魔法科高校の劣等生 花冠の主   作:月雲凪紗

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入学編 9

2095年4月9日

国立魔法大学付属第一高校

 

新入部員勧誘週間も半分が過ぎた頃。

紫苑は相も変わらず料理研究部のテントに入り浸っていた。

勿論、摩利と真由美には怒られた。

風紀委員が巡回を途中でサボり、お菓子を食べて休憩していたのだ。

怒られないほうがおかしい。

 

巡回は全員が一度風紀委員本部に集まり、その後各自で巡回を始める。

本部で摩利に怒られてから巡回を始めるのがここ数日の紫苑の日常だった。

今日も説教を受けてから巡回を始め、迷わずここを訪れた。

最初は三十分近くあった巡回前恒例の説教も、今では一言二言で終わるようになっていた。

どれだけ説教しようと変わらない紫苑に摩利が根負けしたのだ。

もうしばらくすれば恒例の時間も無くなるだろう、と紫苑は考えている。

 

だが、紫苑は仕事をしていないわけではない。

決められた時間通りにこそ行動はしていないが、ちゃんと仕事はしている。

実際紫苑は、既に数人は検挙しているのだ。

小規模ないざこざを除き検挙者が出た事件の件数が、この四日で五十件前後

それに対し風紀委員は十人。

単純計算でいえば一人につき五件前後。

それを考えれば中々のものといえるだろう。

そのため摩利も真由美も必要以上に強く言えないという事情もあった。

 

今日も満足するまでお菓子を貰った紫苑は、いつも通り巡回を始めた。

 

 

 

「おおっ!ここからなら学内全体が見渡せるね!」

 

校舎の屋上には三人の人影があった。

ほのか、雫ともう一人。

 

「エイミィ、見つけた?」

 

「まだ。ターゲットはどこにいるのかなっ、と」

 

エイミィと呼ばれた少女。

光沢を持つ赤い髪とモスグリーンの瞳が特徴的だ。

 

彼女達三人は屋上で双眼鏡を構え、何かを探しているのだ。

 

「いたよ。実験棟の並木道。」

 

「あっ、ほんとだ」

 

雫に促され全員で双眼鏡を覗いた先には一人の男子生徒。

風紀委員の司波達也の姿があった。

達也が理不尽に魔法攻撃を受けているのを目撃したほのかと雫は、それを止める為にここから見張っていたのだ。

 

「でもこの感じだと……私達ストーカーみたいだね」

 

(ううっ、断じてストーカーじゃない……断じて……)

 

言われてほのかは自分達の行動が一般にストーカーと呼ばれるものと気がついたのか少し気落ちしていた。

 

「ストーカーなの?変態?」

 

「きゃあっ!」

 

自分達しか居なかったはずの屋上で、いきなり後ろから声をかけられ飛び上がる三人。

彼女達の背後にはいつの間にか、無表情で問いかける紫苑が立っていた。

 

「……紫苑ちゃん?」

 

「びっくりした。……これは可愛い風紀委員さんね」

 

紫苑だと分かってほのかと雫はほっと胸を撫で下ろす。

 

「知り合いなんだ。私は1-Bの明智英美。エイミィって呼んでね!」

 

「1-A、泉紫苑。何してるの?ストーカー?変態?」

 

紫苑だと分かった途端に抱きつき、恍惚の表情を浮かべ頭を撫で続けていたほのかがその言葉を聞いて慌てて否定する。

 

「ち、違うよ。私達達也さんに危害を加えようとしてる人達を見つけようとしてるの!ストーカーでも変態でもないよ!」

 

(あながち間違いでもない)

 

今の表情や深雪に名前で呼んで、と言われて興奮していたほのかを見ていた雫は密かにそう考えていた。

無論口には出さなかったが。

 

「理不尽に攻撃される彼を助けるために立ち上がった私達は……そう、少女探偵団よ!」

 

「……ふーん」

 

ポーズまで決めていたエイミィを華麗にスルーし紫苑も達也のいる方を見つめる。

 

「あっ、サイオン波の兆候!」

 

その言葉に目を離していた二人も慌てて双眼鏡を覗く。

 

魔法師は魔法発動の兆候を感じ取ることができる。

魔法式が出現するのをサイオンの波動により無意識に感じ取るのだ。

達也を狙ったのは足元の土を移動させ、地面を掘り返す移動系の魔法。

次は一瞬だけ魔法式が出現し、魔法が発動。

走っている彼が足を取られ転倒。

となるはずだった。

 

しかし、現れかけた魔法式は完全に構築される前に崩れて消滅していった。

 

「今の……キャスト・ジャミング?」

 

「間違いないの?」

 

キャスト・ジャミングとは希少な鉱石アンティナイトを用いる対魔法用の妨害魔法だ。

大量のサイオンのノイズのようなものを発生させ、相手の魔法式の構築の邪魔をするというもの。

しかし、魔法が一般化した社会でそんなものが市場に出回るはずもない。

アンティナイトは軍事指定物質なのだ。

一般人が手に入れられるものではない。

 

そんな雫とほのかの思考を他所にエイミィが声を上げる。

 

「あっ、逃げた!襲撃者だよ!右の木陰の方!」

 

先程の達也を狙った魔法を放ったと思われる男が逃げ出すところだった。

達也も追いかけようと走りだす。

雫は魔法で男の足止めをしようとしたが、相手も移動魔法を使っているのか生身では不可能な速度で走り去った。

 

(駄目、間に合わない……)

 

すぐに男は視界から消えた。

 

「顔見た?」

 

「うーん、どっかで見た顔だったけどなぁ」

 

首を振る雫に対し、思い出している様子のエイミィ。

そこで静かに眺めていた紫苑が口を開く。

 

「この間、見た。剣道部員」

 

新入部員勧誘週間初日の達也の大立ち回りの時。

紫苑が目をつけた女子剣道部員の後ろに立ち、彼女に声をかけていたのを見かけていたのだ。

 

「ああっ!そうだ、確か男子剣道部のキャプテンだったと思う。……というかこの距離を双眼鏡なしで見えてたって凄いね。魔法?」

 

そんなとこ、と適当に返す紫苑。

 

「でも、前に見たのは他の人だったよね?」

 

「複数のグループが達也さんを狙ってるってこと、か……」

 

「全部止めるのなんて無理だし……どうしよう?」

 

彼女達の目的は達也に対する魔法攻撃を止めること。

しかし、常に見張るわけにもいかなければさっきのように逃げられては間に合わない。

どうしようかと頭を抱えていた三人に助け舟を出したのは紫苑だった。

 

「写真は?」

 

「それなら確かに……!」

 

「生徒会の匿名の窓口に出せば問題ないし、いいアイディアかも」

 

「もしかして、紫苑ちゃんも手伝ってくれるんですか!?」

 

「嫌」

 

一緒に活動できると喜んだほのかを一言で切り捨てた紫苑は、別のことを考えていた。

 

(この間の騒動も剣道部、今回のも剣道部の部長……。何かあるのかも)

 

盛り上がっている三人を他所に紫苑は静かに巡回を再開した。

 

 

 

 

 

2095年4月14日

国立魔法大学付属第一高校

生徒会室

 

嵐のような新入部員勧誘週間も終わり、日常が戻りつつある一高。

生徒会室には達也と深雪、真由美、摩利、あずさ、紫苑の六人が集まり昼食を取っていた。

用事がなければここで昼食を取るいつものメンバーだったが、最初の頃と比べるとその食事風景も随分と様変わりしていた。

ダイニングサーバーと呼ばれる自販機の出番がめっきり減ったのだ。

 

ダイニングサーバーとは食事を短時間かつ自動で調理し、配膳までしてくれる便利な自販機だ。

非常に高価で本来学校においてあるようなものではないが、遅くまで仕事をする生徒会の為に生徒会室にのみ置かれていた。

 

最初こそ活躍していたダイニングサーバーだったが、弁当派の摩利の影響を受けた深雪が達也の分と一緒に作ると言い始め二人も弁当に変わった。

それに対抗した真由美が紫苑の分と共に弁当を持ち込み始め、一人だけ自販機なのは良くない、という理由から半ば真由美に強制されたあずさも弁当を作ってくるようになった。

これがパワハラだと感じたのは真由美以外の全員だろう。

嫌々ながら従っていたあずさだったが真由美に指示された紫苑が、あずさ先輩とお弁当食べたい、と呟いたら喜々として弁当を持ってくるようになった。

 

和やかに進む昼食。

その中盤に差し掛かった頃、摩利が言った言葉で騒動が起きた。

 

「ところで達也くん。昨日、二年の壬生をカフェで言葉責めにしたというのは本当かい?」

 

ちょうどお茶を口に含んでいた達也はその言葉を聞いて粗相をしてしまった。

お茶を吹き出した達也の向かいに座っていたのは紫苑。

すぐに動かしたために弁当は何を逃れたが、座っていた紫苑の制服に僅かにかかってしまった。

珍しく表情に出し、睨む紫苑に対しスマンと謝罪する達也。

それを聞いていつもの表情に戻った紫苑は手をかざし魔法で制服を乾かした。

この程度の魔法であればある程度の実力があればCADが無くても使うことはできるのだ。

 

「先輩も年頃の淑女なんですから、言葉責め、なんてはしたない言葉は使わない方がいいと思いますが」

 

そこで食事に戻っていた紫苑がふと思い出したように呟いた。

 

「言葉攻め……。縛って……、調教?」

 

見た目が一番幼い紫苑からでたハードな言葉に今度はあずさがむせた。

 

「いや、そこまで言ってないんだが……」

 

「……紫苑もだ」

 

「この間、真由美が読んでた本に出てきた」

 

これを聞いて立ち上がって慌てたのが真由美だ。

 

「ちょっとしーちゃん!何言ってるの!」

 

「見たよ?ベッドの下に似たようなのが幾つか。香澄と泉美も見てた」

 

「しーちゃん!ちょっと黙りなさい!」

 

慌てて紫苑の口を塞ぐが遅かった。

摩利は爆笑し、あずさと深雪は顔を赤く染めており、達也は呆れた表情で眺めていた。

 

「いや、真由美。私達も年頃なんだからそういうのに興味があってもおかしくはないさ。おかしくは、な」

 

そう言いながら口元はニヤけていた。

 

「うるさいわね……。ほっといて頂戴……」

 

妹達にも見られていたことに気がついたのか部屋の隅で落ち込む真由美。

肩を落として項垂れる真由美の頭を紫苑が撫でて慰めていた。

 

しばらくして真由美が落ち着くと摩利はそもそもの本題に戻った。

 

「で、どうなんだ?達也くん。壬生が顔を真っ赤にして恥じらっているとところを目撃したものがいるんだが」

 

不意に生徒会室に冷気が漂い始める。

 

「お兄様……。一体何をされていらっしゃったのかしら……?」

 

深雪を中心に、室温が低下していた。

机の上は霜が降り、お茶が凍りついていた。

 

「ま、魔法……?」

 

「よっぽど事象干渉力が強いのねぇ……」

 

事象干渉力とはエイドスを書き換える力の強さだ。

これが強ければ強いほど、より強固にエイドスを書き換えることができる。

意識して魔法を使ったわけではなく、いわば漏れ出た魔法でこれほどの影響力を与えるのは

深雪の卓越した魔法師である証明でもある。

 

暴走仕掛けた深雪に達也が触れるとすぐさま冷気は収まった。

 

「そんな事実はありませんよ。……どうも風紀委員会の活動は生徒の反感を買っている面があるようですね。点数稼ぎの為に摘発している、と彼女は思い込んでいるようです。説明はしたのですが納得はしてもらえませんでしたが」

 

そもそもの発端は先の闘技場での騒動らしい。

剣道部の壬生紗耶香と剣術部の桐原武明がちょっとした衝突があり、立ち会いで決着をつけることになった。

それは壬生が勝利した。

だが、逆上した桐原が殺傷ランクの高い魔法を使い壬生に襲いかかった。

傍観する予定だった達也だったが、それを見て桐原を検挙。

今度は剣術部のそれを見た剣術部員が横暴だ、と達也に襲いかかりあの大立ち回りになった、ということらしい。

 

その礼と言われて達也はカフェに誘われたのだ。

そこで言われたのだ。

風紀委員会は自分達の点数稼ぎの為に摘発している、と。

少なくとも達也はそんな話を聞いたことは無かったし、何より風紀委員で活動していてそんな行動を起こしている人間がいるようには見えなかった。

そのことを伝えたのだが、聞き入れては貰えなかったようだ。

 

どうやら壬生はこの学校の一科生を優遇する扱いに不満があるらしく、風紀委員会がその学校の手先のように見えたのだと達也は判断した。

それにしても思い込みが強かったが。

 

「それは壬生の勘違いだ。風紀委員は完全な名誉職だ。生徒会役員のように卒業後の高評価の要因になるということもない」

 

「だけど風紀委員会は校内では強い権力を持っているわ。そのために学校に不満を持っている生徒からは権力を傘にきた犬、に見られることがあるの。そういうふうに印象を操作している何者かがいるんだけどね」

 

興味の無かった紫苑だったが、真由美の言葉を聞いて漸く納得がいった。

 

(闘技場に居た防具をつけていた子が壬生紗耶香。そして思い込みが強い)

 

紫苑は一目見た時から紗耶香が何らかの魔法の影響を受けていたのは感じ取っていた。

彼女のエイドスに僅かに違和感を感じたのだ。

 

(先日、達也を襲った男も剣道部、しかも主将。あの男も同じ感じがした)

 

屋上からあの男を見た時にも似た印象を感じていた。

 

(恐らく催眠術のような魔法。そして印象を操作する何者か。剣道部を中心に影響を受けてるのね)

 

紫苑はそこまで考えて思考を放棄した。

 

(どうでもいい)

 

そう結論づけた紫苑は食べ終えた弁当をしまい、真由美お手製のお菓子を食べ始めた。

 




入学編 9 でした。

前回で漸く1巻の内容が終わってたんですね。
先は長いなぁ……。
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