アイツとメガネ、異世界を行く   作:ふくふくろう

70 / 85
ハンガー

 

 

 

 唇を舐めるようなキスで目を覚ます。

 ヒナか。

 朝っぱらから、元気な事だ。

 

「おはよう、ヒナ。早いんだな」

「ひやま、する?」

「しねえよ。ニーニャが起きる時間だからな。体は平気か?」

「うん」

「なら、リビングに行こう。ウイ達を起こさないようにな」

「……おはようございます」

「ウイ、まだ寝てていいぞ。ニーニャが起きたら、メシを作っとく」

「いえ。起きます。ハンガーを手伝いに行くのでしょう?」

「ああ。ニーニャの作業も、そこでさせてもらえるか聞きてえしな」

「なら起きます。ミツカ、あなたも起きなさい。ニーニャちゃんの護衛は、あなたの仕事でしょう」

 

 毛布を剥ぎ取られたミツカが、シーツに包まろうと体を丸める。

 

「こら、ミツカ」

「うーん。後8時間だけ」

「ならミツカは、今日から実家で寝てくださいね」

「嫌だっ!」

「起きてるんじゃないですか。さあ、朝ご飯の前に顔を洗いなさい」

「ううっ。ウイがお母さんみたいだ……」

 

 朝から賑やかなものだと思いながらジーンズとTシャツを着て振り向くと、犬になったヒナが俺を見上げていた。

 

「犬の姿で行くのか?」

 

 眩しい裸体が現れる。

 どこも隠そうともしない潔さ。

 

 ……いいぞ、もっとやれ!

 

「しらないにんげん、まだこわい。だめ?」

「ダメじゃねえさ。ただ、ゆっくり慣れていこうな」

「うん」

 

 返事をした事で満足したのか、ヒナはすぐシェパードの姿に戻った。

 ウイとミツカが着替えるのを待って、全員でリビングに向かう。

 ニーニャとたーくんはまだのようで、ウイが熱いコーヒーを淹れてくれた。

 

「今日からハンガーの組み立てだから、鉄の回収はかなり先か」

「はんがー、ひこうきのそうこ?」

「ああもう、いきなり。だから、人型になるなら服を着てください。ほら、ワンピースでいいですから」

「大変だなあ、お母さん」

 

 笑いながら言うと、もの凄い目で睨まれる。

 どうやら禁句だったらしい。

 

「ひやま?」

「あ、ああ。そうだぞ。ハンガーは飛行機の倉庫だ」

「ある」

「なにが?」

「ひこうきのそうこ、ある」

 

 えっと、うちの子は大丈夫だろうか。

 なに言ってんだろ。

 

「もしかして、アイテムボックスに飛行機の倉庫を、丸ごと入れてあるのですか?」

「うん。うい、さすが」

「……マジかよ。どうなってんだ、無限アイテムボックスってのは」

「それを使っていいと言うのですか?」

「うん」

 

 そう言われても、値段さえ付けられないどでかい建物を、はいそうですかと貰っていいのだろうか。

 

「運び屋に聞いてみる。ちょっと待ってくれ」

 

 ウイに下着を着せられるヒナを見ながら、運び屋に無線を繋ぐ。

 

(朝っぱらからすまねえ、ヒヤマだ。起きてて話せるなら、聞きたい事がある)

(おう。父親に初夜の報告とは、いい度胸じゃねえか)

 

 考えてなかった……

 

(ちげえっての。運び屋の愛娘、名前がないのはかわいそうなんでヒナってアダ名を付けたが、そのヒナにハンガーを持ってるから使えって言われたんだよ。運び屋に聞かねえと、使えねえだろうが)

(アイテムボックスの中身は、持参金代わりだ。好きに使え)

(ありがてえけど、なんだってハンガーなんか)

(小せえ頃に面白がって、なんでもアイテムボックスに突っ込んでたんだよ。中は自分でも把握してねえだろ。まるでスミソニアンだ。俺は朝の1発を始めっから切るぞ。ルーデルによろしくな)

 

 一方的に無線が切れる。

 娘と同じで、朝から元気なおっさんだ。

 俺も誰かを連れて寝室に戻ろうかと思ったが、ニーニャとたーくんが来たのでやめた。

 

「おはよう。ニーニャ、たーくん」

「すぐに朝ご飯にしますね」

「みんなおはようっ」

「おはようございます」

「ハンガー、使っていいってよ。ウイ、設置が終わったら、俺とローザで回収に行こうぜ」

「はい。ついでに別荘を持ってきて、ハンガーの休憩場に使ったらどうですか?」

「名案だな。回収が終わったら、爺さん達とギルドの打ち合わせをして、ニーニャを手伝って、フロートヴィレッジでバカンス。空母を川に浮かべられるように土木工事して、入居希望者割り振って、ギルド立ち上げ。……戦争前より忙しいじゃねえか」

 

 やる事が多すぎる。

 過労死すんじゃねえだろうか、俺。

 

「自分で言い出した事でしょう。私達も手伝いますから、無理しない程度に頑張りましょう」

「助かるよ。1人じゃ無理だもんなあ」

 

 朝食を終えて、ルーデル達の家まで歩く。

 犬の姿で行くとヒナは言っていたが、ハンガーを出すのに言葉を話せないと困るので、ウイのワンピース姿になっている。

 俺はニーニャとヒナと手を繋いで、散歩気分だ。

 

「おはよう、みんな。ずいぶん早いんだな」

「おはよう、ルーデル、ジュモ。それがよ、ヒナが、ああ。これがヒナな」

「かわいこちゃんか。いい名前を貰ったな」

「アイテムボックスに、ハンガーがあるんだとさ。土台のコンクリートごと」

「はあっ!?」

 

 クールなルーデルが絶句している。ヘルメット姿なので顔は見えないが、口も開いているのかもしれない。

 

 まあ、そうなるわなあ。

 

「おーい、大丈夫か?」

「す、すまん。あまりの話に、驚いたんだ」

「それでよ、土台ごと土の上に出したら、段差が出来るだろ。マズイか?」

「腹を擦るほどの段差なら困るな」

「ヒナ、段差はどのくらいになる?」

 

 ヒナが指を2本立てる。

 

「2メートルか?」

「うん」

「それは無理だな。鉄板を斜めに置いても、腹を擦ると思う」

「なら、ハンガーを使わないか、ハンガーを使うために穴を掘るかだな」

「あるなら是非、使いたいものだがな。花園の工作兵、カリーネだったか。彼女の力を、なんとか借りられればいいんだが……」

「カリーネならやれるのか?」

「工作兵の初期スキルには、土木工事に向いたものが多い。たぶん可能だろう」

「なら、ちょっと待ってくれ」

 

 無線のチャンネルを、カリーネだけオンにする。

 まだ寝ているかもしれないが、優しいカリーネなら話くらいは聞いてくれるはずだ。

 

(ヒヤマだ。起きてたらちょっといいか、カリーネ?)

(はい。おはよう、ヒヤマ。朝這いなら大歓迎ですよ)

 

 言葉と同時に、タンクトップと下着だけでソファーに座るレニーの映像が飛んできた。視線が移動して、下着なしでTシャツだけ着たアリシアも映る。

 

(どっちもいいケツだ、ってそうじゃなくてよ。かなりの面積を、2メートルほど掘りてえんだ。なんとかなんねえか?)

(見えている範囲なら簡単よ。今からでいいのかしら?)

(礼はするから頼みてえ。迎えに行けばいいか?)

(ええ。待ってるわね)

(バイクで迎えに行く。すぐにだ)

(了解。気をつけてね)

「OKだ。迎えに行くから、ローザを出してくれ。すぐに行くから、戦闘機の隣にでもハンガーを出しておいてくれるとありがたい」

 

 ローザに跨って、カリーネを迎えに行く。

 ニーニャとヒナが少し寂しそうだが、こればっかりは我慢してもらうしかない。

 花園の家の前でタバコを吸っていると、パンツルックのカリーネが玄関から出てきた。

 

「お待たせ」

「私服が眩しいな。朝っぱらから、申し訳ねえ。レニーとアリシアは?」

「ヒヤマとデートだと言ったら、拗ねてしまったの。近いうちに顔を出してくれたら嬉しいわ」

「今夜にでも行くよ。じゃあ、行こうか」

 

 エスコートして、ローザで走り出す。

 街中で、さらにカリーネとタンデム。スピードを出す訳にはいかない。

 

 バイクが珍しいのか、はしゃいだ子供達が並走する。

 腰に回された右手が外されたので振り向くと、カリーネが子供達に手を振っていた。

 

「子供、増えたよなあ」

「ヒヤマのおかげでね。このままなら、ブロックタウンの未来は明るいわ」

「俺はなんもしてねえさ。移民を受け入れたのは町長だし、子供達を護衛してきたのは花園だ」

「それでも、ヒヤマがいなければこうはならなかった。誇っていいのよ?」

「勘弁してくれ。ガラじゃねえさ」

 

 左右に畑が見えてくると、子供達は並走をやめた。貴重な穀物や野菜を育てる場所に、立ち入ってはいけないと躾けられているのかもしれない。

 

「あれだな。呆れたぜ、本当にハンガーじゃねえか」

「アイテムボックスにあれが入ってたなんて、とても信じられない……」

 

 ハンガーの前に立っている皆の前に、ローザを停めて降りる。

 

「じゃあ、測量しちゃうね。ルーデルさん、この場所でいいの?」

「ああ。申し訳ないが頼む。礼はきちんとするよ」

「いいえ。ヒヤマが今夜来てくれるそうなので、お礼なんていりませんよ」

「えっ、ひやま……」

 

 カリーネがしまったという表情をして、俺に手を振ってハンガーに向かった。後は任せた、そんな感じだろう。

 

「ヒナ、今日くらい我慢してくれ」

「やだ」

「これは仕方のない事なんですよ。ヒヤマはこのカラダを武器に、女達を都合よく使う達人なのです」

「人聞き悪いな、おい!」

「でも……」

「この先も、空母を街として使うためには、カリーネさんの協力が不可欠です。それにブロックタウン唯一のお医者さんであるアリシアさんと、カリスマ性のある有名冒険者のレニーさんも、ヒヤマは籠絡済みなのです。たまに貸し出すくらい、我慢しましょう」

「……ひやま、かえってくる?」

「当たり前だっての」

「なら、がまんする」

 

 なんとかお許しが出たようなので、2メートルはあるコンクリートの土台によじ登った。

 外周を歩くカリーネは見えない。

 

「ヒヤマ、俺も行くぞ。どこのハンガーか確認したい」

 

 同じく身軽に登ってきたルーデルと、ハンガーに向かう。

 

「シャッターが下りてるな」

「国軍のアラートハンガーだな。よく無事に残っていたものだ。隣の通用口の鍵が、開いてるといいが。お、通気口に、防塵フィルターがあるな。ペイントは、Eの88。たしか、砂漠地帯の基地だ」

「鍵はかかってねえぞ」

 

 通用口のドアを開けると、机の並ぶ部屋だった。想像していたような、航空機を格納するだだっ広い建物ではないらしい。

 机の上には、書きかけの書類やペンが放置されている。

 

「想像してたのと違うや」

「事務室だな。廊下に出れば、食堂やシャワールームもあるはずだぞ。待機室や仮眠室もな。だが、水がないからトイレは使えないか」

「それなんだけどよ。川沿いに、キャンピングカーがあるんだ。車としては使えねえが、水を補給すれば風呂やトイレは使える。それを持ってきて、格納庫の隅に置くよ」

「それはありがたい。ニーニャちゃんやミツカちゃん、それにヒナちゃんも、ここでHTAなんかを改造するらしいからな」

「いいのか?」

「ああ。賑やかでいい。こっちだ」

 

 ルーデルに先導され、廊下を進んで部屋に入る。

 すると窓ガラスの向こうに、とんでもないものが見えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。