早朝。
装備を確認しながら、3人の会話に耳を傾ける。
ハンカチにオヤツにお弁当。まるで遠足だ。足が遅いらしいので、たーくんは留守番になる。
「レーザーライフルは持ったかい、ニーニャちゃん?」
「うん。いつでも撃てるよっ!」
「よし。頑張って敵を蜂の巣にしような」
「うん。ニーニャ、ヒャッハーかロボット蜂の巣にしたい。そしてロボットちゃん修理したい!」
「……こんな遠足は嫌だ」
「はいはい。準備も終わったので行きますよ」
ブロックタウンを出て、東へ。
炭化した木立がチラホラ残って、遠くに過去の巨大な広告看板が見える。
ミツカの話では、東と南から人が来た事はないという。オーガではなくとも、人類の敵がいる可能性は高い。それでも様子見がてらでの、狙撃のみの戦闘予定なので、どいつもこいつも散歩気分だ。
「そこの瓦礫に上って周囲を見回す。ニーニャを頼むな」
「了解。ウイもか?」
「【観測手】ですからね。拓けた場所での索敵なら、ヒヤマにだって負けません」
俺は膝撃ち姿勢でスコープを、ウイは伏せて双眼鏡を覗く。
「6時から12時、グリーン」
「……いました。2時方向にクリーチャー。キラービーですね」
「名前からして、実入りは少なそうだな。あれか、補足した。他を頼む」
花の1輪もない荒野を、1匹の蜂がダラダラ飛んでいる。
ニーニャより少し小さいだけの体躯。その肘から爪の先までありそうな槍の穂先のような針が、ハッキリ見えた。
「2時から6時、グリーン。単独と判断します。狙撃、どうぞ」
「蜂なのに群れねえのか?」
「群れない種もいます。それに、地球の蜂とは違うのでしょう」
「なら、殺るか。HPは100。余裕だろ」
揺れながら飛ぶキラービー。
時折高度を上げると、羽を休めて少しだけ沈む。
狙うなら、そこだろう。
……今だ。
ドォンッ!
「ヒット。キラービーの死亡を確認。肉は食用です。回収に向かいましょう」
「マジか。経験値は20。美味しくねえな」
「こんなものでしょう。群れでないなら」
「ニーニャ連れて、群れに囲まれるなんてゴメンだ」
「ええ。まったくです。次の索敵ポイントは、キラービーの死体に近い瓦礫の山ですね」
「了解。しかし、あれを食うのか」
狙撃銃のマガジンに1発補充して、キラービーの死体を回収に向かう。
だがその手前で、俺達は意外な物を発見した。
キャンプの痕跡。
明らかに、人が使用したものだ。
「こりゃ焚き火跡か。古いな」
「骸骨はありませんが、鍋やコップは残されてますね。キラービー、回収完了」
「硬貨発見。ウイ、これな。お、これは手帳か。ヒヤマ、見ていいか?」
「ああ。好きにしろ。ウイ、ニーニャの水分補給はこまめにな。座ってもいいぞ、ニーニャ」
「はい、ニーニャちゃん。この石に座って、これをお飲みなさい」
「ありがとう。えへ、冷たいっ。……んっんっ、ぷはあ。おいしーい。お姉ちゃん、これなあに?」
「スポーツドリンクよ。暑い時はこれがいいの」
「こ、これはっ!」
手帳を開いたミツカが、口を開いてそれを見ている。
宝の地図とかではなさそうだ。
整った眉を、これでもかと寄せている。
「どした、ミツカ?」
「ブロックタウンを追い出された、犯罪者の日記だ。恨み事が大半だけど、最後のページに恐ろしい事が書いてある」
「……読んでくれ」
「私は連れてきた家畜を餌に、オークの群れを誘導する事に成功した。あと少し、あと少しでオークの群れはブロックタウンを発見するだろう。これで私の愛を受け取らなかった尻軽保安官や、彼女を誑かした冒険者崩れはもうおしまいだ。私に詫びながら、オークに骨まで喰われるがいい」
「で、書いた本人の骨がないと。ブロックタウンに冒険者崩れなんていたのか?」
「曽祖父がそうだったはずだ。狩りの途中で1泊しただけだというのに曽祖母に惚れられて、ブロックタウンに住む事になったと聞いた気がする」
「オーガ、ゴブリンと来てオークか。ファンタジーだな。ウイ、オークの強さは?」
「たしか、オーガよりはだいぶ下です。ですが、恐ろしいのはその繁殖力。群れなら数は相当なものでしょう。危険と判断したら、ブロックタウンに戻るべきですね」
「エロゲームみてえな感じか?」
「遺伝子の半分が人間なのに、オークになるはずないじゃないですか。夢を見過ぎです」
見てねえっての。陵辱モノじゃ息子は反応しません。
「どうだか」
「心を読むな。可能なら、群れを偵察したい。昼まで索敵して、ブロックタウンに戻るぞ。備えも必要だ」
「お兄ちゃん、オークはカチューシャ肉店が高値で買い取るよ!」
「お、おう。倒せたらな」
「ふふっ。ニーニャちゃんも商人ね」
「もっちろん。今夜は、オークの焼き肉だねっ」
勘弁してくれ。
缶詰があるのに、なんでクリーチャーなんぞ食わなきゃなんねんだ。
「さあ、行くぞ。索敵は念入りにやるから、休憩はその時だ」
瓦礫の山があれば上って、念入りに敵影を探す。
それを昼まで繰り返して進んだ。
生物は最初のキラービー以外に見ていない。生き物が少な過ぎるのをウイと訝しみながら索敵をしていると、突如その光景が目に飛び込んできた。
二足歩行の豚。
腰蓑だけのそれが、武器を振り上げて走る。
消火栓ハンマーのパイプを握ったオークに、赤いレーザーが吸い込まれた。
オークはピクリとも動かない。
石器時代のような石斧を振り上げたオークも、何かを叫ぶと同時に撃たれて死んだ。
5匹のオークが倒れるのに、1分もかかっていない。
ハンドサインで下りるとウイに伝えて、ミツカとニーニャの元に戻る。
「どうだった?」
「オークはいた。いなくていいのもな」
「何がいたんだ?」
「キャタピラのロボットですよ。両手がレーザーライフルです。大きさはオーガくらいでした」
「手強そうだな……」
「お姉ちゃん、それってこんなの!?」
アイテムボックスから出したらしい雑誌を、ニーニャがウイに突き出した。
へえ、写真付きカタログか。
「そう。これよ。えっと、荒地用迎撃ロボット・タクティカル2000?」
「すっごい! レアなんてものじゃないよ、メガレアだよ!」
「しかし、安易に倒すのもなあ」
「なんでだ、ヒヤマ。ニーニャちゃんが欲しがってるんだから、倒せばいいじゃないか」
「ブロックタウンとオークの群れを、ロボットが遮断してくれている形なんですよ。倒してオークが行動範囲を拡げたら、オークはブロックタウンに雪崩れ込んで来るかもしれません」
「それは……」
どうしたもんか。
現時点では、ロボットがオークに倒されるまで放置がいいのかもしれない。
たまに見に来て、ロボットが倒されてたらオークの群れを殲滅。
それで行くか。
「ねえねえ。お兄ちゃんもお姉ちゃん達も、ニーニャの職業を忘れてない?」
「直せるってのか、倒したロボットを?」
「本当なの、ニーニャちゃん?」
「えへへ。今のままじゃ無理だよ。でも旦那さんになるお兄ちゃんが、スキルポイントを使えって言ってくれたら大丈夫だと思うの」
「スキルポイントなら、ニーニャの自由にすればいいんじゃねえのか?」
「ううん。スキルっていっぱいあるし、選択肢もあるでしょ。だからカチューシャ家では、お嫁さんは旦那さんと話し合ってからスキルポイントを使うの。今は7あるから、ロボットの修理の方に上げれば、修理は可能だと思うよー」
「なるほど。ニーニャちゃんは複数の修理スキルがあるのね。私は一般的な修理スキルのみだから、ロボットなんて無理だわ」
ロボット修理にスキルポイントをつぎ込むのか。
ロボのみにはもったいない気もするな。
「何ポイント使えば修理可能なんだ?」
「えーっと。元から言うね。【ロボット修理】→【ロボット小部品製作】→【ロボットの知識】→【ロボット自由塗装】→【ロボット武器改造】→【ロボット大部品製作】。ここまであれば大丈夫かな」
「5ポイントか。悩むなあ」
「これがあれば、ハンターズネストとブロックタウンに警備ロボット配置できるから、お兄ちゃんがいいなら取りたいの」
「なんだ。取りたいなら取るといい。スキルポイントは、ニーニャの好きにしていいんだ」
「ありがとう。お兄ちゃん大好き!」
そう言いながら抱き着かれたので、小さな体を優しく抱き止める。
かわええのう。
どーれ、頭を撫でさせれ。
ほう、これはなかなか。髪の手触りだけでなく、ふくらみかけの……
「では私達は狙撃準備ですね、ロリヤマ」
「ロリヤマ、ニーニャちゃんの護衛は任せろ」
「ロリちゃうわ。ニーニャ、対物ライフルで撃っていいのか?」
「うん。【ロボットの知識】で必要な部品はわかるから、どう壊しても大丈夫だよ」
「了解。どのくらいの頻度でオークがロボットに挑んでいるかは知らないが、倒したらニーニャが修理するまでロボットとニーニャを守る。狙撃後は迅速に行動するぞ」
「はい」
「おうっ」
「はぁいっ!」
返事を背中で聞いて、瓦礫の山に上った。
対物ライフルを出し、膝撃ちの姿勢でスコープを覗く。
ロボットの脚部はキャタピラなので動きは鈍い。
しかも索敵を終えたのか、おあつらえ向きに停止しやがった。
いい的じゃねえか。
「【ファーストヒット】」
HPは500。
2射か、3射は必要かもしれない。まあ、撃てばわかるか。
トリガーを、引いた。
轟音。
衝撃で、足場が崩れた。
マズイ!
半ばまで転がり落ちた瓦礫の山を駆け上がる。
「ヒヤマ、大丈夫ですか!」
「俺はいい。残HPはっ!?」
「撃破です。さすがですね」
「は? オーガロードには、100ダメだったんだぞ?」
「支配者クラスは防御力が3倍はあります。発見された後でしたし、そんなものでしょう。今回は隠密ボーナスに対物ボーナスが付きますから。それより、早く修理に」
「あ、ああ。わかった。ミツカ、ニーニャ、行くぞ」
「レベル9になった」
「おめでとな。倒した甲斐がある」
「良かったなあ。ほら、荷物はあたしが持つぞ」
「おめでとう、ニーニャちゃん」
『ドクターX』を腕に注射して歩きながら、オークの襲撃に備えて上げるべきスキルを網膜ディスプレイに表示させて見る。
もう午後だ。
修理にかかる時間次第では、夜戦になるかもしれない。
暗視スコープがないので、【鷹の目】を1つ上げて【夜鷹の目】を取得。
「【夜鷹の目】を取ったぞ、ウイ」
「なるほど。夜の戦闘もありえますか」
「用心のためだ」
「見えました。瓦礫の山に当たって止まったようですね」
「都合がいいな。俺はあの上。ウイとミツカは下で、ニーニャの助手と護衛だ。
まずやったのは、3人がかりでロボットを起こす事だった。
すぐにニーニャは修理に取り掛かり、俺は見張りをはじめる。
アイスコーヒーを飲み、初心者の狙撃銃を構えた。
遠く見えていた看板が近い。
アニメのような絵で、両手に持ったアイスクリームを食べる少女が描かれていた。
アイスなんて、もう2度と口には出来ないのではないだろうか。廃墟を漁れば缶詰ならいくらでも手に入るが、電源が入りっぱなしの冷蔵庫になんてまだお目にかかった事がない。
今の人類は電化製品のコードをナイフなどで切って超エネルギーバッテリーを直付けしているが、戦前は発電所から家々に電気を引いてコンセントからそれを電化製品へ流していたのだ。ムリはないだろう。
「来るとしたらもう少し後、か」
見える範囲に、オークの姿はない。
集落でもあるのか、群れで移動しているのかはわからない。
出来れば集落があって欲しいものだ。
移動する群れを追って殲滅なんて、考えただけで面倒すぎる。