昼休み。
達也と深雪は、校舎内でも特に厳重なセキュリティが施された部屋の前に居た。
近代的な校舎とは不釣り合いな木彫の表札には、生徒会室と書かれている。
突然登校中に声をかけられたと思えば、真由美からの昼食の誘い。
深雪に相談したいことがある、という話から始まったのだが、なぜか達也まで同席することになってしまった。
達也としては断りたい話ではあるが、兄と昼食を同席できると喜ぶ深雪を前にしては言い出せなかったのだ。
合金で作られた重厚なドアの横のインターホンを押すとすぐに反応があり、鈍い小さな金属音とともに扉が開いた。
「いらっしゃい。遠慮しないで、さあどうぞ」
どこかレトロな木目調の長机が置かれた室内には、真由美と風紀委員長の渡辺摩利、そして二人の生徒会役員が席についていた。
促されて席に座ると、すぐさま生徒会役員の紹介が始まる。
真由美の隣、背が高く手足も長い美人だが、どこかきつい印象を与える会計の市原鈴音。
その隣が風紀委員長の渡辺摩利。
ショートカットと麗人を思わせる雰囲気を持つこれまた美人だろう。
更に隣が真由美よりも小柄な上に童顔な書記の中条あずさ。
「通称あーちゃんよ」
「お願いですから下級生の前であーちゃんはやめてください!」
小動物チックな雰囲気を持つあずさにあーちゃんはピッタリのネーミングだと達也は思う。
副会長である、真由美
和やかなムードで始まった昼食を終え、一段落ついた所で真由美が本題にはいる。
「深雪さん。生徒会に入っていただけませんか?」
達也としては予想通りの話であった。
可愛い妹が生徒会長の御眼鏡に適ったのだから喜ばしいことだ。
(おめでとう。深雪)
内心で賞賛を送り、飲み物に口を付けた。
その口元には自然に漏れた笑みが浮かんでいた。
しかし、喜ぶべき話であるのに深雪はなぜか思いつめた瞳で顔を上げた。
「会長は、兄の入試の成績をご存知ですか?」
あまりにも予想外な話に、達也は思わず声を上げそうになった。
「成績優秀者を生徒会に迎え入れるというのでしたら、私よりも兄のほうが相応しいはずです」
達也の成績は実技こそ合格ラインを僅かに上回る程度であったが、ペーパーテストでは七教科百点中九十六点という高得点を叩き出していたのだ。
「生徒会の業務がデスクワークならば実技は関係ありません。寧ろ、知識や判断力の方が重要なはずです。生徒会に加えていただけるというお話については、喜んで末席に加わらせて頂きます。ですが、兄も一緒に、というわけには参りませんでしょうか?」
なんてことを言ってくれるんだ、と達也は顔を覆って天を仰ぎたい気持ちに襲われたが、予想外なところから答えが返ってきた。
「残念ながらそれはできません。生徒会役員は一科生から選出されるという規則があります」
どこか申し訳無さそうに答える鈴音。
どうやら彼女にも今の一科生、二科生制度に思うところがあるようだ。
その言葉の真意を理解したのか、深雪は深々と謝罪し生徒会書記として加わることを了承した。
(これで漸く纏まったか……一時はどうなることかと思ったが)
深雪がどこか沈んだ表情を浮かべていたのが達也には分かった。
そのことに罪悪感を覚えないわけではないが、ただでさえ一科生と二科生の溝は深い。
二科生が生徒会と関係を持とうものなら、どんな反発があるか分かったものではない。
「ちょっといいか?」
今まで静かに会話を聞いていた摩利がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、達也にとっては迷惑極まりない事を、深雪にとってはとても喜ばしい事を言い始めた。
「生徒会には規則上、一科生しか入れないんだったよな?なら、風紀委員は問題ないな。確か風紀委員の生徒会推薦枠が一つ空いていたはずだよな?」
「……それがあったわ!ナイスよ!摩利!生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します!」
この言葉に深雪は目を輝かせ、達也は今度こそ顔を覆って天を仰いだ。
放課後。
突然、真由美に呼びだされた紫苑は達也と深雪と共に生徒会室を訪れていた。
「それで、またどうして紫苑はここに」
「知らない。真由美が来いって」
普段とは違い、珍しく不機嫌そうな紫苑に、達也はどこか疲れたような表情を浮かべ同情の視線を送っていた。
あの直後に昼休みは終わり、最終的な結論は放課後に持ち越されていた。
達也としてみれば断るつもりであったのだが、目を輝かせる深雪と外堀を埋めてきた真由美を前にして中々言い出しづらい状況にあった。
「失礼します」
中に入った達也達一行を出迎えたのは、昼休みにも居た生徒会役員達と副会長である男子生徒。
彼の名前は服部刑部。
フルネームは服部
真由美ははんぞーくんと呼んでいたが、どうやら本名であるようだ。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、泉紫苑さん。生徒会へようこそ」
隣にいる達也を完全に無視した服部に対して、深雪から怒りのオーラが立ち昇ったがすぐに消えた。
この場はなんとか自制したようだ。
「真由美。私になんの用?」
「実は達也くんと同じ要件よ。生徒会からの風紀委員推薦枠は三枠あって、そのうちの一つがしーちゃん。最後の枠が達也くん」
「聞いてない。それに面倒」
「言ってないもの。それに、予め言っておいてもしーちゃんサボるでしょう?」
紫苑のどこか非難めいた視線を浴びても、真由美のアルカイックスマイルは崩れることがなかった。
「ほう。ではこのちんまいのが真由美のお気に入りか」
そう言いながら紫苑の頭に手を置く摩利。
鈴音はそんな紫苑を興味深く眺めており、あずさは自分よりも背の低い下級生に目を輝かせていた。
そこで副会長である服部が意義を申し立てた。
「会長、それについてはご再考ください。風紀委員の業務は、校則違反者の鎮圧と摘発です。魔力の乏しい二科生に風紀委員は不可能です。泉さんは確かに一科生ですが、入試の成績では一科生の最下位だと記憶しております。同じ理由で彼女も風紀委員に適した人材とは思えません」
「待ってください!兄は実技テストの結果こそ芳しくありませんが、それは評価方法に兄の力が適していないだけです!実戦であれば兄は誰にも負けません!」
達也としては紫苑が一科生最下位の成績だということに驚きを隠せなかったのだが、深雪はそれどころではなかったらしい。
「司波さん。魔法師は常に冷静に、事象を認識すべきです。身贔屓に目を曇らせる事のないように心掛けなさい」
その言葉を聞いて更にヒートアップしそうになった深雪を、達也が手で制して止める。
「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?風紀委員になりたいわけではないですが……、妹の目が曇っていないことを証明するために貴方に勝利してみせます」
「調子に乗るなよ……!補欠の分際で!」
ここまで静かに眺めていた紫苑が、ポツリと呟いた。
「部下が無能だと真由美は大変」
「何……!?」
「魔法師は常に冷静に、でしょう?」
自身の言葉を見下していた達也に
「はんぞーくん。一つだけ言わせてもらうとね。しーちゃんの能力は問題ないわよ。確かに入試の成績は最下位だったけれど、それは結果だけ、よ」
真由美は呆れたような、何処か諦めたような表情を浮かべていた。
「その子、会場近くのスイーツバイキングに行って入試に遅刻したのよ。実際の結果は実技を含めてオール満点。遅刻で大幅に減点されて一科生最下位だけれど、それがなければその子が主席よ。しかも、歴代初の全教科満点でね」
その言葉に真由美を除いた全員が絶句した。
「ただ、これも
芝居がかった言動でどうしたものかしら、という表情を浮かべる真由美の言葉は、明らかに先程の服部を意識したものだった。
「真由美、お前、達也くんに負けず劣らずシスコンじゃないか……」
どこか呆れを含んだ摩利の言葉に、全員が苦笑いを浮かべるしか無かった。
第三演習室。
達也と服部の模擬戦は、達也の圧勝で終わった。
純粋な体術で距離を詰め、弱いサイオンの波を合成することで気絶させたのだ。
服部は達也の移動についていけず、魔法を発動する間もなく倒れた。
そして、次は紫苑の番。
会長の発言を疑っているわけではないが、一度は紫苑の実力を試したほうがいい、という服部の言葉によるものだ。
紫苑の相手は、風紀委員長の渡辺摩利。
そして、生徒会長の七草真由美。
摩利も真由美も、今はここに居ない部活連会頭の十文字克人と並び、三巨頭と呼ばれる学内随一の実力者だ。
そのうちの二人を相手にする、と紫苑は言い出したのだ。
流石に周囲も止めようとしたが、頑として譲らない紫苑に半ば仕方ないといった形で二対一の変則模擬戦が行われることになった。
「摩利、分かっていると思うけど……」
「もちろん手は抜かない。単純に紫苑の実力に興味もあるしな」
「ルールは先ほどとほぼ同じです。相手を死に至らしめる術式、回復不能な傷害を与える術式は禁止です。CADの起動は開始の合図以降とします。七草会長、渡辺先輩はチーム戦のため、どちらかがギブアップまたは戦闘不能となれば泉さんの勝利とします。……問題なければ開始線まで下がってください」
審判は既に気絶から目を覚ましていた服部が務めることになった。
双方が頷いて、五メートル離れた開始線で向かい合う。
摩利は片手に携帯端末型CADを構え反対の手には竹刀を、真由美はブレスレット型CADを構える。
対する紫苑は右手に拳銃型のCADクリムゾン・アスターを握ってはいるが、自然体で、いつものようにぼーっとした視線を向けていた。
「それでは……始め!」
直後に二人の指がCADを叩き、紫苑は引き金を引いた。
摩利が発動させたのは自己加速術式。
自身の肉体の速度を早める単純なもの。
単純であるがゆえに素早く起動できる。
五メートルの距離を瞬く間に詰めた摩利は、勢いをそのままに竹刀を振り下ろす。
紫苑は悠然とそれを拳銃型CADで受け止め、逸らす。
「っ……。硬化魔法!?」
CADは精密機器でもある。
振り下ろされた竹刀を受け止めなどしようものなら、内部機器に異常が、最悪壊れてしまう可能性がある。
だが紫苑は、硬化魔法で物質の相対位置を固定することによりそれを可能にしていた。
しかし、受け流された竹刀は止まらない。
そのまま流れるように右薙ぎ、左切り上げ、逆袈裟……。
自己加速術式を伴った肉体から放たれる目にも留まらぬ怒涛の連続技を、紫苑は最小限の動きで躱し、CADで逸し、舞うように身を翻す。
「真由美!」
「わかってるわ!」
だが、これは二対一の模擬戦。
摩利が前衛で引きつけている間に、真由美は準備を終えていた。
真由美が放った魔法はエア・ブリット。
空気を固めた弾丸を打ち出すという魔法。
それが、紫苑を取り囲むように大量に配置され、放たれた。
合わせて摩利の這うように低い位置からの右切り上げ。
魔法の発動の兆候を
右切り上げを片足で受け止め、竹刀を踏み台にして飛び上がる。
そのまま摩利の逆側の肩を踏み、更に高く飛び上がりながら空中で顎を蹴飛ばす。
「何!?……ぐっ」
ふらつき膝をつく摩利を眼下にCADを構え、身を翻しながら引き金を引く。
そして、明らかに真由美よりも短い時間で同じ魔法を発動させ、全てを撃ち落とした。
軽い着地音から遅れて長く美しい黒髪が舞い降りる。
そして、摩利の頭にCADを突きつけた。
「……参った。私の負けだ」
どこか満足気な表情を浮かべて摩利は自身の敗北を宣言した。
「しょ、勝者、泉紫苑」
全員が想像を絶する勝負を固唾を飲んで見守っていたが、その服部の勝ち名乗りを聞いて口々に三人を賞賛する。
だが、達也だけがどこか冷徹な瞳で淡々と紫苑を見つめていた。
(身体的な技術もそうだが、あの魔法の発動は早過ぎる……。)
摩利の自己加速術式を用いた動きを、生身で圧倒し、更には真由美の半分以下の時間で同じ魔法を発動させていた。
(幾らなんでもあの速度は異常だ。今の模擬戦の紫苑の相手をするのは俺でも……。やはり、一度調べたほうがいいな)
達也の表情は少しだけ、強張っていた。
入学編 5 でした。
真由美のシスコンっぷりと紫苑の甘党っぷりに磨きがかかってきました。
特に意識していなかったんですが、気がつけばこんな形に……。