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2096年4月5日
九重寺
街に夜の帳が降りる頃、達也は深雪を伴って自宅から少し離れた小高い丘にある九重寺を訪れていた。
「いやいや、良く来たね」
そう言って達也と深雪を迎え入れたのは、綺麗に髪を剃りあげた細身の男。
彼がこの寺の主である九重八雲。
対人戦闘において非常に高名な「忍術使い」として知られている。
達也の戦闘技術は彼によって鍛えられたものだ。
表向きは天台宗の僧侶。
だというのに、その雰囲気はどこか胡散臭く、俗っぽい。
「突然申し訳ありません師匠。どうしても調べていただきたいことがありまして」
「来るんじゃないかな、とは思っていたよ。座って話そうか」
達也は寺を訪れると連絡を入れていなかった。
だというのに八雲は特に驚いた様子もなく達也達を受け入れた。
忍び、を自称する彼にとっては達也達の来訪など驚くことでもなかった。
魔法が科学の対象となったとき、フィクションだとされていた忍術もその多くが魔法の一種であることが明らかになった。
例えば、忍術の代表格とも言える「変化」は幻影と高速移動の組み合わせである。
彼はそんな忍術を昔ながらのノウハウで現代に伝える古式魔法の伝承者である。
八雲は縁側に腰掛け、達也達に隣に座るように促す。
達也は一度頭を下げてから腰を下ろし、深雪はその隣に遠慮がちに座った。
「実は一人の生徒を調べていただきたい。名前は泉紫苑。一高の1-Aに所属しています。生徒会長でもある七草真由美と懇意のようで、十師族とも繋がりがあるのではないかと疑っています」
「ふむ……七草。しかし、僕は出家の身だ。俗世には関わらないことにしている。そこまで検討がついているのなら、風間くんに頼んだ方が早いんじゃないかい?彼のところには藤林のお嬢さんがいるだろう?」
「……少佐に頼るのは」
「叔母君が良い顔をしないか。なら、僕のところに来るのもしかたがないね」
ふむ、と顎に手を当てて考える仕草を見せる八雲に達也は頭を下げた。
こちらの事情で気を使わせたことに対する謝罪だった。
八雲は目の前で軽く手を振って、気にしなくていいと伝える。
「泉紫苑。十五歳。深雪くんにも劣らない整った容姿だが、身長は極めて小柄。極度の甘党。数字付きではないが、七草真由美とは幼少期からの交流がある。両親は既に死亡しており、兄弟も親戚も居ない。天涯孤独ってやつだね」
まるで達也の依頼を予知していたかのように八雲は話す。
目を丸くする深雪だったが、達也は妹ほど驚いていなかった。
彼にとってはこの程度造作も無いのだ。
「師匠。プライバシーという言葉をご存知ですか?」
「言葉の意味ならね」
自分の事を棚に上げる達也に対し、八雲は一片のやましさも見られない顔で嘯いた。
「ここまではいいよ。ここまでは
八雲に今までの飄々とした様子はなく、真剣な様子で達也を見つめる。
その目には達也でも初めて見るほど、真面目な色が宿っていた。
「……そこまでの内容。ということですか?」
達也の問いに八雲は頷いて答える。
数秒の逡巡の後、深雪に視線を送ると、深雪は視線で頷いた。
そう言って前置きをした八雲は、一度咳払いをして話し始める。
「いいだろう。とはいっても僕が知っているのは彼女の本名だけだよ。それと彼女の実家のこと。それ以上調べるのは
珍しく断言する八雲に達也は眉を潜めた。
「本名は霊泉紫苑。幽霊の霊に、水の湧き出る泉で霊泉だね。霊泉という苗字を知っているかい?」
十師族や、一通りの百家の名前を覚えている達也には霊泉という苗字に心当たりは無かった。
深雪も同じようだったが、突然驚いたように手で口を隠しながら呟いた。
「霊泉ってもしかして、あの霊泉ですか、先生?あのお伽噺の?」
「そうだよ深雪くん。その霊泉さ。あれは現実のお話なのさ」
「深雪、お伽噺とは?」
絶句して固まっていた深雪は敬愛する兄の言葉で正気に返った。
「……失礼しましたお兄様。お伽噺と言いますか、伝説とでも言うのでしょうか。私が幼かった頃に母が、何度かお話して下さったのです。霊泉という名の本当の魔法使いがいて、その方が十師族の原型を作った、と。そして自分と妹はその方によく遊んでいただいた。深雪もいつか彼女から祝福をいただければいいわね、と……」
「ちょっと待ってくれ」
十師族という現在の形を作ったのは、日本の魔法師では名前の知らないものは居ない九島烈という魔法師のはずだ。
「いやいや。深雪くんの言ってることは合っているよ。順番に話していこうか」
そうして八雲が語るのは日本の魔法史を変えるとんでもない内容だった。
現在の十師族の原型を作ったのは確かに九島烈で間違っていない。
だが、あくまで表向き。
実際には霊泉家の指示で九島烈が作ったのが十師族という枠組み。
その上に全ての魔法師を取りまとめる霊泉家を置いた。
その現当主が霊泉紫苑。
霊泉家は基本的には十師族や日本国内の問題に不干渉である。
霊泉家が動くのは国外からの侵攻やそれに類する国内の危機のみ。
「……というところかな。達也くんもよく知っている沖縄防衛戦や佐渡侵攻事件にも霊泉家が動いていたよ」
「なるほど。理解はしましたが……」
「納得出来ない、かい?」
「そうですね。今のを聞く限り日本の最高戦力ということですよね。だというのに、存在が伏せられているのはなぜです?詳細はともかく、存在ぐらいは知られていてもいいのでは?」
十師族の名前が魔法師にとっては一般的であるのは、一つの示威的意味合いもある。
力を示すことにより国外には威圧を、国内には安心と畏敬をもたらしているのだ。
十師族以上の力を持つ霊泉なんて家があるのなら、その存在まで隠している理由が分からなかった。
「その通りだね。表に出てこないのは霊泉家が望まなかったから、というのもあるけどもう一つ理由もある。その説明のためにはまず魔法というものについて考えなくちゃいけない。深雪くん、魔法の原型となったものは何か分かるかい?」
今まで静かに話を聞いていた深雪は、突然話を振られて僅かに慌てたが、すぐさま答る
「超能力、ですよね」
「その通り」
1999年、狂信者集団の核兵器テロをある一人の超能力者が未然に阻止した。
その事件を発端に超能力研究が魔法の科学的解析へと発展したのだ。
その後の研究によりCADを使う一般的な魔法、現代魔法へと変化していった。
「では現代魔法の仕組みについて……達也くん」
興が乗ってきたのか先程までの真面目な雰囲気は消え、どこか楽しそうに達也を指名する八雲。
達也はそんな師匠に呆れながら、溜息をついた。
「……起動式を元に魔法式を作成。作成した魔法式をイデアへ投射し、出力された魔法式がエイドスに干渉し改変します」
イデアとはこの世界全てのエイドスが記録されている情報体次元のことで、エイドスとは事象に付随する情報体だ。
魔法師は無意識領域化にあるゲートでイデアと繋がってはいるが、あくまで無意識。
意識してイデアを認識することはできない。
無意識領域からゲートを通じてイデアに魔法式を投射、エイドスを一時的に書き換える。
これによって現実が改変され魔法が発動する。
これが現代魔法の仕組みだ。
「わかりやすい上に完璧だね。超能力をシステム化したものが今の現代魔法だ。超能力も取り掛かりこそ違うが、内容はそれと変わりない。古式魔法も手段は違えど同じ。イデアに存在するエイドスを魔法式の代わりに魔法陣や呪文を用いて書き換える。現代魔法と違って習得が大変だけどね」
ここまではいいね?と確認する八雲に二人は頷く。
「では、もし意識的イデアにアクセスし、観測し、自由にエイドスを書き換えることができる人間がいたとしたらそれは何だと思う?なんと呼ぶと思う?」
八雲は、ニヤリとまるで人を試すような笑みを浮かべる。
「つまり……」
「願うだけで現実を改変し魔法を起こす。霊泉家は
達也も深雪もあまりの驚愕に固まっていた。
超能力も現代魔法も古式魔法もエイドスを一時的に書き換えることしかできない。
それは魔法師にとっての常識であり、絶対のルールだ。
それを完全に書き換えてしまう。
そんなことができてしまうのならそれはもう魔法ではない、奇跡の業だ。
「霊泉家の名前が表に出ないのはそれが理由だよ。強すぎるんだ。あまりにも強すぎるんだよ。科学的に解明されてルールが存在する魔法を使う魔法師ですら、一般人からは恐怖の対象だというのにそれ以上の存在がいる、なんて明らかにできると思うかい?」
不可能だろう、とどこか呆けた頭で達也は考える。
国外に対する威圧は増すだろうか、国内には恐怖が蔓延するだろう。
ただでさえ、魔法師と一般人の対立は少なからず起きている。
そこにそれ以上の存在が放り込まれればどうなるかは目に見えている。
「十師族が従ってる理由のほうは簡単さ。彼らは喜んで下にいるのさ。十師族が十家しか選ばれないのも、その恩恵を独占するためだよ。自分達で霊泉家の恩恵を受けて、あわよくば自分も魔法使いになりたいのさ」
八雲はどこか皮肉を込めて最後にこう呟いた。
「魔法師は魔法使いの真似事をしてるに過ぎないんだ」
入学編 6 でした。
それっぽいことを書いたつもりですが、魔法理論はかなり適当です。
原作の魔法理論難し過ぎて頭から煙でそう……。