの恫喝めいた言葉……だがユリウスはその威圧に対し、眉1つ動かさず言葉を返す。

 

 

「……母さんも、先生も、ハルカも、……そしてラングも……、殺したのは俺だよ……」

 

 ユリウスはそう静かに呟いた。

 

 

「……後悔するぞベルモンド?一時の哀れみの感情で敵に情けをかければ……必ずこれから先……残りの人生を重い鎖に縛られながら歩む事となる!……その時になって……あの時仇を討っておけばよかったなどと思ったとしても……もう遅いのだ!!」

 

 

 ドラキュラが青年を睨みつけ、振り絞るように言い放った。だがユリウスは深く長い溜息をつくと、ドラキュラ以上に鋭い眼光を放ちながら言い返した。

 

 

「……その時になっても遅い?笑わせるなよ?

 

……とっくに取り返しなんかつかないんだ!!

 

 

「!!!」

 

 

「あんた……俺に殺されれば全部チャラになるとでも思ってんじゃねえのか? ならねえよッ!!先生も!母さんも!父さんも!ハルカも!ラングも!リリスも!ジョーンズも!皆……みんなもう戻りはしないんだ!一生背負わなきゃいけないんだ!!」

 

「死んだくらいで逃げられるなんて思うなよ?俺も、アンタも、そのクソ重てェ鎖って奴に縛られながら生き続けるんだ!これから先ずっと……業って奴は永遠に俺達を逃がしてなんかくれないんだッ!」

 

 

 多くの罪も無い混沌に直接触れたからこそ解る……ユリウスの激しい……そして同時にどうしようもなく悲しい告白だった……

 

 

”……ドゴゴゴォォォ……!!”

 

 

「!?」

 

――その時、とうとう城主の塔を支える主柱が崩れ始めた。ユリウス達のいる地面も大きく傾く。

 

 

「見ろよ、どんどん城が崩れていく……つまり俺が手をくださなくてもアンタの命はどの道尽きる。俺がこの鞭で城とアンタを切り離せばもう二度と復活する事も無い。……残された時間、せいぜい悔い改めろ。それがアンタにできるせめてもの償いだ……」

 

 

 ユリウスは踵を返すと、ドラキュラとアルカードに背を向け出口へと歩き出した。だが……

 

 

「フ……フフ……」

 

「フ……フハハ……甘い」

 

 

「フ ハ ハ ハ ハ ハ ! 甘いなベルモンドッ!!」

 

「――父上!?」

 

「……」

 

 

「少し褒めた程度で驕るなよ小僧!?ならばどうやっても仇を討たねばならぬようにしてやる!」

 

 

 ドラキュラは突然狂ったように笑い出したかと思うと、アルカードを振り払いユリウスに向け魔力を集め始めた。それはその枯れ木のような体の何処にこれほどの力が残っていたのかと思える程強大な物だった。

 

「父上!おやめください!!」

 

 アルカードがドラキュラとユリウスの間に割って入る!一方ユリウスは背を向けたまま振り返ろうともしない。

 

「邪魔立てするなアルカード!どうしても邪魔をするというなら……貴様ごと滅するのみよ!!」

 

 尚も魔力は膨れ上がる!すでにドラキュラの作り出した光球は人間を飲み込む程に巨大化していた。

 

 

「くらえェェェい!ベルモンドオォォォッッ!!」

 

 

 ドラキュラから巨大な魔力の塊が放たれ、光の渦となってアルカードとユリウスの二人を呑み込む!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………!?」

 

 

 アルカードとユリウスを飲み込んだのは……とても暖かな波動を感じる魔力の結界だった。

 

「これは……父上……!?」

 

 自分達を暖かく包み込む結界球の中からアルカードが最後に見た父の顔……それは遥か昔、母がまだ生きていた頃に見た、厳しくも優しい父の微笑みだった。

 

 

「さらばだアドリアン!我が聡明なる息子よ!そしてユリウス・ベルモンド!レオンの強き子孫よ!!」

 

 

 二人を包み込んだ結界球は光の矢となって、崩れ落ちる城主の塔から本城へと二人を運ぶ。

結界はどうやっても割る事は出来ず、アルカードの必死の叫びも、もはやドラキュラには届かない。

 

「父上エェェェェ―――ッ!!!」

 

 みるみる小さくなっていく玉座の間に向かい、アルカードの届かぬ叫びだけが……結界球の中で延々と木霊していた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩れ行く玉座の間に一人、もはや魔力すら空になったドラキュラが倒れ付している。

 

 最後に残った力を結界球に使い、もう精も根も尽き果てた。今まさに終焉を迎えようとしている主の命と呼応するかのように、塔の壁や柱の亀裂はどんどん大きくなり、崩落する瓦礫も次第に大きくなってゆく……悪魔城の最後の時が刻一刻と近づいていた。

 

 

「業……か……、ベルモンドめ……痛い所をつく…………」

 

 

 城が崩れ行く中、ドラキュラが静かに笑う。かろうじて動く首を動かし玉座の後ろ……愛する女性の描かれた肖像画の方を向く。だが、そこには漆黒の闇が広がるのみ……もう、ほとんど目も見えなかった。

 

「リサ……、最後に一目見たかった……が、きっと私は……お前と同じ場所へは……行けぬのだろう……な…………」

 

 ドラキュラが力なく呟く。だがその時、奇跡が起きる――

 

「……!!」

 

 神が最後に慈悲を与えたのか。今まさに命尽きようとしているドラキュラの目の前に二つの人影、かつての友レオンと、愛した妻の姿がはっきりと見えた!

 

 

「レオン……!?それに……リサ!?いや、エリザベータ!?な……そんな……まさか!」

 

 思わず二人の下へ手を伸ばす!…………が、やはりそれは幻だったのか……二人の姿は陽炎の様に掻き消え、後に残ったのは物言わぬ漆黒の暗闇…………

 

 

「…………フ……神め、最後に粋…………無粋な真似を」

 

 

 とうに捨てた信仰……かつては心から信じていた神が見せたせめてもの手向けだったのか……それとも自分の願望が見せたただの幻だったのか……それは解らないが…………

 

 

「だが……魔王と呼ばれたこのドラキュラ……この期に及んで神の下へ召される気など毛頭無い……!」

 

 

 ドラキュラがその白く濁った瞳を大きく見開くと、体内の”核”がにわかに脈動し始める……!

 

 

「よく見ていろベルモンド、貴様の言う業とやら……地獄まで持っていってくれるわアァァ―――ッ!!!」

 

 

 ドラキュラの断末魔と供にその体から目が眩むほどのまばゆい光が放出される!その光は玉座、階段、柱、庭園の残骸……周囲にある全てを飲み込み……ものの数秒もたたぬうちに、城主の塔はこの世からその姿を完全に消した……

 

 

 

 

 

 

「父上ェェェ―――――ッ!!」

 

 悪魔城本城、大階段の基点から、ユリウスとアルカードは崩れ行く城主の塔の全てを見届けていた。

 

 隣にいるユリウスの目もはばからず、アルカードは絶叫し、慟哭した。あの何事にも動じない端正な顔をグシャグシャに潰しながら、地面に這いつくばりながら、涙で滲む父のいた塔を見続けていた。

 

 あれほど憎み、怨み、時には刃を向けたというのに……何故、何故涙が溢れるのか……ッ何故涙が止まらないのか……ッ

 

 これほど涙を流すのは一体何年ぶりだろう……母を失った時か、それとも愛する女性を亡くした時か……

 

 哀しみの涙を流し続けるアルカード………だが、考えようによってはこれは幸せな事かも知れない。父を……魔王ドラキュラを最後には許し、愛せたという事なのだから……

 

「……」

 

 すすり泣くアルカードの傍らで、ユリウスも崩れていく塔を眺めていた。だが、宿命に決着をつけたこの勇者の胸に渡来する物……それは物言わぬ”虚無”であった……

 

 

 吹き付ける夜風が、ポッカリと空いた胸の穴を空しく吹き抜けていく……。因縁の敵を倒した達成感など微塵も無い。全てを出しつくし燃え尽きたからなのか、混沌に触れた事で心が壊れてしまったからなのかは解らない。ただ傍に先生も、ラングも、ハルカも、供に喜びを分かち合いたかった人達がいないのだけは確かだった……

 

 ほんの数時間前まで仲間達と供に笑い、泣き、怒り、悲しみ、喜んでいた筈の心が……今は何の感情も湧いてこない。目の前で慟哭しているアルカードを見ても何とも思わない。むしろ感情を爆発させているアルカードを馬鹿馬鹿しいと思うほどだった。

 

 俺はこんなに冷たい人間だったろうか……? 先生……ラング……ハルカ…… 問いかけても……誰も答えてはくれなかった…………

 

 

―――――!

 

 

 その時だった。悪魔城外縁の五箇所から光の帯が中央、舞踏館へ向かい終結したのだ。ドラキュラの命が尽きたのと同時に、忠守ら神官達が途絶していた結界を再び発動させたのである!

 

 ほどなく辺りを覆っていた夜の闇が割れ、空の合間から徐々に太陽がその顔を覗かせた。太陽は悪魔城を……大地を……ユリウス達をその暖かい光で照らし始める……時間にしてほんの半日程度のはずだが、ユリウスは数年ぶりに暖かい日の光を浴びたような気がした。

 

 

――そうだ……まだやらなければならない事がある――

 

 

 何の変哲も無いありきたりな陽の光……だがその暖かな日差しが、荒みきっていたユリウスの心をほんの少しだけ溶かした。心に空いた穴が塞がった訳ではない。仲間を失った悲しみが癒えた訳でもない……だが久し振りにその目で見た太陽が、ユリウスの瞳に微かな希望を取り戻させた。

 

「まだ終わっていない……行くぞアルカード!」

 

 泣き伏している仲間の肩を掴み、こちらに振り向かせる。突然の言葉に一瞬アルカードが動揺する。だがそれ以上にユリウスの瞳に以前と同じ輝きが戻っている事にアルカードは驚いた。

 

 アルカードは瞳に溜まった涙を一息に拭うと、元のポーカーフェイスに戻った。そしてすぐさま立ち上がると、ユリウスと供に本城への道を走り出した……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の崩壊スピードは予想よりも早かった。モンスターこそ出現しないが、所々床は抜け、大人程もある巨大な瓦礫が、ユリウス達を逃がすまいとまるで追っ手のように襲い掛かってくる。急がなくては城の封印どころか自分達の命すら危ない。

 

 それでも二人は落下してくる城の残骸を避けながら、何とか最上階中央広間まで辿り着いた。ここを下に行けば忠守達のいるダンスホール、上に行けば慈愛の間だ。

 

「アルカード!お前は下に降りて忠守達と合流しろ!俺が城の封印を完了したら、すぐに忠守達を連れて脱出するんだ!」

 

「お前はどうする気だ」

 

 アルカードが疑うような眼差しをユリウスに向ける。だがユリウスはそんなアルカードの心を見透かしているのか、突然何かをアルカードに投げてよこした。

 

「これは……ユリウスお前!」

 

 ユリウスが押し付けた物……それはラングの形見であるメモとドッグタグ。そしてハルカの姉”ナオミ”の魂が入った賢者の石だった。

 

 

「特に石の方は頼むぜ?ハルカにどやされたくないからな」

 

 

 ニヤリと笑みを残し、ユリウスは脱兎の如く階段へと走り出す。その後姿に言い知れぬ不安を抱き、アルカードは思わず「待て!」と大声でユリウスを呼び止めた。だがその瞬間巨大な亀裂が広間に走り、ユリウスとアルカードを分断してしまう。

 

 瓦礫と煙で視界が遮られる中、階段を駆け上がったユリウスがおもむろに立ち止まり、アルカードに呼びかけた。

 

「なーに、心配すんな(ノープロブレム)!もう死のうなんて思っちゃいないよ……けどなアルカード、お前には色々言いたい事も、ムカついてる事もあるんだ。もし……もし無事に帰れたら、一発殴らせろ!それで全部チャラにしてやるよ!」

 

 

 少年のような悪戯っぽい笑顔で、ユリウスがアルカードに声をかけた。突然かけられた言葉にアルカードは一瞬戸惑ったが、こちらもニヤリと子供っぽい笑みを浮かべ、答える。

 

 

「ああ……好きなだけ殴らせてやる。……だから……必ず生きて還って来い!!」

 

 

 普段の貴公子らしからぬ大声で答えながら、アルカードも笑い返した。やがて二人は互いの視線だけで合図を酌み交わすと、すぐさま向きを変え、二度と後ろは振り向かなかった……

 

 

 

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