(きゃああああっ!)
(落ちてる、落ちてるって!)
(ジェットコースターって、こんな感じでしょうか?)
(わんっ)
いっけね。映像行ってんだ。
思った時には、水の中に沈んでいた。
(わりい。大丈夫か、ニーニャ?)
(怖かったけど楽しかったっ!)
(そりゃ良かった、のか? すぐ追いつく。捕虜がいるそうだから、後で兵員輸送車を修理してくれるか?)
(はぁい)
川底を歩いて、河原に上がる。
装甲の隙間に入った水が砂利を叩く、その音が聞こえた。
走る。
敵のHTAの速さに、あのレニーが慌てたほどだ。ニーニャの手でチューンされたハルトマンは、その速度をはるかに凌駕する。
(うっはー。速えなあ、ヒヤマ)
(敵のHTAの、1.5倍は出てますね。さすがはニーニャちゃんの改造です)
(お兄ちゃんの身体能力だよ。わあっ、もう追い越されたっ!)
橋を過ぎてすぐハンキーを追い越し、3機のHTAを盾にするようにして停車しているバギーまで走る。
姿勢を低くして、滑りながら止まった。
(待たせた。歩兵は、60くれえだよな?)
運転席の運び屋が、肩をすくめながら親指で空を指差す。
ハルトマンのメインカメラを北に向けると、地表を舐めるように飛ぶ双発戦闘機が上昇するところだった。
(半分は片付いたのデス!)
(おお、ヒヤマ。経験値を稼いでおくか?)
(いや、さっきの航空機と戦車で、経験値は腹いっぱいだがよ)
(そうか。じゃあ、少しだけ待ってくれ。ああ、暇なら飛行機乗りの視点でも楽しんでたらいい)
網膜ディスプレイのウィンドウに、空から地上を見る映像が映し出された。
墜落する!
そう思うほどのスピードで、それは地上に迫った。
伏せる兵士や戦友の死体を盾にした兵士が、体に大穴を開けて倒れていく。
急上昇。
ぐるりと視界が回ったと思うと、背面飛行気味に旋回して、また地上の兵士達を照準器に捉えた。
降下開始。車の残骸に兵は身を隠すが、錆びた薄い鉄は盾にもならず、無残にその生命を散らしていく。
(なんつーか、安易に空に憧れた、過去の自分を殴りてえな)
(こ、怖すぎて見ていられないよぅ)
(ニーニャ嬢ちゃんには刺激が強えよな。ウィンドウは閉じてな。死人なんて、子供の見るもんじゃねえ)
(あ、死体は平気。グルグルが怖いのっ)
(……そうか。さすがだな)
話しているうちに、赤マーカーは1つ残らず消えていた。
(お疲れ、ルーデル。ジュモもな)
(準備運動にもならんよ。運び屋、俺達はどうすればいい?)
(そうだな。キャンプした砂浜の東が埠頭だっただろ。あそこを偵察して空母がいたら、それから爆撃だな。着陸可能な場所があるなら、そこに降りて爆弾なり魚雷なり積んどくといい)
(了解。そこの道路脇に着陸可能だ。すぐ降りる)
(運び屋、ハルトマンで先行偵察に出てもいいか?)
(敵が見えたら、すぐに戻るならな。交戦する気なら、行かせる訳にゃいかねえ)
そんなつもりはない。ただ、ここでルーデルの双発に魚雷を搭載したり、捕虜を縛って兵員輸送車を直したりする時間を考えたら、俺は偵察に出た方がいいと思うだけだ。
(揚陸艇以外の上陸部隊がいれば戻る。いないなら、空母が見えるか確認する。それだけのつもりだよ)
(それなら頼みたい。いいか、死神だけの体じゃねえんだ。無理はするんじゃねえぞ?)
(わかってるよ、軍曹。じゃあ、行ってくる)
(誰が軍曹だ。閣下と呼べ)
(閣下はルーデルだっての。ウイ達を頼むな)
死体を踏まぬように歩き、戦車の残骸を踏んで進む。
兵員輸送車は当たりどころが良かったらしく、かなりのHPを残している。
視界がひらけたので走りだすと遠くの河原に、揚陸艇と白いシャツを鉄パイプに結んだ白旗を持って力なく座り込む兵士達が見えた。
(魚雷の搭載完了しました。死体の武器を集めたら、兵員輸送車の修理に向かいます)
(おう。揚陸艇のそばに降伏した兵達がいた。運び屋がいりゃ大丈夫だとは思うが、気をつけてくれよ?)
(はい。ヒヤマこそ、気をつけてくださいね)
(わかってる。油断はしねえさ)
しばらく走り続けると、左手に砂浜が見えてきた。
正面は埠頭。右手が倉庫なにかの廃墟だ。
(砂浜が見えるまで敵影なし。埠頭に続く道路の、右の廃墟から沖を偵察する)
(了解。油断すんじゃねえぞ。敵がどんな兵器を持ってるかもわからねえんだ)
(もちろんだ。この戦争が終わったら、フロートヴィレッジでバカンスだからな。死ぬ気はねえよ)
コンテナが散乱する荒野に下りて、サブマシンガンとリボルバーの装弾を確認する。
最後にパイルバンカーの杭に触れて、廃墟に向かって歩き出した。
(遮蔽物が多いですね。今から、ニーニャちゃんが兵員輸送車を修理します)
(お兄ちゃん。これが終わったら、【船舶修理】を取って最上スキルまで伸ばしてもいい?)
(【車両修理】とは別なのか。無理して取らなくていいぞ?)
(ううん。婆ちゃんの船も改造できるから、お兄ちゃんがいいなら取りたいのっ)
(なら取るといい。婆さんも喜ぶだろうな)
(ありがとう、お兄ちゃん!)
サブマシンガンを左手に持ちながら、慎重に廃墟を進む。
屋根はないが壁の残る倉庫に入り、その出口から海が見えるのを確認した。ここの出口からなら、沖の船を見張れるだろう。
視線を感じた気がして振り返ったが、サハギンの1匹もいない。
気を取り直して出口に向かい、そっと外を覗いた。
ドゴオンッ!
(……ごはっ)
膝から崩れ落ちる。
ハルトマンのコックピットに大きな穴が開いているのを、呆然と眺めながら。
(ヒヤマ、ヒヤマッ!)
(いやああああっ!)
(そんな。助けてくれ。誰でもいい、ヒヤマを助けてっ!)
【死してなお戦う心】
砕けたHPバーをその場で瞬時に修復するスキルがなければ、そのまま即死だっただろう。
一瞬の激痛の後に、俺は視界を取り戻した。
穴から見えるのは、コックピットが丸見えのHTAに乗る、笑う男の顔だ。機体の右手にあるバカみたいに大きなライフルの銃口から、煙が上がっている。
それが、俺を殺した銃か。
威力はともかく、ずいぶんとブサイクなんだな。
対物ライフル、取り出し。
目をつぶっても命中する距離。
腰だめのまま、男の驚きに固まった顔にぶち込んだ。
(ザマアミロ。……悪い、ニーニャ。ハルトマン壊しちまった)
靴やプロテクターを外し、最後にヘッドギアを置く。
時間がない。
待ち伏せされていたのなら、楽に逃がしてはくれないだろう。
(そっか、最上スキル)
(死神、すぐ逃げろ。せっかく拾った命だ。なんとしてもこっちと合流しろ!)
(あったりめえだ。走るぜ)
(ルーデル機、スクランブルだ。ジュモ、イナーシャ回せ!)
パワードスーツをアイテムボックスから取り出しつつ着る。いつもとは違って、ヘルメットまでしっかり装備した。
「よし」
対物ライフルを背負い、海に背を向けて走り出す。
(死なないで、ヒヤマ!)
かわいい嫁さん達を残して、死ねるかっての。
(ハンキー、運び屋に続く。全速前進! ヒヤマ、そんなとこで死んだら、あたしが殺してやるからなっ!)
死んでんなら殺せねえだろ。それと、涙声んなってんぞ。
ハルトマンで入った場所から飛び出す。
背後から、バラバラという音が追ってきた。
チラリと振り返ると、巨大なヘリコプターに吊り下げられた、4機のHTAが降りる所だ。
負い紐で振るようにして対物ライフルを構え、丸見えのパイロットにぶっ放す。
命中も確認せずに、また走り出した。
「ジョンが殺られた! 急げ、逃げられるぞ!」
外部スピーカーで男が叫ぶ。
無線がないって事だろう。どうやら、職持ちの部隊ではないらしい。
これならどうにか、生き残れるか。
そう思った瞬間、足元の地面が爆発した。
転がりながら、方角を確認。
「殺ったか、ジョージ!?」
メットのバイザーは割れていない。
走り出す。掠りでもすれば、即死だろう。それでも、逃げるしかないのだ。
「まだだ! 撃て、撃てっ!」
着弾すると、地面が抉れる。
せめて、車の残骸が多い道路まで逃げなければ。
これまで生きた中で1番、真剣に走った。
「道路に逃げるぞ、撃てっ!」
ガードレールを飛び越え、さらに車のボンネットを蹴った。
着地した瞬間、その車の残骸が爆散し、数メートルは吹っ飛ばされる。
「があっ!?」
ヘルメットが外れ、額かコメカミを切ったらしい。
目に入った血を、袖で拭う。
両手両足は付いているし、指先は動く。
つまり、まだ走れるって事だ。
「敵戦闘機、来たぞ!」
「リングォ、対空ライフルをぶっ放せ! 泥棒野郎を粉々にしろ!」
させるかっての。
(死神、いいから逃げろ! ルーデルなら、なんとでもなる!)
(そうだ。逃げろ、ヒヤマ!)
(戦友を狙う銃口があるなら、それを撃ち抜くのが白い死神だろうが……)
ボンネットを登って、車の屋根に立つ。
アサルトライフルを持つ2体の後ろに、長い銃身のライフルを構えるHTAがいた。
「なっ! イカれてやがる!」
「いいから撃て! 狙いはリングォだ!」
(遅えって……)
敵HTAの持つ対空ライフルの銃口に、俺の撃った弾がスローモーションで吸い込まれていく。
着弾。
同時だ。
ライフルを構えたHTAは弾薬の誘爆で吹っ飛んだが、俺も宙を舞っていた。
(ヒヤマ!)
(お兄ちゃん!)
(そんなっ!)
ああ、あいつら泣くかなあ。
硬い地面に叩きつけられたはずなのに、まったく痛みは感じなかった。
幼稚園。
あれは、担任の先生か。きれいな人だったな。メガネが似合ってて、たしか東京に嫁いで行ったんだ。
十蔵。
小1の時に、うちに来た犬。
弟が出来たみたいで嬉しかった。あいつもシェパードだったな。運び屋の相棒も、うちに来るはずだったのに。
古い2スト3気筒。
手をかけて、冬でも乗ってた。
隣に見える4気筒の新車は、街乗りばかりだったから怒ってるかも。
(死神、死ぬんじゃねえ! もう着く! だから死ぬんじゃねえ!)
(無理みてえだ…… 悪いな、運び屋。会ったばかりなのに、俺、あんたを親父みたいに……)
(クソ共が、よくもヒヤマをっ!)
(ああ、ルーデル。俺は、ルーデルみたいになりたかった…… 生きてるだけでツライのに、人に優しく出来る、ルーデルみてえに……)
痛みはない。
それどころかもう、自分の鼓動も聞こえやしない。
死ぬのか。
死ぬんだよな。
異世界で、死ぬなと言われながら、それでも死んでいくんだ。
見上げる空には、雲1つない。
死ぬには、良い日和じゃないか。
(ウイ、ミツカ、ニーニャ。愛してる…… この世界に来て、本当に良かった…… 今日までは、夢だったんだよ…… 俺を、忘れて、い、きて、くれ……)
人影。
視界に入って来たのは、戦場には似つかわしくない、驚くほど綺麗な女だ。
銀髪が、足元まで伸びている。
胸のふくらみ、腰の曲線、それを隠すのは銀色の美しい髪だけ。
そうか、これが天使か。
なんとなくウイ似なのは、神様が気を利かしてくれたのかもな。
「よう、天使。おむ、か、え、ごくろ……」