2095年4月4日
国立魔法大学付属第一高等学校
七草家でのパーティー後、そのまま一泊していた紫苑は、真由美と共に一校への通学中だった。
勿論、お祝いとして貰ったCAD、クリムゾン・アスターを身に付けて。
「しーちゃん、改めて確認しておくけど校内へのCADの持ち込みは原則禁止よ。ちゃんと学校に預けて、帰るときに返却してもらうのよ?」
んー、という気のない返事をしてそっとCADに触れる紫苑。
その足取りはどこか軽く、喜んでいるのは分かるのだが真由美としては複雑な心境でもある。
(これは失敗したかしら……)
事の経緯は昨夜、パーティーを終えてすぐのこと。
通常のCADに比べ少しばかり大型なそれはスカートのポケットに収まらなかった。
正確に言うのなら、収まりはするがはみ出してしまう。
一校女子の制服は、ボレロのような裾の短いブレザーに、少なからず身体のラインが出るタイトなワンピーススカート。
ブレザーの下は、シルク調のインナーガウンを着用する。
そんな服装で拳銃型のCADをポケットに突っ込めば、シルエットが不格好に膨らんでしまう。
紫苑自身は全く気にした様子もなく、明日はこれで登校すると言ったが真由美が全力で止めた。
しかし、紫苑はケースに入れてではなく、身に付けて持ち歩くとして頑なに譲らない。
妥協案として出てきたのが制服の改造である。
ブレザーを紫苑の身体より一回り大きなものに変え、その背中部分に拳銃型CAD用のホルスターを取り付けるというもの。
これによって前からは身体に隠れて見えないし、内側に
取り付けているために後ろからも見えない。
裾が短いため、手を回せばそのまま抜くこともできる。
完璧だ……!と出来上がった制服を持って感動を表していたのは午前二時。
冷静になって考えてみると制服の改造は勿論、CADの無断持ち込みも校則違反だと思い出した真由美だったが、紫苑が喜ぶならばと考えることをやめた。
色々と吹っ切れてしまったのか、ついでにインナーガウンも作ってあげよう、と更なる裁縫を始める真由美だった。
そして現在。
紫苑は真由美によって改造が施された制服に袖を通し登校している。
改造、といってもブレザーは少し裾が長いだけで、見た限り違いは無い。
インナーガウンは足元に近づくにつれて色が濃くなるグラデーションの黒色に、白い紫苑の花の模様。
こちらは見た目で分かってしまうが、品位を損なわないかぎり自由にアレンジして構わないために問題はない。
(まあ、わからないからいいわね!うん!)
真由美は半ば自分を納得させるように結論づけた。
「ってあれ?」
気が付けば横に居た紫苑が居ない。
軽く周囲を見渡してみれば、少し離れた出店で買物をしていた。
小走りで戻ってきた紫苑を見れば大きな紙袋に入れられた大量の一口シュークリーム。
「……何をしてるのかしら」
「買い物」
頭を抱える真由美に対して、見て分からないの?とでも首を傾げながらそれを食べる紫苑。
思わず紫苑の頭をぐりぐりと強めに押さえる。
「なんで!もう学校なのに!そんなに買ってるのってことよ!」
今の場所から一高までは精々五分程度。
しかし、どう見てもそれまでに食べきれる量ではない。
「美味しそうだったから?」
当の本人は何処吹く風。
抑えられた頭も、真由美の剣幕も気にする様子はない。
思わず真由美は大きな溜息をついた。
「大丈夫?食べる?」
「貴方のせいだけどね。……ありがとう、頂くわ」
真由美は紫苑の学校生活に一抹の不安を隠し切れないのだった。
真由美と階段で別れ、1-A教室に入った紫苑を出迎えたのは好奇の視線。
あまりにも小柄な身長か、人形のような整った容姿か、それとも大きな紙袋を持っていた為か、視線の理由は人それぞれだろう。
「紫苑さん、おはようございます」
声をかけられて見上げれば、すでに登校していた深雪と見たことのない二人の女子生徒が居た。
「ん。あげる」
「あら、ありがとうございます。……本当に甘いモノがお好きなのですね」
どこかズレた返答を気にした様子もなく深雪はお菓子を受け取る。
紫苑に対して深く考えても意味が無いと、昨日の段階で理解したのだろう。
貰った一口シュークリームを食べ終えた深雪が、背後に居た二人を紹介する。
後ろ髪を二つ結びにしたスタイルがいい子が光井ほのか、どこか静かな印象と大人びた顔立ちの少女が北山雫というらしい。
「あの……!泉さん!」
胸の前で両手を握って意を決したようにほのかが話しかける。
紫苑は何?と相変わらず食べながら答える。
「あ、頭撫でてもいいですか!」
小さく頷くと、ほのかはどこか恍惚とした表情で一心不乱に頭を撫で続ける。
少しだけ驚いた表情の深雪と呆れた表情を浮かべる雫。
そして紫苑は理解した。
この子は真由美の同類だと。
放課後。
紫苑は内心で呆れながら目の前の騒動を眺めていた。
「深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言っているんです!他人が口出すことじゃないでしょう!」
「うるさい!ウィード如きが僕達ブルームに口出しするな!」
騒動の原因は単純だ。
深雪が誰と一緒に帰るか、それだけだ。
深雪が達也と帰りたいと言っている以上そこで終わりだったはずなのだが、一科生のクラスメイト達が、達也達に難癖をつけたのだ。
そこからは売り言葉に買い言葉。
いつの間にかエリカ、美月、レオの二科生と一科生の言い争いになってしまった。
レオ、と言うのは達也のクラスメイトで西条レオンハルトという男子生徒だ。
外見こそ日本人だが父親がハーフ、母親がクォーターらしく、その影響で洋風の名前らしい。
「同じ新入生なのに……今の段階で貴方達ブルームが一体どれだけ優れてるっていうんですか!」
「だったら教えてやる!」
美月の言葉に逆上した男子生徒は校内であるにも関わらず、小型拳銃を模した特化型のCADを抜いた。
放課後である今、返却されたCADを持っていてもおかしくはないが、それを構えるのはあまりにも非常識だろう。
そして、あろうことかそれを美月に向け引き金を引いた。
いや、正確には引こうとした。
へえ、とどこか感心するように漏れたのはエリカの声。
彼の構えていたCADは宙を舞い、音を立てて地面に落ちた。
続くように地面にふわりと降り立ったのは紫苑だった。
引き金を引こうとした瞬間、数メートルはあった距離を目にも留まらぬ速さで移動し、CADを蹴り飛ばしたのだ。
「いい加減煩い。邪魔」
「くっ……君もブルームの癖になぜウィードの味方をする!」
「貴方達より彼等の方が面白いから」
紫苑の相変わらずの答えに僅かに笑みを漏らしたのはレオを除いた四人。
だがそれを嘲笑と受け取ったのか、周囲に居た他のクラスメイト達もCADを構えた。
「駄目!」
そう叫んでほのかも魔法を発動させようとする。
しかし、横から飛んできたサイオンの弾丸に起動式を破壊され形を成すことはなかった。
「止めなさい!」
現れたのは生徒会長である真由美。
彼女は普段とは違う厳しい表情を浮かべ、照準でもある右腕を構えたまま、もう一人の女子生徒と共に周囲を威圧する。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。全員CADを下ろしなさい。事情を聞きます」
摩利は起動式の展開を終えたCADを構えている。
ここで少しでも抵抗すれば、力ずくで捕らえるということだろう。
全員が事の重大さに言葉を無くして固まっている。
「すいません、悪ふざけが過ぎました」
そう言って前に出たのは達也だった。
「何?」
「彼、森崎家のクイックドロウは非常に有名ですから。後学の為に実演をお願いしたんです」
「ほう。ではなぜそこの女子生徒は攻撃魔法を使おうとしたんだ?」
「彼女達は後からここに来ましたから。伝え忘れていました。驚いたのでしょう。それに、彼女が使おうとしたのは閃光魔法でした。しかも威力はただの目くらまし程度に抑えられていました。危険性はありません」
展開中の起動式を読み取って理解することは普通はできない。
それができると言い切る達也に、全員が驚きを隠せないでいた。
そんな周囲を他所にちらりと達也は紫苑に視線を送る。
「……真由美。達也が言うのは本当。私とほのかと雫はさっきここに来た。知らなかったから足が出た」
そう言って蹴ったというジェスチャーをする紫苑。
「摩利、もういいじゃない。本当に見学だったみたいだし」
「……会長がこう仰られているので今回は不問にします。以後、このようなことがないように。君、名前を聞いておこう」
「一年E組、司波達也です」
覚えておく、そう言い残して真由美と摩利は踵を返した。
完全に二人が見えなくなった所で紫苑は達也に話しかける。
「達也。ケーキ五個でいい」
「……分かった」
色々と面倒な事になった、と達也は一人溜息を漏らした 。
入学編 4でした。
言葉にするのって難しいですね……。
2016年4月5日 描写を僅かに追加。